百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
「ぐっ……」
懲罰房、その中の一室で呻き声が漏れる。蓮見レイアは、十字架にはり付けられ幾度も鞭で打たれ、皮膚を剥がされる拷問を受け続け、一人で全身を襲う痛みと戦っていた。
「中々、ヘビーな拷問だね。テレビの企画でドッキリを仕掛けられたことはないけれど……どうやらそれよりは激しそうだ。予行演習にはちょうどいい」
看守の拷問を受けながらも、レイアには不敵に笑う余裕があった。
いわゆる空元気というものだったが、逆境にもアドリブにも慣れている。この暗示を自らにかけていれば、心のどこかに余裕はできるものだ。
それに、レイアには毎日外から声をかけてくれる少女がいる。
それだけで彼女の心は救われていたし、それで十分だった。
看守が居なくなると、その少女はやってくる。
「レイア……!」
今日も様子を見にきたようだ。涙を瞳の端にためた友人に、レイアは微笑みかけた。
「アンアンくん……私は嬉しいけれど、毎日ここへ私の様子を見に来る必要はないんだよ?どうか、私のために泣かないで欲しい。キミの美しい顔が、涙で濡れる所は見たくないからね」
「いやだ……他の場所で何をしていても、わがはいはレイアが心配でなにもできないんだ。だから、わがはいはここにくる!」
二人はスケッチブックで会話をする訳にはいかないので、扉越しに声でのやり取りを続けていた。
実はアンアンのおかげでレイアの心はかなり救われているのだが、それは見栄をはる癖があるレイアには口に出せない。しかしアンアンの決意は固く、結果として噛み合っており、二人の関係は相性が良かった。
「……看守の拷問が、激しいようだな」
アンアンは、あちこちに痛々しい傷がついたレイアの顔を見て肩を落としている。
どうにもできない無力な自分に苛立っているようだった。
「……私は、それだけのことをしたからね。でもね、私は後悔していないよ。
私は今までも、トップアイドルになるために様々な人間を蹴落として上がってきた。
同業者に卑劣だと陰口を叩かれるなんてしょっちゅうだったよ……だがそんな私だからこそ、過去を後悔すべきではないし、その権利もないと思っている……もし私が今回の事件をやり直せたとしても、今度はヒロくんにバレないように注意するぐらいしかしなかっただろう」
どれだけの非道な行いであっても、自分の行動には責任と誇りを持つ。それは、レイアにとって大切な矜持であり自ら定めた軸だった。
「そうだ、ヒロ……!」
レイアの口からヒロの名前が出たことで、アンアンの瞳に怒りが宿った。
「忌々しい、ヒロ……!約束を破ったあいつのせいでノアが死んで、レイアまでこんなひどい目に合っている……!」
アンアンが頭を左右に激しく振り、ヒロへの怒りを言葉にして吐き出し始めた。
「アンアンくん……!?」
「全部、あいつのせいだ……あいつのせいで……!わがはいは、あいつを殺したい!」
レイアは、アンアンが放つヒロへの殺意を肌で感じ、同時にどこか自身の心が冷えていくのを感じた。
「アンアンくん、気持ちは嬉しいのだけれど……やめてくれないか」
レイアは普段出さないような低く、威圧感のこもった声でアンアンをたしなめた。
「レイア……!?なんで、あんな奴をかばう!?」
強く否定されるとは思っていなかったのか仰天し、目を丸くして見つめてくるアンアンに対して、レイアは言葉をたたみ掛けるように話す。
「私は、ヒロくんをとても好ましく思っている。ヒロくんが死んだら私は深く悲しむだろう。そして、それはノアくんもそうだったはずなんだ。裁判の時にはどうしようもなかったけれど……シェリーくんの殺害に、ヒロくんを巻き込みたくなかったのは共通認識だったからね……ヒロくんをアンアンくんが殺して、アンアンくんが処刑される?誰も得をしない。そんなことがあったら、それだけで私は魔女化してしまいそうだよ」
