折れた剣と時に置き去りにされた化生   作:ヒフミくろねこ

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エヴァ達が出現したのは湖の上の祭壇。最初に視界に入ったのは膝をついて蹲る少年とゆっくりと歩み寄ろうとしていた白髪の少年。

 

「ほう、負けたか坊や。まぁ、所詮はガキか」

 

 エヴァの溜息交じりの言葉。今の今まで居なかったはずの存在に気が付いて振向こうとする白髪の少年、だがそれよりも早くエヴァの手が霞む。

 

「邪魔だ、若造」

 

 空気の壁すら破る魔力を纏った拳の一撃。

 障壁ごと叩き潰し、呻く余裕すら与えず白髪の少年を吹き飛ばした。  ほぼ直線に滑空する少年は湖面を裂く様に飛び、下がった足が湖面に漬かったと思った瞬間、そこを支点に弾き飛ばされるように回転して盛大に水飛沫が上がった。

 

「エ、エヴァ!」

 

 思わず上がった士郎の非難の声にエヴァは鼻を鳴らした。

 

「気にするな士郎。障壁の張り具合から言って、雑魚という訳ではなかったみたいだな。安心しろ、死にはせん」

 

 たぶんな、と次いで呟くエヴァ。

 

「何にせよ、前座に興味は無い。本命はあれだろ?」

 

 見上げるとそこには山よりも巨大な鬼。

 二面四手の巨躯の大鬼、千六百年前に討たれたという飛騨の大鬼神、その名はリョウメンスクナノカミ。

 

 エヴァは眼前の存在に一度身を震わせ、口で弧を描き声無く笑い、士郎は既に自身の内にこの巨人を打倒しうる宝具を待機し始める。

 

 肩口には何時ぞや見た女。西の術者天ヶ崎千草。

 千草はエヴァ達の存在に気が付いたのか、自身が手に入れた力を誇示しようと口を開きかけたが、何か引っかかりを感じて怪訝そうにしながらもエヴァを凝視した。

 

 見つめられたエヴァは嗜虐性を浮かべた笑い、それは親しい者には見せない凄惨な笑み。

 千草は直感した。それは何時ぞや見た化け物、自分の護鬼二体を瞬殺した化け物、次出会ってしまったら自身に終末を告げるだろう化け物。

 

 千草は自身の考える絶対の力を手に入れたのも忘れて、声にならない悲鳴を上げた。

 遠目にも泡を食ってうろたえているのが見えて、エヴァは脅しすぎたかと鼻を鳴らした。

 

「あ、あなたはエ、エヴァンジェリンさん! それに茶々丸さんも!? ど、どうしてこんな所に!?」

 

 ネギは新たな年度を迎えて一度もその姿を現さなかった自分の生徒が、それもこんな切迫した戦場に出現した事に目を剥き、驚愕の叫びを上げる。その驚きは側にいた士郎と刹那の事も目に入らなかったほどに。

 

「二度もくどくど説明する気は無い。手短に言うと私は援軍で、貴様の役目はもう終わりという事だ。さっさと尻尾を巻いて逃げ出せ」

 

 満身創痍では無いものの、ほぼ魔力体力共に枯渇しているネギ。戦力どころかただの足手まとい、たとえ完全状態でもエヴァには使う気はさらさら無かったが。

 

「逃げ出せって、そんな!?」

 

「そんななりで貴様に何が出来る」

 

「で、でも……。そ、それにエヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか!? もうこれ以上僕の生徒を巻き込みたくないんです!?」

 

 失望の溜息を吐いて、もう興味を失ったとばかりに視界からその存在を除外する。

 

「茶々丸、坊やを捨てて来い」

 

「ハイマスター」

 

「あ、え? ちゃ、茶々丸さん!?」

 

 エヴァの言葉に従い、ネギの襟首を捕まえて有無を言わせないまま森へと引きずっていく茶々丸。

 

「良かったのか?」

 

「構わん。どうせ居ても邪魔になるだけだ」

 

「確かに無力な子供がこんな戦域に何時までも留まっている方が危険だな……」

 

「それで、桜咲刹那。貴様は何時までそうしているつもりだ?」

 

「……何の、事ですか?」

 

 エヴァの言いたい事は分かっているはずなのに、刹那は逃げる様に言葉をはぐらかした。

 

