百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
「それは大きな舞台に飾られた、一枚の絵本のページ……」
「のあはね、シェリーちゃんを殺したくて仕方がなかったんだ」
「のあの正体が『バルーン』だってみんなが知った次の日にね、一日中シェリーちゃんを殺すことばかり考えてたんだけど……」
「そんな時に……いつもご飯を持ってきてくれるレイアちゃんが、夕方にのあの様子に気付いて、一緒にシェリーちゃんを殺さないかって持ち掛けてきてくれたんだ」
「レイアちゃんがシェリーちゃんを憎む理由は分からなかったけど……レイアちゃんはいつもご飯と、ご飯がおいしくなるおさとうなんかの粉を持ってきてくれたし、のあの絵を褒めてくれたり、アンアンちゃんとのあとレイアちゃんで一緒にお風呂も入ったりして、みんなで仲良くなってたから……ノアも喜んで受け入れたんだよ」
「レイアちゃんは医務室から、強力な睡眠薬を盗んでくれたし、厨房から、殺人の証拠をなくせるマッチも盗んできてくれたんだ。レイアちゃん、とってもやさしいんだよ!」
「でものあたちが一番困ったのは、シェリーちゃんは、ヒロちゃんとよく一緒に行動してることだったんだ……それに、のあがシェリーちゃんと戦っても、多分勝てないよね」
「でものあの魔法は、なぜかだんだん強くなってて……今なら、シェリーちゃんの体に触れるだけで鉄分を奪えて、貧血にできるって思った。後は……機会を待つだけだった」
「昨日の夜……レイアちゃんから、シェリーちゃんがヒロちゃんと分かれて一人になって、チャンスだって聞いたんだ」
「レイアちゃんは人の意識を誘導できるから、ずっと見回りをしながら、みんなの視線を自分に集め続けてた。のあの部屋にはアンアンちゃんが居なかったから、二人で口裏も合わせれば、完璧なアリバイができるって、思ったんだ。レイアちゃんは検死もできるから……明日を死亡推定時刻にしちゃえば、もうぜったい、安全だろうって」
「……のあは違うって思ってるけど、もしかしたら、その時のあが出て行った足音が隣の部屋のヒロちゃんに、バレちゃったのかもしれないね。ヒロちゃん、鋭いから」
「シェリーちゃんを僅かな時間で見つけ出せるかは運だったんだけど……なんとか見つけることができたんだ。シェリーちゃんは中庭近くの壁に手紙を置いて、なにかを書いてたみたいだった」
「のあはシェリーちゃんに提案したよ。『中庭の壁に、シェリーちゃんの大好きなバルーンの絵を描く所と、完成までを、見せてあげる』って。シェリーちゃんは手紙を書くのを中断して、目をキラキラさせて、喜んでくれた。シェリーちゃん、全くのあを疑う様子なんてなかった。とってもいい子だよね」
「万が一にでも逃げられないように、扉とは反対側の壁際におびき寄せて……のあは、一瞬だけシェリーちゃんの手に触れたんだ。そして、魔法を使った……そうしたら、シェリーちゃんの体から鉄分が移動して……シェリーちゃんは倒れちゃった。その時に……シェリーちゃんは、爪で地面をこすったみたい」
「のあはシェリーちゃんの口に睡眠薬を流し込んで、完全に反撃がこない、のあにとって安全な状態に持ち込んだ後、シェリーちゃんの服を脱がしていったんだ。これでのあが操りやすくなるし、のあの体に血液の跡も残らない。それにシェリーちゃんの体で偽装工作を作りやすいかなって思ったんだ。激しい戦いが起こった跡にも見えるかなって、考えたんだよ」
「でも……魔法でシェリーちゃんの体を移動させて、両手の拳を壁に何度も叩きつけさせた時に……靴に付着してた赤い塗料が雑草に付いちゃったのが、のあの一番の失敗だったんだ。靴の汚れには気付いてすぐにマッチの火で燃やしたけど、遅かった……凄いね、ヒロちゃん」
「そして……のあは焼却炉室で古い靴に履き替えて、そのまま部屋に戻ったんだ。シェリーちゃんが正確にいつ死んだのか、のあは知らないんだ。だって、放っておいたら、シェリーちゃんはそのまま、良い感じに長生きして、体温を保ったまま死んでくれるだろうから」
「これが、この事件の真相だよ。ヒロちゃん、大切な人を奪っちゃって、ごめんなさい」
橘シェリーを殺害した犯人が、城ケ崎ノアと、彼女に協力した蓮見レイアだった――少女たちはそのおぞましい真相と、リーダーまでもが仕組んだ共犯という恐ろしさに、体を震わさずに居られなかった。
「キッショ!キショキショ!こんな危険人物をリーダーにしてたのマジ……?つか配信者なのにイカサマで視聴者稼いでんじゃねえよ!」
「分からねえな……どうして、城ケ崎と蓮見は橘を殺したんだよ!橘はあんなに城ケ崎の絵を褒めてたじゃねえか!」
ココとアリサは、憤りを隠せていないようだった。
