百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
「ヒロっち、どしたん?そんな睨むなし。キモッ」
私が食堂を訪れると、椅子に座ってテーブルに額を密着されたココを見つけた。
本人の事前の発言通りどうやら本当に捜査をサボって、だらけているらしい。
(最初からココの推理に期待している訳でもないし、別にいいが……)
それでもどうやら知らず知らずのうちに、非難の眼差しで見てしまっていたようだ。
何かを察したのかココの口からは、私への文句が溢れるばかりに出てくる出てくる。
(逆に才能すら感じるな……よく悪口をこれだけ思いつけるものだ)
私はおさまらないココの悪口を遮って、食堂に来た理由を話すことにした。
「事件現場で燃え跡が見つかったから、何か食堂に火元の手がかりでもあるかと思ってね」
「だるー。看守の目を盗んでとか、そんなの無理っしょ」
私が厨房を見ると、看守が料理を作っている最中だった。
黒い手を器用に使ってフライパンを持ち上げている。
料理をしながらも、看守は周囲の警戒を怠っていないのか鎌を器用に持ち続け、手から放していなかった。
「……どうやら、そのようだな」
(これ以上の手がかりを得るのは、難しいか……?だが他に心当たりはない。謎の究明はしておきたいが……)
悩んでいた私の耳に、鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。
「うげっ」
「おや、ココさんに、ヒロさんではないですか。かわいそうに……一生懸命頑張って捜査しているみたいですね。」
青ざめるココを横目に、ゴクチョーが私たちの目の前に降り立った。
「……私は今とても必死で機嫌が悪い。冷やかしなら帰ってくれないか」
「そう睨まないで下さいよ。反抗的なのは困りますねえ」
「これでも規則や規律には厳しい人間だから、言われなくともルールは守る。そもそも私は今死ぬ訳にはいかない」
「それならば、面倒事が少なくて済みそうでけっこうです。……ただでさえ最近食堂で問題が起こっているので、あまり私の手を煩わせないで下さいね」
(問題……?ゴクチョーの苦労話はどうでもいいが……少し気になるな。一応、聞き出しておこう)
「それで、問題とはなんだ?」
「いえですね、最近食堂の調味料が盗まれるという事件がおきてまして。塩、胡椒にハーブ、唐辛子などの香辛料などがいつの間にか消えているんですよ。一体誰の仕業なのやら……補充する側の気持ちになって欲しいものですよ、やれやれ」
(……なるほど)
汗をかきながらくるくる首を回転させ考えるゴクチョーは不気味だったが、私は逆に脳内の疑問が急速に氷解した感覚だった。
「……大丈夫だ。その悩みの理由は、裁判で明かそう」
「えー、なんでそれが火に繋がるワケ?ヒロっちの頭どうなっとるん?」
「なにか原因に思い当たる節があるのですか。めんどうですが、盗人を見つけて下さるならありがたいですね」
「 ああ。ゴクチョーにとっても有意義な裁判となるだろう……それでは、失礼する」
個人的にあまり長い間、共に居たい二人でもない。
私は足早に食堂を後にした。
私は医務室に到着した。中にはまだ話していなかった、三人の少女が集まっていた。
「ヒ、ヒロさん……お疲れ様です。まだ捜査途中ですか?ゆっくり休んで下さい!今、気分が良くなるお茶をいれますね……!」
わたわたと心配気に駆け寄ってきたメルルに、自然と笑みが零れる。
「ありがとう。確かに息抜きも大切だな」
礼を述べた私はメルルが差し出してくれたハーブのお茶を飲んで、少しだけ一息つくことにした。
「アンアンの具合はどうだ?」
「ミリアさんと私が交代で容体を見ていたのですが、少し落ち着いたみたいです……!」
【わがはいは大丈夫だ。裁判には出られる】
「それは何よりだ。とはいえ、長時間の話し合いは今のきみには負担が大きいだろう。
今のうちに英気を養っておけ」
【ああ、万全で挑む。ヒロとシェリーは、とても仲が良かったからな。わがはいも心が痛んでいる】
【事件が終わったら、また四人で改めて話し合いをしよう】
「……ああ」
【約束だ。あの時間は、本当に楽しかった】
「私もだよ」
若干血の気が引きながらも少し頬を赤くして、アンアンは喜んでいるようだった。
近くのミリアも、私とアンアンのやり取りを微笑ましく見ており、目を細めた。
「……おじさんはさ、この牢屋敷で本当に、100%シェリーちゃんを嫌ってた人なんて、いなかったと思うんだよ。少なくともおじさんには、シェリーちゃんが悪い子には見えなかったから……いつもしている言動だって、シェリーちゃんなりに精一杯、場を明るくしようとしてくれただよきっと!」
