2010年3月、日本呪術界にて驚きのニュースが流れた。
特級術師の一人、禪院直哉が師でもある特級呪具師たる粒来万穂へと結婚を賭けて決闘を行い、これに勝利したというのだ。
呪術界は揺れた。
第一報を聞いて誰もが「まっさかーw」「またまたーw」「お爺ちゃん達呆けた?」「エイプリルフールはまだ先だよ」などと思っていたが、それが本当だと知ると全員が驚愕した。
まぁ特級術師の中でも最も若くして最も功績と戦績がエグい万穂が、弟子に当たる直哉に負けるという事態が信じられないのも無理は無いと思うが。
「い、いかん!このままでは禪院に全部持って行かれるぞ!」
「いや、案ずるな。事前に許可を取ってきた際に呪具作成は今後も継続して行うと縛りをしていただろう。」
「そうは言ってもあの禪院だぞ?契約内容に嘴を突っ込む事も考えられる。」
「むぅ・・・とは言え呪具工場で利益を得ているのは奴らも同じ。我らと事を構えてまで独占しようとするか?」
「有り得んとは言えぬが・・・確認をすべきだろう。」
そんな中、事前に対策していたとは言え最も動揺したのが総監部だった。
何せ万穂は彼らにとって打ち出の小槌に等しい。
それが禪院に取られてしまう事態は本来ならば絶対に認められない。
しかし、万穂と直哉の師弟関係に近い仲と実力を見れば、そうそう負ける訳がないと思っていたのだ。
「皆はんご機嫌よう。おせわしない中時間を作っておおきに。」
「能書きは良い。禪院の、お主は粒来をどうするつもりだ?」
「アレの呪具は今後も呪術界の発展に必要不可欠。禪院の独占は認められん。」
「呪術界だけではない。国や企業、一般人に至るまで今や風車呪具の恩恵を受けているのだぞ。」
嫁取り戦争に勝利した直後にこの呼び出しを受けた直哉だったが、予測の範囲内だったのでまぁしゃーないと思いつつも呆れていた。
そこはお世辞でも万穂の心配とか色々した方が多少は心証が良くなるだろうに、彼らは基本的に自分本位だった。
「皆はんのご心配は承知してます。万穂は今後もこれまで通り仕事は続けていく言うてます。ただ夫婦となったさかいには余り無茶は認められしまへんし、結婚生活もあるんやさかい仕事の時間は減ってまうやろう。」
それはそれとして、直哉はきっちりと禪院家当主にして万穂の夫として言うべき事を言っておく。
こうやってちゃんと主張しないとこの腐った蜜柑達の事だから嬉々として自分と万穂を引き離すだろうと簡単に予想できる。
自分の主張を通しつつ、こいつらの要望(欲望)も聞いて納得させ、可能な限り遺恨を残さない。
一方的な利益は短期は兎も角として長期では恨みを募らせて-になってしまう。
それを直哉はよーく理解していた。
何せそれで恨みを募らせた家中の者達から幾度となく殺されかけているのだ。
その辺の感覚や知識は基本のんびり屋で小市民気質な万穂よりも遙かに優れていた。
「むぅ・・・。」
「それに呪具以外の彼女の仕事はうちが代わりに受けましょ。心配しなくともオレも特級どす。遠慮のう任して頂いて結構どす。」
実際、総監部にとっても悪い話ではない。
呪具の供給が滞る事は絶対に認められないが、万穂の様な優秀な呪術師が次代に血を繋ぐ事は非常に重要だ。
通常の呪霊や呪詛師退治の任務は他の特級術師3人、五条悟を除いた二人ならば周辺被害も余り出ないだろうし、任せてしまっても問題は無い。
総監部の老人達がひそひそと僅かな密談を挟んだ後、直哉に向き合った。
「禪院直哉と粒来万穂の結婚を認める。代わりに呪具の生産・供給はこれまで通りとせよ。通常任務は可能な限り禪院直哉が肩代わりするように。これを縛るなら良かろう。」
「おおきに。縛ります。」
こうして、禪院直哉と粒来万穂の結婚は総監部に認められ、呪術界全体に共有された。
・・・・・・・・・・・・・・・
同時刻 仙台にて
「あ~~久々の実家~~。」
「万穂ーご飯よー。」
「はーい。」
久々に帰省していた。
東北で任務に当たる時はちょくちょく顔を出していたのだが、それ以外で帰省するのは高専入学以降は初の事だった。
それだけ忙しく、同時に充実していたという事なのだが、それはそれとしてやはり十数年住み慣れた実家に帰ってくると自然と気が抜けてしまう。
「あーお蕎麦の出汁が沁みる~。」
