百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
「う……」
少女たちは全員、青ざめて絶句していた。自然に口から洩れる呻き声すら、誰のものだろうか判別できない。
処刑を見たというショックも理由の一つだが、それに加えて、どこかうつろな表情の者が多かった。
(当然だ……この牢屋敷という施設が、政府と手を組んでいるという疑惑が確信に変わった。それは私達がここから脱獄をした所で、先がないという現実を示している。その気になれば、私達も社会的に抹殺されるということだ)
絶望の中。静まりきった裁判所で、動く者がいた。
「いつまで、こんな茶番を続けるつもり?」
「……えっ?」
ナノカが、声を荒げて鋭い眼光でミリアを問い詰めていた。
ミリアの方は、ただただ唖然としていた。ナノカの声がうまく耳に入っていないように見える。
「呆けないで。貴方の中身が成人男性ということは分かっているのだから」
ナノカの爆弾発言に、慌ててハンナが割って入った。
「どうしてそんな嘘をおっしゃるんですの!?ミリアさんはどこからどう見ても麗しき女の子ですわ!」
息を荒げるハンナに、ナノカは淡々と返事を返した。
「嘘じゃないわ……私の魔法は『真実を知る魔法』……私が背中に背負っている銃も、この魔法で牢屋敷の中から手に入れたものよ」
(真実を知る、魔法……!)
少女たちはナノカの魔法の強力な効果に慄き、数名はナノカから数歩遠ざかった。
(知られたくない過去を持っている人間は多い。他の者が恐れるのは当然だ……シンプルだが、強力な魔法だ。能力の条件に制約はあるのか……?)
私がナノカの魔法を内心で考察していると、同じ疑問を持ったのだろう。マーゴが微笑を浮かべ、一歩前に出る。そしてナノカの魔法について追及を始めた。
「あなただけ銃を所有しているのはアンフェアだと思っていたから、納得はできたわ。でも……ナノカちゃんの魔法……強力なようだけど、全ての物事を完璧に知ることができる魔法という訳ではなさそうね?だって裁判で悩んでいたナノカちゃんは、とても演技には見えなかったわ」
「……勿論条件はあるけれど、私の魔法で知ることができた事柄は、全て事実よ。
だから私は、佐伯ミリアが魔法を使い、成人男性と魂を入れ替えたことを知っているし……この牢屋敷の少女たちの中に、黒幕が混ざっていることも知っていた」
黒幕が紛れ込んでいるというナノカの爆弾発言に、少女たちはどよめきだした。
「マジ……?黒幕?そいつが、あてぃしたちを攫ってこの牢屋敷で殺し合いさせてんの!?」
(国家が裏で動いているのなら、全てが一枚岩ではない気はするが……
ナノカの証言が正確なのであれば、それは重要な手がかりだ)
「おそらく、黒幕はこの牢屋敷での全てを管理していて、裏で私達を嘲笑っている……佐伯ミリア。この中で唯一大人の、あなたなんでしょう?」
ナノカは、黒くよどんだ双眼でミリアを睨み続けており、うろたえる彼女を逃がすつもりはないようだった。
しかし一方のミリアも、なにやら様子がおかしい。
「おじさんは……おじさんがいけなかったの?……どうして、みんな……!」
ミリアはぶつぶつと、言葉にもならない独り言を呟くばかりだった。
(……先ほどのノアの処刑から、どうもミリアの様子が変だ)
「……黙りなさい!」
堪忍袋の緒が切れたのは、ミリアと仲が良かったハンナだった。
かん高い声が、静まり返った牢屋敷に響き渡る。
ミリアの横に立ったハンナは、小さな震える手で、ゆっくりミリアの手を掴む。
「ハンナ、ちゃん……!」
ミリアは青ざめた表情をしながらも、きゅっと優しくハンナの手を握り返した。
「……ナノカさん、いいかげんにして下さいまし!ミリアさんの体調が悪いことぐらい、見て分かりませんの!?」
(この緊迫した場面で、銃を持った相手に面と向かって啖呵を切ることができたとは……私は、ハンナを心のどこかでみくびっていたのかもしれない。思えばハンナは、捜査の時から心根はまっすぐな人物だった)
反省は後回しにして、新しい纏め役のリーダーとして、この状況を止めるために動く必要がある。私も声を張り上げた。
「ハンナの言う通りだ……詳しい事情は、ナノカとミリアから聞き出すべきではあるが……だが、全員今日は緊張感をほどいて休むか、眠るべきだ。裁判で疑い合い、騙し合った末の処刑……全員、今はまともな精神状態ではないはずだ」
「橘が死んで、城ケ崎もこんな目にあって、こんな時にまともに休める訳ねーだろ……!」
