2011年4月、日本の呪術師達は頑張っていた!
「おうちかえりたい・・・。」
「これ何時まで続くの???」
「新婚なのに嫁に愛想尽かされたらどうしてくれるー!?」
未だに余震が続き、一部では断水が続く中、一級以上の術師達はよく耐えている(特級共は割と余裕)のだが、それ以下の数的主力である二級以下の術師達は流石に限界が近かった。
何とか物資や拠点は確保したとは言え、そりゃ三交代制で以前よりも支援体制がしっかりしていると言えども呪霊退治をほぼ一ヶ月ずっとし続けるのは辛い。
普通の企業だったらブラック超えて暗黒企業呼ばわり待ったなし、労基に駆け込まれたら即座にアウト判定である。
「いやもう限界だろこれ。」
「幾ら回復できると言っても、やはり疲労は蓄積しますからね。」
「政府からは今派遣されてる戦力は維持してほしいとの事だ。浴槽型呪具の件もあるらしい。」
「あー・・・人道的な行動が仇になっちまったな。」
そもそも、当初の予定よりも彼らの派遣期間が延びているのは医療施設もまともに機能しない有様を見た一般出身の術師(特に後天的にケモ耳やベルトで術師になった組)が密かに一般人に浴槽型呪具を開放、勝手に使用させた事例が幾つか発生した事が原因だった。
災害派遣された自衛隊の医療・野外浴場設備を超えた外傷への治癒効果を持った浴槽型呪具の露見により、病院が被災して医療設備の無くなった地域の非術師達が幾人も利用し、そこから人の口は閉じられないと広がってしまったのだ。
そんな状況で浴槽型呪具及びその管理をしている呪術師達が消えては、下手すると暴動に繋がりかねない。
幸い、撮影やネット等で広める事は全て阻止しているのだが、それでも人伝手の噂話だけはどうにもならない。
人心が荒廃しかけているからこそ、その辺には気を遣わないといけない。
おまけで浴槽型呪具の排水も低位の呪霊への忌避効果の他、植物の生長促進効果から家庭菜園とかに使えるので、避難所のビタミン不足解消に役立ってたりする。
そりゃー撤退されたくないだろう。
「西日本に残っていた人員と順次交代していく他あるまい。」
「良いのか?殆ど留守居役だぞ?」
「仕方あるまい。このまま無理して崩れていく方が人材の無駄じゃ無駄。」
「ぬぅ、こんな時こそ粒来・・・禪院の奥方を出したい所なのじゃがな。」
「言うな言うな。身重の女まで出したら流石に恥じゃ。」
ある程度呪霊の湧きが沈静化した事もあり、特級組以外は順次交代する事となった。
特級?消耗の最も激しい夏油から直哉、五条の順で交代予定である。
夏油はゲロ不味が大分マシになったものの呪霊玉を取り込む際の消耗は消えていない事、無数の呪霊に指示を下す関係で非常に頭を使う事、福島原発周辺での任務を担当している事から念のため早めに交代となった。
「僕は別に良いんだけどさ。直哉は大丈夫なの?万穂がイライラしてない?」
『まぁ、大丈夫やろ。真希ちゃんに色々頼んでるし、さすがにこっちに押しかけてくることはないと思うわ。』
と言うわけで、夏油から順に交代していく事となった。
予定では後数ヶ月はこの体制が続くのだが・・・この判断が後に仇となる事を彼らはまだ知らない。
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一方、その頃の禪院家
「真希ちゃん、頼むからさ、ね?ご飯奢ってあげるから・・・。」
「駄目に決まってんだろ。寝てろ。」
「だってー流石にもう飽きたんだよー。だからせめて呪具の研究をだね?」