アンアンは、普段親しい相手に表に出さないレイアの迫力に一歩後退したが、再び前に出てきた。
「う……死んだノアの考えなんて、分からないだろう……!ヒロを恨んでいるかもしれない!」
「……分かるさ。いやむしろ、私が一番分かると言ってもいい。皆が素晴らしいと思っていた世界で名高かったノアくんの絵が、実は魔法を使っていたものであったのなら……ノアくんは心のどこかで、魔法で作った自身の絵のことも憎んでいた筈だ。イカサマをして活動をしていたのだから、後ろめたさはどうしてもできる……他の人物の迷惑活動だと注意したヒロくんを、好ましく感じるぐらいにはね」
「……」
とうとう黙ってしまったアンアンに、レイアもヒロへの思いを伝えていった。
「これはおそらく、私の一方通行の思いだっただろうけれど……私は、ヒロくんのことを私と同じか、それ以上に……リーダーとしてふさわしいと信頼していた。本当は、私もヒロくんに頼りたかったよ。二人で、牢屋敷の中の二本の柱のようになれたら良いと考えていた……でもヒロくんは……ちゃんとノアくんにも、私にも手を差し伸べてくれていたのに、私たちの方が、ヒロくんを危険人物だと罵ってその手を振り払ったんだ」
ヒロはレイアのことをリーダーとして認めていると褒めたが、その時にはシェリーは死んでおりヒロには大方の真相は掴めていた。自分を油断させるためだけの嘘だったと、今のレイアは判断していた。
レイアの独白を聞いてじわじわと、アンアンの瞳に水滴が溜まっていく。やがて何度も頷くと、両目に涙をにじませた。
「わがはいも、そうだった……!ヒロとレイアは、仲良くなれると思っていた!ずっと仲良く過ごすことができていれば、わがはいはそれでよかったのに……!」
慟哭が響く。アンアンはただただ扉の前で泣き崩れることしかできなかった。
涙が流れるにつれて、いつの間にかヒロへの殺意は薄れていく。
最後には、重く深い悲しみだけが残った。
頃合いを見計らって、レイアが説得を始める。
「アンアンくん、私と約束してくれないか?キミは、誰も殺さないと。
憎しみと嫉妬で身勝手にシェリーくんを殺した私が、言えたことでもないが……これは私の我儘だ。アンアンくんには、ノアくんのように処刑されて欲しくない。……今回のように、誰かに憎しみが湧いた時は、必ず私かヒロくんに相談してくれ」
「……!」
さらりと告げられたが、それは、裁判ですら明かさなかったレイアの秘密だった。
レイアは、実はヒロの近くに居たシェリーに嫉妬していた……先ほどのヒロへの思いを聞いたアンアンには、嫉妬の内容がおおよそ推測できた。しかしあえて話題の深掘りはしない。ヒロに打ち明けた所で、さらに逆上して溝が深まるだけだとアンアンは考えた。アンアンはこのレイアの秘密を、誰にも明かさないことにした。
「そうだ……ノアとの約束もある。わがはいは、レイアとこれからも一緒だ……だから、わがはいは、誰も殺さない」
「……よかったよ、アンアンくん。その宣言が聞けただけで、私はこれからも安心できるだろう」
一度殺人を犯した人間としてはおかしな話ではあったが、レイアは新たな事件の発生を未然に防げて心の奥底から安堵していた。
「……そろそろ拷問の再開の時間だ。今までの経験上、もうすぐ看守がくる。早く逃げた方がいい」
「分かった。レイア……死なないでくれ……!」
「まかせてくれたまえ。私はこれまで、たくさんの女の子の涙をぬぐってきた人間だよ?」
「……っ!」
レイアがウインクを飛ばすと、アンアンは頬を染めて逃げるようにパタパタと走り去った。
「少し、サービスが過剰だったかな……」
独り言ちるレイアの感情を無視して看守が入ってくる。
