宿儺にとって、その女の事を知ったのは偶然だった。
「凄く美味いものを作る呪術師と出会ったんだ。アレは完全に未知の美味さだったよ。博識だし呪術以外の知識も凄い。会津の出と言っているけど・・・さて、あの知識の源泉は何処なのやら。実に興味深いよ彼女は。」
額に縫い目のある呪術師、羂索の言葉を聞き、宿儺は興味本位で件の女呪術師を調べる事にした。
羂索の思惑に乗るのは癪だが、それ以上に長きを生きているらしいこの呪術師が「完全に未知の美味さ」だと断言する食物に興味が湧いた。
現在、万によって生み出された便利な道具や美味な作物は一部が朝廷に献上され、貴族達の間で高級品として話題となっている。
「これか、件の女が作ったという菓子は。」
その一つを偶然にも手に入れる事が出来た。
と言っても、横柄な態度の貴族の依頼を受け、いつも以上に傲岸不遜な態度を取っただけなのだが。
結果、逆上して宿儺殺害を命じる貴族とその手勢をあっさりと皆殺しにした宿儺は無人となった邸宅から目的のものを探し出した。
この時、手に入れたのは林檎だった。
平安初期の「延喜式」三十三巻の大膳下には「諸国貢進菓子」として国ごとに納入するべき菓子の詳細が定められており、その内容は果物やそれを加工した菓子類と多岐に及ぶ。
この林檎もそうして献上されたものであり、通常の林檎よりも大きく、重く、何より香り豊かだった。
箱に入れられたそれを一個手に取り、じゃくり、とそのまま丸かじりする。
その一口だけで理解した、これは今まで自分が食べてきた林檎とは別次元のものであると。
夢中になって齧り付き、あっという間に一個を完食してしまう。
「裏梅」
「は」
「食べてみろ。」
「は」
宿儺から差し出された林檎を裏梅が恭しく受け取り、しゃくりと噛む。
途端、その目が見開かれ、無言でがっついていく。
「美味いな。」
「はい!」
今まで林檎だって幾度も食べてきたが、これ程に上等な林檎と出会った事は無かった。
大きさ、密度、歯ごたえ、瑞々しさ、香り、甘み、酸味・・・あらゆる要素が既存のそれと隔絶していた。
正しく天と地程の差が両者の間には広がっていた。
件の女術師に俄然興味が湧いてきた。
「行くぞ、件の女の元へ。」
「は!!」
件の女呪術師、万の居所は分かっている。
朝廷からの仕事以外は基本的に褒美として与えられた都の郊外にある邸宅とその周辺に出来た村から出ず、日々様々な道具や呪具を作り、見慣れぬ作物を育て、未知の料理を生み出しているという。
思い立ったが吉日と、宿儺らは直ぐさまその村へと向かった。
「ほう。ここが面妖な術師が営む村か。」
「随分と他では見ない道具や作物が多いですね。それに村人も皆血色が良い。余程豊かな生活を送っているようです。」
それら道具や食材を育てるため、邸宅の周辺は万の雇った平民らが見慣れぬ農具で通常の数倍は効率的に農作業を進めている。
こちらに訝しげな視線を向けてくる者達もいるが、罵倒や陰口を囁く者達はいない。
というか、仕事が忙しくて構っている余裕が無い様子だった。
事実、宿儺らが到着した時、林檎類の収穫に牛馬の世話、更に米の収穫も始まっており、とてもではないが見慣れぬ異形の二人組へと構う余裕は無かった。
「す、宿儺殿!?何故ここに居られるのですか!?」
なので、必然的にその対応をするのは朝廷から派遣されている役人の仕事となる。
彼は基本万担当だが、その業務上勿論ながら要注意人物である宿儺の事もよく知っている。
その危険性を理解していてなお、彼は宮仕えの者として仕事をせねばならなかった。
「万という女は何処だ?」
「よ、万殿ならb「あぁ、私が万だ。」
すい、と一人の女が出てきた。
女人にしてはとても体格も良く、すっと伸ばされた背筋にブレない姿勢、一切の揺らぎが見えない呪力から相当の手練れだという事がすぐに分かった。
更に自身の周囲に呪力が満ちている事から某かの術を発動させている事が窺えた。
「お前が万か。ここで一番美味いものを出せ。」
「ふむ、対価は?」
「お前の命でどうだ?」