「駄目だっての。前それで徹夜しかけたろ。」
「だってだって!研究が良い感じだったんだ!もう少しでAIを搭載して呪力の自己補完も可能な完全自律型呪具が出来るんだもん!」
「で?それで胎の子に影響出ないとも限らないだろが。」
「ちゃんと結界術で覆ってるってば。もし特級呪霊が襲撃かけてきても一時間は破れない程度には頑丈な奴。」
「そんな事してねーで寝ろ。ゲームやネットも一日2時間までな。」
「そんなー。」
「ガキか。ガキよりガキらしい素行してるんじゃねーよ。これから母親になるんだろ。」
「ちぇー、それ言われちゃ仕方ないか。」
禪院万穂(旧姓:粒来。現在妊娠7ヶ月)は世話役兼監視役を任ぜられた真希に絞られていた。
妊娠した影響か、精神的に不安定になっているらしく、大分我が儘気儘を言っている。
他の禪院家の女性陣からは「この位なら大人しいもの」「悪阻で常時死んでるよりマシ」「本当にヤバい事はしないからセーフ」「でも私達だと振り切られるから真希ちゃんよろしくね」と軽いノリだったりする。
なお、妹である真依は面倒事の気配を察知して呪具工場付きの寮の個室で平和に過ごしているものとする。
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特級術師達は一週間毎に交代となり、夏油が福島に戻ると同時に五条が休暇に入り、直哉はまだ続投である。
とは言えメールや電話で身内との連絡は密に取っているため、メンタルと体調面には特に問題は出ていない。
疲弊自体はしているものの、それが表に出るのは大分先になるだろう。
そんな感じでそろそろ完全に沈静化するかな?と思っていた矢先の事だった。
2011年4月7日、またも宮城県沖で最大震度6強の地震が発生した。
東日本大震災の余震、その一つなのだが揺れが余りにも大きく、他の余震や被災地の凄惨な様子が世界中に届けられ始めた事から再び上昇傾向にあった非活性呪力も合わせ、またも大量の呪霊が発生した。
こうした有象無象には一般術師達が対応に当たったものの、一部は成り立てながらも一級以上の呪霊が複数確認された事からその時現場にいた直哉と夏油が対応に当たる事となった。
直哉の担当、宮城県仙台市仙台湾では土砂で構成された巨大な蛇の様な特級呪霊を、福島原発近傍で対応に当たっていた夏油は全身が水で構成された小山の様な特級呪霊と戦闘になった。
「んー山崩れ、土砂災害そのものの呪霊やね。分かりやすいわぁ。」
「水・・・津波の呪霊か。取り込みたいが、この辺で暴れられると困るんだ。」
水分を多く含んだ土砂と津波で構成された、どちらも流体に近く、それでいて蛇の様な形に山の如き巨躯を持つ特級呪霊だった。
だがしかし、特級術師共に生まれたてで領域すら使用できないようなタダの特級呪霊では相手にならない。
多少祓いづらかったものの、そう時間をかけずに祓う事が出来るだろう・・・通常ならば。
「っと、新手か!」
『やはり速い。私では捉え切れませんね。』
祓ったと思った瞬間、土砂災害の呪霊の体内から大量の樹木の根が伸び、直哉目掛けて殺到する。
が、不意打ちと言えども最速の名をほしいままにする直哉にその程度の一工夫では当たらない。
大量かつ大質量の植物を操作する呪霊を筆頭に、土砂災害の呪霊の体内から更に多数の術式持ちの準一級以上の呪霊達が襲いかかった。
(やたら固い。んで攻撃範囲が広いから長引かせると周辺への被害が怖い。なら速攻で片付ける!)
