百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
シェリーの死を確認したその後のことは、あまりよく覚えていない。
私の咆哮を止めてくれた少女が誰なのかすら、私の頭の中では判然としていなかった。
(シェリーが死んでいた。殺されていた。殺されていた!私の愚かな判断が、また人を殺す。大切な人を、また私のせいで……)
同じ考えがぐるぐるまわる。おそらく、私は一種のパニック状態にいた。
ただ、正しい行動をするために足は動いたのだろう。気が付いた時には、私はラウンジで他の少女たちと一緒にゴクチョーの説明を聞いていた。
「あー、おきちゃいましたね……殺人事件」
少女達が顔を青くしているにも関わらずゴクチョーの声色はいつも通り気怠げで、私からはどこか他人事のようにすら感じられた。
「一定の捜査時間の後、魔女裁判を開きます。囚人たちの中から、殺人を犯した『魔女』である犯人を特定し、投票し、処刑して下さい。特定できなかった場合は、皆さん全員が処刑されます」
殺人事件の捜査。そして裁判の後の処刑。ゴクチョーが口にした『それ』は、今まで牢屋敷で、恐怖を覚えてきながらもなんとか適応して過ごしてきた私たちの日常と大きくかけ離れたものだった。
「本当にウチらにそんなことをさせるのかよ……ちくしょう」
いつになく弱弱しく、力がないアリサの呟きがラウンジに響いた。
「まあ、無理をする必要はないです。特定できなかったら、皆さんが死ぬだけなので」
肩をすくめるように口にしたゴクチョーの宣告に、気の弱い少女たちは震えている。
私の体も、小刻みに震えていた。しかしそれは恐怖からくるものではない。
私を突き動かすのは犯人と、それを上回る、シェリーが死亡した原因となった自分への純粋な憤怒だった。
私を見つめる少女の誰かが、小さく悲鳴をあげるのが分かった。
「そうか。シェリーを殺した犯人を特定し、処刑すればいいんだろう?……かまわない。私にとっては、願ってもないことだ」
中庭での取り乱しようを見ていたからだろうか、それともシェリーに対する私の思いを知っているからだろうか。意外にも処刑を肯定する発言をした私に対する非難の声はあがらなかった。
レイアが皆の注目を集めるために、咳払いし声をあげた。
「……ともかく、こうなってしまっては仕方がない。証拠を集めて推理をし、犯人を特定するしかないだろう。アンアンくんのように体調の優れない人間も何人か居るようだから、無理をする必要はないけれどね」
【大丈夫だ、捜査はできないが自力で医務室まで向かう】
レイアが心配そうにアンアンを見たものの、顔色の悪いアンアンはそれほど取り乱していなかった。自分よりさらに取り乱している私の姿を見て、内心少し安心したのかもしれない。
メルルもアンアンよりも私のことが心配だったようで、様子を見るために駆け寄ってきた。
「ヒ、ヒロさん……シェリーさんが死んでしまってとても悲しいと思います。私も胸が痛んで、辛くて……なんとか私たちで、協力して一緒に犯人を見つけましょう!」
(……協力?この中に、シェリーを殺した『魔女』がいるというのに?)
メルルの気弱な声に、心臓がドクンと跳ねる。
おそらく私を元気付け、励ましてくれようとしての言葉と分かってはいたが、今の私には耐えられるものではなかった。
私は静かに凄惨な笑みを浮かべた。
「……違うよ、メルル。逆だ」
私は吐き捨てるように言うと、ひるんだような仕草をするメルルを無視して、少女達になおも呼びかけ続けるレイアに声をかけた。
「レイア。君に一つ提案がある」
「何かなヒロくん」
レイアは憎々しいぐらいに、いつも通りの芝居がかった微笑みを私に向けていた。
「君たちのグループは集団になって行動したいだろうけれど、私達全員は、バラバラになって行動すべきだ」
「……ヒロくんはもしかして、私達を疑っているのかな?」
レイアの視線に非難の色が含まれたが、私は全く躊躇することもなく睨み返した。
「ああ、疑っているとも。私は囚人の少女全員を疑っているからね。そして、きみたちが徒党を組んでいられると私にとっては困ったことになる。捜査の時……そして、投票の時にもだ」
私の発言に、マーゴが素早く反応する。
「……票操作。ヒロちゃんが危惧しているのは、そのことね」
「ああ。現在ここにいる少女たちは、大半がレイアの率いるグループの中にいる。このままでは、とても『正しい』捜査や裁判ができないだろうからね……遺体現場を見た後は各自解散して、偶発的な遭遇以外はせず、分かれて捜査することを提案させてもらうよ」
(レイア、ノア、マーゴ、アンアン、ココ。レイアのグループに入っている、もしくはとても親しい者は本人を合わせて五人もいる。それに、他の少女たちは多くて二人組みだ。勢力そのものが偏りすぎている。この状況なら、証拠を隠される可能性もゼロとはいえない。少なくとも、意思疎通ができなくするために分断する必要がある)
私の発言に疑われたと思ってカチンときたのだろう、ココが突っかかってきた。
「……ふん、ぼっちなヒロっちが悪いんじゃん」
「その発言の意図は、レイアたちの中に犯人がいるからかばいたいと、きみはそう言っているのかな」
「……そうは、言ってないけどさ」
ココが私から視線を逸らし、レイアもどこか寂し気な様子だ。
「私達を庇ってくれてありがとうココくん。……ヒロくん、分かった。私はヒロくんの提案を飲もうと思っている。その方が、みんな公平に捜査ができるだろうからね。皆もそれでかまわないだろうか?」
反対の声は上がらなかった。
ココが私から視線を逸らしうつむき小声で文句を言い続け、レイアも苦々しい表情を浮かべている。
それでも私の心の中には、最早事件前に少女たちへ抱いていた親愛のような感情は消え失せていた。
(優しさは隙だ、信用は毒だ……もう私はこの裁判が終わるまで、誰にも心を許すことはない)
「それほど気を悪くしないでくれ……これは死んだシェリーのためにも必要なことだ」
なんとか最低限の心象回復のために歯触りの良い言葉を並べる自分に、内心吐き気がする。
(死んだシェリーのため?いいや、違うな……これは、私が。私のために行っていることだ)
奈落の地の底で、それでも私は這っている。
(改めて誓おう。シェリーを殺した犯人を見つけ出して断罪し、必ず処刑台に送る)