「士郎の事は気にするな。私の事すら肯定する人間だぞ?」

 

「え?」

 

 刹那は呆けたように警戒を続けている士郎の背中へと視線を向けた。士郎も向けられた視線に気が付いて振向くるが、視線の意味に気づく事無く小首を傾げる。

 

「…………」

 

 士郎の顔を暫く見つめていた刹那だったが、意を決して自身の忌まわしい血の象徴、白い翼を顕現させる。刹那は心配そうに士郎の顔を覗き込むが、そこに危惧した感情の色は無かった。

 

「俺はあの高度まで飛んで、あの少女を助けることは出来ない。出来る事なんて君の支援か、敵を打倒する事だけだ。だから頼む」

 

 それは刹那には思ってもみなかった言葉。

 

「は、はい。お嬢様を助けるのは私の使命ですから……」

 

 しどろもどろになりながらも、刹那がしっかりと自分の意思を示した事に、士郎は頬を緩ませてそうかと頷く。

 刹那は初めて会って、初めて言葉を交わす人間が自身をあっさりと肯定して見せた事に目を白黒させるしかなかった。

 

「あ、あのこの翼は……」

 

「……? 俺は綺麗な翼だと思うが?」

 

 それ以外に何かあるのかと逆に視線を返されて、刹那はどう答えていいのか分からず、思わず助けを求める様にエヴァへと視線を向けてしまう。

 

「……こんな奴だ」

 

 くっくっくとエヴァは喉を殺して笑い、刹那も力の無い、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「桜咲刹那、あのデカブツは私がケリを付ける。貴様はとっとと近衛木乃香を取り戻せ! 私はあまり待たないぞ?」

 

「は、はいっ!」

 

 緩んだ気を締め直す為のエヴァの喝。

 そしてどこか不信げに眉を顰めて口を開いた。

 

「刹那」

 

「は、はい、何でしょうか?」

 

「アレは、私のだ。手を出すんじゃないぞ?」

 

「え、あ、あの、その……。い、行ってきます!」

 

 頬を染めながらわたわたとする刹那だったが、結局返事をしないまま大きく翼をはためかせて空へと。

 

「……逃げたか。まったく最近の若い者は」

 

 エヴァは疲れたように肩に手を置いて、ゆっくりと首を回す。

 

「い、いつまで私を無視しとるんや!」

 

 絶対の力、リョウメンスクナを手中に収めている事で自分を取り戻したのか、天ヶ崎千草がエヴァに向かって声を張り上げた。

 

「士郎、貴様は一切手を出すなよ」

 

「エヴァ?」

 

 囁くようなエヴァの言葉に、士郎は怪訝そうな表情を浮かべるが、もうすでにエヴァは背を向けていた。

 エヴァは封印された巨石から上半身だけ覗かせているリョウメンスクナへと続く祭壇をゆっくりっと進む。

 

「おい、女。私は言ったはずだよな? 次は無いと」

 

 祭壇の床板を軽く蹴って空へと。

 

「こ、このかお嬢様の力でこいつを完全制御可能な今、もう私に怖いもんはないんや! あんたを蹴散らして、東に巣食う西洋魔術師どもも――」

 

「貴様の目的なぞ知らん、口上すら聞く価値なぞない。貴様はここで負ける、それが決定事項だ!」

 

「な、何を言うて――」

 

 千草の言葉を無視して、エヴァは宙へと浮かび上がりながら士郎へと振り向く。

 

「士郎、貴様はそこで見ていろ。そして私という存在を知れ!」

 

「……エヴァ」

 

 恐怖に駆られた相手が自分に背を向けている、その隙を逃す千草ではなかった。

 リョウメンスクナの右手の一本が宙に浮かぶエヴァを叩き落とそうと迫る。

 

「エヴァ!」

 

 士郎は瞬時に待機させていた宝具を投影した。そしてエヴァを脅かそうとする敵を――

 

 リョウメンスクナの手がエヴァに接触したかの様に見えたが、僅かな隙間をもって拮抗していた。

 

「士郎、私を信じろ」

 

 それは囁くような、優しげな声。それでも士郎の耳にはしっかりと届いた。

 士郎はエヴァを信じ、投影していた宝具を消す。

 

 エヴァはそれを見て目を細めて笑う。その目はそれでよいと言っているようで。

 

