百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
ノアが処刑されるだけですので、苦手な方は読み飛ばして頂いても大丈夫です。
私もしんどくて執筆に時間がかかりました……。
処刑台に運ばれていくノアは、これから起こることへの恐怖で体を小刻みに震わせているように見えた。
しかし大きな抵抗をしたり、泣き言を言う様子はない。自分が反抗すれば、ゴクチョーが意見を翻してレイアを再び処刑しようとする可能性があると、危惧したためだったのかもしれなかった。
「早く死ねよクソ女!」
ココが悪態をつく。ノアとレイアの所業に憤っているのは、私だけではない。
もしかするならば、配信者として、インフルエンサーとしてのノアへの憧れが反転したのかもしれない。
ココのシンプルな罵倒が一番こたえたのか、ノアの表情がくしゃりと歪む。
(……お前が、そんな顔をするな)
私は今でもなおノアに守りたかった幼馴染の面影を感じたが、無理やり憎悪でそれを塗りつぶした。それでも私は、決して処刑されるノアから目を逸らすことはしなかった。
(私が処刑台に送ったんだ……ならばせめて、最後まで責任を持って見届ける)
私の決意をよそに、処刑台に到着したノアは頑丈な拘束具で体を巻かれて、椅子に固定されていく。
そして、ヘッドフォンがノアの頭部と耳元に装着されていった。
「いたっ……」
(あれは……!)
私がヘッドフォンをよく観察すると、針金やワイヤーがむき出しになっていた。
これでは、装着しただけで激痛を感じるだろう。見ていると頭部や耳に食い込んでおり、音を聴くというよりも一つの拷問器具に見える有様だった。
「ふ、ふん……こんなの、のあ怖くなんか……!」
ノアがゴクチョーに悪態をつくことができたのは、そこまでだった。
座っている机から、何かがせり出してくる。
「あれは、パソコンですわよね……?」
「まさか、外部との通信手段があるんじゃ……!」
ハンナとミリアが抱いた淡い希望は、すぐに絶望の色に塗りつぶされた。
パソコンに大写しになっていたニュースの見出しはこうだった。
『各国政府の発表!?伝説のアーティストバルーンの絵は、全て他人の盗作のニセモノだった!?』
ゴクチョーが、気だるそうに全員に説明する。
「ノアさんの希望でどうやら、今回の処刑は三人分の苦しみになったらしいんですが……面倒ですし、そんなかわいそうなことはできません。人の命は一つなので、処刑に優劣をつけることもできませんのでね。他の方がかわいそうですし……しかしノアさんの希望なので、今回は特別に――」
「あ、あ……!」
ノアの表情は、真っ青を通り越して生命力が奪われたような土気色になっていた。
「――ノアさんの社会的な生命も、終わらせることにしました」
「あああああァ……!」
自分の絵のペテンが偽物だと牢屋敷の中にも、外にもバレた。
そしてその選択を選んだのは、ノア自身の手だった。
もう自分の居場所は、世界のどこにもない。
それを悟ったのだろう。ノアの爪は急速に伸び、黒く硬質化していった。
ノアの椅子を取り囲んでいる砲台から、次々に石が打ち出される。
石は激しくノアの体を打ち据え、痛めつけていった。
しかしノアが痛みで体を動かすたびに、頭につけたヘッドフォンが食い込んでいく。
ノアの体から生み出された、いくつもの大きな赤い蝶が机の周りを舞う。
ノアの絶叫は、ますます大きくなっていった。
見ていられなくなったのか、たまらずレイアとアリサが叫びだした。
「やめろ……やめてくれ……!私を処刑してくれ!」
「もうやめろよ!そいつは十分苦しんだだろ!」
「いえ……もう決まったことですので」
二人が静止を求めるも、ゴクチョーは我関せずといった様子だった。
どれほどの痛みの中にいるのだろうか。ノアは苦痛の中、一瞬だけレイアの方を見て、ニコッと屈託のない笑顔を見せた。
「ノアくん……!」
レイアが涙混じりに処刑台に手を伸ばすも、無情にもノアへと打ち出される石は増えていき速度も増していった。
城ケ崎ノアは、体も心も地獄の中にいた。
体を打つ石、酸で溶けていく体。体を動かすたびに頭に食い込む針金。
ノアの瞳にのみ映る、パソコンに映しだされる『バルーン』への罵倒。
耳に入ってくる、心無い、ノアの存在を否定する音声。
全て嘘ではないことが分かってしまうからこそ、その苦痛は何倍にも増した。
(レイア、ちゃん……)
ノアが最後に心のよりどころにしていた一番の親友との絆さえも、痛みの前に描き消えていった。
「―――」
ついに、ノアの瞳から、色は消えた。
ノアの体は彼女の叫び声と共に変化し、異形と化していく。
数秒後には机もパソコンも壊れ、少女の姿はどこにもなく、虹色の涙をこぼした醜悪な白黒の魔女だけが残っていた。
「無事に魔女のなれはてとなりましたので、永遠の牢獄へと閉じ込めます」
ゴクチョーの淡々とした語りと共に、石に全身を穿たれ続けている魔女を置いた処刑台はゆっくりと下がっていった。
「ひどいです……どうして、こんなことを……!」
涙を流しているメルルの訴えは、少女たちの総意だろう。
少女たちも処刑が精神に多大な尾を引いたのか、凄惨な処刑の進行全てにある者は涙を流し、ある者は吐いていた。
私も、流石に平常心でいることはできなかった。
(私は、正しいことをしたはずだ。ノアは魔女だった……)
自らに言い聞かせようとしても、なぜか私の心は痛み続けていく。
どこか、レイアの処刑が行われずに済んで安堵すらしている自分がいた。
『あなたにはなにもできませんよ、ヒロ』
(うるさい……!)
死んだ幼馴染の幻聴は、私の中途半端な『正しさ』をあざ笑っているように思えた。