一方の私は犯人が改めて確定した今でも、自分自身の方に強い怒りを覚えていた。
「明確な動機は他にある気がするが……牢屋敷の私たちの部屋は地下一階にある。
そんな日光の当たらない所で、スプレーの刺激臭がずっとあり、一週間近く籠りきりで、換気の窓はなく、服の替えは数日に一回……よくよく考えれば、ストレスが進行する要素は揃っていたのかもしれない。これは絵を描くのが趣味という以前に……人体の構造上の問題だ」
(貧血で倒れたアンアンの方ばかり注視していたが……アンアンは、メルルが清潔な医務室でずっと看病していた。だから、ノアにもっと、気を配るべきだった。そうすれば、ノアの状態に気が付けたかもしれない)
(連れ出そうとしたのに、私はまた間に合わなかったのか……)
私は、歯を強く噛み締めることしかできなかった。
ノアは、アリサの問いに首を横に振った。
「ううん。シェリーちゃんはのあの絵を褒めてなんてないよ?むしろ、シェリーちゃんは……のあの絵を馬鹿にしたんだ」
ノアは、『バルーン』の正体が分かった翌日の朝に起こった出来事を、語りだした。
☆
ノアの正体が『バルーン』だと分かった次の日の朝、シェリーはノアの部屋に訪れていた。
「こんにちは!ノアさん、昨日は楽しかったですね!」
「シェリーちゃんおはよう。昨日はみんなのあの絵を褒めてくれて、嬉しかった。
シェリーちゃん、広めてくれてありがとう!」
「まだ食堂はノアさんの話題で持ち切りでしたよー!ヒロさんが面談室を掃除するみたいなんで、暇なのできちゃいました!なんたって私は、ノアさんのファンですからね!」
「のあのファン……えへへ、照れるなー」
シェリーとノアは、二人とも頬を僅かに染めて、興奮していた。
ノアが描いた絵を、シェリーが見る。和やかな空気で、二人は話し続けていた。
やがて、ノアにシェリーが切り出した。
「ノアさん、私やヒロさんと友達になりませんか?私達、ぜったい相性がいいと思うんです!」
ノアはヒロとトラブルはあったものの、ヒロのことは好きだった。
あまりエマの事件に思い入れもないので、ノアはこくりと頷く。
「シェリーちゃんと、ヒロちゃんと友達……うん!のあ、すごくいいと思う!」
「そうでしょうそうでしょう!ヒロさんとの話し合いも、うまくいけばいいですね!」
そんな穏やかな時、気が緩んだのか、精神状態の悪化の影響か……ノアの魔法は、僅かに『狂った』。
いびつな、乱れたキリンの絵……それを目にした時、友達と言ってくれた少女の口から、率直な感想が飛び出した。
「ノアさんにしては、下手な絵ですねー。プロでもこういう失敗、あるんですね!」
隣に立っている無邪気な探偵の少女を相手に、瞳は細まり、自然と背筋は冷えていく。
絵がわからない子なんて、居なくなった方がいいよね。かわいそうに。
どこからか、そんな声が聞こえてきて。
「……うん。といっても、そんなに失敗なんて、ないんだけどね!」
その時に城ケ崎ノアは、橘シェリーを殺す決心をしたのだった。
☆
「そんな、ノアくんが……!」
ノアの告白に一番衝撃を受けていたのは、意外にもレイアだった。
蒼白な表情で、口をぱくぱくと動かしている。
真相を語り終えたノアは、瞳から大粒の涙をこぼしていた。
「のあの『バルーン』の絵はね、ぜんぶ偽物なんだ。本当ののあの絵は、へたくそなの。だから……みんなは凄いって褒めてくれたけど、実はのあにはなーにもなくて。全部、からっぽなんだ」
にへら、と笑うノアを目の当たりにして、私の心中には怒りと共に後悔も渦巻いていた。
(……シェリーは、良くも悪くも言葉を選ばない。友達と思った人物には、猶更そのきらいがある)
(……ノアには手を差し伸べた。シェリーは何度もたしなめた。それでも、防ぐことはできなかった……私の人望のなさが招いた結果ならば、初日に私が看守にさえ襲い掛かからなければ……こんな事件は起こらずにエマも、シェリーも死ななくて済んだのかもしれない)
ノアの体調の悪化とシェリーの性格という全ての出来事が噛み合い、最悪な結末に辿り着いてしまった。
「蓮見の方はどうなんだよ!どうして城ケ崎の犯行に手を貸したんだ。おめえはウチと違って、全員をまとめ上げる立場だっただろ……!」
「わ、私は……牢屋敷の規律をいたずらに乱すシェリーくんに、制裁を下そうとしただけだ!」
「……そんな自分勝手なことを言わないで下さいまし!少なくとも、シェリーさんと話していて心が温かくなった人だって、いましたわ!」
アリサの追及にレイアが動揺し、声を震わせながら返事をし、ハンナが激高する。
私はそんな中、レイアの言動に違和感を抱き続けていた。
(レイア、まだ、何か隠しているのか……?)