「そう心配するな」

 

 エヴァは伸ばしていた手に力を込めた、障壁がいっそう強まり、砕ける。そして反動でノックバックしたリョウメンスクナの手を、一瞬で展開した断罪の剣で手首から斬り飛ばした。

 

 手首を切断された痛みの所為か、反射的にもう片方の手が迫るが、エヴァはひらりと躱して空へと高く舞い上がった。

 

「なっ、スクナの腕を!」

 

「女、何時までも私だけを構っている余裕があるのか?」

 

「なんやて!?」

 

 状況を伺っていた刹那は好機と取り、翼で風を切りながら湖面すれすれからリョウメンスクナの体を舐める様に一気に上昇。内側へと侵入してみせた。こうなってしまえばいくらリョウメンスクナの力が巨大とはいえ、手は出せない。

 

「お前は!?」

 

「天ヶ崎千草、お嬢様を返してもらうぞ」

 

 千草は慌てて猿鬼と熊鬼の二匹の護鬼を召喚するが、烏族の力を解放した刹那には二匹の護鬼では力不足だった。

 護鬼は刹那を足止めする事も敵わず、千草は刹那に木乃香を奪取させられた。そして刹那はすぐさま木乃香を抱えて高速で戦域を離脱する。

 

「お、おのれぇ、ひよっこの神鳴流剣士が! し、しかしこのスクナの力を持ってすればすぐに取り戻し――」

 

「おい女、貴様が相手にしようとしているのは誰だ?」

 

「――!?」

 

 空中で足を組みながら見世物を見るかのように見守っていたエヴァはゆっくりと足を解く。千草は忘れていたと顔から血の気が引くが、恐怖を押さえ込むように叫んでいた。

 

「の、呑気に構えて! こ、後悔しても知らんえ!」

 

「そうか?」

 

 いっぱいいっぱいの千草とは対照的に、エヴァはあくまでも余裕の笑みを絶やさなかった。

 刹那が木乃香を抱えて戦域を離脱して行くのと同時、森へネギを置いてきた茶々丸が上空でエヴァと合流を果たした。

 

 リョウメンスクナが全力稼動するより早く、エヴァは命令を下す。

 

「茶々丸!」

 

「はい、マスター」

 

 茶々丸はエヴァの言葉に頷き、砲を腰溜めに構え結界弾を放った。

 

「この質量相手では十秒程度しか拘束できません。お急ぎを」

 

 エヴァは茶々丸の言葉に頷き、一瞬だけ士郎へと視線を向けた。

 

 ――安心しろ士郎、私は負けんさ。

 

 結界に取り込まれ、内側で暴れるリョウメンスクナだったが逃げる術はない。

 例え、十数秒程度で砕ける結界だとしてもエヴァには十分だった。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」

 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだけの始動キー。それは全ての魔法の基点。

 

「契約に従い 我に従え 氷の女王」

 

 詠う様に、囁く様に紡がれる呪文の言語は、高位とされる古典ギリシア語系。

 

「来れ とこしえのやみ」

 

 一小節言葉を紡ぐ度に世界がエヴァに屈していく。

 

「えいえんのひょうが」

 

 ここに、今もって人間の科学力では到底手の届かない世界が顕現する。

 150フィート四方の空間が極低温、ほぼ絶対零度の領域へと堕ちたのだ。

 

 絶対零度のその世界。空気中に存在する、窒素、酸素、二酸化炭素、全ての大気が軒並み液体化。瞬間的に湖が氷へと変貌して、それは魔法の範囲外まで足を伸ばす。

 安定を望む世界は、150フィート四方外を喰らおうとする。

 それは大気の液化により消失した空間を補う為に物質を。

 それは極低温と為った世界を元に戻す為に熱量を。

 

 その結果、気圧の変化により魔法の中心部へと吸い込まれるように風が吹き、魔法の及ぶ空間外の気温が急激に下がって行く。それは空間内が安定しきるまで止まらない、死への誘い。

 

 そしてそれだけではない。

 絶対零度と化した空間内では局在的に古典力学の世界を捻じ曲げ、量子力学的世界が顔を覗かせる。それが意味する事はラプラスの悪魔ですら手が届かない絶対の空間となった。

 

