新書版・ウマ娘戦記   作:灯火011

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特別対談・空想録 ——神と皇帝、「最強」の系譜学

序:絶対者の邂逅

 

 トレセン学園の歴史において、「最強」という言葉は常に議論の的となる。しかし、その議論において決して外すことのできない二つの座標がある。「五冠」のシンザン。「七冠」のシンボリルドルフ。

 

 一方は、泥と汗にまみれた昭和のバ場を鉄の蹄で踏み砕いた「鉈(なた)」。一方は、洗練されたターフをカミソリの如き切れ味で支配した「皇帝」。

 

 これは、本来交わるはずのない二つの頂点が、学園の奥深く、静謐な生徒会室で向かい合ったとされる、非公式な対話の記録である。

 

第一節:君臨する者と、生存する者

 

シンボリルドルフ(以下、ルドルフ): 今日はお時間をいただき、感謝します。私にとって貴女は、教科書の中の伝説であり、我々が走るこの「道」を舗装した先駆者でもあります。……正直に申し上げれば、あの「皇帝」と呼ばれる私でさえ、貴女の前に座ると膝が震えるような重圧を感じていますよ。

 

シンザン: 大袈裟だ、会長。「皇帝」などという立派な椅子に座っているお前さんが、いまさら枯れ木のような先輩に気圧されてどうする。……それに、私は道を舗装した覚えはない。ただ、前が塞がっていたから、自分でこじ開けただけだ。

 

ルドルフ: その「こじ開ける」力が、我々後輩には神話として映るのです。私は常々、「レースとは問いであり、勝利とはその理想的な回答である」と考えてきました。いかに美しく、いかに隙なく勝つか。それがウマ娘の地位向上にも繋がると。しかし、貴女のレコード(記録)を見返すと、そこにあるのは「理想」とは異なる、もっと根源的な……そう、「生存本能」のようなものを感じます。

 

シンザン: 理想、か。ふん、相変わらず難しいことを考える。私にとってレースは「作業」だ。スタートからゴールまで、自分という個体を最も効率よく運搬する作業。そこに美学だの、地位向上だのが入り込む余地はない。美しく勝つ必要はない。相手より1ミリでも前にいれば、それで「完了」だ。

 

ルドルフ: 作業、ですか。……あの伝説の五冠すべてが?

 

シンザン: そうだ。勝つために必要な出力を計算し、実行する。それ以上でも以下でもない。お前さんは背中に色々なものを背負いすぎている。「皇帝」という冠、学園の未来、ファンの夢。……重くないか?

 

ルドルフ: ……重い、と思ったことはありません。それが私の選んだ「道」ですから。しかし、貴女のその「重さを感じさせない、鉄のような自己完結性」には、ある種の嫉妬すら覚えます。

 

第二節:伝説の「大外」を巡る攻防

 

ルドルフ: どうしても伺いたいことがあります。あの有マ記念です。貴女はあの時、内側の最短ルートを捨て、誰もいない大外を選んだ。あれは、私の掲げる「隙のないレース運び」というロジックからは、最も遠い選択です。あの一瞬、貴女は何を見ていたのですか?

 

シンザン: 何を見ていたか、だと?そうだな……強いて言えば何も見ていないさ。……いや、「誰もいなかった」から、そこを通ったんだ。

 

ルドルフ: 誰もいない、とは?

 

シンザン: 内側は泥沼で、しかも渋滞していた。あそこで小細工をして抜け出すには、無駄なカロリーを使う。ブレーキを踏み、ハンドルを切り、加速し直す。そのロスと、距離は伸びるがほとんど減速なしで走れる大外のロス。天秤にかけたら、大外の方が「安かった」。ただそれだけのことだ。

 

ルドルフ: ……!それを、コンマ数秒で判断したと言うのですか?多くのウマ娘は、あそこで「内を突くべきか」と迷い、判断を遅らせて敗北します。あるいは、大外への恐怖に負ける。 貴女には「常識」というブレーキが存在しないのですか?

 

シンザン: 常識とは、凡人が安心するために作った平均値のことだろう?私は私だ。私の脚が「行ける」と言えば、そこが道になる。カメラに映らないとか、コース取りがセオリー外だとか、そんなことはどうでもいい。ゴール板の前で先頭にいれば、文句はないはずだ。

 

ルドルフ: (絶句して、苦笑する)……完敗ですね。私のレースプランは、あくまで「盤面上」の最適解です。しかし貴女は、盤面そのものをひっくり返して勝利をもぎ取ってしまう。私が「皇帝」なら、貴女はやはり「破壊神」だ。

 

第三節:「強さ」の正体

 

シンザン: お前さんの走りも見たことがあるぞ、ルドルフ。綺麗だ。実に見事だ。無駄がなく、洗練されている。今の時代の芝によく合っている。だが、一つだけ言っておくなら……お前さんは「優しすぎる」。

 

ルドルフ: 優しい……?私が?

 

シンザン: ああ。お前さんは、相手を完全に叩き潰すことを躊躇う瞬間がある。「実力差を見せつけて勝つ」ことで満足している節がある。だが、私は違う。相手の心が折れ、二度と私の影すら踏みたくないと思わせるまで、圧力をかけ続ける。それが勝負の世界の礼儀だと思っているからな。

 

ルドルフ: ……耳が痛いですね。確かに私は、レース全体を「作品」として完成させようとするあまり、相手という存在を「共演者」として扱っている部分があるかもしれません。貴女にとって、ライバルとは何ですか?

 

シンザン: 「障害物」だ。乗り越えるか、薙ぎ倒すか、置き去りにするか。それだけの対象だ。……だが、そうやって薙ぎ倒してきた連中がいたからこそ、私が「シンザン」になれたのも事実だ。その点では、感謝してやらんでもない。

 

結び:鉄から鋼へ、そして伝説へ

 

ルドルフ: 今日、お話しできて本当によかった。私は「皇帝」として、これからのウマ娘たちを導く理想を掲げ続けます。ですが、その理想の根底には、貴女という絶対的な「現実」が埋まっていることを、決して忘れません。貴女が作った「強さ」の基準があったからこそ、私たちはそれを超えようと足掻くことができたのです。

 

シンザン: フン。勝手に神棚に上げるな。私はただ、自分の時代を、自分の脚で走っただけだ。あとはお前さんたちが、好きなようにやればいい。……ただし。

 

ルドルフ: ただし?

 

シンザン: あの有マの大外。あれを超える『衝撃』を、お前さんたちの時代で見せてみろ。綺麗に勝つだけが能じゃないぞ。「皇帝」さん。

 

ルドルフ: ……!ええ、肝に銘じます。いつか必ず、貴女の想像をも超える「景色」を、この瞳で見つけてみせましょう。

 

(対談終了)

 

解説:著者の視点

 

 この非公式対談から浮かび上がるのは、対照的な二つの「強さ」の在り方である。

 

 シンボリルドルフは「秩序」の頂点である。彼女はルールを熟知し、その中で最大のパフォーマンスを発揮し、統治する。

 対してシンザンは「混沌」を飲み込む力である。ルールや環境が悪ければ、それを自らの力でねじ伏せ、新たな理屈を作ってしまう。

 

 近代ウマ娘レースが「スポーツ」として洗練される過程で、シンザンのような「野生」や「暴力的なまでの個の力」は鳴りを潜めたかもしれない。 しかし、ルドルフが最後に感じた畏怖こそが、シンザンという存在の本質だ。

 

 いかに時代が変わろうとも、いかに理論が進化しようとも、最後に勝負を決めるのは「鉄の意志」である——。 シンザンは沈黙の中に、雄弁にそう語りかけているのである。

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