百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
「悪は死ね!死ね、死ね!!」
理性の防波堤は完全に崩れ、私は、火かき棒を振り下ろし続けていた。
棒を振り下ろす度に血飛沫が飛散し、衣服に付着していくが構わなかった。
なにしろ相手はこの世界にとって正しくないものだ。世界には一点の淀みすらあってはならない。
ミシミシと、気付かないうちに爪は伸びていく。
(そうだ、この化け物退治が終われば次はエマを殺す!それがこの世界のためになる行動で、ユキの本心でもあったはずだ。エマもこいつのような化け物になると教えてくれたのだから!)
殴打の嵐に打たれ倒れ伏し、物言わぬ躯と化した看守から視線を外す。エマがどこにいるのか探そうと、目を血走らせたところで―――
「やめてっ!!」
――トン、という軽い音と共に私の体は横に突き飛ばされた。
(なん、だ……?)
私は空中で、突き飛ばされた方角を確認しようとする。
そこでは倒れていたはずの看守が起き上がり、鎌を振りかぶり終わっていた。
そして、その鎌は確かに獲物の命を刈り取りとっていた。
「……ッ!」
最初に目に入ったのは、忌々しい幼馴染の顔だった。
目から涙が流れて、表情は悲痛に歪んでいる。
しかしその幼馴染の首には、体がついていなかった。
首を失った胴体からは噴水のように血が噴き出し、彼女の桜をあしらった服を赤で染め、同時に赤でまみれた私を、更に赤黒に色濃く染めていく。
「エ、マ……?」
憎い存在だった、殺してやりたいと何度も思った。
それでもいざ、その光景を目にして。
私の中にあった黒い殺人衝動は、風船から空気が抜けるように急速にしぼんでゆく。
「なぜ……なぜ私をかばったんだ、エマ……!」
突き飛ばされたショックか、エマの死体を目にしたショックか……あるいはその両方かもしれない。
いつの間にか、火かき棒は手から離れて。私は座りうつむいていた。
その私の頭上に大きな影が差すのが分かり、私は再び顔を上げる。
「関係ない方が死んでしまったようですが……あなたも見せしめに殺しておいたほうがいいかもしれませんので……はい」
ゴクチョーの命令で鎌を振り上げる看守を、私はぼんやりと見つめていた。
首を一瞬ではねる膂力があり、不死の可能性が高い看守と争い続けても、体力が削られるだけで無駄な抵抗にしかならないだろう。
もしかするならば、エマが死んだことで私はどこか満足してしまったのかもしれない。
しかしそんな動けない私を、庇う者がいた。
「み、見せしめならもう十分なはずです……!ヒロさんはもう動けないように見えます。どうか……命を奪うことだけは、やめていただけないでしょうか……?」
おずおずと自信なさげに話すその少女は、先ほどの自己紹介で治癒の魔法を行使し、目立っていた人物だった。
(氷上メルルか……)
エマの傷を自主的に治しに行ったあたり、心優しい少女なのだろう。
慈愛の心を持つメルルが、私を庇うことは不自然ではなかった。
メルルの言葉を聞いたゴクチョーは、少し考えた様子を見せる。
「ふむ……確かに、見せしめはできましたし、反省した囚人をむやみに殺すのはかわいそうですね。大魔女を見つけることが、目的でもあるので」
……どうやら、命を奪われることはなくなったらしい。軽く息を吸って吐き、その事実に安堵した。
大魔女という重要な響きの言葉が、頭の中に残る。
この牢屋敷の規律を守るにしろ、脱出を考えるにしろ、この屋敷を運営している人間の行動指針や理念、また逆鱗があるのならば把握しておきたい。
理不尽に命が軽いからこそ、黒幕の思考回路が重要であるのは間違いないからだ。
考え込む私をよそに、考え込んでいたゴクチョーが私の扱いを決定したようだった。
「ここはメルルさんに免じて、懲罰房送りとするだけで勘弁してあげましょう。
……最初でかわいそうですからね。二階堂ヒロさんには、2日間入ってもらいます。魔女になりかけた者はヒロさんのように殺人衝動に支配されてしまうので、皆さん、くれぐれも気を付けて下さいね?」
(殺人衝動……納得できる。そしてゴクチョーは……私が孤立するように仕向けているのか)
「……ぴっ!?」
殺人衝動と聞いた視界の端の少女が短い悲鳴を漏らす中、私はなおも思案中だった。
(2日間……私以外で人脈を作り終わるには十分な時間だな)
エマが死んで、私以外は11人。
最初の動きでグループの主導権を握りたかった私にとっては、都合が悪かった。
それにこのような閉鎖された空間では、孤立した者は標的になりやすい。
普段の私にとっては些細な遅れではあるが、この場にはスター性のある蓮見レイアがおり、私の暴力的な衝動や、それに巻き込まれて死んだエマを少女たち全員が見ている。
実際に少女たちの私への視線には、困惑と怯えの色が多い。
(房を出た後の私の牢屋式内での立場は、危ういかもしれないな……)
「氷上メルルと言ったね……私を庇ってくれてありがとう。あのままなら、私は死んでいただろう……。礼は、正しく伝えるべきだからね」
「い、いえ……結局、ヒロさんが懲罰房に入ることになってしまいましたし。
あまりお力になれず申し訳ありませんでした」
「十分だよ。私は規律を破ったのだから、正しく罰せられるべきだ」
半分本心で、半分打算のやりとりではある。
今更焼け石に水かもしれないが、これからは損なわれた心象を少しずつ回復していかなければならないだろう。
「……おとなしく懲罰房に向かうよ、案内してくれ」
「ずいぶん物分かりが良くなりましたが、懲罰は緩くなりませんので……はい。
看守に案内させますね」
看守に連れられて、広間から懲罰房に向かう私の背中に、血生臭い場に相応しくない、能天気そうな声色の少女の声が届く。
「私はヒロさんとお話ができるのを、楽しみにしてますね!」
(……シェリーか。私は何か、彼女に気に入られるようなことをしただろうか)
シェリーの私を擁護する発言は、他の少女には好意的には映らなかったようだ。
「は!?帰ってこなくていいだろこんな危険人物!あてぃしらの命が危なくなるじゃんよ~!」
「わたくしもココさんの意見に賛成ですわ!」
「そうだね。ヒロくんは皆の命を間接的に危険にさらした人物だ。それをまず、第一に……」
レイアが私を貶める声も、私が歩くにつれて遠ざかっていく。
あの調子ならほんの2、3人を除いて皆がレイア中心のグループにまとまるのは時間の問題だろう。
(逆境だな……だが、私は私の信じる正しい道を歩くだけだ)
懲罰房に向かって歩み続ける私の体から、血が剥がれ次々と蝶になって飛び出していく。
誰かの魔法なのだろうか・なんとも幻想的な光景だが、私は歩みを止めない。
幼馴染2人はもういない。それでも、止まることを私は私自身に許さなかった。
『がっかりです。あなたには失望しました』
「あ、ああ……ユキ……?」
誰かの幻聴が聞こえたようだが、そんなはずはない。
(ユキは、エマが死んだことを喜んでくれるはずだ。エマが魔女になることを教えたのは、ユキなのだから……エマはいじめからユキを見捨てたのだから……ユキは、喜んでくれるはずなんだ)
私は罰を受ける部屋に向かって歩き続ける。正しいと思う道を。
黒い靄のようなよどんだ気持ちが、頭の中に満ちていくのを感じながら。
かわいそうな、ヒロ。わたしがエマしか見ていないのを、あなたは知っているはずなのに。
本当にヒロは、かわいそうですね。