領域展開を無傷で攻略され、術式が焼き切れた五条悟に黒閃を決めた時、万穂は敢えて天逆鉾を使用しなかった。
それを使っていれば確実に勝てたというのにだ。
答えは簡単、そうしなければ万穂の利益にならないからだ。
前回、万穂が五条悟と戦った時、彼の持つ六眼に興味があったからこそ交流会に出席した。
単なる学生同士のお遊びに自分の様なものが出席するのは余り良い事ではないと思っていたが、相手側に最強コンビの様な一般的な学生にとっての理不尽枠がいるのならば話は別だ。
そして今回、既に六眼を入手して自分のみならず他者にも移植可能になっている現在、参加する意義は薄い。
薄いのだが直哉が参加する気満々だし、相手方が「勝ち逃げは許さん!!!」って雰囲気バリバリだったから参加しなければならなかったのだ。
Q、んじゃどうやって利益出すの?
A、相手側を瀕死の重傷に追いやって覚醒した所を収穫します。
そのために天逆鉾ではなく、黒閃の一撃を五条の土手っ腹に決め、吹っ飛ばした。
20m以上を地面と平行に飛び、校舎の壁を数枚突き破り、壁にめり込む形で停止した五条悟。
それを六眼で強化された視界で原子レベルで観察しながら、万穂はゆっくりと歩み寄る。
「終わりかな、五条君。ならこのまま君の負けにしておくけど。」
「・・・っるせぇよ虫ケラ。」
壁にめり込んでいた五条がぎょろり、とその六眼で万穂を見据える。
全身から血を流し、折れていない場所が無い状態であっても尚、五条悟の意思は戦意に溢れていた。
爛々と輝くその瞳もまた同じ、たった今死に触れる事で呪力の核心に触れた者特有の興奮に満ちていた。
恐らく死に触れた影響か、既に術式の再起動は完了している事を六眼が教えてくれた。
ゴガッ!と瓦礫を舞い散らせながら、史上最高と称えられた五条家の麒麟児が再起動する。
全身を反転術式で急速に回復させながら、その呪力の冴えは高まっていく。
同時、万穂の背筋に氷柱を差し込まれた様な鋭い悪寒、死の予感が走り抜け、考えるより先に後退を選択する。
「術式拡張【翠】」
ゴッ!と、五条の周囲一帯の時間の流れが無限大に加速し、全てが風化していく。
土も瓦礫も呪いも何もかも、ただただ無限に加速していく時間の中で崩れて消える。
(やはり死に触れて覚醒した!無限を時間の流れそのものにかけた全周囲攻撃か!)
無下限呪術とは術者の周囲に「無限」を現出させる術式だ。
本来、この無限はそこら中に存在するが、観測も干渉も出来ない。
だが、無下限呪術を使えば、それを一時的にこの世に現出させる事が出来る。
ただ自分の周囲に現出させるだけならば、最強の盾たる不可侵になる。
そこに-である普通の呪力をかける事で一点に収束するのが蒼(-1×∞)、反転した+の呪力をかける事で発散するのが赫(+1×∞)となる。
では、呪力以外の何かに無限をかけた場合、どうなるのだろう?
本来ならば観測も干渉も制御も出来ない無限。
それに誰よりも深く精密に観測·干渉できる六眼持ちならば、一体何が出来るのか?
結果、二度目の覚醒を果たした五条悟は時空間への干渉を開始した。
「術式拡張【梔】」
気付けば、五条は万穂の目の前にいた。
単なる高速移動、ではない。
それならば劣化版とは言え六眼を持ち、日々最速の術式を持つ直哉と切磋琢磨する万穂が気付かない訳がない。
疑問を抱きながらも、そこは自らのリーチの中だと即座に迎撃を開始する。
(時間、自己時間加速?自分の体感時間だけ無限に引き延ばしている?)
「そっちが散々無なんて概念を目の前で作ってくれたお陰だ。良い参考になったよ。」
万穂の推測は当たっていた。
五条悟は時間に無限をかける術を得た。
体外の時間に無限をかけて風化させる「翠」。
体内の時間に無限をかけて引き延ばす事で超高速思考と挙動を行う「梔」。
例え九死に一生の危機であろうとも、全方位を一撃で消し飛ばす翠と無限時間の熟慮とその解答を実現するに足る超高速運動を行える梔ならば、今五条が抱えている大体の問題は解決できる。
二度の死への接触により、五条は前例のない相伝術式の更なる拡張を遂に成功させたのだ。
「行くぜぇ蟲野郎!」
「女郎じゃないのかい?」
肉体強化へ注ぐ呪力を増やし、爛々と目を輝かせる五条へと万穂が突撃する。
常人では視認すら困難な程の超高速かつ超剛力での近接白兵戦が瓦礫の山となった東京校で繰り広げられる。
先程までなら容易く決まっていた領域展延を纏った拳が、今はしかし難なく弾かれ、反らされ、叩き落とされ、カウンターが飛んでくる。
無限大に引き延ばされた思考速度が五条に無限回の試行錯誤を与える。
今まで万穂相手には物理的に足りなかった近接時の手数、それを以前より遥かに効率的に運用する事で凌ぎ切る所か反撃へと転じる事に成功する。
(これが本物の六眼か!)
