百八十度ノ魔女裁判   作:ミズハ

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橘シェリー

「あてぃしは捜査とかパスー。適当な所にいるから。どこ行くとか言わず一人でいればヒロっち的にも大丈夫っしょ。そもそも犯人なんかの味方するわけないし」

 

私達に言い捨てて去っていったココと、医務室に向かったアンアンを除いた全員は、事件現場である中庭に向かう。

ゴクチョーの話によると捜査時間は3時間程。これでも最初なので余裕を持たせるとのことだった。

 

(3時間……無駄にはできない。まずは遺体の確認からだ。一つの手がかりの見落としも許してなるものか……大丈夫だ。落ち着け。私は冷静なままでいられている)

 

自らに言い聞かせながら、私は中庭に到着した。

 

全員で、草木をかき分けて死体に近づき確認する。

うっそうとした草木の中にあったこともあって死体の周りには小さな虫が飛び回っており、酷い有様だった。

 

「事件を解決するための探偵が、死亡してどうする……」

 

この現実がたちの悪いドッキリであったならばどれだけ良かっただろうか。吐き気を紛らわせるために悪い冗談を口にしてみても、気は晴れるどころか沈んでいくばかりだった。

 

(……捜査を開始しよう)

 

私は状況を整理するために、気になる重要そうな場所を支給されたスマホで撮影しながら、思考を一つ一つまとめていくことにした。

 

(まず……もう一度状況を振り返り、確認していこう。被害者は橘シェリー。第一発見者はアリサだった。シェリーの死体の場所はラウンジの扉の入り口方角側から見て右奥。シャワールームと応接室が近くにある側の壁に挟まれた隅にあった。死体は隅で壁にもたれかかった状態で発見された)

 

 (死体の周りには草木が生い茂っている。ある程度中庭の入り口から進めなければ発見はできないだろう。地面には割れた虫眼鏡と、ガラスが散乱している)

 

 (囚人服はスカートの上部分……へその下あたりから、上半身全て剥ぎ取られている。帽子もない)

 

 (両手の拳はかなり大きく裂けているようだ。腕の関節の裂傷は拳と比較すると酷くはない。ノアが初日に牢屋敷にかけた魔法の影響で血が蝶に変化し、裂傷部分から大量の蝶が出てきている)

 

 (壁にはシェリーの拳大の血の跡が大量に残っている。それほど広い範囲ではない。もたれたシェリーが腕を伸ばして届く程度の範囲のようだ……壁のひび等はない)

 

 (……現状ではこんな所か。まだ疑問な点が多い。とはいえ捜査をしていくうちに、ある程度疑問は解消されていくはずだ)

 

 「うっ……改めて何度も見たいものではありませんわね」

 「ハンナちゃん、レイアちゃんも言ってたけど、あんまり無理はしなくていいからね」

 「……そうもいきませんの。捜査いたしますわ」

 

 虫にまとわりつかれたシェリーの死体を目の当たりにして、青い顔のハンナをミリアが気遣うが、ハンナは決意を表情に浮かべ首を横に振った。

 どうやら彼女にも、どうやらシェリーの死に思う所があるらしい。

 

 「で、では失礼します……!」

 

 医療関係者であり、ある程度死体の状況から手がかりを得ることができるかもしれないと事前に立候補していたメルルが、シェリーの体に触れていく。

顔や露出された上半身に触れ、閉じた瞳の状態、体温を確かめていく。

 

 「にゅ、入念ですわね……」

 

 デリケートな部分も触って確認していることに、ハンナが少し戸惑う。

 メルルは真剣な表情でシェリーの全身の状態を見終わり、振り返った。

 

 「も、申し訳ございません……!残念ながら明確な死因は分かりませんでした。ただ、溺死や感電死、絞殺や刺殺や焼死などではないみたいです!ごめんなさい……。後、全身に湿った所など、違和感はありませんでした」

 

 「……どうして氷上メルルは、そんなことを報告するのかしら?」

 「い、いえ……すみません!なんとなく、です」

 

 ナノカが疑問を問いかけ、メルルが慌てて胸の前で手を開き他意はないという仕草をした。

 