「……それならば、レイアはエマの命を間接的に殺した、私の命を狙うべきだったのではないか?先ほど君が、私を糾弾したように」
「……ヒロくんは、反省をしているじゃないか。シェリーくんの方が、皆のこれからに悪影響があると思って……」
「違う」
私は、思わず口を挟んでしまった。それだけはないと、なぜか確信できた。
(レイアは、先ほどのノアの話を聞いてからひどく動揺している……レイアがシェリーの殺害を決心したのは、ノアとほぼ同じタイミング……もしかしたら、レイアの方が、シェリーを殺害する決心は早かったのかもしれない。そして、あの時に起こった、大きな出来事は……)
相手を認めていたからこそ、尊敬していたからこそ分かることもある。
事件の犯人相手ならば、推測が外れていても問題はないだろう。
私はふつふつと湧いて出る憎悪と共に、それを放った。
「レイア……君が共犯をする切っ掛けになったのは、単なるシェリーへの『八つ当たり』だったんじゃないか?」
「……うっ!」
指摘すると、レイアは胸を撃たれたように直立した。
私は確信を深め、追及する。
「……ノアに食事を持って行ったのは、毎回レイアだった。風呂にも一緒に入ったと聞いた。自然と仲は深まったし、餌付けをしていることでノアへの支配欲と優越感もあったんだろう。それは、ノアの正体を知る前の、君の言動にも表れていた……あの時、君は皆の前で、食堂でこう言っていた」
《『ノアくんの絵の才能は、芸能人の私から見てもかなりのものがあるからね!のびのびと絵を描いてもらいたいものだし、なんとかいい落としどころを決めてみせるとも!』》
「……レイアは、公の場での発言内容をないがしろにする人間ではない。しかし、ノアが『バルーン』だと分かったことが、レイアは気に食わなかったのに、気持ちのぶつけ先がいない。だからその殺意をノアじゃなく、正体を暴露したシェリーの方に向けたんだ……規律を乱すシェリーに罰を与えるためと、自分に言い訳までつけて!」
「ははーん。あてぃし分かっちゃった。自分より目立つノアが、許せなかったワケね」
「う……うう……」
レイアは額を押さえて頭を垂れる。
そのオーバーな仕草も、今の私には一々癪にさわって見えた。
城ケ崎ノアと蓮見レイアの仮面は完全に剥ぎ取られ、露わとなっていく。
それでも、私の胸中には謎を解いた達成感はなく、ただただ苦い不快感の塊しか残らなかった。
(いっそ二人とも、最初から嫌いでいれば良かったのに)
そんな正しくない言葉すら、浮かんでしまっている。
一方で真相を知ったノアは、レイアに穏やかに笑いかけていた。
「ノアくん、すまない……私は、本当にノアくんを守ろうと思っていたんだ。それなのに……」
「……いいよ。のあにはね、レイアちゃんの本当に殺したい相手がのあだって、分かってたんだ。人間ってさ、ふしぎだよね。レイアちゃんがのあを殺したいのも、助けたいのも……どっちも本心だって、のあには分かっちゃった」
「のあ、今……少し嬉しいんだ。だって、レイアちゃんの人気にも『ニセモノ』があったから。のあとレイアちゃんは、仲間だったんだって、分かったから」
「私は、ノアくんの事情も知らずに嫉妬してしまっていたけれど……許してくれるかな」
「うん。のあだって、自分より絵が上手い人がいたら、嫉妬して、どうにかなってたと思うから……だから、一緒だよ」
「ありがとう……!」
レイアとノアは、二人とも涙を瞳にためながら握手を交わす。
私は、その光景を眺め続け……心の奥底で溜まっていたマグマをブチまけた。
(犯人のお前たちは、わだかまりを解消して仲直りできるのか……私とシェリーには、その機会すら与えられなかったというのに)
「そんなことはどうでもいい……二人とも早く処刑されてくれないか。気持ち悪い。私は心底、君たちのことを軽蔑する」
私の近くには、いつの間にか私を庇うようにナノカとマーゴが立っていた。
