誰かの傷になりたい怪物の話 作:あああ
そこには一人の怪物がいた。
人を護るために、滅茶苦茶な力を我武者羅に求めて、人を滅ぼす程の怪物になった元人間。
風の音が聞こえる。朽ちた建物の瓦礫の隙間を焼けた風が吹き抜けていく。悲鳴が聞こえる。助けを求める声、恨み言を吐き出す声、疑問を吐き出す声が周辺の瓦礫に反響する。
少年は横たわる怪物を眺めていた。近くにいる神格に敗れた怪物を。
「どうか許して欲しい」
怪物の懺悔を少年は聞いていた。否、少年の身体から抜け落ちる赤色の命がそれ以外を許さないだけだ。
「我らの愚かを」
少年には終末に抗う力が足りなかった。
終末。それは、宇宙の寿命が近いことによって生じた小さな綻びから始まり、存在を維持するために進化し続け、いずれ宇宙の法則を喰らうほどの脅威になるとされる事象。確認される終末の件数は年々増加しており、現在確認されたのが10897件で、解決済みが1180件だとされ、根絶が困難となっている。
この終末に対抗する組織はいくつも存在しているが、少年はその中でも力を持っていたカウス・インスティトゥートという学校に所属していた。生徒に特殊能力を有する剣を与える斬撃の天使から『斬撃』を貰い、戦えると思い上がった。
結果はこの様だ。無意味に少年は、この世界は終わる。
怪物はそんな少年を憐れむ様に告げる。
「この力は本来の【碧】には程遠い。異物も混じっていて、所持しているだけでこの世界の修正力に弾き出されかねない」
莫大な力が少年に流れ込む。欠損していた腕が生える。傷が否定されていく。
「だが、この力は私たちがこの世界に生きた証だから…どうか忘れないでほしい」
世界を滅ぼす怪物に託されたその力は、世界を守るために紡いだその力は、何の因果かたまたま生き残った白凪藍色に託された。これを祝福とも加護とも呼ぶだろうが、本質は呪いだ。
怪物が言った通り、この力は世界にとっては異物であり、世界を正しく保とうとする力から逃れられない。画して、藍色は長い間一つの次元にとどまることができない不自由な身となってしまったのだ。
これはそんな少年が終末に足搔く物語だ。
次元という概念がある。平行世界という奴だ。次元は無数にあって、【碧】の力を一定以上使用すると藍色はその次元から別の次元に飛ばされる。異物を排除する世界の機能が、【碧】の由来と化学反応を起こした結果、そんな不可思議な状況を起こした。
【碧】の力を使わずに数年を過ごした次元もあれば、数日で移動した次元もある。あの日、12歳だった少年は17歳に成長し、多くの悲劇と別れと諦観を見てきた。
終末停滞委員会と呼ばれる終末による世界の崩壊を先延ばしにする為に活動している組織がある。数多くの次元で観測され、主に三大学園と呼ばれる有力な3つの学園によって構成されているが、彼らがいてもなお世界は滅びていた。
どうせ世界は滅びる。
長く世界にいられない自分は誰にも覚えてもらえない。
自分がいた次元と同じく、無意味に、無価値に、忘れられる。
それがどうしても耐え切れずに、彼は様々な次元で戦った。凶悪な終末を退け、時には世界を掬い、時には魔王と共に世界を滅ぼした。しかし、それでも誰かの何かになれた気はせず、虚しかった。
希望が欲しかった。その希望に消えない傷として自分を刻みつけたかったのだ。忘れられないよう。
ただ、そんなことは淡い希望でしかない。
目の前の終末を相手にしながら、藍色は溜息を吐く。
この次元で彼は学園に所属していなかった。意味などないと思っていたから。それでも終末と戦い、学園の生徒を助けていたのはきっと予感があったからだ。
その終末は、滅びの触手を持つ怪物だった。崩落した遺跡の中でその終末は滅びを振りまいている。異常なR値の高さだ。周囲の法則を捻じ曲げているのだろう。
先にこの場で戦っていた蒼の学園の生徒たちは壊滅していた。生き残りは数人であり、少年は諦観を抱いていた。自身の『斬撃』では守り切れない。しかし、【碧】を使っても倒しきれないだろう。
この次元に来るのは2度目だ。時代が違うが間違いなく桜次元。だから異物だという認識が僅かに薄い。前よりも多く力を振るえるだろう。本来であれば、あの優しい怪異の王に会うまで留まりたかったが仕方がない。
「それでも結果は同じだろうな」
以前よりは長く滞在できるとしても、この終末を倒しきる前に限界が来る。
そんな予感を振り払うように、首を振って少年は剣を構えて立ち上がる。雨を切り払うように剣を振り回し、怪物に突き付ける。飛沫が散り、血で染まった地面を濡らす。
「勇気とか正義とか、そういう綺麗な物じゃない。だけどお前にはそれで十分だろ?」
「shagtduyiuaoijekwmlspj」
終末の理解不能の声が響いた。
藍色が【碧】を使い走りだそうとした次の瞬間、それは現れた。
「運命とは私!私自身が宇宙のサダメ!天上天下唯我独尊!」
──桜色。
「……は?」
そこにいたのは桜色の少女だった。桜色の髪にウサギの耳が生えている美少女。その琥珀色の眼が、いつかの怪物を想起させる。
桜色のエネルギーが、足に絡みついていた触手を飲み込む。
「さあ、ショー・マスト・ゴー・オンと行きましょうか!」
ガチャガチャしたロックンロールの音楽が流れ出す。それは10年前のウルトラヒットソングだ。バキバキの爆音。流れるようなベースライン。馬鹿みたいな歌詞の羅列。
「ダンスはお得意?へたっぴだったら吹っ飛んでいけ!」
桜の少女が振りかぶったのは、ギターだった。もちろん、ただのギターじゃない。大きなジェットエンジンの付いた馬鹿みたいな形のレスポールで、赤い炎をごうと吐き出しながら、マッハ3の速度で触手の終末をぶん殴った。
ギターを握って、力の限り叩きつける。轟音と共に大地が揺れた。恐ろしい程のショックウェーブが天井が落ちていた遺跡の内装を破裂させた。それでも触手の終末の体は微かに欠けただけだった。
「ohaudihqehwiohugbjcnih」
ギターを思いっきり握って、振り下ろし続ける。
「私は人間を超越した最強の美少女・恋兎ひかり!終末ごときが、頭が高いのだわ!」
壊れろ。
「……っ、何だ?この純度の高い桜色のエネルギー………ッ」
壊れろ。壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ。
「らぁあああああああああああああああああああああああああッッ!星屑になれぇ!!!!!」
何もかもをぶっ飛ばしたその一撃は、かつて藍色が憧れた絶対的な力でそれは希望だった。次元が滅んでも、自分を覚えておいてくれる人間。
藍色の心が、【碧】の力が叫んでいた。
目の前の少女に