肉体のみならず、魂すら特別製な本物の麒麟児、五条悟。
二度目の覚醒を迎えた彼は、正しく最強の名に足る存在となっていた。
このままでは負ける。
敗北の、死の予感を前にして、万穂の呪力が冴え渡り、放たれる五条の拳打や蹴りを往なし、反らし、受け止め、叩き落とす。
まだだ、まだだ、まだだ!
この程度で、お前相手に、まだ負ける事は出来ない!
「術式拡張【翠】」
再び放たれる無限の時間加速による風化。
それに対し、万穂は距離を取りつつ構築した天逆鉾2本を投擲する。
しかし、それらは術式を中和しきれず、五条に到達する前に地に落ち、砂と化した。
(やはり飽和したか。)
天逆鉾の術式、即ち術式の強制解除には限界が存在する。
新たな術式の発動は完全に抑え込んでも、既に発動した術式を許容量以上には停止できない。
万穂は知らない事だが、覚醒した五条の赫を天逆鉾で受け止めた甚爾は完全に停止しきれずに吹き飛ばされ、ダメージを負っている。
使えるようになったばかりの赫でこれなのだから、茈程の出力を持つ術式を後から強制停止は出来ないのだろう。
そして、茈の後に覚えた拡張術式「翠」は周囲一帯の時間に対して無限をかける。
必要となる呪力量と操作の精密さ、術者を中心に半径100mという大規模の発動では天逆鉾の強制停止が間に合わないのだろう。
(厄介だな。概念系の術式と似たような感じだ。)
羂索が無下限術式対策に概念系術式持ちの呪霊や呪具、呪物なんかを収集しているのは、無限という概念にある程度干渉したり、防御判定をすり抜けたりが出来るからだ。
また、こうした術式持ちを突破するのも無下限を攻略するのに良い経験になったりもする。
(とは言え、想定内ではある。)
「ーー変身。」
文殊菩薩の掌印を結び、唱える。
呪具ベルトの二つの宝珠が光り輝き、爆発的な呪力を発生させる。
蟲の鎧と衣服が原子単位で分解・再構成され、現れたのは白銀の流体装甲を持った外骨格だ。
あらゆる形状へとリアルタイムに変形する事で様々な機能を獲得し、更に装甲部位への損傷は流体という特性からダメージにはならない。
また、流体を変形させて他の呪具の機能や術式を再現する事も出来る。
無形にして万能、それがこの流体装甲の神髄だった。
輝きを放つ両目の複眼、左右双方が六眼特有の青い輝きを放っている。
コピー六眼、それも隻眼ではオリジナルに遠く及ばない。
ならば両目にし、脳をベルトという後付けのHDDによって強化する。
これにより、理論上は六眼と無下限呪術の併せ持ちの中で歴代最強と言われる五条悟の8割には至るだろう。
これだけやって、漸くそこまで届くのだ。
「虚式・・・」
ベルトの宝珠が登録されていた無下限呪術を起動する。
蒼も赫も散々に見て、体験した。
ならば同じく、これももう出来る。
「茈」
人差し指と中指を内側に折った後、デコピンの様に押し出すという独特の掌印を結び、無下限呪術の奥義こと茈を発動させる。
吹き荒ぶ風化の嵐に仮想の大質量を叩き付け、打ち破る。
同じ無限ならば、後は術者の呪力出力と制御能力次第でしかない。
「は、猿真似かよ。」
「劣化再現ですまないね。だが、今はこれで十分だ。」
「「術式拡張「梔」」」
瞬間、二人は世界を置き去りにした。
最速の術式と言われる投射呪法の特級呪術師たる直哉すら至らない、無限に引き延ばされ、加速された体感時間の中、それでもなお誰も追い付けぬ程の速さで二人は壮絶な打ち合いを繰り広げる。
合間に蒼や赫のみならず茈まで交えながら、二人の戦いは何処までも加速していく。
「は、はははははははは!」
五条悟は笑うしかなかった。
無限に引き延ばされたこの時間、この一瞬がそれだけ楽しかった。
夏油傑もまた最強だが、自分と違って軍勢としての最強だ。
それも素晴らしいのだが、やはり呪い合うのならば同じ個としての最強こそだ。
そして、粒来万穂は最強だ。
五条悟が出会って来た中で、間違いなく最強と言って良い呪術師だ。
自分を元最強に追い遣る事が出来る、今現在世界で唯一無二の存在。
だからこそ、この時間が終わってしまう事が悲しい。
「領域展開・・・」
粒来万穂の領域対策、即ち結界破壊呪具と対領域特化領域は既存の領域に対して絶対的な優位性を誇る。
領域を破られた後、術者は術式が焼き付く事で短時間ながら使用不可能に陥り、高い近接白兵戦能力を持つ蟲の鎧を纏う万穂に一方的に狩られる。
(また領域?こんな短時間で抜本的な対策が出来るか?ならブラフ、否、この呪力の動きは領域展開で間違いない。なら対応できる。)
だが、それは万穂が領域を突破できたなら、という注釈が付く。
「無量空処」
今なら出来る。
その確信と共に、五条は一か八かの領域展開を行った。
今回に限り極短時間のみ展開する事を縛りとした上で、梔による超速の呪力操作により今まで経験した事の無い速さで領域を展開し、すぐに閉じる。
展開して閉じるまでの時間、なんと僅か0.5秒。
如何に万穂と言えど、そんな一瞬での領域の展開は不可能だ。
況してや今は情報の少ない新たな拡張術式を使用している最中となれば、対処は五条よりも遅れてしまう。
それでも最速で可能な領域への対抗策、即ち簡易領域の原型たる彌虚葛籠を展開する事は出来た。
「が、ぁ・・・!」
どろり、と頭部の装甲の隙間から鮮血が漏れ出す。
無量空処の圧により僅かながら彌虚葛籠が突破され、無尽蔵の情報量によって脳細胞にダメージが入ったのだ。
(入った!なら止め・・・!)
