百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
事件現場をくまなく調べる前に、深く掘り下げておくべきことができた。
(シェリーの手紙……レイアは手がかりにならないと言っていたが、そうでもない。
あの手紙からは、読み取れる情報がいくつかあった)
(まず、あの筆跡はシェリーのものだ。メモを取っている姿を数回確認しているから間違いはない。そしてあの手紙は走り書きではなかった……つまりダイイングメッセージを私に残そうとして、手紙を書き始めた訳ではないということ。だからこそ私は、あの手紙の内容が私との仲直りではないかと直感した)
(メモは血で汚れていなかったから、手紙を残した時系列はシェリーが手を負傷するより前になるはずだ……この情報は、もしかすると裁判の役に立つかもしれない。覚えておこう)
私が情報を整理している内に、他の少女たちは散っていった。悲惨な死体を視界に入れたくなかったのだろう。
死体に近づいて、苦悶の表情を浮かべ息絶えているシェリーの頬に軽く触れる。
(……冷たい、な)
命の重みが抜けた抜け殻にやるせない気持ちが高まったが、私はその感情に封をして周囲を調べる。
(……よく見ると、シェリーの体と並行するように、周りの雑草が倒れている。何かが通った跡のようだな)
確認するためにシェリーの足を軽く持ち上げ、太ももをよく観察すると太ももの裏側は地面との摩擦で擦れており、皮膚が一部裂けていた。
(……犯人に引きずられたのか?……それに、他にもおかしい点がある)
念のために写真を撮っていると、近くの雑草にも不審な点を感じたのでそこにもスマホを向ける。
(この草に付着した跡は……赤い液体が乾いたものか……確か、メルルの話によれば睡眠薬は、着色した赤いものだった気がするが……)
私がその付近にしゃがみ込むと、草に紛れて見えていなかったが、僅かに爪で地面を引き摺ったような跡もあった。
(……。)
「ヒロさん、証拠は見つかりまして?」
複数の手がかりに繋がる場所を写真で撮影していると、まだ青い顔をしているハンナがふらふらと近づいてきた。どうやらミリアと別れたようだが硬く口を結び、何かを決心したような表情をしている。
「事件の全容はまだ分からないけれど、ある程度証拠は見つかったよ」
ハンナは口数少なく返事を返す私に、真っすぐな視線を向けてきた。
「わたくしの感情の整理がついた時に、ヒロさんとシェリーさんとはお話するお約束をしていましたわね」
「……ああ、覚えているよ」
「シェリーさんの方からは、よくわたくしに話しかけてくれました。それでもわたくしは、シェリーさんに手を伸ばせなかったんですわ」
ハンナの表情からは、悲壮感と自身への不甲斐なさ、やるせなさが読み取れた。
(シェリーとの関係を後悔しているのは、私だけではない……か)
私は、重々しく口を開いた。
「後悔は遅すぎることはない、やり直せないことはないという者はいるが、私はそうは思っていない。犯してしまった罪は、取り戻せないと考えている。これは人間関係や、人の死に関しても言えるだろう」
(だから私は、きっと私を永遠に許すことはできないんだろうな)
私も自分の内側に吐いてしまった毒を、ぐっと飲み込んだ。
「今の私達がシェリーにできることは、彼女の死の真相を突き止めることぐらいだろう」
「……そうですわね。とにかく!犯人は絶対に許せませんわ」
(その言葉をシェリーが聞いたら、喜ぶかもしれないな)
青い顔だがそれでもハンナの視線は鋭く。気合が入っているようだった。
話は一区切りしたが、私の方はハンナに聞かなくてはならないことがある。
「……そういえばハンナは、シェリーの魔法について 何か知っていることはあるかな。私も怪力の魔法を持っていることは知っているけれど、詳細はそれほど詳しくないものでね」
「シェリーさんの魔法のことですの?……実はわたくしも、目の前でリンゴを潰しているところを見ただけなんですわ。でも本人が食堂で証言していたことですけど、鉄の棒ぐらいは軽々と曲げられる力があったみたいですわね。壁も砕けるとかなんとか言ってましたわ」
「……とするとならば、シェリーに正面から犯人が堂々と立ち向かうことはあまり想像できないな。皆、シェリーの魔法については知っているはずだ」
「もしかすると犯人は医務室から盗まれたという、睡眠薬を使ったのかもしれませんわね」
(ん……?なんだ、この違和感は……?)
なぜかハンナの証言と現場の状況が、私にはどこか矛盾して思えた。
「私はもう少し、この中庭を調べてみるよ」
「……わたくしは、もう少しだけ、シェリーさんの傍にいますわ」
(この状況では、時間を浪費するその行いは正しいことではないかもしれないが……)
「ありがとう」
思わずこぼれた感謝の言葉は届いただろうか。どこか涙ぐんだ様子のハンナをそっとしておいて、私はその場を後にした。
手がかりがまだ中庭にあると踏んだ私が周辺を捜索していると、呼び止める声があった。
「二階堂ヒロ、宝生マーゴ。これを見てくれるかしら」
ナノカだった。証人は多い方が良いと思ったのだろう。ナノカは近くにいた私とマーゴを呼び寄せた。
「あらあら、ナノカちゃんどうかしたのかしら♡」
「……橘シェリーの衣服とビンを見つけたわ」
「……もう私が近づいても、ナノカは平気なのか?」
警戒しながら近寄る私だったが、ナノカは以前の恐慌状態とは違い、私を眼前にしても落ち着いた表情をしていた。
「……二階堂ヒロ。あなたの行動は、私には許容できないものだったわ。ただ、大切な人を自分の失敗で失ったばかりのあなたに対してこの場で怒り続けるなんて、薄情な選択をするつもりはないわね」
「……とりあえず、きみの私への怒りがひとまず収まったのは理解したよ」
ナノカは黒い無表情の目でじっと私を見つめてきて、胸の内を測ることはできなかった。
(結局、何がナノカの気に障ったのかもよく分かっていないが、今考えることではないな……)
気を取り直して改めてナノカが発見した現場を見ると、シェリーの上半身の衣服が無残に引きちぎられて散乱していた。
落ちているビンにラベルは貼っていないが、中身は空で。医務室で使われていたもののように見える。睡眠薬のものかどうかはメルルに確かめる必要があるかもしれない。
そして……。
「あらあら。これは、とても重大な証拠じゃないかしら。ナノカちゃんのお手柄ね♡」
なにを焼いたのかは不明だが、何かモノを焼いたような、謎の小さな焼き跡も見つかった。
「……中庭は、よく歩いていたから……。この牢屋敷で、火を起こすことができることができる人物は、限られているわね」
マーゴに褒められたナノカは、決定的な証拠を見つけたと確信したのか、少し頬を緩めて嬉しそうな様子だった。
「もちろんこの大事な情報は、保存しておかないといけないわね♡」
マーゴと私は、ナノカが見つけた現場証拠の写真を複数枚撮っておいた。
少し誇らしげな表情のナノカを尻目に私は、ちらりとマーゴに目線を向ける。
「……あら、どうしたのかしらヒロちゃん。そんなに情熱的な視線を私に向けてくれるなんて」
「……今話すことは何もないよ。きみもそれは分かっているだろう?」
「……さあ、どうかしら♡」
他の人からしてみれば会話にならない会話だったが、私とマーゴの間ではそれで充分だった。それっきり会話はぷつりと途切れ、証拠を集め終わった私は無言でナノカとマーゴの傍から立ち去った。
(……まだ証拠が足りていない。そろそろ、中庭以外の場所も捜索しなくてはな)
静かに、パズルのピースを埋めていくように、捜査は続く。