既に変身無しで特級術師に足る戦闘力を持ち、御三家当主らしく相応に呪霊の知識や戦術にも明るい直哉である。
故に相対した植物系の特級呪霊、花御の特性も即座に看破し、その上で取るべき戦術を即座に選択した。
もしこの呪霊達が暴れた場合、直接的な被害よりも地震で地盤の緩んだ現状では地形破壊が容易に可能だ。
特に山地であれば山体崩壊の様な大規模土砂災害を発生させ、最終的に多数の被害が出てしまうだろう。
愛妻の故郷であるこの街は可能な限り守ると決めている直哉にとって、それは見過ごせない可能性だった。
「ほんじゃぁ行くかぁッ!!」
『連れてきた呪霊は足止めにもなりませんか・・・これは時間稼ぎが精一杯ですね。』
こうして仙台を舞台に自然呪霊が一角たる花御が格上の直哉を相手に決死の時間稼ぎを続けていく事となる。
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一方、福島原発周辺にて
「ふぅ~・・・何とかなったかな。」
津波の化身の様な特級呪霊を相手に、何とか夏油は勝利を収めた。
とは言え、取り込む事は敢えてしなかった。
今回の特級呪霊は単なる津波ではなく、放射能への恐れも多分に含まれていたためか、単なる水流ではなく汚染水を操ってきたのだ。
そのため、接近所か濡れる事すら憚られる相手であり、何体もの呪霊を使い潰す形で祓う事しか出来なかった。
これが普通の特級だったらもっとやりやすかったし、呪霊玉にして取り込む事も出来たのだが、残念ながら今回は断念すべきだろう。
寒空の中、飛行呪霊の上に立つ夏油は気疲れから大きく息を吐き、漸く気を抜く事が出来た。
「ーーー変身。」
故に、不意に至近に現れた脅威への対応が遅れてしまった。
時間にして僅か数フレームに過ぎないそれだが、そんな大きな隙は特級レベルの者達からすれば隙だらけと言える。
故に夏油は体内の呪霊、特に固めの一級以上の呪霊に対して自分自身の隙や死角を潰す形で周囲を観察し、迎撃のためにならば自在に外に出る権限を与えていた。
僅かに見えた火山頭に青い肌、大きな一つ目の呪霊目掛け、1体の特級呪霊が出現し、排除しようと殺到する。
「邪魔だ。」
「なっ!?」
だが、それは結果的に無駄に終わった。
ベルトの宝珠から発射された+の呪力の弾丸により、迎撃に動いた特級呪霊が即死した。
+の呪力は-の呪力の塊である呪霊にとっては死に等しい。
とは言え、それ以上に大きな-の呪力をぶつければ対応できる。
しかし、それ以上に重要な事実があった。
(呪霊が+の呪力を使った!?)
通常、呪霊は+の呪力を発生させる事が出来ない。
何故なら、そんな事をすれば自分自身を即死させかねないからだ。
そんな自爆技を覚えるより、自分自身の普通の呪力運用や術式を磨くのが呪霊にとっての普通、よく知られる生態だ。
しかし、ここに例外が存在する。
漏瑚が装備しているオリジナル呪具ベルトの3番目、これには攻撃のための術式が搭載されていない。
だが、登録されている天元の不死化の術式はこと生存性という一点においては絶大だ。
あらゆる環境下で持ち主を生かすために特化し、挙げ句自己進化する。
あの魔虚羅の万象への適応程ではないが、それでも十二分に出鱈目と言って良い術式だ。
何故その術式を刻んだのか?
答えは一つ、天元が消えた際の予備である。
同化が失敗し、天元が人類に敵対乃至完全な不干渉になってしまった場合、現在呪術界が受けている恩恵が全て消えてしまう。
そうなれば総監部が享受している利益にすら大きな影響が出るだろう。
そこで、総監部は自分達の指示を聞かない天元の代わりを求めた。
それが万穂の所に届き、オリジナルベルトの術式の刻印という機能を生かし、次の天元を作るための呪具として完成させた。
結果、天元の呪力から術式のみを抽出し、その責務を他の人間に押しつける事が可能になってしまった。
+の呪力もベルトに刻まれた効果の一つだ。
呪霊にとって反転術式は自爆にしかならないが、ベルトから直接生成・射出するなら触れないので+の呪力であっても問題は無く、更に触れた所で不死化の術式のお陰で死ぬ事は無いときた。
「死ね。」
変身、否、全身が変異した漏瑚の一撃が福島原発周辺を含む広範囲を更地にした。
「ありがとう漏瑚。完璧と言って良い結果だ。」
「ふん、まだまだよ。儂はこのベルトの力を引き出しきれておらん。今暫くはこれを使いこなせんか試し続ける必要がある。」
「だろうね。君はまだ成ったばかりだ。焦らず進めていこう。」
「さ、処置を始めようか。」
僅かな光源しかない閉鎖された病院の手術室にて、寝台に横たわる夏油傑の遺体を前にして額に縫い目のある呪術師、羂索はにちゃりと笑みを浮かべた。