2007年度、東京校壊滅を機に「今の時代は大人しくするに限る」と漸く悟った呪詛師は沈静化、各地の呪霊被害は未だに発生するものの、以前より3割近く増えた実働戦力の活躍及び強化された既存戦力と充実化したサポート体制も相まって術師の被害も少なく、概ね平和だった。
このサポート体制だが、量産型呪具の貸し出し及び治療用浴槽型呪具の設置もある事ながら、最大の効果を発揮したのが「等級違い任務の激減」が上げられる。
というのも、万穂が2007年度の交流会で冥冥の鴉に持たせたカメラ及び風車呪具の発展応用がその原因である。
呪霊の写るカメラは呪霊の外観とそこから予想できる能力の推測を可能とし、風車呪具はその性質上周囲の呪力に敏感なので探知機に応用する事が出来る。
特に高密度の呪力が周囲に存在した場合、風車呪具はその回転数とパワーを大きく上げる。
これにより、何処に高密度の呪力が存在するかを即座に把握可能なのだ。
そして基本的に呪霊は生まれた場所から動かない。
生得領域を展開していた所で、その外側から僅かに外へ漂ってくる呪力を測定する事である程度呪霊の等級を類推する事は出来る。
今までの窓と補助監督の感覚頼りの状況判断よりも、風車呪具の回転数を参考にしてしまえば等級詐欺もほぼ起こる事は無い。
例えば、一級になりかけの現二級と二級になったばかりの若い呪霊では呪力総量に大きな隔たりがあるが、これを客観的に数値化する事で事故の発生を防げるようになったのだ。
更に各地に設置が始まっている風車呪具の回転数は総監部直轄の電力会社によって把握されており、上位の呪霊の居場所についても大まかにだが把握が可能となっている。
現在も風車呪具は凄まじい早さで増産と設置が続いており、何れは日本全国津々浦々の準一級以上の呪霊は全てその居場所を把握される事となるだろう。
だが、それはあくまで通常時での話だ。
自然災害などの大事件により人々の負の感情が活性化し、呪いが風車呪具の処理能力を超えてしまえば計測は不可能となってしまう。
2008年は毎度恒例と言うかの如く、宮城・岩手内陸地震(最大震度6強)と岩手沿岸北部群発地震(最大震度6弱)、日本海では極端な低気圧による高波、関東含む西日本一帯での局所的豪雨災害により、この年も日本列島は災害だらけだった。
東日本では土砂災害や大地への畏れが増しに増し、逆に西日本や日本海沿岸では水害への畏れが溢れ、強力な自然災害系呪霊が多数発生し、この対応に追われた。
なお、宮城県に発生した式神の処理限界を超過した呪霊は駆け付けた粒来万穂特級呪具師の獲物として狩られたため、被害は極小であった。
ついでに今年は自然呪霊逆グルメツアーと呪霊玉を詰め込まれた夏油はまた体調を崩して、保護してた双子(実家で養子にした)に逆に看病される事となった。
五条はまたテキトーにブッパして怒られ、直哉はその使い勝手の良さからあちこちを超音速で駆けずり回る羽目になった。
そんな感じでわやくちゃに成りながら、遂にさしす組という東京校切っての問題児達の卒業する日がやってきた。
「いやー私達も遂に卒業かぁ。」
「オレはもう今から怠くて仕方ねぇよ・・・はぁ~もっと馬鹿やってて~・・・。」
「これ以上は止めろよ五条。お前らが暴れるせいで何度京都校修理したと思ってるんだ。」
なお、夜蛾先生は安堵と感動で滂沱の涙を流していた。
楽巌寺学長は痛々しいものを見る目をそっと反らして見なかった事にしてあげた。
「五条先輩、夏油先輩!卒業パーティー用意しましたんで是非ご参加ください!」
「お、気が利くね灰原。」
「七海も勿論来るよなぁ~?ん~?」
「そこで敢えてダル絡みするから嫌われるんだぞクズ。」
取り零したものも確かにあった。
それでもさしす組の輝かしい青春は最後まで輝かしいままに終わる事が出来た。
本来の歴史を知る者がいれば、この奇跡にも等しい偉業が実は原作知識なんて微塵もない、自由に好き勝手してる転生者が遠因だ等と決して信じられないだろう。
「オレさ・・・」
「うん?」
「家が窮屈で息苦しくて、無理言って高専に行っても雑魚ばっかで。何も変わらないんじゃないかって不安だったんだ。」
「私も、自分一人だけ戦ってずっと呪霊を呑み続けるのかって絶望してた。」
「私もだな。見えない人の中で見える自分だけが必死になって戦って。傷を治しても怯えられるなんてしょっちゅうだったよ。」
「でも、来て良かったよ高専。傑に硝子に夜蛾セン、七海に灰原、万穂に直哉。色んな奴に出会えて、喧嘩して、遊んでさ。凄い、幸せだったっ」
「泣くなよ悟。私だって泣きたくなるじゃないか・・・。」
「良いんだよ、こんな時位泣いても。だって卒業式だぞ私らの。今日くらい、好きに泣いても、誰も怒らないん、だしさっ」
ぎゅうぎゅうと、泣き笑いながら三人は互いを抱き締め合った。