(……ほう。案外ミリアは、周りをよく見ているんだな)
私は少しだけ、驚いた。
「……私も同意見だ。それでも、事件は起こった」
非情に、冷徹に現実を突きつけると、ミリアは顔を伏せて歪ませた。
「おじさんはね。おじさんたちの中に犯人が居るなんて、思いたくないんだ」
「……残念ながらそれはきれいごとだし、理想論だよ」
「それでもおじさんは、そう信じていたいんだよ」
「……そうか。きみの思想は理解できた。意思は堅いようだし、あえて否定はしない。その道を行くといい」
「うん……!」
考えを強く否定したものの、このやり取りで私のミリアへの評価が低くなった訳ではなかった。
(曲げない意思の強さには、好感が持てる。実は、ミリアは他の少女たちと少し違った強さを持っているのかもしれないな……それでは、最後の用事を済ませよう)
ミリアから視線を逸らして、メルルに呼びかける。
「メルル……ここから犯人によって持ち出されたと思われる、強力な睡眠薬について改めてもう一度詳しく教えて貰えないだろうか」
「ヒ、ヒロさん!分かりました……!」
とてとてと、慌ててメルルが駆け寄ってくる。
「そんなに焦らなくても大丈夫だ。時間はまだある」
「い、いえ!ヒロさんのためですから……!」
(今更だがメルルは人のために無償で全力を尽くすことが習慣となっているようだが……少し、心配だな。気にかけておこう……それはそれとして、だ)
「具体的にあの薬を大量に摂取すると、どんな作用が現れる?」
「そ、そうですね……あの睡眠薬には即効性があるので、少量でも飲むとすぐに気絶して、昏睡状態になります。まるでお医者さんに手術される患者さんみたいに、無防備になってしまいます……。
そして、量が大量の場合は、そのまま起きることがなく、一時間もかからない僅かな時間で死亡してしまうかと」
メルルのとんでもない薬の説明に、私は思わず額を押さえた。
「強力すぎてほぼ劇薬……毒薬に近いものだな、それは……メルルがゴクチョーに廃棄を申し出たのも分かる」
「はい……却下されてしまいましたが……そもそも、もっと、私が強くゴクチョーさんに詰め寄っていれば、こんなことにはならなかったかもしれません……うう……」
「……きみには責任はない。責任があるとすれば、犯人だけだ」
「そうかもしれませんが……シェリーさん……ヒロさん……ずっと私達三人で楽しく、仲良く過ごしていたのに、どうしてこんなことになってしまったんでしょう……」
私がメルルを励ましても、顔色は明るくならず、泣き出しそうな暗い表情のままだ。
親しい人間の死に、ショックと彼女なりの責任感を感じているのだろう。
私も、メルルにつられるように今までの思い出が蘇ってきてしまっていた。
「……私も時間を戻すことができたら、どれだけいいかと思っている……必ず、裁判で犯人を見つけよう」
「……はい!」
真剣な表情でメルルが差し出してきた手を握り、硬く握手をした。
私はその場を去り、医務室を後にして―――
―――バンッ!
そのまま私は、周囲に人が居なくなったことを確認し、通路に入った所で右手を壁に叩きつけていた。
唐突な奇行の理由は明確だった。
(必要に迫られたとはいえ、先ほどまでの自分の言動に虫唾が走る……!私は上手く殺意を隠しきれただろうか、普段通りに振る舞えただろうか……犯人の目の前で)
かなり早い段階で、犯人の目星がつけることができていたからだ。
だから私は、捜査中はあえてある程度思考を自ら殺して、誰に対しても友好的な態度で接することを心掛け続けた。
(そうとも。仕方がない。犯人に悟られず、警戒させないためには、必要なことだった)
荒い息を落ち着けるために、一度深く呼吸をする。
(落ち着け、冷静になれ……ことは簡単な話ではない。私だけが犯人を分かっていた所で、他の十人を納得させることができなければ意味がないからだ。私は私に誓ったはずだ……どんなことをしても、必ず犯人を処刑台に送ると)
「お前は私が処刑する……!」
爪が僅かに硬くなっていくのを感じながら、私は通路でしばらくドス黒い怨念の殺気を犯人に向け続けていた。
牢屋敷に、荘厳な鐘の音と連絡の鳥の鳴き声が鳴り響いた。
その音は平等に。感情を静めようとしている二階堂ヒロの耳に、少女たちの耳に、犯人の耳に届く。
『魔女裁判の時間になりました。皆さん、速やかに裁判所に集合して下さい』
殺し合いの犯人を特定する殺し合いが、始まる。