 (メルルは聡明で状況判断が適切だな……この後の裁判の流れがどうなるか、しっかり事前に考えているようだ。メルルが汚れ役をしなければ、私がシェリーの死体を辱めなければならなかったかもしれない。感謝しておこう)

 

 「そうか、感謝するよメルル。辛い役目を背負わせてしまったな」

 「いえ……私はこんなことしかできませんから……」

 

 私はしおらしい態度のメルルに、心からの礼を贈った。

 しかし、犯人の目的はまだ不明のままだった。

 

 (犯人が性的目的でシェリーの衣服を剥ぎ取った訳ではないことは分かった……ならば、どうしてシェリーの上半身は衣類を纏っていないんだ……?)

 

 思考の海に沈んでいると、いつの間にかレイアが名乗り出ていた。

 私には、レイアはどこか自慢気のように見えた。

 

 「私も死体の状態を見ても構わないだろうか?実は昔、役作りで死亡推定時刻の特定方法を調べたことがあってね……素人の見様見真似だが、間違えることはないはずだ。頼りにしてくれたまえ!」

 「あら、レイアちゃんにそんな隠されたヒミツの特技があったなんて。それは頼もしいわね♡是非おねがいしましょう」

 

 マーゴの後押しに反対の声が上がらず、レイアもシェリーの死体を調べ始めた。

 真剣な表情で死後硬直の程度、角膜、死斑の有無と大まかなものを確認していく。

 

 (この特殊な状況で、鑑識の真似ができる者が2人居る状況なのは悪くない。とはいえメルルの言う通り、死因は限られているはずだが……)

 

 考え込む私の目の前で、レイアが立ちあがって検死結果を伝える。

 

 「どうやらこの死体はまだ温かい。おそらく死亡推定時刻は今から一時間以内だろうね。死因は一度に大量の血液を流したことによる、出血多量での衰弱死だろう。体内の温度変化が激しすぎるから、体温による数十分刻みの時間の特定はできないけれどね」

 

 「一時間以内……なるほどね」

 

 (この事件、実は私の目線からすればそれほど容疑者を絞り込んでいくことが困難ではない。なぜならば、この事件の犯行が可能な時間は合計で二時間程だけだからだ。

昨日の夜、私がシェリーと別れてから、牢屋敷の監房がロックされるまでの一時間。そして今朝、食堂から皆が去って、シェリーが発見される前の一時間強……このどちらかの時間に、シェリーの殺害は行われている)

 

 「つまり、シェリーの死亡時間は私とヒロくんたちが食堂で話をしていた時間ということだ」

 「……そいつは聞き捨てならないな。蓮見の検死結果はおかしいぞ」

 

 レイアの検死結果を聞いて、アリサが話に割り込んできた。

 アリサの表情に現れているのは、明確な戸惑いだ。

 

 (記憶が正しければシェリーとアリサは同室だったはず。何か手がかりを持っているのか?)

 

 全員が固唾を飲んで二人のやり取りを見守るも、レイアはアリサの態度に動じることはなかった。

 

 「君は第一発見者だろう?言い争いをしたいのならば裁判で行おうか、アリサくん」

 「……ッ!ああ、裁判で化けの皮を剥がしてやるよ!」

 

 怒気が溢れているアリサだったが、一方のレイアは自信に溢れており、柳を連想させるかのようにしなやかに受け流した。

 私はレイアの態度に、違和感を覚えずにはいられなかった。

 

 (なにか、妙だ……なぜレイアはこれほどまで、余裕の態度なんだ?死亡推定時刻を疑われているというのに。それに、周囲の空気もおかしい)

 

 「んー?のあ、アリサちゃんの言ってること変だと思うな」

 「……アリサさん?気持ちは分かりますが、レイアさんを疑う理由がわたくしには分かりませんわ」

 「おじさんもだよ。ちょっと、レイアちゃんが嘘をついてるっていうのは考えずらいんじゃないかな……?」

 

