大切な生徒が取られてしまう話   作:やま夫

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セイア「やあ ようこそ、ティーパーティーハウスへ。
このお冷はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、「ネタ小説」なんだ。済まない。
ネタに振り切れるなら全力でやれって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない」




桐藤ナギサの場合

 

 

キヴォトスの空は、いつになく透き通るような青に染まっていた。

 

トリニティ総合学園、その最高権力機関「ティーパーティー」の執務室。桐藤(きりふじ)ナギサは、かつてないほど上機嫌だった。

 

エデン条約を巡るあの大騒動、そしてアリウス分校との衝突。

 

それら全ての嵐が過ぎ去り、シャーレの先生の尽力によって、ようやくトリニティに平穏な日常が戻ってきたのだ。

 

「……ふふ。今日こそ、彼を誘い出しても罰は当たりませんね」

 

ナギサは鏡の前で、ティーパーティーのホストとしての威厳を保ちつつも、どこか「年相応の少女」としての柔らかさを残した微笑みを練習していた。

 

ターゲットは、物心つく前からの付き合いである「彼」だ。

 

エデン条約の最中、彼を巻き込むまいと距離を置いていたナギサにとって、この一日は悲願といっても過言ではなかった。

 

「これまで、私は彼のためを思い、最高の教養を与えてきました。……ええ、あんなに素晴らしい時間を共有してきたのですから、彼も私との再会を渇望しているはずです」

 

ナギサの脳裏には、彼との美しい思い出が蘇る。

 

 

 

『静寂の花園での園芸作業(6時間)』

 

「見てください。この品種のバラは、土壌のpH値が0.1ずれるだけで色調が変わるのです。さあ、一緒にこの雑草をピンセットで抜き続けましょう」

 

「(死んだ魚の目で)……あ、はい」

 

 

 

『難解な哲学書の朗読会(4時間)』

 

「この一節における『存在』と『無』の定義について、貴方の意見を聞かせていただけますか?」

 

「(白目を剥きながら)……え、あ……いいと思います……」

 

 

 

「ああ、なんて知的な青春! 銃火器と爆発にまみれた野蛮な環境とは無縁の、清らかな時間……!」

 

そんな期待を胸に、彼女は何気なく端末を開きました。そこには、先生が趣味で不定期に行っているというゲーム配信の通知が。

 

『【LIVE】シャーレ公式チャンネル:【ゲリラ実況】先生と生徒のFPS特訓!』

 

「あら、先生。……お仕事中にゲーム配信だなんて。どれ、少しだけ覗いて差し上げましょう……」

 

ナギサが指先で画面をタップした。それが、地獄の蓋を開ける合図だとも知らずに。

 

 

「――よっしゃ! 先生、今のスナイプ神がかってますよ! マジで最高! 脳汁出ますわ!!」

 

「ははは、君の誘導が上手いからだよ。次、右から来るぞ。抑えられるか?」

 

「任せてください! 先生の背中は、俺が一生守りますから!」

 

 

 

「…………え?」

 

ナギサの思考が停止した。

 

スピーカーから流れてきたのは、聞き慣れた、しかし「聞いたことのないトーン」の少年の声だった。 画面の中では、シャーレのオフィスで椅子を並べ、肩を組むほどの距離感でコントローラーを握りしめる先生と、ナギサが世界で一番大切にしている幼馴染が、それはもう楽しそうに、魂を共鳴させていた。

 

「……なんですか、これ。なんですか、この……この、不潔な光景は……!」

 

「ちょっと、ナギちゃん? 部屋の外まで『絶望のオーラ』が漏れ出してるんだけど、何事?」

 

そこに、ロールケーキの箱を抱えたナギサのもう1人の幼馴染である聖園(みその)ミカがひょっこりと顔を出した。

 

「見てくださいミカさん……! 先生が、先生が私の……私の幼馴染さんを、あんなに下品な光景に染め上げています……!」

 

「不潔って……あー、先生のゲーム実況? へぇ、ナギちゃんの幼馴染くんじゃん。すごいね、あんなに笑うんだ。ナギちゃんといる時って、いつも借りてきた猫みたいにガチガチなのに」

 

「なっ…………!?」

 

ミカの悪気ない一言が、ナギサの心臓を貫いた。

 

「そ、そんなことはありません! 彼が私の前で見せるのは『敬愛』と『信頼』に基づいた慎ましやかな態度であって……あんな、あんな……野生動物のような……野蛮で……楽しそうな笑顔は……ッ!」

 