殺されたくなければ従え。
そう告げる宿儺に対し、万は笑顔で返した。
「寝言は寝て言え。」
返答と同時、宿儺は即座に御廚子による不可視の斬撃を放ち・・・
「戯け。対策してない訳ないだろうが。」
自らの斬撃が破壊した「極めて高密度に圧縮された空気」の噴出により、彼方へと吹き飛ばされた。
何の事はない。
作る者である万からすれば、強者への対策は事前に行っておいて然るべき事だ。
自らの周囲に圧縮された空気を構築、バリアの様に設置する。
破壊すれば風船を針で刺した様に空けられた穴から空気が噴出する。
今回用意した圧縮空気の噴出時の風速は実に約300m/s、秒速300mというジャンボジェット機のエンジンに近い数値を出した。
そして、そんなものを初見かつ至近で受けた宿儺と裏梅は一瞬で空の彼方へと吹き飛ばされた。
「しまった。もう少し周囲への影響を考えるべきだった。」
遅ればせ響いた凄まじい轟音と暴風に万の邸宅周辺は一瞬で嵐の後の様な有様となり、とてもではないが通常の農作業を続けられる状態ではなくなっていた。
後の手間を考えて、万は頭を抱えるのだった。
これが万と宿儺、裏梅の出会いであった。
「え、失敗した?彼女かなり穏健なんだけど・・・あー対価出さなかったのね。分かった分かった、私が口利きしてあげよう。」
後日、羂索と共に対価として3mはありそうな巨大な猪を狩ってきた宿儺達に対し、農村の者達の作業の合間の軽食(俗に言うたばこ休み用)を他の女人らと共に作っていた万は快く応じた。
最初からそうしてくれてれば良かったのに、とは愚痴られたが。
「一番美味いものとは食べ時、旬のものや出来たてのものだ。」
猪の対価として供されたのは丁度万達が作っていた味噌餅?だった。
去年取れた玄米を炊いて半殺しに潰して俵状に丸め、2個を竹串に刺して、囲炉裏にて表面を炙る。
適度に炙り、表面に焼け色が着いたら味噌ダレを塗ってまた焼け色が着くまで炙る。
味噌ダレは大豆味噌以外でも良い(万的には麦味噌がお勧め)が、この時代の味噌は出汁の素などは入っておらず、また保存のために極めて塩が濃いため、供する相手によって味付けの比率は変えた方が良い。
今回は蜂蜜と混ぜて適度に薄めた上で白炒り胡麻も加えたものを使用している。
更にそこに炒った麦を煮出した汁、つまりは麦茶を淹れ、漬けていた季節の野菜の浅漬けを添える。
「じゃーもらうねーってうっま!あっつ!」
「美味いな。」
「・・・・・・!!」無言でがっつくが火傷したので氷で冷やしながら食べる裏梅
一見すると粗野にも見えるそれだが、どれもこの時代では貴族の中でも力ある豊かな者しか口に出来ない代物だった。
味噌の原型である醤はこの時代では極めて高度な発酵食品だし、麦茶もといその原型の麦湯は貴族の嗜好品でとても庶民の口に入る事は無い。
だが、万にとっては後世で庶民には当たり前のものでしかない。
故に彼女は自分の指示で働く者達へそれらを振る舞う事を躊躇しない。
作業の合間の休憩時、味噌餅と麦茶を受け取った農民達はそれはもう美味しそうに本日の軽食を食べている。
皆幸せそうであり、この日々に充実を覚えている事がよく伝わってくる。
賢明で慈悲深い貴人に仕える事の出来た者達のみが持つ空気であり、人の命が余りにも軽い平安の世には極めて稀なものだった。
「次は貰った猪を出すとしよう。味噌漬けにしても良いし、生姜焼きも良さそうだ。」
「ほう、興味深いな。」
最初の出会いこそ険悪だったものの、彼らの交流はこうして割と穏やかに続くのだった。
「つまみ食いするなって言ったろうが!!」
「えぇい、あんな美味そうな匂いをさせていた方が悪い!」
「おい。今回のは外れだぞ。」
「おっかしいな、いけると思ってたんだが・・・?」
「代わりにこれを寄越せ。」
「ちょ、おま、それは秘蔵の燻製肉ー!?」
が、割とよく喧嘩もしたりするし、それで互いにボロボロになったりもする。
自らの異形や実力を恐れず、蔑まず、妬まない者との触れ合い。
それは正しく対等な、友というべき関係であり、宿儺と裏梅にとって初めての関係性だった。