「まさかアンタがこんなあっさり結婚するなんてねぇ。」
「意外?」
「そりゃもう。孫の顔は絶望的かなって思ってたし。」
何せ小中時代の万穂は曲がった事は大っ嫌いの破天荒なゴーイングマイウェイ娘だった。
自ら上に立つ事は無いが、喧嘩売ってくる奴は相手の立場とか問わずに潰していき、最終的に誰も触れないアンタッチャブルになっていた。
潰された者の中には先輩後輩問わぬ生徒のみならず、一般社会人に警察官、教師とか地元の有力者の子息とかもいたが、大体は臣従したり不祥事を暴かれて何時の間にかいなくなっていたり、酷い時にはもの凄い事件に巻き込まれて亡くなったりと凄まじい事になる。
それでも万穂は自分の害にならないのならば特に気にせず、必要以上に関わる事はない。
しかし、話しかけられた時はしっかり受け答えし、相談された時などは余程の事が無い限りは乗ってくれたりと何だかんだ面倒見は良い。
用事もなければ近付きがたいけど、その優秀さと美貌からついつい眼を向けてしまう。
そんな感じなので学内では遠巻きにされつつも崇められたり、崇拝されたりしていた。
「まぁヤクザの嫁とは思ってなかったけどね・・・。」
「限りなくそれに近いってだけでヤクザじゃないってば。」
「一般人からすれば似たようなもんなのよ。」
実際は近いというかヤクザよりも遙かに武闘派な呪術師、その中でも特に長い歴史を持つ御三家というくっそヤベー名家で、その中でも特に平家みてーなモットー掲げてる糞ヤバで知られる禪院家なのだが。
一般人からすれば武闘派ヤクザよりも更に遠い存在である。
なお、呪術師は法制度上では特別職国家公務員に当たるので、法的には自衛官と同じ区分だったりする。
「親戚付き合いを考えなくて良いってのは助かるけど・・・お父さん卒倒しそうだったわねぇ。」
「結婚式参加できないのはごめん。まぁ行っても針の筵になっちゃうからさ。」
「いいけど、せめて白無垢の写真は頂戴ね。後孫。」
「それは勿論。直接は暫くは無理だろうけど必ず会わせるよ。」
「ならよし!今夜はちょっと奮発したから楽しみにしててね。お父さんも早く帰ってくるらしいわよ。」
「おー期待値上がるねー。」
結婚寸前のモラトリアムを思う存分楽しむ万穂だった。
これが最後の実家での団欒だった等と、今の彼女は知る由も無かった。
・・・・・・・・・・・・・・・
北米大陸 エリア51 最奥部最重要秘匿エリアにて
『予定時刻だ。これより最終実験を開始する。』
在日アメリカ大使より齎されたとあるオブジェクト、それが米国に持ち込まれた事が転換点だった。
米国ご自慢の情報網により持ち込んだ人物の素性は即座に割れたが、そこから先は彼らをして一切知る事が出来なかった。
表の世界の最強国家たるアメリカの誇る情報組織、CIAやNASA、FBI等が大統領命令で本腰で調査を行ったにも関わらず、対象の人物の過去を洗う事は出来ても現在、高専に入学以降の足取りや活動は一切知る事が出来なかったのだ。
日本国首相の黒子の数すら調べられると豪語できる程度には浸透しているにも関わらずに調べる事が出来ない。
これは米国の常識からすれば極めて異常な事だった。
調査は一切収穫がないものの規模を収縮しつつも続けられる予定だが、それはさておき。
問題なのは持ち込まれたオブジェクトだった。
表面のサンプルを採取するため一部を切り取ろうとしたのだが、これが出来なかった。
あらゆる工具や工作機械を試した他、高温や低温、乾燥に浸水、硫酸や放射線すら試したものの、件のオブジェクトは一切の変化を確認できなかった。
レンジでチンにも耐えきっており、世界最高峰の技術水準を誇る米国であっても最早打つ手が無かった。
なので、彼らは説明書通りに開封する事にした。
渡された説明書(ご丁寧に日本語版と英語版の二つ)を見てみると、対象のオブジェクトを開封するには指定の素材を複数の容器に集めた上でオブジェクトの周囲に配置し、オブジェクトの中央のクリスタルを押すだけで良いという。
なお素材の内訳は「水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素」である。
一部人員が「あ(察し)」となる組み合わせだった。
