百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
私は用事があると断り、なおも心配しているメルルから離れて応接室に向かった。
応接室に入ると、マーゴは先に対面の椅子に座って待っていた。
「あらヒロちゃん、遅かったわね。目の端が赤いわよ?もしかして……泣いていたのかしら?」
「……そこは見ないふりをするのが、正しい礼節というものではないかな?」
「うふふ……ヒロちゃんって案外泣き虫よね。泣く所、近くで見たかったわ♡」
「今まで、泣き虫だと言われたことはなかったが……君の考えすぎじゃないかな?」
「あら、泣いたことは事実なんでしょう。どうなのかしら?」
マーゴはクスクスと笑った。
(こいつ、油断も隙もないな……メルルと先に会っていなければ、私が平常心を保てていなかったかもしれない。幸運だった)
私は内心で戦慄すると、場の空気を変えるために軽く咳払いをする。
「いきなり失礼だな、君は」
「酷いのはヒロちゃんの方でしょう、私との約束を破るなんて思わなかったわ」
私を責めながらも、マーゴの表情に非難の色はない。
むしろどこか、この状況を面白がっているように思えた。
(マーゴのペースに乗って会話を続けても、私のメンタルが疲弊していくだけだ……手早く本題に入るとしよう)
私はマーゴを睨みながら、語り始めた。
「私は捜査開始時から、マーゴを説得できる状況になれば裁判で勝てると思っていたし、それを目標にしていた」
「中庭で私に熱い視線を向けてきたけれど、そんな理由があったのね。あの時のヒロちゃん、凄く情熱的でゾクゾクしちゃったわ♡」
「……表現に問題があるが、概ね間違ってはいないよ。私は、君のことを裁判の場で発言力があり、同時に決定的な証拠がなければ私の側につかない人物だと思っていたからね……すなわちマーゴを説得できた時には、大多数が味方になっていて大勢は決しているということだ」
私の理論を聞いてマーゴが自分の頬を艶やかに軽く、誇らし気に撫でる。
「ヒロちゃんの物差しになれただなんて光栄ね。それで……私との約束を破った件については、どう弁明するのかしら?」
(マーゴ……分かっていて、私を試しているな。それならば、答え合わせといこうか)
私は軽く息を吐いて、裁判時に裏で起こっていたことを語りだした。
「裁判中、君は最終盤以外、常にレイアかノアを擁護して私と議論していたが……裁判が中盤から終盤に移る最中、さり気なくこう口にしていた」
《少しだけ私が図書室で煽りすぎて、疑心暗鬼を強めてしまったかしら?ごめんなさい。他の子にも似たことはしているから、気にしないで頂戴ね♡》
「一見他の少女からは違和感のない発言だが、私には言い回しが不自然に思えた……図書室での私とマーゴのやり取りに、私の疑心暗鬼を煽る要素はなかった。しいて言うなら、占いで殺人事件が起こるとマーゴは予言していたが、私は相手にしていなかったからね」
「……続けて頂戴」
「だから、あの時マーゴが私に伝えたかったのは他の部分……図書室で知った、犯人の魔法はストレスが溜まるにつれて、進化しているということ……そして他の人間相手にも、私とマーゴが図書室でしたような、約束、……『秘密の共有』をしているということだ……つまり君が私に伝えたかった事柄は、レイアのグループが多人数で徒党を組み密約を結んでいるという、密告だった。おかげでその情報を得た私は、賭けに出た結果ココを寝返らせることができ、逆転に結び付けることができた」
私が憶測を述べ終えると、マーゴは軽く拍手を送ってきた。
「面白い推理ね、ヒロちゃん。でも……その証拠はあるのかしら?」
「いや、証拠はないよ……だが、マーゴ……君は裁判中、悩んでいた筈なんだ。君の頭脳なら、レイアから味方につけた方が良いと早期に判断され、確実に、裁判時に庇い合う提案は受けていただろう。しかし……犯人が漕ぐ泥船に乗って今後の牢屋敷内での立場が危うくなる事態も、君は避けたかったはず。だからノアたちからは分からないように、密かに私に助け舟を寄越した」
「証拠がないのなら、話にならないわね。帰っていいかしら?」
マーゴはため息をついて立ちあがる。
(実際にレイア達は投票すら合わせようとしていた訳だが……これ以上は藪蛇か。しかし……関係の悪化も困る)
私はマーゴを止めるために呼びかけた。
「……ナノカとミリアの件が一区切りついた後で、二人で牢屋敷を見て回らないか?
