誰かの傷になりたい怪物の話   作:あああ

2 / 2
第2話

■月◇日

 

この日記は18回目の次元移動後の日記であり、以後この次元を桜次元と呼称する。

 

桜次元で過ごして3日目。俺は蒼の学園に連行された。『異端審問室』という部屋に連れていかれ、問答をしばらくした後監視付きで生徒になることになった。俺が別の次元から来ていると知った上で、生徒会長エリフ・アナトリアが許可した。思惑は知らないが、おそらく俺を戦力としたいわけではなく、別の狙いだろう。

 

一応、この次元における蒼の学園の立ち位置を書く。フルクトゥスの第12地区にある、三大学園のひとつ。最多の終末無力化件数という実績はあるが、倫理的な問題も挙がっており、他の学園から非難されることがある。下部組織のイルミナティは情報操作や反現実に関する研究をしている。銃痕の天使という終末を所有しており、蒼の学園の生徒に与える銃痕と呼ばれる能力は、所有者の渇望を具現化したものであり、渇望に伴って強くなる反面、代償も大きくなる。銃痕のエネルギー源は所有者の魂魄流動体。魂魄流動体は持ち主が渇望を叶えようとする時に活性化する性質があるため、銃痕はそれを利用してるそうだ。これは斬撃と同じだ。

 

桜次元は俺の元居た次元とかなり近い次元だ。だから、蒼の学園は知っていたが、恋兎ひかりという存在はいなかった。あの存在こそがこの次元を長く生かしているのかもしれない。そう考えるだけでゾクゾクする。あれほどの存在に俺を刻めれば、きっと満ち足りるのだろう。憎しみでも悲しみでも恋でも何でもいいが、

 

早くあの女曇らせて俺を刻み込みたい

 

とりあえず、仲良くなることから始めよう。数週間ほどだけらしいが、俺は恋兎班で過ごすようだし。

 

■月◇日

 

恋とかそういうのは難しいそうだ。これが結論だ。というか、こういうタイプは守れなかった枠で傷を残すのが一番いいと今までの経験で思う。問題があるとすれば、同じような枠がいるかもしれない懸念。恋兎班の人間を殺したら達成できるだろうか?これは否だろう。劇的な場面でないと駄目な気がする。そもそも、恋兎と敵対して殺せる自信が無い。んー、盤面が動くのを待つか。

 

■月◇日

 

銃痕の天使は非常に性格が悪いと思う。これが俺の渇望というわけか。使いづらい。自分の情報を記録し、10分後の自分に上書きする。過去の自分に戻れる能力といえば、便利だがこれが渇望由来というのが笑えない。あの怪物に顔向けできない。

 

 

「これからあなたは私の部下。もとい下僕。朝には必ずお砂糖たっぷりのコーヒーを持ってきて、三回回ってワンと鳴けと命令されたら喜々としてそれをやるのよ」

 

朝に呼び出された女子寮の居間にて。恋兎班の隊長──恋兎ひかりは、鼻高々にそう言った。

 

「びっくりするぐらい横暴だし、俺が女子寮に呼ばれたの普通にアウトでは?」

 

「メフ先輩がいなかったのが幸いしましたね!小柴は気にしないですっ」

 

「小柴後輩はいい奴だなー」

 

藍色は頷きながら、朝食のサンドイッチを食べる。女子寮には三人の生徒が住んでいる。一人は恋兎ひかり。もう一人は、この場でサンドイッチを頬張って小首をかしげている小柴ニャオ。最後の一人は、所用で数週間女子寮を開けているメフリーザ・ジェーンべコワという少女だ。ちなみに、小柴は中学一年生であり藤紫色の髪をツーサイドアップにした、小動物のような少女だ。

 

「この学園では大した上下関係なんてないと聞いているんだが?先輩、後輩だろ?」

 

「そーっ。私、先輩。人生の先輩。キミタチは後輩。つまり雑魚。アンダスタン?」

 

「アイキャント」

 

「分かったら新入り、その美味しそうなサンドイッチをよこしなさい」

 

「マジで話聞かないな、この隊長」

 

藍色は恋兎にサンドイッチを渡した。

 

「あら、なかなか素直じゃない。よいこポイント、3点あげちゃう。いただきまーっ♪」

 

恋兎はニコニコで朝食にありついた。

 

「ぎゃ──! なにこれ辛っ! わふっ、わふっ、わふっ。ばかっばかばかっ。舌!舌が!舌が痛い!痛いのだけれど!みゃ──!!涙出てきた!うわ──ん!」

 

「小柴、すでに藍色先輩がこの空間に慣れてるのが驚きですぅ」

 

小柴に借り受けた激辛スパイスの瓶を持って笑っている藍色を見て、感心する小柴後輩。恋兎は甘党だったのか、急いで冷蔵庫から牛乳をコップに注ぐと舌を牛乳に浸す。

 

