百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
(今の所、私に連絡を送ってくる少女はいない……まだ、様子見の段階か。悩みを打ち明けるということは、一歩を踏み出すということ。それは勇気を必要とする行為でもある。それならそれで、こちらも準備を進めるとしよう)
応接室の掃除を終えた私は、図書室に到着した。
私の予想通り、先客がいたようだ。椅子に座ったマーゴが熱心に本を読んでいる。
「きみに用があるんだ。構わないかな、マーゴ」
私が声をかけると、マーゴは本を閉じた。
「どうしたのかしらヒロちゃん。昨日あれだけ言い争いをしたのに、よく躊躇いなく私に声をかけられたわね♡」
「むしろ今朝の私の行動は、殺人が起こる可能性が高いというきみの意見もくみ取った結果だよ。相反する主張であっても、主張をする者の理論が通っていれば受け入れる。それが正しさだ」
マーゴは、どこか面白いものを見るような視線を私に向けてくる。昨日の私に向けた負の感情には、ある程度折り合いを付けられたのかもしれない。
「……少なくとも、ヒロちゃんが本気で殺人事件を止めようとしていることは分かったわ♡せいぜい、あがいてみることね」
「ああ、そうさせてもらおう……それとは別に、お願いがあるのだが。数点、本を応接室に貸し出させては貰えないだろうか?数日ごとに返却することは、約束してもいい」
私の提案に、マーゴは戸惑ったようだった。
「そもそもここの本の言語の読解は、あまり進んでいないわよ?持って行った所で、相談者も退屈になるだけじゃないかしら」
「これだけの蔵書だ、字は読めなくとも写真や絵を中心にした書物も多いはず……来訪してくる少女は緊張をしているだろうから、気を紛らわせるだけで効果はあるさ」
「……なるほどね。図解の本から、本の内容を読み解いていく視点は私も考えていたから、ヒロちゃんとは考えが合うのかもしれないわ♡昨日から思っていたことだけれど♡」
「……そうかもしれないな。ただ、思考回路が合っていても、行動指針が違うことはあるだろうけれどね」
やんわりと同類であるという発言を拒絶したものの、それでもマーゴはどこか楽しそうな様子だ。
「いいわよ。シェリーちゃんなんかは、勝手に本を持っていっちゃうもの。断りをいれてくれる分、ヒロちゃんの方がマシだわ♡そもそもこの牢屋敷のものに、個人の所有権があるものは一つもないと思っているもの。勝手に持ち出していいでしょう?」
「……それはすまなかったね。シェリーには、後で私から注意をしておこう。
所有権がないとはいえ、人のパーソナルスペース内のものにはあまり触れられたくないものだろうからね」
マーゴは一瞬、驚いた様子を見せた後に更に笑みを深めた。
「やっぱり、レイアちゃんとヒロちゃんは似ている気がするわ。もしヒロちゃんが初日に問題行動を起こさなければ、リーダーになれていたかもしれないわね」
「わざと蒸し返してはいないか?……アンアンからも、似ていると言われたよ。レイアとの関りが深いきみたちが言うのなら、ある程度は当たっているのかもしれないな」
少なくとも、私自身レイアと比較されるのは、悪い気がしていない。
話題がそれたので、話を戻すことにする。
「さて、もう一つの要望なんだが……今日は、私もこの図書室の書物に使われている言語を解読したいと思っている。数カ国語は話せるから、邪魔にはならないはずだ」
「……だいぶヒロちゃんに興味が湧いてきたから、私は構わないのだけれど、どうしてかしら」
「出遅れた影響もあってか、情報の重要性を痛感していた所でね。しかし、歩いて掴める情報は出そろってきている。そうであるならば、図書室に使われている言語を解読することで現状打破を狙うのは、悪くない判断だと思ってね」
マーゴの瞳が妖しく光る。
「そこまで豪語するからには、解読の戦力になることを期待しているわよ?」
「ああ、期待は重くても構わないよ。その期待を超えてみせよう」