私が、懲罰房を出てすぐにシェリーとした行動だ。裁判で最後まで意見が対立していたのだから、今の君の立場が良くないことは確かだろう。私という新しいリーダーと親しい様子を全員に見せておいた方が、君には益になる筈だ。一方の私の方も、マーゴ程の人間を懐柔できたと示せる。双方に益がある提案だ」
「ふうん……」
マーゴは少し考えていた様子だったが、やや時間をあけて頷いた。
「私は、牢屋敷内での私の立場にそれほどこだわりはないのだけれど……一度だけヒロちゃんと、みんなの様子を見て回るのは楽しそうね♡いいわ。その申し出を受けましょう」
好意的な返事に、私は内心で少し安堵した。
(マーゴらしくはないが……先ほどの裁判のように、共犯が起き、自らが犯人にされないためにはある程度全員と良好な関係を築いておいた方が良いと踏んだか。ともあれ面子を潰さなかったのは大きい。今後もある程度良好な関係を築いていけそうだ。……寝首をかかれるリスクはあるが、マーゴは味方にしておいて損はない存在だ)
「分かった。明日の話によって場の空気が変化する可能性がある以上、散策のタイミングは君に任せる」
「ええ。……話は、それで終わりかしら?」
(……私の立場上、探りを入れない方が不自然だ……少し、踏み込んでみるか)
「……じゃあ、これは無理に返答をしなくていいが……もう一つ。裁判の時に、謎の自白をした、当人も戸惑っていたノアの声。あの声の正体は、マーゴ……君なのかな?」
私の質問を受けてもマーゴの顔色は変わらない。予期していたようだった。
「奇遇ね……私もあの声の正体を、ヒロちゃんじゃないかと疑っていた所だったわ。だって凄く、タイミングが良かったものだから♡」
「そうだろうな……ナノカの証言が正しいと仮定した場合、あの声の主は消去法で、魔法が割れていない少女の中……ココか、私かマーゴの三人の中からに限られる。どうやら君ではなかったようだから、礼を言う相手をまた探さなければならないな」
「……優しいのね、ヒロちゃん♡きっと、その相手はとても喜ぶでしょうね」
(実質的な肯定か……?だが、魔法の詳細を明かすつもりはないようだ。私が非難できることではないとはいえ、レイアといい、ナノカといい……最初に共犯事件が起こってしまったせいで、少女たちが自分の手札を隠し始めている。時系列順では最初の方に魔法を明かしたメルルやハンナ等は恐らくは魔法の詳細を隠してはいないが……魔法が進化すると判明した以上、皆の魔法が未知数であるこの現状は、疑心暗鬼を加速させてしまうかもしれない。注意しなくては)
内心で考えをまとめ終えると、私はマーゴに微笑んだ。
「マーゴ……私は、君の前で警戒を解いたことは一度もない。これからも、私は君を信用することはないだろう。だが……私は君のことを、強く自らのために行動する、我欲がある人物であると信頼している……利害がはっきりしている君のような人間と会話をすること自体は、私は嫌いではない」
私が素直に胸の内を話すと、マーゴは少し目を丸くしたようだった。
私には、その様子は少し珍しい仕草であるように思えた。
「……全く褒められている気はしないけれど、なぜだか悪い気分じゃないわね。
……私相手に面と向かって貶してくるなんて、やっぱり面白い子ね。あなたとは長い付き合いになりそうだから……仲良くしましょう♡これからもよろしくね、ヒロちゃん」
どこか機嫌が良さそうなマーゴに、私は肩をすくめてこう答えた。
「ああ。あまり君とは仲良くしたくはないが、これからもよろしく頼む」
私は少し疲れた頭の額を抑えながら、応接室から立ち去った。
少しだけ、今の私には行きたい場所があったためだ。
私は中庭の壁際にやってきていた。
(……)
シェリーの死体と血の跡は看守によって既に片付けられており、跡形もなかった。
まるで中庭での殺人なんて、起こらなかったかのようだった。
しかしそんな訳はない。現実から逃げた所で、友人は帰ってこないのだから。
(……明日からは、私がやらなければならない責務は増えるだろう。私がいつまでも過去に思いをはせ、囚われ続けていては皆が不安になってしまう。……だからこれは、私の心の中を整理するための、儀式のようなものだ)
自然に手を合わせていると、背後から茂みを揺らす物音がした。
「……!」
振り返ると、そこにはナノカが立っていた。
思わず身構えるが、ナノカには殺気がなく、私を害するつもりはないようだ。
「……見つかってしまったか」
「ここに居たら、あなたが来る気がしたから」
「……行動を予期されるとは思っていなかったよ。注意しなければならないな」
私は小さく息を吐いて自分の不甲斐なさに落胆したが、ナノカは私の様子を無視していた。
「二階堂ヒロ……これから私が黒幕について何か分かった場合、あなたに情報を落とすことにするわ」
(ナノカの詳しい話は、明日でなければ二度手間になるが……いや、これはあくまで私個人への提案か)
私は、低い声で探りを入れる。
「……理由を聞いても?」
「……理由は、三つあるわ。あなたは、裁判の流れ全てを読み切り、コントロールしていたように思えた。それに、初日の振る舞いを見る限り、あなたが黒幕である可能性はゼロに近い。初日のあなたは目立って牢屋敷内での立場を悪くしただけだったし、桜羽エマが庇わなければあなたは死んでいた」
ナノカは、エマが私を庇ったと言及した時にだけ僅かに声色を濁らせていた。
彼女なりに、エマになにか思うことがあるのかもしれない。
(ナノカは、黒幕について私と純粋な共闘を持ち掛けるつもりはないようだ。
これまでの牢屋敷内での立ち振る舞いといい、人との関りをどこかで恐れているのか……?)