とは言え、嫌な予感がした所でやらない訳にはいかないのがお役所務めな訳で。
『オブジェクトと指定素材の配置よし。人員の退避よし。各種観測機器、記録開始。』
『ではこれより開封作業を行う。アーム操作を開始。』
全周を強化ガラスに覆われた小部屋の中央のデスク、そこにオブジェクトと指定された素材が配置されている。
通常は実験のためだが、中央のクリスタルを押すために作業用アームが外部操作で動き始める。
その様子を見守るのは多数の研究員、それらを囲む多数のフル装備の軍人達だ。
両者とも、どんな危険な事態でも対応できるよう特製の防護スーツに身を包み、出来うる限りの準備をしていた。
もし万が一、脅威が現れた際は例え全滅してでもそれを排除するのが彼らの役割だ。
『クリスタルに触れました。』
『記録は問題ないな?』
『オールグリーン。問題ありません。』
『よし、押せ。』
『了解。』
そして、遂にアームがオブジェクトのクリスタルを押し込んだ。
瞬間、オブジェクトが発光し始めた。
同時、日本語で音声が流れるのが観測機器により確認された。
「構築術式 極の番【母台】」
途端、オブジェクトが宙に浮かび、その周囲を設置された素材が渦を巻く様に浮かび上がる。
『なぁ・・・!?』
『何が起きている!』
『分かりません!全く未知の現象です!』
『おぉ神よ・・・!』
数秒の間を置いて、オブジェクトを中心に素材が一点に収束する。
直後、彼らの視界を光が覆った。
『ま、まぶしい・・・!』
『は、あ?中に人がいるぞ!』
『侵入者!?いや、まさか、人を作ったのか!?』
『馬鹿な、馬鹿な!』
そこにいたのは、一人の少女だった。
アジア系のやや小柄な、しかし年齢からすればとてもメリハリの利いた肢体と何処か怪しげなエロティックさを感じさせるティーンの少女。
焦げ茶の髪に空の様な青の瞳を持った少女の容貌を、彼らは事前資料で知っていた。
このオブジェクトを在日大使に託した少女、正にその人の姿だった。
『こんな、事が・・・。』
誰もが呆然自失して動けないでいる中、真っ先に動いたのは彼女だった。
「へ、へ、」
『へ?』
『何だ?何をするつもりだ?』
呆然としつつも彼女の一挙手一投足に注目する科学者と、何が起こっているのかさっぱり分からない軍人達。
彼らの前で少女、粒来万穂と全く同じ姿を持った何者かは口を開いた。
「へくちんっ!」
『・・・そう言えばここ低温でしたね。』
『誰か、彼女に服を与えてやってくれ。先ずはそれからだ。』
現れた美しい少女、彼女は全裸だった。
その場の人員が呆然自失していたのも、彼女の美しい裸体に鼻の下を伸ばしていただけだったのかもしれないが、可愛らしいくしゃみに正気を取り戻した様だ。
少数の女性職員の私服を渡され、彼女は漸く人扱いされるのだった。
『さて、初めまして合衆国の皆さん。先ずは何から聞きたいかね?』
『先ずは各種精密検査ですね。話はそれからで。』
『おや紳士的。では案内をお願いします。』
こうして、合衆国は遂に呪いの存在へと辿り着いたのだった。
構築術式 極の番【母台】ぼだい
菩提でもあり、母胎でもあり、マザーマシンでもある。
理解さえしていれば万物を作る事を可能にした果てに「自分自身」を作る事を可能にした構築術式の到達点。
自分と瓜二つ、魂や原子レベルで全く同質の自分自身を生み出す。
分身術式と一見同じだが、こちらの方が遙かに高等技術。
これによって生み出された自分のコピーは双子の様に同一人物と認定される事なく、制限なく個別に行動が出来る。
呪力さえあれば、コピーが更にコピーを作る事も可能。
個別の存在なので双子みたいな不思議な感覚とかは無いが、デメリットもない。
なので通信するには別の手段、万穂の場合は通信用の呪具を用意する必要がある。
と言っても、万が一の情報漏洩を考えて、北米に存在する個体は敢えて通信手段は用意していないが必要な時は自前で作り出せば良い。
平安時代において、宿儺の世界斬を受けた際は縛りとして自分自身をリソースにして「今の自分よりも高性能な自分」を時間制限付きで生み出した事を万穂に生まれてから改めて洗練したのがこれ。
呪力消費は領域展開以上に重いが、材料を別に用意する事で消費を抑えられる。