百八十度ノ魔女裁判   作:ミズハ

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着替え

 「ごちそうさま。……シェリー、城ケ崎ノアはここにいないのか?」

 

 手を合わせて食事を終えた私は、この場に居ない唯一の少女への疑問をシェリーに投げかけていた。

 殺人衝動にかられる原因はストレスだ。その衝動の強さは私自身がよく知っている。

 いくら食事が美味ではないとはいえ、栄養の摂取は必要だろう。

 

 返事はシェリーからではなく、別のテーブルから聞こえてきた。

 

 「ノアくんのことならば、私が食事を彼女の部屋に運んでいるよ。これは同室のアンアンくんにも許可を取っている」

 【ノアの芸術活動の邪魔はしたくないからな】

 

 (自らが……か。やはりレイアは、自分がリーダーとなるための行動にためらいがない。同じくリーダーとしての素養を持つ私が懲罰房から出てくることを、強く警戒してのことだろう)

 

 それはそれとして、気になることがある。

 

 「芸術活動とは、どういうことかな」

 「ノアくんはスプレーアートを室内に描いている。匂いはあるけれど、彼女は自らの魔法で部屋を一瞬で元通りにできるようだからね。アンアンくんがノアくんの芸術を気に入ったこともあって、私たちは受け入れることにしたんだよ」

 

(……新たな魔法の情報か。無駄だとは思うが、探ってみよう)

 

 「……城ケ崎ノアが使用する魔法について、教えてくれるつもりはあるかな」

 「……私が勝手に明かしていいのか分からないからね。気になるのなら、ノアくん本人に尋ねてみてはどうかな」

 「……そうか。ならば、後からそうさせてもらうことにするよ」

 

 「そもそも、ウチは受け入れたつもりはないけどな」

 「まあまあ、理解してくれたまえアリサくん」

 「チッ……」

 

 事情は把握したが、ノアの特別扱いには若干不服な者もいるようだ。

 私がアリサ以外の少女達の反応も見ると、多少の不満はあったが呑み込んだかのような、バツの悪そうな表情をしている者もいた。おそらくはレイアの話術で丸め込んだ少女もいたのだろう。

 

 (恐るべきカリスマだ、しかし……)

 

 私は少しだけ、レイアの手腕に安心感を覚えていた。

 

 「流石の手腕だな、レイア。芸能人だっただけのことはある。どうやら私は、それほど少女たちの関係に気を揉む必要もないようだ。……とはいえ負担になったら、いつでも交代する心の準備はできているよ。遠慮する必要はない」

 

 

 「……ヒロくんの申し出はありがたいけれど、生憎私はこの立場の居心地が良いみたいだ。素晴らしい激励をありがとう!」

 

 私の傲岸不遜ともとれる発言に、レイアは気にした様子がなく笑みすら浮かべて見せた。

 

 (それでいい。私が逆の立場であったなら、調和を乱す愚行を冒した危険人物には絶対に立場を譲らない。レイアはリーダーを任せて問題ない人物だ。……それを確認できただけでも、この問答に意味はあった)

 

 「えー、何目線なん?」

 

 ココのぼやきは無視することにして、私は立ち上がった。

 

 (社会は複数の歯車でできているものだ。レイアが少女たちに安心を与える優しい指導者となるのであれば、私は規律を守る番人になればいいだけのこと)

 

 「行こうかシェリー、メルル。朝食が終われば自由時間のはずだからね。

 長い間懲罰房に居たから、まずは新鮮な空気が吸えそうな場所に行きたい。知っているのなら、案内してくれるかな」

 「は、はい……!ぜひ、案内させていただきますね!」

 「自由時間は、外に出られますよ~!ゴーゴー!体内でセロトニンを作らないとストレスが溜まってしまいますからね!」

 

 外に出たいというのは掛け値なしの本音だ。しかし実はそれ以上に―――

 

 (私は二日間、シャワーすら浴びていないんだ。血の匂いも染みついている。乙女なら、皆私の気持ちは理解できるはずだろう。……思惑を感づかれてなければいいが)

 

―――潔癖症の私は、水浴びのできる場所を求めていた。

 

 

 

 

 自由時間。

 

 私とシェリー、メルルは牢屋敷の外から出て、メルルとシェリーに教えてもらった小さな池での水浴びを終え、着替え終わっていた。

 