「あ、認めた。ナギちゃんの前ではあんなに楽しそうじゃないって認めちゃった」

 

「黙りなさいミカ! 彼は……彼は私と一緒に、『18世紀の紅茶の関税の歴史』について語り合っている時が一番幸せそうでしたのに!!」

 

「それ、ナギちゃんが一方的に喋ってるだけでしょ。彼、絶対寝るの我慢してたよね? 逆によく耐えてたよね。私なら3分でロールケーキ投げて帰るもん」

 

「……っ!!」

 

ナギサの瞳からハイライトが消えます。 彼があんなに大きな口を開けて笑うのを、自分はいつから見ていないでしょうか。自分と一緒にいる時の彼は、いつも「生徒会長の幼馴染」として、礼儀正しく、どこか控えめな態度でした。

 

「私の方が、彼をよく知っているはずですのに……。私の方が、彼と……幼い頃から、砂場で泥団子を作っていた頃から一緒にいたはずですのに……ッ!」

 

画面の中では、彼が「先生、今のマジで神プレイっすわ! 最高!」と、見たこともないようなキラキラした表情で先生とハイ・ファイブを交わしています。

 

本来のナギサであれば、即座に正義実現委員会か、あるいは「自身の特権」をフル活用して配信を物理的にシャットダウンさせていたでしょう。 しかし、相手はあのエデン条約で自分を、そしてトリニティを救ってくれた恩人中の恩人、シャーレの先生です。

 

「うっ……ううっ……。先生、どうして……。どうして私から彼を奪おうとするのですか……。私、先生には感謝していますけれど……こればかりは、こればかりは……!」

 

怒りたい。けれど怒れない。 ナギサは、溢れ出る涙を指で拭うことも忘れ、ただ食い入るように画面を見つめ続けます。

 

脳内では、幼馴染との思い出が、先生と彼の楽しげなゲーム画面によって上書きされていく幻覚が見え始めました。

 

 

もはや正気を保っていられなくなったナギサは、棚の奥から「あるもの」を引っ張り出してきた。

 

かつて阿慈谷ヒフミから、友情の証として贈られたペロロのぬいぐるみである。

 

「ああ、助けてください……。ペペロンチーノ様……!」

 

「……ねえナギちゃん。それ、ペロロ様ね。あと名前がパスタになってるよ。ヒフミちゃんが見たら泣くよ?」

 

ミカのツッコミは、今のナギサには届かない。

 

「教えてください、ペペロンチーノ様……。どうして、私との『朝露を浴びながらの読書会(難解)』を『用事があるから』と断った彼が、先生との『FPS特訓』に参加しているのですか……?」

 

「そりゃ勉強よりゲームの方が楽しいからでしょ。ナギちゃんの趣味、全部『つまらなそうな趣味ランキング』で上位独占しそうなやつばっかりだもん」

 

「彼は……彼は私の淹れた紅茶を、いつも『美味しいです』と言って飲んでくれました……! なのに、なんですその……画面の隅に映っている、その茶色いシュワシュワした飲み物は……!?」

 

「コーラだね。ゲーマーのガソリンだよ。あ、彼、ポテチを素手で食べて、そのまま先生のコントローラー触ったよ。あーあ、先生笑ってる。仲良いねぇ」

 

「……っ!! 衛生管理はどうなっているのですか!? 私が彼に、『おやつは1日150キロカロリーまで、フォークを使って優雅に食べるように』と厳命したはずなのに! 先生は……先生は彼を、一人の人間ではなく、ただの『肥えた牡牛』に変えるつもりですか!!」

 

「ナギちゃん、言ってることめちゃくちゃだよ。嫉妬でIQがマイナスになってるよ?」

 

ミカは呆れ果ててロールケーキを口に放り込むが、ナギサの暴走は止まらない。

 

「……っ!! 彼は私に言ったのです! 『ナギサ様の淹れるダージリン以外、僕は飲みたくありません』と! あの言葉は……あの言葉は、コーラの強烈な炭酸にかき消されてしまったというのですか!?」

 

「ナギちゃん、その言葉たぶん『ナギサ様からダージリン以外の選択肢を与えられたことがない』って意味だと思うよ……」

 

ナギサは血走った眼で画面を見つめる。 画面内の彼は、先生とハイタッチを交わし、「先生、マジで愛してますよ!」と冗談めかして叫んでいた。

 

「あ、今の聞いた? 『愛してる』だって。ナギちゃん、先越されちゃったね」

 

「ああああああああああ!!」

 

次々と明るみになる真実の前にナギサの脳は破壊された。

 

 