「ひーっ。にゃんでゆわないのよーっ。ひたっ。ひたっ、なくなっちゃったっ」

 

恋兎は偉そうだし実際偉いのだろうが、こういうところで人間臭い。

 

「で?恋兎先輩、何で俺は女子寮に呼び出されたのかな?監視対象とはいえ、ここに住んでいるつもりはないんだが」

 

「ひーっ、痛かったのだわ!藍色をここに呼んだ理由?そろそろ、藍色の戦力的価値を見定めろってエリフから言われたから、仕事の話をしようと思って」

 

そう言って、恋兎は紙束を渡した。そこに書いてあったのは、とある終末の情報だった。

 

【No987『色彩の融解(パレット・アウト)』】

 

性質ー 概念侵食

 

来歴ー ある日、空の一部から「青色」が剥がれ落ちたのを皮切りに、その街の一角におけるあらゆる物体から少しずつ「色」が液体となって流れ出し、混ざり合い始めた現象。原因は不明だが、「観測者の認識限界によるテクスチャの剥離」と推測されている。

 

詳細ー 世界から個別の色が失われ、すべてが濁った灰色、あるいはマーブル状のどろどろとした液体へと変化していく終末。

リンゴを剥けば赤い汁が床に広がり、リンゴ自体は無色透明になる。空からは青い絵の具のような雨が降り、地面はキャンバスを洗った後の筆洗器のように濁っている。

 

人間も例外ではなく、感情が昂ると目元から「その時の感情の色」が涙のように溢れ出し、身体の色が薄くなっていく。最終的には個人の境界線すら曖昧になり、風景の中に溶け込んでしまう。

 

ただし、実際に侵食されるまで認識が困難。

 

「すでに一つの街が呑み込まれているそうよ。すぐにでも解決し止めろって言われているのだわ」

 

「なるほど、確かにこれはやばいな」

 

この系統の終末は非常に厄介で、力技が効きにくいのだ。トリガーとなった原因を潰せばいい場合は楽だが、そうでない場合は記憶処理や一帯を消し飛ばす必要がある。

 

「というわけでニャオと藍色で解決するのだわ!」

 

「は?」

 

「へ?」

 

藍色と小柴が驚愕で固まり、言葉にならない言葉を漏らす。

 

「私は監視役兼監督役だもの!よろしくね!」

 

バチコーン☆とウインクをした恋兎に引きつった顔で動けない二人。朝から波乱万丈な一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街は、水槽の底に沈んだ絵画のようだった。空からは粘り気のある青い雨が降り注ぎ、アスファルトに触れるそばから、街の輪郭をドロドロとした原色の濁流へと変えていく。

 

「………これはひどいな」

 

藍色は、自身の腕から滴り落ちる雨を眺めて溜息をついた。蒼の学園の制服は、反現実の影響を受けにくい特別性だが、それも時間の問題だった。

 

先行した部隊の情報を推し量るに終末の正体は、ある一人の少女だ。人型終末、現実改変能力者の暴走だろう。暴走の原因は不明だが、早急に少女を捉える必要がある。

 

「小柴後輩と恋兎はここに待機。俺の力量把握なんだ。いいだろ?」

 

「え!?こ、小柴も行きますよぉ!いいですよね?」

 

「もちろん構わないわ」

 

「………基本は俺がやるからな」

 

資料に記載されていた少女が目撃されたビルを目指して街中を走る。

 

藍色は溶けかけた階段を駆け上がった。 一段踏みしめるごとに、靴の底から「歩く」という概念そのものが剥がれ落ちそうになる感覚。頂上に辿りついた時、そこにいたのは透明なほどに白い少女だった。

 

「ッ………これは」

 

小柴が息を呑んだ。

 

彼女の瞳だけが、異常なほど鮮やかな赤色を放っている。その赤が、彼女の頬を伝って涙としてこぼれ落ち、世界を溶かす触媒となっていた。

 

「来ないで」

 

少女が声を上げた瞬間、空間そのものが波打った。

 

「私と一緒に混ざってよ。そうすれば、もう誰が誰かなんてわからなくなる。寂しいなんて、思わなくて済むの」

 

少女の瞳、正気はなかった。というか、生気がない。むしろとある次元で嫌なほど嗅いだネクロマンシーに気配がした。

 

少女の手から放たれた極彩色の奔流が、藍色と小柴を飲み込もうと迫る。

 

小柴は藍色の腕を掴んで叫んだ。

 

「シャムシール!」

 

気が付けば、上ってきた階段の中腹まで移動していた。否、瞬間移動を行っていた。

 

「今のが銃痕か」

 

「そうですよー、危機一髪だったんですから感謝してください!」

 

小柴の「銃弾と標的を入れ替える」銃痕。標的であるシールを張った対象と弾丸の位置を入れ替えることが可能であり、今回の場合は階段に仕込んでおいた弾丸と自分にシールを張って入れ替えたのだろう。