アリサが睨んできたものの、私は引かなかった。
「いいや、こんな時だからこそだ……なぜならノアのストレスが溜まった要因は、牢屋敷で規則正しい生活を送れなかったことが要因なのだからね。……健康の基礎基本は、こんな非日常の中だからこそおざなりにしてはいけないんだ。そうでなければ、また私達の間で新たな諍いがおこるかもしれない」
私の冷静な指摘に、ノアの独白を思い出した少女たちは俯いた。場の空気が少し落ち着いたことを感じた私は、再び全員に優しく、しかし厳しさを持って呼びかける。
「……今の私達に必要なのは、休息だよ。何かあれば、いつでも私のスマホに電話をかけてくればいい。そう思えば、安心できるし少しは気がまぎれるはずだ。幸いにも、ミリアはレイアと同室だ……それに、ゴクチョーや看守が動かないということは、黒幕がいたとしても、まだ私達に直接危害を加えるつもりはないということだろう……ナノカも、ミリアも、構わないな?」
「……了解したわ」
「うん……」
ナノカは何を考えているのか分からない無表情で、ミリアは青い顔のままで頷いた。
話が一区切りしたタイミングで、ゴクチョーが話し出した。
「ではレイアさんを一週間、懲罰房へ連れていきます」
「……好きにしろ」
私が返事をするとゴクチョーの合図と共に看守が動き出し、レイアを拘束してその場を去っていく。
レイアは無言でゴクチョーを睨み続けている。どこか猛獣を思わせる、危険な迫力が今のレイアにはあった。
(一週間の懲罰房での拷問。普通の人間ならゴクチョーの言う通り、確かに持たないだろう。しかし……レイアには常人には持ち得ない、強靭なメンタルがあってもおかしくはない。一応、戻ってきた場合を想定して備えはしておくべきか)
私は脳内で今後の行動を組み立てながら、少女たちに指示を出す。
「それでは、私達も解散だ。……心を休めて、また明日皆で朝食を食べよう」
皆の統率を取った私に、特に反抗する少女は居なかった。
普段は強気であってもメンタルに負荷がかかっているのか、ココやアリサすら反論せずに自室に向けて戻っていく。
「……♡」
私が少女たちの動向を見守ると、マーゴがこちらに流し目を送っている。
それと同時に、私のスマホが小さく鳴った。マーゴからの連絡のメールのようだった。
メールの文面はこうだった。
『今から、応接間で話し合いましょう』
簡潔な文面に私はため息をつくと、素早く連絡を返す。
『了承した。私から誘おうと思っていた。思惑の擦り合わせはしておきたい』
自分から先ほど少女たちにした、休むという行動指針を破ることにはなるが、マーゴ相手のこのタイミングなら、物騒なことにはならない自信が確信として私の中にあった。
(他の少女への口止めはないし、マーゴはリーダーが変わったこのタイミングで仕掛けてくるほど愚かではない。私が約束を破ったことを非難する様子もない……問題はないな。応接間に向かうとしよう)
「……?ああ、メルルか」
「ひ、ヒロさん……」
私が裁判所の扉を開け外に出ると、待っていたのか、そこにはメルルが佇んでいた。
メルルも先ほどの処刑を引き摺っているのか、少し涙目になりながらも私に駆け寄ってくる。
「私を待つ必要はなかったのだが……」
「わ、私、やっぱりヒロさんが心配で……だって、今一番無理をしているのは、ヒロさんだって思うんです」
「そんなことは……あ、れ……?」
私はメルルを否定しようとするも、メルルの仕草と純粋な心配に気が緩んだのか、言葉とは裏腹に頬を涙が伝う。
「やっぱり……!」
メルルは私に駆け寄ってくると、ぽふっという音と共に、優しく私を抱きしめた。
お互いしばらく無言のまま、私はメルルの胸の中にいた。
メルルは私を見下ろしながら、甘く、優しく私に囁きかける。
「私も命を助けられちゃいましたね。ありがとうございます。辛い時は、無理をしなくてもいいんですよ。ヒロさんは……人間なんですから」
「……それはお互い様だよ。少しだけ、胸を借りてもいいか?」
「はい」
短く返事が返ってくる。それからは、二人とも無言だった。私は数分ほど、メルルの腕の中で涙を流し続けていた。
啜り泣きの涙が落ちる中で、事件が起こってからの様々な感情が、私の中から解けていくような気がした。
私はメルルの腕の中で、ようやく胸の重荷が取れる感覚を覚えることができた。
(そうか……私の戦いは終わったんだ)
「……終わったよ、シェリー。謎は、解けた……」
裁判所付近の一階の窓の外は、よく晴れた青い空だった。
エピローグと別視点の閉幕を挟んで、第二章に移ります。