 絶えず甲高い音を響かせる世界で、エヴァは横目で士郎へと視線を向けた。

 目の前に展開される世界に声も無い士郎。

 エヴァはふふっと笑い、再び正面を向く。

 

 心は穏やかで、落ち着いていた。

 力を誇示させるのが真の目的ではない。

 敵を排除するのが真の目的ではない。

 ただ自分を知ってもらう為の魔法。

 

 いままでこんな気分で魔法を使った事なんて無かった。

 とてもとても不思議な状態。

 

 でも終わらせよう。

 ここから繋ぐ二つの派生の一つ、完全凍結殲滅呪文へと。

 

「全ての 命ある者に 等しき死を」

 

 重い重い音を鳴らして、世界が軋む。

 

「基は 安らぎ也」

 

 さぁ、休め。お前の時はここで終わる。

 

「“おわるせかい”」

 

 世界全てが砕け散った。

 

 戦闘があったなんて思わせない穏やかな笑みで、ゆっくりとゆっくりと降りてくるエヴァ。

 緩やかに髪を靡かせて、士郎へとその細くて小さい手を差し出して。

 もう手を伸ばせば捕まえることが出来る距離。

 

 ――士郎は幻視した。

 

 冬と名のつく自分が育った街で、何よりもかけがえのない大切な人を亡くした日を。

 冬なのにあまり雪が降らない街。それなのにあの時は彼女を象徴するかのような雪が降った。まるでこの煌き輝く氷の結晶が舞うように。

 それは大切な思い出とともに、濃密な死の影を落とす。

 

 だから、誰よりも、何よりも早かった。

 

「障壁突破“石の槍”」

 

 声を掛けるなんて無為な事はしなかった。

 力任せにエヴァを引き寄せ、背後へ放る。

 今この瞬間、出来たのはそれだけ、でも士郎にとって必要十分な行為。

 

 自分の腹を進む石槍、士郎は歯を食い縛り呻く事無く耐えた。

 

「え?」

 

 呆然としたエヴァの声。振向いた頬に血の飛沫が飛んだ。

 

 腹に風穴が開こうが士郎は止まらない、それで止まるようなら今尚こうして立っている事は無い。そこに真の意味で衛宮士郎の敵が居るのだから。

 何千、何万と繰り返し続けた中でも会心の、最速の投影。それは作られた時に捧げられたその思いが士郎を押したかの様に。

 

 殺意を持って士郎は己が一番信じ続けた干将莫耶を振る。

 白の莫耶にて右薙ぎの斬撃、亀甲紋の干将による刺突。

 

「――――」

 

 士郎の斬撃に晒され、体が崩壊しつつも口を開こうとするフェイト。だがそれを許す士郎ではなかった。

 干将莫耶を至近距離で暴走、爆破。フェイトと呼ばれた少年の虚像は跡形も無く消滅した。

 

 満身創痍、だか士郎は緊張感を解かないまま残心。

 火傷で爛れた自分の手を、今まで干将莫耶を握っていた手へと視線を落とした。

 

 衛宮士郎は、確かにこの瞬間、衛宮士郎として剣を振れていた。

 今まで理想が、現実が士郎に剣を振らせていた。

 

 でも今の剣は、そのどれとも違った。

 自分が自分の為だけに振れた剣、それは最後に自身にとってエヴァがどのような存在か教えてくれた。

 

 ――なぁ、イリヤ。もし、エヴァとずっと一緒に居れたなら、俺にも幸せを感じる事ができたのかな?

 

 士郎は激しく咳き込んで、血塊を吐いた。

 聖剣の鞘の加護でいくら死ににくいとはいえ、限度はある。

 もう既に聖骸布のコート半分が、自身の血でどす黒く染まり始めていた。

 

 このまま治療しなければ長くは持たない、いや治療しても間に合うかどうか……。それは幾度となく死線を彷徨い続けた士郎の結論。

 

 明確な死が訪れようとしているのに、それでも士郎の心は落ち着いていた。

 でも、一つの悔恨がある。エヴァとの約束を守れなかった事。

 

 士郎は思う、エヴァにとって自身はどういう存在なのだろうかと。

 憎からず思っているのは確実だとは思うが……。

 

 答えを聞くには圧倒的に時間が無かった。

 もう意識を保っていられない、自身の時が終わりかけている。

 

「し、士郎?」

 

 自分の内に埋没していた士郎はエヴァの声に反応して、ゆっくりと振向いた。穏やかな表情のまま。

 

「エヴァ、大丈夫か?」

 

「あ、ああ。私は大丈夫だ」

 

「そうか、良かった」

 

 士郎は笑った、まるで自分が救われたかの様に。

 

「――それと、ごめん」

 

 そして悔恨の混ざった謝罪の言葉。

 どこまでもいつまでも共にいると言った事が嘘になってしまったと。

 

 士郎は崩れ落ちた。

 

 これは罰なのか?