 

「流石、恋兎班のメンバー。いい銃痕だ」

 

「藍色先輩、雑魚雑魚なんですかぁ?気を付けないと死にかねませんよ」

 

それは煽っているように見えて、心配しているのである。それを感じた藍色は小柴の服の汚れを払いつつ、銃痕を取り出した。

 

「それが先輩の銃痕ですか?」

 

単発式の拳銃であり、一目で戦うための武器ではないと思わされる代物だ。

 

「ああ、小柴後輩は少し待ってろ。ぶっつけ本番だから。碧の未練(エメラルドピストル)

 

拳銃で自分の頭を撃った。小柴の驚愕を置き去りにして、【碧】が顕現する。荒れ狂うそのエネルギーが周囲の反現実を鎮静化していく。

 

そして、軽いジャンプで屋上に戻った藍色は、剥き出しになった少女の懐へと潜り込んだ。彼女の目は驚愕に見開かれる。誰も、この危険地帯に飛び込んでくる者などいなかったからだ。

 

「恨んでいい、どうせ終わる脆い世界だ」

 

藍色の手が、少女の顔面に鋭く打ち込まれた。瞬間、撃ち込まれた場所から【碧】が吹き荒れる。絶対的なエネルギーが少女の存在を消し飛ばす。

 

少女の意識が断絶した瞬間、世界を覆っていた粘り気のある色彩が嘘のように動きを止めた。空から降っていた色の雨は霧散し、ドロドロに溶け出していた街の輪郭が逆再生のように元の無機質な色彩へと固定されていく。

 

「おやおや、殺してしまったのですか?ひどい方だ」

 

振り向くとそこには、フードを被り顔を隠した男が立っていた。

 

「ネクロマンサーが不思議なことを抜かすな?お前だろ?あの少女を操作してたの。どこの反現実組織か知らないが、いい迷惑だ」

 

その【碧】の威圧を受けて顔を歪めつつも、男は笑う。

 

湿った死臭が静寂を侵食していた。

 

屋上の縁に佇む男は、もはや生身の人間には見えなかった。泥濘のような漆黒のローブから覗く指先は白骨化し、フードの奥に灯る紫の双眸が獲物を定める捕食者のごとく藍色を凝視している。

 

「………嘆け。死は永劫なる隷属の始まりに過ぎぬ」

 

男が地を這うような声で呪文を紡ぐと屋上のコンクリートが脈打ち、腐敗した肉塊の波が藍色の足元へ押し寄せた。土の下から這い出してきたのは、生前誰かの一部であったはずの指や腕が継ぎ接ぎにされた、歪な屍たち。ズルリ、ズルリと肉を引きずる音が屋上を汚していく。

 

「三下だな」

 

銃口を向け引き金を引いた。弾は出ない。その代わり、【碧】のエネルギーが圧縮され放たれた。光線の如き、エネルギーは肉塊を一掃する。

 

「藍色先輩!大丈夫ですか!?」

 

階段を駆け上がってきた小柴を見て、笑みを浮かべた男が大量のスケルトンを召喚する。標的は小柴だ。

 

「下がれ小柴後輩!」

 

再度銃口を向け、敵を一掃した藍色の目の前に男が肉薄していた。無理に体を捻り、【碧】のエネルギーを纏った蹴りを放った。

 

「狂気の印」

 

男が持っていたのは剣だった。もちろん、普通の剣ではない。それは『斬撃』だ。禍々しいその剣が【碧】に触れ莫大な衝撃を反転させた。それは津波の如く凄まじい勢いで、藍色目掛けて返ってくる。

 

藍色の攻撃がそっくりそのまま藍色に返ってきた。藍色なら躱せる。しかし、直線状にいる小柴は躱せない。シャムシールで移動するには早すぎた。

 

「恋兎!!!!!受け取れ!」

 

藍色は叫び、近くにいた小柴を回収し全力で放り投げる。衝撃に対し、【碧】で壁を作ろうとするが、やはり間に合わない。

 

凄まじい衝撃で、全身の骨が砕ける。碧色の奇跡が一瞬でそれを補修するが、すぐには立ち上がれない。藍色はえぐれた地面の中で片膝を突いて痛みに顔を顰める。

 

「よく頑張ったのだわ!後は最強無敵の美少女!恋兎ひかりにお任せッ!」

 

恋兎は跳躍した。そして空を文字通り駆け抜ける。

 

「!?」

 

その挙動に目を丸くする男。回収した小柴を抱きかかえながら、純度の高い桜色をばら撒く。

 

恋兎は、稲妻のように直線で走ってギターを握る。亜音速の速度で。宇宙猫状態の男を見ながら、恋兎は大きく息を吸って叫んだ。

 

「ぶっ飛びなさい!」

 

結果はお察しの通り。この時点で藍色は作戦と準備なしで恋兎を曇らせるのは無理だと確信するのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。