術式の焼き切れた五条は今度こそ勝利を捥ぎ取るため、純粋な呪力による身体強化だけで接近する。
これで勝てなければ勝機は無い。
散々五条の手の内を暴かれ、挙げ句新技に二度の領域展開ときた。
特に梔を使用した超高速域での術式の使用は通常よりも呪力と多大な集中力を要する。
無限大に引き延ばされた体感時間の中でそれを幾度も使えば、五条と言えども相応に消耗する。
更に反転術式をかけて脳を常に新鮮な状態に保たねば、過負荷で脳が焼き切れてしまう。
未だ枯渇する程ではないが、それでもこれ以上の消費は回復手段を持つ万穂と違って五条には致命的になりかねない。
だと言うのに、万穂の消耗はこちらよりも低い。
一度に出せる呪力出力は兎も角、総量に関してはこちらが上回っているのに、それを以前からの鍛錬とコピー六眼で補っている。
普通にただ戦っていては何れ押し負ける可能性が高いのは五条の方だった。
「あァ、待っテぃたyo」
だからその声を聞いた時、総身に走る悪寒と共にしくじったと気付いた。
呪具ベルトに備わった、直哉の方には無かったもう一つの宝珠が輝いた。
ヴン、という音と共に本物と瓜二つ、否、本物でもあり偽物でもある分身が3体現れた。
「宝珠の一つだけ、敢えて機能をカットして眠らせておいた。つまり、君の領域の影響を受けていない。」
本人の脳と無下限呪術の宝珠は五条の領域によってダメージを受けた。
しかし、眠ったままだった「分身術式」の宝珠によって損傷した脳の機能を代替すれば戦闘続行は可能なのだ。
後は相手の攻撃を防ぎながら、損傷した部位を癒やせば良い。
万穂の切り札、それは領域展開への対策が知られているものよりも多い事だった。
「二度もありがとう五条君。君のお陰で私の研究は更に前に進んだよ。」
「ち、くしょうが・・・ッ!!」
無下限無しと言えども、4人もの変身した万穂がいれば、術式の焼き切れた状態の五条を完封する事は訳はない。
互いに術式が回復した頃には既に勝敗が決まっていた。
こうして、特級術師4名による姉妹校交流会という前代未聞のイベントは幕を閉じたのだった。
なお、東京校は完全にクレーターと化したため、地図の書き換え及び完全な再建には5年はかかる見通しである。
二人とも覚醒した上で手札の多い方が順当に勝ちました。
紙袋呪詛師の分身術式は原作の五条も「なんでそんな弱いのか意味分からん」と言われる位でしたからね
そりゃ自力のみで強い奴が使えばそうもなろうよ
なお、万穂の変身時の姿は仮面ライダーBLACK SUNのシャドームーンが近い。
デザインこそ生物的だが、装甲の殆どが流体金属製なので幾らでも外観は変更可能。
・術式拡張「翠」みどり
周囲の時間の流れに無限をかける事で風化させる激ヤバ技
出力・規模共に茈に匹敵するため、天逆鉾の術式の強制停止が追い付かない
砂嵐の粒一つ一つに術式で干渉してるようなものなので切りが無い
反面、極めて消耗が大きい
・術式拡張「梔」くちなし
自身の体内の時間に無限をかけて引き延ばす事で超高速思考と挙動を行う技
分かりやすく言えば固有時制御・無限加速。
ただしやり過ぎると通常の時間から外れかねないので注意
この状態で他の技を使うと呪力消費が通常よりも大きくなる
どちらも万穂の無の構築を幾度も目にした五条が「概念の観測」に成功したため
原作宿儺がマコーラの呪力の動きから世界斬を習得した事に近い。