 もう当の昔に諦めた日常の幸せ、それが見えたような気がした。

 未来、それを思うだけで少しだけ心が温かくなっていた。

 

 そんな風に思うなんて何時以来だ?

 意識しなくても、笑みが零れていた。

 一日中笑っているなんて、長い時を生きてきた私の記憶にもなかった。

 

 ――幸せを願った結果が、このザマか。

 

 この身が吸血鬼に堕ちた時、神を呪ったが。

 つくづく神というヤツは私が嫌いらしい。

 

「マスター!」

 

「あ?」

 

 いつの間にか膝が震えて、私は倒れ伏す士郎から一歩足を引いていた。

 茶々丸は私の背後から駆け寄ると、士郎を抱き起こす。

 

「マスター!」

 

 私は震える全身を抱いて、立っていられずにその場に腰を落としていた。

 この感情はなんだ?

 このどうしようもない、まるで目の前が暗く染まって行く感情は……。

 

「マスター! しっかりして下さい! 士郎さんを救える可能性があるのはマスターだけなのですから」

 

「ちゃ、茶々丸?」

 

「マスター! いいんですか!? こんな所で無くしてしまって! お願いします。士郎さんを! どうか――」

 

 声にもならない茶々丸の嗚咽。

 今まで一度としてそんな姿を見せなかった茶々丸に、私は唇を噛み切り、自身を取り戻す。

 

 ――なんて、無様!

 

「茶々丸、きっと士郎を助けてみせる。私は誓ったんだ、絶対にこいつを手放さないとッ!」

 

「はい、はい! それでこそ私のマスターです!」

 

 大見得を切っても、震えは止まらない。だが私はやるしかないんだ!

 私は震えながらも、茶々丸から士郎を受け取る。自身の血に塗れて、もう意識のない士郎を。震える手で、私は膝に士郎の頭を乗せる。

 

 ……まだ、まだ大丈夫だ、まだ息をしている。

 安らかに微笑む、腕の中の士郎。

 自身が救われたような笑みを残して、……いや、きっと救われたのだろう。

 

 どこか危なっかしい姿ではない。

 地に足を付け、確固たる自己の意識と共に居た。

 磨耗した理想を、ただの折れた剣としてではなく、“衛宮士郎”が確かに目の前にいたのだ。

 

 私は覗いた士郎の記憶を辿る、死に掛けのこの士郎を救う手立てを探す為に。

 こいつは治癒の技術なんて持っていない。

 

 だがそれでも、幾度と無く死線を超え、その都度こいつは生還してきた。

 それはかの騎士王の聖剣の鞘があったからだ。

 

 こいつと仮契約を交わし、魔力を無理やり注いで聖剣の鞘を活性化させるか?

 ……いや、それよりももっと確実な手がある。

 

 私だけが出来る、問答無用で救うことが出来る術を

 きっと、きっとこれなら!

 

「――ッ!」

 

 そんなのは! そんなのはただの言い訳だ!

 これは、これからする事は、ただの私の浅ましい願望だ!

 何を言われようと、何をされようと私は許容しなければならない。

 私が、かつてそうした様に……。

 

「なぁ、士郎。貴様は私を殺すか?」

 

 士郎の頬を震えが止まらない手でそっと撫で、私は士郎の唇に触れるだけのキスをする。

 さぁ、これからが本番だ。

 

 今では誰一人として知る者の居ない魔法陣を、私と士郎の下に展開させる。

 

 まだ辛うじて息をする士郎に覆いかぶさり、その首元に齧り付いた。

 私は何時の間にか泣いていた。

 

 もう後戻りは出来ない。

 

 衛宮士郎はここで死ぬ。

 私が、殺すのだ。

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