掛け替えのない青春を共に駆け抜けた最高の友人達と、この幸福と寂しさを噛み締めるように。
本来の歴史とは地殻変動に近いレベルで変化が起きている事による悪影響に関してだが・・・まぁこの尊い景色と引き換えならば仕方ないのだろう(目反らし)。
卒業後、五条は五条家当主に就任、最初の仕事として逆らう馬鹿共を徹底的にボコった後、以前からの嫌がらせとそれを止められなかった事を万穂に対して正式に謝罪した。
万穂もこれを受け、今までストップしていた五条家とその縁者の呪具工場への参加を認め(電力会社関係は総監部管轄なので別口)、更にコピー六眼とその移植手術を3人まで無料で受け付ける事で詫びとし、完全に和解した。
夏油は高専の教師に就任した。
その広範囲の呪霊の操作から各地で見える人間向けに高専への連絡先をメモしたプラカードを掲げた呪霊を行進させる事でスカウトし、嘗て自分が味わった孤独を少しでも減らせるようにと後進の育成に着手した。
家入は大方の予想通り高専の保険医として就職・・・する前に正式に医師免許を取得すべく医科大学へと進学、卒業&免許取得後に再建された東京校で初期臨床研修&保険医に就職する予定だ。
浴槽型呪具では間に合わない程の重傷者の治療を主に担当する他、精神を病みやすい呪術業界で貴重なカウンセラーの資格も取って、関係者の精神安定に注力していく事となる。
2009年もまた相変わらず酷い自然災害の年だった。
駿河湾地震(震度6弱)に北九州及び中国地方での例年の倍の豪雨からの水害、大型の台風と列島縦断コースの超大型台風という関東以西が主となって起きた災害に、またも大量に湧き出る自然呪霊を相手に呪術界は頑張り続けた。
例年よりも更に充実した人員とサポート体制により、辛うじて致命的な破綻は防いだものの、やはり特級術師達の活躍無くては乗り越えられない程度には凄まじい呪霊発生数であった。
だが、各地に設置された風車呪具による効率的な術師の配置と投入が功を奏し、想定された最悪のケースよりも遙かに少ない被害で事態を収拾できた。
それでも例年と同じく3万人近い行方不明者が発生していた。
特に今年は夏場、国内だけでなく国外の超大型台風による大規模水害がフィリピンと台湾で発生した事もあり、その際に発生した呪いが天元の結界によって遅ればせながら流入した事でまたも水害系と暴風系の呪霊が大量発生するのだった。
「更なる風車呪具の設置による非活性呪力の消費しか活路はありますまい。」
「然り。それこそが人類全体の利益となる以上、躊躇う必要は無い。」
「延いてはこの国の、そこに住まう民草の益にもなる。」
「まぁ我らの益が一番大事じゃがのぅ!ひっひっひっ!」
「ならば更なる風車呪具の増産が必要ですな。」
「それと現場の呪術師のサポートの拡充もだ。一々帰還して治療や補給してでは効率が悪い。」
「現地拠点とまで行かずとも、物資集積所程度は必要か。良かろう。」
そんな感じで事前に取り決めた結論ありきの総監部のご老人方は近年の自然災害多発による呪霊災害の深刻化に新たな方針を決定、これ以上の被害抑止のために下に無茶ぶりをするのだった。
「あーもう!取り敢えず浴槽型呪具を車で運搬可能にするよ!大型一種免許誰か取ってきて!」
「自衛隊に似たような装備の車ありましたよね?そちらを参考にしては?」
「野外入浴セットだっけ?誰か資料持って来てー!」
「自衛隊に連絡取ってきます!」
無茶振りされた呪具工場関係者とその責任者の一人である万穂は新型呪具及び現地での少人数向けサポート体制構築のためのシステム作りに忙殺される事となった。
勿論、この間にも通常の呪具作成ノルマは課されている。
最終的に大型トレーラーに搭載された簡易野外入浴システムに加え、コンテナ一つ分に纏められた呪具及び各種補給物資や緊急医療器具のセットを車両で災害現場まで運搬・設置する事で簡易拠点とする事が決まった。
なお後日、この時の簡易野外入浴システムの排水の一部が漏れ出した事で驚きの事実が判明する。
真冬だと言うのに、この入浴システムからの排水がかかった土壌から多量の植物が芽吹き出したのだ。
この事から反転した+状態の呪力が溶け込んだ水には植物に対して極めて高い成長促進効果がある事が分かった。
この情報を受け、万穂は農業生産効率の劇的な改良を目的とした呪具の開発を開始した。
因みにこの当時、直哉は呪具の開発・生産で追い込まれてる万穂の代わりに特級向けの案件を次々と押しつけられ、急激に戦闘経験を蓄積し続けていた。
更に嘗ての三つの約束のため、現当主たる直毘人の元で次期当主としての職務にも励み、空いた時間には頭を下げて五条や夏油に稽古を頼む日々を過ごしていた。
あの論外、禪院家オブ禪院家、ドブカスの化身とまで言われた直哉が、である。