重圧をかけてくるマーゴだが、あいにくプレッシャーを受けることには慣れている。
私には、ふてぶてしく笑う余裕すらあった。
応接室に本を持っていき、戻ってきて数時間が過ぎた。
「だいぶ解読できたわね……正直、ヒロちゃんがたった1日協力しただけでここまで成果があるとは思っていなかったわ♡」
「ご期待にそえたようなら、何よりだよ」
私とマーゴは軽口を叩きながら、机に置いた一冊の本に、並んで目を通していた。
その本の中では、少女が空を飛んでいる。おそらくは魔法によるものだろう。
「これはハンナちゃんの魔法でしょうね。今は数センチ程度しか飛べないけれど、ハンナちゃんが成長すると空高く浮遊できるようになるみたいね♡」
「……それは初耳の情報だが」
「そういえばその時、ヒロちゃんは居なかったものね。……ハンナちゃんが自ら食堂で全員に明かしていたから、ヒロちゃんに教えても問題ないでしょう」
(思わぬ収穫があったが、今はそのことよりも……)
「どうやら、私たちの魔法は魔女化が進むにつれて成長するようだね。どう成長するのかは個人で違うし、成長の方向によっては魔法の変化が予想不可能なものになることもある……」
「ありがとうヒロちゃん♡ヒロちゃんのおかげで重要な手がかりを得られたわ。……ねえヒロちゃん、このことは私とヒロちゃんの秘密にしておかないかしら。魔女化が進行した場合、魔法が予想不可能な方向に成長する可能性があるなんてこと、他の少女が知っても不安がるだけだと思うの」
唐突な提案に、少し身構える。
(マーゴ……何を企んでいる?しかし、発言内容自体は正しい……企てがあるのならば、阻止すればいいだけのことか)
「……かまわないよ。この情報は私達二人の成果だ」
「話が分かるわね。実は私、貴方には期待しているの♡……これからも仲良くしましょ、ヒロちゃん♡」
「……考えておくよ」
どこか乾いた返事を交わした私は、図書室を後にした。
(マーゴは、信用できる人物ではない。しかしおそらく、万が一に裁判が起こった際は大きな発言力を持つ人物になるだろう。ある程度の関係を構築していて損はない)
部屋を移動しながら考えを巡らせている私に、近づく少女が居た。メルルだ。
彼女はどこか慌てた様子で、小走りに私に近寄ってくる。
心なしか少し、顔色も悪いようだ。
「ヒ、ヒロさん……!」
尋常ではない様子に、胸がざわめく。
(詳しい話を聞いてみるか)
「どうかしたのかな、メルル」
「は、はい……実はですね」
私が問いかけると、メルルは乱れた呼吸を整え治して私に向き直った。
「睡眠薬のビンが、一本医務室から消えたんです」
「睡眠薬のビンだと……?その盗難は確実で、メルルの勘違いという訳でもないのか?」
私は、少しずつ、自分の足場の下から何かガリガリという、音のようなものが聞こえるような気がした。その音は私の地面に下に、ぽっかりとした空洞を作っているように錯覚さえする。
「はい……何度も確認しましたが、間違いありません。即効性がある強力な睡眠薬で、わずかな量でも麻酔のようになるものなので、取り扱いには最新の注意を払って、厳重に保管していたんです……分かりやすいように、赤い液体になっているぐらいなので他の薬との勘違いもありません……本当は、悪用を恐れて廃棄しようとしたんですがゴクチョーさんに止められてしまい、できませんでした」
「……このような状況下だから、眠れないため、睡眠薬を必要としている少女が存在していること自体はおかしくない。……だから、問題はそこではない」
「ヒ、ヒロさん……!?」
メルルは心配気に私を見つめている。きっと私の顔色は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに悪いのだろう。それは目の前のメルルと同じように。
「その少女が、メルルに何も言わずに『何のために使うのか明かさず』『誰が使うか明かさず』、その上で『狙って』とりわけ強力な睡眠薬を持ち去ったことだ」
私は今、穴の上に立っていた。
落とし穴の上に。