「そうね……城ケ崎ノア、蓮見レイア。貴方たちは今、まるで被害者のような振る舞いをしているけれど……本当の被害者である橘シェリーと、苦しんでいる二階堂ヒロの感情はずっと放置しているわ。彼女の大切な人を、身勝手な理由で奪っておいてね……殺人は、殺人であることに変わりはないのよ」
「……ええ。ヒロちゃんには心底同情するわ。轢き逃げをされたのに、犯人は悲劇のヒロインぶって、自分たちの世界に入ってしまっている……そんなこと、シェリーちゃんとヒロちゃんにはどうでもいいのにね」
「お二人とも、こんな時までお芝居と絵の架空の世界に二人で入るの、やめてもらいますー?」
ココのヤジには品がなかったが、私の本心は同じ意見だ。
ノアは顔を歪ませたが、反論をせずに暗い顔で皆に軽く頭を下げると、レイアの手を放して、ゴクチョーに向き直った。
「それで、ゴクチョー……どうするの?レイアちゃんも処刑されちゃうのかな?」
ノアはレイアの処分がどうなるのかを聞いたが、ゴクチョーも悩んでいるようだった。
「うーん、困りましたね。このようなケースは、二人まとめて処刑したほうが面倒なくていいんですが……」
言葉を濁すゴクチョーに、ノアが提案する。
「そっか……でも、なんとかのあだけを処刑してくれないかな……?その分、二人分か、三人分……処刑を、すっごく苦しくしてもいいんだよ」
「ノアくん、そんなことは……!」
「いえいえ、処刑は当然ながら、全て苦しいものですがね?……とはいえ、分かりました。どうやらレイアさんは今すごく精神状態が良さそうに見えますし、処刑しても魔女にならないかもしれません。それは困りますからね……特例として、一週間の懲罰房送りにします。まあ、これも大体がメンタル持たずに8割ぐらいは死ぬので、魔女化してくれれば良いということで……」
ゴクチョーの言い回しに、私はかすかに疑問を覚えた。
(……この牢屋敷の管理側の主目的は、私達を魔女化させることなのか……?)
ノアは、次にアンアンに振り向く。
「アンアンちゃんも……ごめんね。さっきはのあたちのこと、庇ってくれて嬉しかった」
「友達なんだ、そんなこと当然だろう……!死ぬな、ノア!」
「……残念だけどもうのあは決心したから、アンアンちゃんの魔法も効かないんだ……アンアンちゃん、レイアちゃんのこと、おねがいね?」
「うん……!うん……!」
アンアンはノアとの約束に、何度も頷いた。
「えっと……お話はすみましたかね。ではみなさん、今回の裁判は、特殊なものになりましたがノアさんのみに投票してください」
ゴクチョーの指示での投票は淡々と進められ、処刑対象が城ケ崎ノアに決まった。
気丈に振る舞っていたノアも流石に処刑直前とあっては平常心ではいられないのか、青い顔と顔中から湧く汗を隠せないでいる。
「では、処刑を開始しますので……みなさん、お手元のボタンをぎゅーっと押してください」
ゴクチョーの呼びかけと共に、全員のスマホ画面に『処刑』のボタンが現れる。
(……私たちの手でノアを処刑する、のか……。ノアは、魔女だった。待ち望んでいたはずだ。これでシェリーの仇をうてる)
私の瞳は大きく開き、歯は僅かに震えている。しかし僅かな躊躇いを振り切って、私の親指はボタンを押し切った。
ふぁん、というどこか間の抜けた音と共に、処刑ボタンは消えた。
「はいはい……それでは、魔女の処刑を開始します。処刑台は……では、これにしましょうか。けっこう苦労したみたいですね、これ」
裁判所中央の台座が音を立てて下がり、しばらくの時間の後、拘束具の付いた椅子とヘッドフォンが現れる。そしてその椅子の周りには、なにかを打ち出すための砲身が設置され、複数椅子に向けられていた。
(あれが、ノアの……魔女の、処刑台)
他の少女たちも息をのむ中、ノアは弱弱しく呟いた。
「覚悟してたはずなのに、だめだよね……のあ、やっぱり、死ぬのは怖いな」
ノアの表情にも、声にも力はなかった。
看守がノアを捕らえる。ノアは台座に乗せられ、抵抗せずに中央の処刑台に運ばれていった。