 正確にはメルルは水浴びそのものには参加せず、牢屋敷の中に戻ってしまったのだが。

 

どうやらメルルは、最近貧血気味のアンアンが心配らしい。それもあって普段彼女は医務室にいることが多いようだ。

 

それはさておき。

 

 

 「手間をかけさせてすまなかったねシェリー。着替えてようやく、落ち着くことができたよ……案外スタイルがいいんだな、きみは」

 「えへへ、ヒロさんもお人形さんみたいに綺麗じゃないですか~!」

 「人に模範にされることが多かったからね、美意識は持っているとも」

 「……なんだかお友達って感じでいいですねこのやりとり!女子トークですよ女子トーク!」

 「……きみは、相変わらずなれなれしいな」

 

 率直に褒められると、なれなれしくても悪い気はしない。

 私は自然とシェリーと心の距離感が近づいていくのを感じていた。

 

 (この機会だ、気になったことを聞いておくとするか)

 

 「シェリー……少し質問をしてもいいかな」

 「はいはーい!シェリーちゃんはなんでも答えちゃいますよ!」

 「きみはどうして、殺人衝動にのまれていた私に対して、待っていう旨の発言をしたのかな。私を庇ったせいでエマが死んでしまったのは、事実ではある。あの発言で、きみも他の少女たちから怖がられてしまっているように思えてね」

 

 

 私たちに恐怖を覚えた例で言えば、ハンナ等はその最たる例だろう。直球で疑問をぶつけると、シェリーがむむむ、と顎に手をあてて考えた。

 

 「そうですね~?正直、私は自分がやりたい!と思った通り行動しているだけですよ?

多分ヒロさんが看守に襲い掛からなかったら、私が看守に襲い掛かったと思うんですよね。屋敷からの大脱出って、一度やってみたいじゃないですか!それに……私って怪力の魔法を持っていますので!」

 

 

 「怪力の魔法?」

 

 自分以外の魔法の詳細は、メルルの治療しか知らずノアも明らかとなっていないので、初耳の情報だ。

 

 「はい!すっごく力が強くなるんですよ!」

 「……あの鎌を持った看守に抵抗できるほどなのか」

 「ヒロさんが立ち向かった後の今はさすがに無理だと思ってますけどね~!再生能力を知らなかったのもありますし。だからヒロさんは、実は私の命の恩人なのかもしれませんね!」

 

「……なるほど、納得できたよ」

 

 (行動自体は看守への危機感を植え付ける結果となり、無駄ではなかった、ということか)

 

 私は、ほんの少し安心していた。

 私が看守に暴力で立ち向かった結果、同じ思惑を持っていたシェリーが犯行を思い止まってくれた。そうであるならば、私の凶行も無駄ではないとも言えるだろう。

 勿論エマが巻き込まれたきっかけでもあるので、過剰に美化するつもりもないが。

 

 「ヒロさんも、魔法、持ってるんですよね?教えて下さいよ~!」

 「私は、魔法を持っていないよ……少なくとも今は自覚がない」

 「え~!そうなんですか!……なら仕方ないですね!」

 

 (少なくとも今は自覚がない、か)

 

 私は、自分の口から出る言い訳が少しだけ衝撃だった。

 魔法など持ってない、なぜなら自分は魔女ではないから。

 普段の私なら、そう答えそうなものだからだ。

 

 (私らしくもない。拷問を受けたせいか、皆から怖がられていたせいか……少しだけナイーブな気持ちになっていたらしい。これでは泣き虫のエマを笑えないな)

 

 どうやらだいぶ、シェリーに入れ込んでいるのかもしれない。

 

 そんな風に私が一人で考え込んでいる間も、シェリーは元気な様子だった。

 

 「うんうん、お互いのことも分かりましたし、水浴びも終わりました。

自由時間なんですし、ヒロさんも一緒に牢屋敷内の捜索をしませんか!」

 「……そうだね。館内を見て回りたいことは確かだ。行動を共にしよう」

 

 レイアが面倒を見ているらしいノア。

 医務室にいるらしいメルル等、気になる人物や場所もある。

 一人だけ、銃を持っていたナノカも気になる。

 散策を続けていくうちに、他の少女たちの魔法も分かるかもしれない。

 

 私とシェリーは歩き出した。まずはどこにするか……。

 




(牢屋敷のマップ表示)
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