百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
昨日の夕食後、全員でノアの監房に向かい真相を確かめた。
そして、日が変わって。
「まだ興奮が止まりませんわ……!」
「なんだかんだ、ハンナちゃんが一番興奮してたよね……お、おじさんもだけどね!」
「みなさんに教えてよかったです!」
翌日の四日目の朝の食堂では、ハンナを筆頭に少女たちは全員どこか浮ついた様子だった。
あの『バルーン』の正体が城ケ崎ノアであり、それを本人は認めた。
それは年頃の、十五歳前後の少女たちにとってはこても刺激的な出来事であったのだろう。
証拠として、食堂で交わされる話題はいまだにノアのことばかりだ。
(皆昨日までの重苦しさが少し薄れて、良いムードになっているな……だが、どこか違和感を覚える)
ノアの存在によって食堂の少女たちの表情に笑顔が増えている上に、レイアという周囲の人間をまとめ上げるリーダーが居る。それは一見良いことのように思える。
だからこそ私は、小骨が刺さったかのように感じている警鐘のようなものがどこから生み出されたものなのか、自分自身ですら理解できず困惑していた。
(この違和感の原因は分からない……もちろん私の思い過ごしの可能性はある。だがその正体が、少女たちと顔を合わせ、ある程度の性格が掴めてきたからこその違和感なのであれば見過ごすべきではない。……ここは、昨日から考えていた計画を実行に移すこととしよう)
「皆、少し私に注目してくれないか。提案がある」
手を響くように2回叩いて、注目を私に集める。
【今度はなんだ?】
集まった少女達の目線には、予測不可能な人間を見るかのような視線で、何をするのかと訝しげなものが多分に含まれていた。
構わず、話を進める。
「この牢屋敷で生活を開始してから、今日で4日目だ。全員、ルールを把握し生活リズムもそれなりに作れてきたことだろう……だが、生活に慣れてきたからこそ、別の不満が新たに出てくるものだと私は思う」
ここまでで言葉を少しだけ区切り、全員の表情を伺う。感触は悪くないようであり、少し声量を高めた。
「そこで……私に支給されているスマホの、連絡先を全員に公開しておく。悩みがある者は、私のスマホにかけてくればいい。
不満はストレスになり、ストレスは魔女化を進めるリスクがある……私も衝動に悩まされた身だからね。魔女化の副作用の恐ろしさは知っている。悩みの度合いによっては、あまり使われていないようだった、応接室で1対1の話し合いに付き合ってもいい」
(私の提案は私自身の時間を割いてしまうものではあるが、その価値はあるだろう)
「ヒロさんが、わたくしたちの相談に乗るんですの……?」
周辺の少女たちは、私の提案に戸惑っているようだったが……。
「……なるほどね。ヒロちゃんの考えは理解できたわ。いいんじゃないかしら。私は賛成よ♡」
独り言のように呟いたマーゴは、どこか納得しているようだった。
そもそもマーゴが占った結果は、もうすぐ誰かが死亡するというものであった。
そして私がその占いを起こさせないと否定した以上は、全力でその運命にあらがう責任がある。
(正しさやカリスマというのは、縮こまっているだけでは手に入るものではない。行動し、その結果の後に、付き従うようについてくるものだ)
マーゴが反応を見せたことで、リーダーであるレイアも動いた。
「なるほど……簡易的な、ヒロくん限定の相談窓口のようなものを作るわけだね。私には思いつかなかったよ。やはりヒロくんの発想と行動力には関心させられるな!」
頷きながら白い歯を見せて、にこやかにレイアは笑う。
腹の内で何を考えているのかは分からないが、少なくとも肯定的にとらえている様子なのは理解できた。
「ふん……ヒロっちに相談したい人なんか、ほんとにいるんかね」
「おじさんは、ヒロちゃんはこういうことに向いてると思うよ……風紀委員の経験とか、ある気がするし」
「ですです!シェリーちゃんも大賛成です!」
「い、いいのではないかと思います……!」
【それほど興味ない、好きにしろ】
わいわいがやがやと騒ぐ少女たちだったが、案外否定的な意見は少ないようだ。
文句を言うと思ったハンナや、私を嫌っているナノカは苦い表情をしているものの、個人の好みの範疇にとどまっていることに加えて元からあまりこのような場で否定の主張を大きくする性格ではないのか、黙り込んでいる。
(昨日、牢屋敷の中を見回ったかいはあったな。嫌いな相手だったといえど、言葉を交わせば情は沸くものだ。……出だしが悪かったとはいえ、やはり表のリーダーはレイアに任せて私は裏方に回ることにしよう。……ノアの件のようにリーダーが一人であるが故の不満も、これから出てくるかもしれないからな)
私は、連絡先を記した小さな紙を10枚、懐から取り出し配り始めた。
「ノアとアリサには今の時点で渡すことができないので、全員に配っておく。……念のために言っておくが、悪用はやめておくように。これを全員に配ると決めた時点で、備えはしてある」
都合の良い存在だと思われては困るため、釘をさしておくことも忘れない。
少しだけ脅しをかけていれば、勝手に少女たちが深読みしてくれることだろう。
万が一だが、殺人を起こそうと考える人間が私のこの相談窓口の件を利用して私の襲撃や、アリバイ作りに使う可能性がある。その抑止のため、こちらが身構えていることを示しておいた。
(私が感じた違和感が杞憂でなければ、私に見透かされていると感じて、何かを企んでいる輩が犯行を思い止まる可能性はある……現時点では、これが最善策だろう。とはいえ、他にできることも限られているのだが)
「……以上だ」
伝達事項を伝え終わった私は短く言い放つと、静かに椅子から立ち上がった。
「ヒロさん!今日は食事の後、どこに向かうんですか~?」
「この後の私の行動は、勿論決まっているよ」
自分の頬に指をあてた不思議そうなシェリーに対して、私は微笑を返した。
「これから使用するかもしれない、応接室の掃除だ。埃まみれの部屋で相談事に乗るのは、正しくないだろう?……私一人で十分だ。シェリーがいると、かえって部屋が散らかる」
「え~!ヒロさん、酷いです~!」
「事実だろう?」
騒ぎ出したシェリーを無視して、私は食堂を後にした。