愛って人を変えるんだな・・・と五条悟は思い、これで息子が負けたらアカン事になる・・・!と直毘人は焦り、どっちも死なずに仕事してね、と夏油に注意される事となった。
なお、外野である技の1号と力の2号は二人の戦いを観戦&ジャッジする気満々である。
そして2009年度の暮れの事、遂に万穂は先送りにしていた案件と向き合う事となった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃぁ直哉、成果を見せてくれ。」
「良かった。忘れられてる思うとったで。」
吹雪が吹き荒れる太平洋上の孤島にて、二人の特級呪術師が向き合った。
片や教え子兼弟分を裁定するように、片や遙か先を行く先達を超えるために。
二人の特級が片や本気で、片や全力で呪い合いを始めた。
なお、ちゃんと事前に総監部に許可を取っての事である。
最悪、無くなった所で領海や排他的経済水域に影響が出ない島を選んだため、国土地理院の仕事は比較的少なくて済むと思われるが、無人島一つで済むかどうかすら不明なまま戦いは始まった。
「じゃぁ行くよ。」
「えぇで。」
蟲の鎧を纏い、万穂が突撃する。
単純な防御力もそうだが、本人の呪力量と操作能力、何より構築術式の術式反転による分解を自動で自分に触れる攻撃に対応させているため、人型の城塞染みた防御力を誇る其れが高速で迫り来る。
「もう仕込みしてるけどな。」
実は術式無しでも凄まじい素早さを誇るあの呪いの王と正面切って殴り合いが出来る程度に堅く、強く、素早い蟲の鎧を装備した万穂に対し、直哉は懐から出したカードの様な何かを向ける。
拡張術式【切り取り】
「茈か!」
幾度も見た無下限呪術の奥義の光に、即座に万穂は目の前に無を構築する事で防御を選択する。
投射呪法は自らの視界を画角として「1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージ」を予め頭の中で作り、その後それを実際に自身の体で後追いし、動きを作ることに成功すればトレースは自動で行われる。
つまり、自らの視界で得た情報を切り分けているとも取れる。
この部分を元に「視界の中のものを切り分けて保管し、後で別の場所に貼り付ける」事を可能とし、それにより現代の呪術において最強の火力である五条悟の茈を態々本人に頭を下げて貰ってきたのだ。
同時、茈の陰に隠れる様に直哉が接近してくる事を六眼にて視認する。
「見えてるよ。」
「ほならこれは?」
通常の一撃では万穂の分解を超えられない。
だが、拡張術式【重ね描き】がそれを乗り越える。
視界の中に相手を捉え、触れさえすれば投射呪法は発動する。
それが例え何らかの不可視の守りであろうと、触れてさえいれば術式の対象となる。
「知ってるか?バリアーってのは、パリンと割れるものなんやで。」
「・・・流石。」
強制的にフリーズさせられた分解の力場が「罅割れの表現」を書き加えられ、無残に砕け散る。
領域展延でも、天逆鉾でもない、自分自身の術式の拡張によって、遂に直哉は無限すら打ち破る術を得たのだ。
そこから透かさず高速の近接戦闘へと入る。
再び分解の力場を張り直した万穂だが、その度に直哉に破られ、また張り直す。
勿論やられっぱなしな訳がない。
常時自動で自分に害あるものが触れるとスタンを発生させる事が可能となった直哉に対し、万穂は領域展延で幾度も殴り飛ばす。
その数は直哉が分解の力場を破った回数の倍近いが、それでも直哉は決して怯まず、竦まず、闘志が萎える事も戦意が薄れる事も微塵も無い。
ただ只管に前へ、前へ、前へと進軍する。
それは恰も万穂が北へ、北へ、北へと敢えて苦難の道を進み続ける事によく似ていた。
そうした攻防を幾度も繰り返した果て、遂に万穂は投射呪法の直撃を受け、一秒スタンを許してしまう。
呪力も体力も気力も絞り出した果てに漸く掴んだ、たった一度の千載一遇の好機。
これを逃せば勝機は消え、二度と掴む事は出来ないだろう。
だが、今の直哉にはこのたった一度の一秒で十分だった。
「術式反転【 】」
その日、とある太平洋上の無人島が消滅し、同時に日本の太平洋沿岸一帯に1m程度の津波警報が鳴り響く事となった。
幸いにも人的・物的被害は殆ど発生しなかったが、その余波の大きさから総監部を始めとした関係各位は揃って頭を抱えたという。
そして戦いの結末だが、2009年度で卒業した京都校特級コンビはその一月後に夫婦となり、そのまま禪院家当主夫妻となった事で分かるだろう。
禪院直哉は人生最大の勝負において、誰もが納得する形で勝利を掴んだのだ。
なお、見届け人として洋上の高級ボート(約2億円)から双眼鏡とシャンパン片手に観戦&ジャッジしていた技の1号と力の2号は余波を諸に食らって真冬の太平洋へダイブしかけた上にボートはお釈迦になった模様。
ちょっと最後駆け足だったなと反省