考え込む私に、ナノカは最後の理由を突き付けた。
「三つ目の理由は……あなたは表に見せないだけで、死者を悲しみ弔う気持ちはあると分かったからよ……この場で手を合わせて泣いているあなたの姿を見れば、十分」
ナノカに指摘されて、私はまた無意識に涙を流していることに気付いた。
「また、見苦しい姿を見せたようだ。なぜだろうな……私は牢屋敷にくるまで、あまり泣いたことはなかったのだが。どうやら最近、よく涙腺が緩むようだ」
「……かまわないわ。どうやら、それほど悪い人じゃないって分かったから。
もし良かったら……あなたの幼馴染だった桜羽エマについて、聞いてもいいかしら……私は、彼女のことをほとんど知らないから」
エマについて。
私は話すことなどないとナノカに反発しようと思ったが……すぐに、心の中のエマに対する憎悪が少し薄れていることに気付いた。
(……私も大切な人間を、死へと追いやってしまったことは変わりない……シェリーを直接死地に送り込んだ分、より悪質まである……今の私には、強くエマを非難できる権利はないのかもしれない。もちろんシェリーと過ごした時間は、ユキやエマと過ごした時間と比較すれば僅かなものではあるが……)
私の頭に浮かんだのは初日にラウンジに入る前に聞いた、エマの数々の私への宣言だった。
《ボク、変わったんだよ》
《ヒロちゃんの友達になりたいんだ》
《ボク、ヒロちゃんのこと諦めないから!》
(……少なくともエマの発言は、口先だけのものではなかった。好意は一方的だったが、命と引き換えに、私を守り切った……それは、私にはできなかったことだった。……今更私が気付いても、遅いというのにな)
私のエマの思いに愁いが混じり始める中、ナノカが静かに呟く。
「表情を見れば分かるわ。きっと、あなたにとって大切な人だったのね」
「いや、それはあり得ない……私は明確に、エマのことが嫌いだった。それでも私は今、なぜか……少しだけ、生きている間にエマと向き合わなかったことを後悔している……ああ、認めるよ。私は心のどこかで、エマの死を悲しんでいる」
言葉に出してみて、少しだけ私の心は軽くなった気がした。
ほんのたった一歩だけだが、止まっていた場所から前に進めたようだった。
「……そうだな、少しだけ話をしよう。エマは、とにかく食べることが好きな少女だった。私も、私たちの共通の親友も、よく食いしんぼうのエマには呆れていたものだ」
「そう……そんな人だったの。牢屋敷の料理の質を考えると、生きていたら大変だったでしょうね」
「そうだな……ここの料理はとてもマズいから、エマにも大不評だっただろう」
正しくない会話だが、私は今、牢屋敷に敬意を払う気にはならなかった。
その後も私がエマについて話し、ナノカがそれに相槌を打つ。
しばらくそんな、穏やかな時間が二人の間に流れた。
なぜか、私の口からエマの話題が尽きることはなかった。
話が一段落した後、ナノカの暗い瞳には、少し明るい色が戻ったようだった。
「……二階堂ヒロ。あなたは不思議な人ね。他人に厳しいけれど、少し泣き虫で……どこかお人好しだわ」
(泣き虫?お人好し?私が……?)
私は、ナノカの見当外れな人物評を笑いとばした。
「……そんなことはないよ。私の行動に良いも悪いもない……私が正しいと思うことを、これからも続けていくだけだ」
私は、ナノカに改めて自身の正しさを宣言して中庭から去っていく。
ナノカと話した後には、この地獄のような監獄の中であっても明日に向けた活力が湧き出てきていた。
人間の関係は、好き嫌いで全てを分けることができるほど、単純なものではない。
ヒロとシェリー、ノアとレイア、ヒロとマーゴ……全てそうだった。
ならば……もしかするのならば、ヒロとエマにも同じことが言えるのかもしれない。
二階堂ヒロは、この先も牢屋敷で生きていく。どこかの場所に桜を抱え込みながら。