 なぜか、周りの少女たちは皆それほどレイアを疑っている様子がなく、むしろ次々と擁護の声が上がっていく。

 レイアを擁護した人物には、なんと嫌っているハンナやグループに属していないミリアすらも入っていた。

 むしろ逆に複数の少女たちの不審がる瞳は、アリサの方に向けられている始末だ。

 

 「……いつもそうだ。やっぱりみんな、ウチみてえな見た目の奴のことは信じねえのかよ……!」

 

 疑心暗鬼に陥っているアリサに、流石に助け舟を出し仲裁することにする。

 

 「……捜査の時間を無駄にするのは、正しい行動ではない。レイアの言葉を借りることになるが、各々の言い分の証明は魔女裁判で行えば良いだろう」

 「チッ、優等生共が……マジであんたらは、ウチが嫌いなタイプだ……」

 

 アリサは舌打ちし私を罵りながらも自分の旗色が悪いことは分かっていた様で、一旦矛を下した。

 

 (二度懲罰房に入れられた行動からしても、問題児のアリサが皆に信用されないことに違和感はないが)

 

 アリサが周囲を睨みつける中、私はこの状況に戸惑っていた。

 

 (しかし、何が起こっている……?私の今朝の直観通りならば、シェリーが今日の朝生存していた場合に、食堂に来ていなかったことは不自然だ。私の主観では不審なのはレイアの方だが……まだ、下手な先入観を持つべきではないかもしれない。私の想像よりも複雑な謎が絡み合っている可能性がある)

 

 考え込んでいる私のもとに、メルルとレイアが歩み寄ってきた。

 

 「わ、私には細かい死亡推定時刻は断定できませんが……みなさんにお伝えしておきたいことがあります。どうやらシェリーさんのスカートのポケットの中に、紙が入っていたみたいなんです」

 「その件なら私も確認できたよ。……少しだけ見た。宛先だけだったけれど、手紙だね。大した手がかりにはならないから、これはヒロくんに渡しておこう」

 

 (シェリーが、手紙を……!?)

 

 目を見開き驚愕している私に、レイアが手紙……というよりかは小さなメモ用紙を差し出す。

 乱暴なシェリーが扱う紙に似つかわしく、青い小さなそのメモ帳の切れ端はしわがやたらと多く、少しくしゃりとしていた。

 

 

 『ヒロさんへ』

 

 

 シェリーの字だった。

 

 

 レイアの言う通り、シェリーは手紙の宛先しか書いていなかった。

 一文字目の『こ』の一角目で、文章は途切れてしまっている。

 

 「あ……」

 

 思わず、声が漏れた。今日は晴天だというのに、なぜか頬を水滴が伝っていく。

 私はその両手で持った小さな手紙を、大切に胸に押し当て抱きしめるように抱え込んだ。

 

 「メルル、レイア、ありがとう。この手紙を見つけてくれて。単なる喧嘩別れで私たちの関係は終わらなかった。それが分かっただけで、今は十分だ」

 

 (そうか、シェリー……きみも、私と仲直りがしたかったのか。昨日の出来事を後悔していた、私と同じように)

 

 もしかすると、私のこの推測は的外れなのかもしれない。

 それでも私は、これからそう思い込んで生きていくことにした。

 

 (思えば私はきみに振り回されてばかりだった。それでも、何度も助けて貰った。

きみがいなければ、私は牢屋敷で孤立したままだっただろう)

 

 (思い出したよ。どうして昨日、私がきみの内面に踏み込みたかったのか、今ようやく答えが出た気がする。きみの行動を止めることだけが目的ではなかったんだ。ただ……)

 

 「多分私は、もっと……君のことが知りたかっただけだったんだ」

 

 悔やみ、零れ落ちるように自然と口から出てきた橘シェリーに手向けた小さな本音は、誰にも聞かれることがなく空気に消えて溶けていった。

 

 それでも感傷に浸る暇は、私にはない。

 シェリーの手紙を囚人服の中の胸ポケットに大切に入れた私は、顔を上げ正面を見た。

 

 「正しい捜査をしよう」

 

 最低限の情報は揃い、ここから本格的に殺人事件の捜査が始まる。

 




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