「……いいでしょう。先生がそのつもりなら、私にも考えがあります……!」

 

ナギサが突然、冷酷な表情で立ち上がった。

 

そしておもむろにどこかへ電話を掛ける。

 

「至急、トリニティの全予算を……いえ、私の個人資産のすべてを使って、世界最高性能のコンピューターを手配なさい。……えっ?最近急に高騰した……?関係ありません!手配してくださいっ!光るやつです。七色に光る、あの下品なまでの輝きを持つパーツをです!」

 

「ちょっとナギちゃん!? 何買おうとしてるの!?」

 

「決まっています。私も『ゲーマー』になります。先生が『相棒』として彼を奪ったのなら、私は『ライバル』として彼を地獄の果てまで追いかける……! 彼が先生と遊んでいるところに、『歴史哲学論』という名前の超火力の武器を担いで乱入して差し上げます!」

 

「やめなよ。ゲームの中でもつまらなそうなこと言おうとするのやめなよ」

 

ナギサは震える手で、配信のコメント欄に文字を打ち込もうとした。

 

「……ユーザー名が確定できません! 『貴方の幼馴染の桐藤です』……いえ、これでは露骨すぎますね。では『N・K』……これではナギサ・キリフジだとバレてしまいます……。ならば……」

 

ナギサが必死に入力した結果、画面に表示されたコメントはこうだった。

 

 

【あ】:今すぐその男から離れなさい。

 

 

「短文の脅迫文になっちゃったじゃん!! 怖すぎ! ホラー配信だよ!」

 

画面の中の彼は「お、なんか『あ』さんから怖いコメント来た。先生、これブロックしていいっすか?」と笑いながら操作を進めていた。

 

「ブロック……?私が……?生まれた時から彼に歴史の関税を説いてきた私が……『あ』の一文字で、彼の人生からシャットアウトされる…………?」

 

ナギサはついに、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「あはは、先生。そろそろ切り上げますか。明日、ナギサの誕生日プレゼントを内緒で買いに行く約束、忘れないでくださいよ?」

 

画面の中から、衝撃の告白が飛び出した。

 

「わかってるよ。サプライズなんだから、彼女には絶対内緒だぞ」

 

「もちろんです。あいつ、真面目すぎてたまに心配になるから……たまには驚かせて、笑わせてやりたいんですよね。じゃ、お疲れ様でした!」

 

配信が終了し、画面が暗転した。

 

「……聞いた? ナギちゃん。彼、ナギちゃんのために先生と準備してたんだって。ゲームしてたのは、先生にプレゼントの相談をするための口実だったんじゃない?」

 

ミカが優しく肩を叩く。

 

しかし、ナギサの魂は、すでに成層圏を超えて宇宙を漂っていた。

 

「……彼は……私のために…………。なのに……私は…………。彼を『歴史の関税』で縛り付け、先生を『洗脳犯』だと思い……パスタの名前を叫びながら、ぬいぐるみを絞め殺そうとして…………」

 

「洗脳犯は言い過ぎだよ……」

 

ナギサの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 

「私……なんて、浅ましい女なのでしょう……。もう、彼の隣を歩く資格なんてありません……。今すぐこのティーパーティーを解散し、私はパスタ職人として修業の旅に……」

 

「極端なんだよなぁ、もう。ほら、ロールケーキ食べる?」

 

「……ミカさん。そのロールケーキ……フォークを使わずに食べてもよろしいですか?」

 

「えっ、ナギちゃんが素手で? ……まあ、いいけど」

 

 

 

翌朝。

 

シャーレの先生と幼馴染の少年が、プレゼントを抱えてティーパーティーを訪れた時。

 

そこには、目の下にクマを作り、なぜか七色に光るゲーミングPCの前で、無言でペペロンチーノ(本物)を素手で掴んで食べようとしている、変わり果てたナギサの姿があったという。

 

「……ナギサ? どうしたんだその目は」

 

「……先生。……幼馴染さん。……今、何レべルですか……? 紅茶の関税より……楽しいですか……?」

 

ナギサの迷走は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 




・桐藤ナギサ
皆さんお馴染みの脳破壊クイーン

・聖園ミカ
ナギサのこと茶化せないぐらい適正あるよ、君

・先生&幼馴染君
ただの仲良し

・百合園セイア
ナギサ、ミカがいるんだからと前書きに登場

・ゲーミングPC
急に高騰するとか言われて作中のナギサみたいな反応をした
取り戻さなきゃ…彼(PC)との幸せ(安かった頃)な時間を…!


それでは皆さん良いお年を…!
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