騒がしくも幸福で、呪術師としては余りにも穏やかな日々だった。
だが、そんな日々は長続きしなかった。
自分達は呪術師だ。
呪い呪われ、何れは因果が巡り巡ってやってくる。
人を呪わば穴二つ。
遂に自分達の番が来た、それだけの事だった。
「宿儺、朝廷から君達の討伐を命じられた。」
暫く間を空けた後、何時になく豪華な食事と酒で宴会を催した日、万は告げた。
「ふん、漸くか。」
「新嘗祭を台無しにしたのが止めになった。面目を潰された朝廷は上から下まで激怒している。」
「アレはあいつらが悪い。」
「お前なぁ・・・。」
きっぱりと告げる宿儺に対し、万は溜息を吐いた。
原因が万を田舎者、百姓上がりと囀る木っ端貴族共に宿儺が腹を立てた事が原因だと知っているからだ。
実際、現在の日本で最高品質の食物を生産可能な万が献上したものが新嘗祭では多数供えられていた。
それが嫉妬からだとしても、その木っ端貴族らの発言は余りに礼を失した行いだった。
その無礼の代価は彼らの命だったとは思いも寄らなかっただろうが。
「とは言えだ。帝から命じられた以上、私は従わねばならない。」
「ほう、ここでやるか?」
「やらん、飯が冷めてしまうだろう。三日後だ三日後。」
あぁ、つまりこれは冥土の土産という奴なのだろう。
宿儺と万、幾度もの争いからその実力は伯仲している事は明らかであった。
だからこそ朝廷も帝直々に万へと命令したのだ。
現代人の価値観を持つ万にとって、皇室からの命令に従う事は一日本人として極当たり前のものでしかない。
だが、宿儺と本気で殺し合うとなれば絶対に無事で済む事は無い。
だからこそ自分と宿儺、裏梅とおまけのおまけの羂索のために最後の晩餐としてこの宴を開いたのだ。
「今日だけは何も考えずに食え。私もそのつもりだ。」
「じゃ、遠慮なくいきまーす♪」
「「「お前は自重しろ。」」」
相変わらず楽しい事、面白い事に一直線の馬鹿に突っ込みつつ、その日の宴は夜遅くまで続いた。
そして三日後、遂に二人は人気の無い場所、都から離れた山中にて激突した。
その戦いは都からもその余波が感じ取れる程だった。
閃光と爆音、衝撃と振動が幾度も幾度も広がっては消えていく。
幾つもの山と川が出来ては消え、幾つもの谷と窪地が出来ては消え、たった一昼夜の間にあらゆるものが生まれては消えていった。
やがて、平安の世にて最大最強の呪い合いの行方は万の時間切れという形で幕を下ろした。
「まぁこんなものか。死力を尽くしたんだがな・・・勝ちきれなかったか。」
「そう言うな。間違いなくお前は強かった。誇って逝け。」
「はは、そりゃ嬉しいね。」
最後に酒を一瓶だけ作って、万は灰も残さず消え去った。
最後の最後まで、誰かを呪うよりも何かを作り、育てる事の方が似合っている女だった。
「何、黄泉にてまた相見える。その時にまたやろう。」
ぐい、と酒を一息で飲み干す。
米の香りがすっと鼻を通り過ぎ、適度な酒精が身体を暖めてくれる。
万の作った酒は幾度も飲んだが、その中でも屈指の出来だった。
どうせなら、あいつの作ったつまみと一緒に味わいたかった。
激戦の後、満足に反転術式も出来なくなった満身創痍でありながら、宿儺は穏やかな心持ちのまま殺到してくる呪術師の群れへと満面の笑みで飛び込んだ。
あぁ、またお前と、お前達と飯を食いたいものだ。
「じゃぁ、また会えば良いじゃないか。」
「呪物化すれば良い。そうすれば千年先でも彼女を探せる。」
「私に協力してくれれば、その願いを叶える手伝いをしようじゃないか。」
こうして特級呪物「宿儺の指」は生み出された。
裏梅は初見の時は大の字で風車みたく回転しながら吹き飛ばされたり、火傷しながらもご馳走に食らいついたり、二人の喧嘩に巻き込まれて犬神家したりしてました。
でも宿儺の世話役は自分だけだ!と奮起して万に弟子入りして調理技術を更に磨き続け、料理人としては原作以上に強化されました。
最愛の主人とその友人とのやかましくも穏やかな日々を共に在る事が出来、とても幸せでした。