拷問の最中でもファンが応援してくれていると分かっただけで、レイアは常に勇気が沸いていた。
極限の環境の中で、数日が経過した。
「……」
懲罰房で虐げられ続けていたレイアには、現在が朝か昼か夜かすらも判別がつかなかった。時折申し訳ない程度に運ばれる水と食事すら、レイアの苦痛を長引かせるものでしかなかった。
(……これもノアくんを、お風呂以外で部屋から連れ出さなかった罰か。受け入れよう)
扉からコンコンと、控え目の音が鳴る。満身創痍のレイアを、訪ねる少女が居た。
「きこえますの?」
「……ハンナくんか。これはまた珍しい観客だね。ここは動物園ではないのだけれど?」
レイアは苦々しい笑みを浮かべる。ハンナは眉をひそめた。
「まだ軽口を言える余裕はありますのね?……あなたの命が尽きる前に、お伝えしておきたいことがありますわ」
「良いだろう……好きに罵詈雑言を私にぶつければいいさ」
「では、お言葉に甘えますわ」
言葉は演技染みているが、レイアの声色に元気はない。ハンナは、淡々と語りだしていた。
「あなたが死ぬ前に、懺悔します。わたくしも……あなたが裁判で醜態を晒すまではレイアさんに嫉妬していましたわ」
「……私に降りかかる他人からの嫉妬なんて日常の一部だよ。今の私に、よくそんなことを言えるね」
正直、ハンナの告白をどうでも良いと感じたレイアは、溜息をついた。
「ハンナくんはよく私を見て照れていて、面白い子だなと思ったけれど……あれは怒りだったんだね?とはいえ……キミが照れていたのも、本心ではあったんじゃないかい?」
「……あなたのそういう所が、嫌いなんですわ」
「そういうことなら、むやみに魔法を使って私に視線を固定させていたことは謝るよ」
「あなた、もしかして全員にわたくしと似たことをしてたんですの!?」
ハンナはレイアが隠れてしていたとんでもない魔法の悪用に、戦慄し冷めた目を送った。
レイアはふてぶてしい笑みを浮かべる。
「アイドルなんだ。いくつかスキャンダルの種ぐらいはあるとも」
「……何を言っても無駄ですわね。シェリーさんを殺しておいてこんなに自分自身を好きでいられるなんて……気持ち悪い。こんな奴に嫉妬するなんて時間の無駄でしたわね……帰りますわ」
機嫌を損ねたのだろう。苛立ち、足早にハンナは去っていく。
レイアは、内心で吐き捨てた。
(私も、キミのように素直に嫉妬を他人に吐き出して生きることができたら……どれほどよかっただろうね。私の方がキミを妬んでしまいそうだよ、ハンナくん)
再び時間が流れ、レイアの拷問が再開される。
常人では幾度も発狂するほどの苦痛に、しかしレイアは歯を食いしばって耐え続けた。
今のレイアには、死ねない理由が複数あったためだ。
(もう私は、母さんに会えない。だって万が一にでも外に出て……私のせいで母さんの身に何かあったら……きっと私は、私を許せなくなっちゃう……それは、嫌だ)
幼いころの母に見捨てられた『私』を一瞬思い出して、レイアは身震いした。
しかしそれすら一瞬だった。レイアはすぐに意識を切り替えることができていた。
(ナノカくんが明かした『黒幕』……そんな奴が、もし本当にいて裏で私達を嘲笑っているなら……そしてゴクチョーと看守を操り、ノアくんの命だけではなく、人権すらも世間から抹消した邪悪の権化というのなら……許せる訳がない。死んだノアくんのためにも、私自身のためにも、私が、『黒幕』を殺す……!それが、今の私のするべきことだ。たとえ、私の命と引き換えにしても……!)
拷問を受けながらも、レイアの瞳は薄暗い懲罰房の中ですら煌き光っていた。
処刑されていく、親しかったノアと自分の立場を重ね合わせてしまったレイアが、この結論に至ったのは当然のことだったのだろう。
(しかし……分からない。もしミリアくんがそうでないのなら、私たちの中の黒幕は誰なんだ……?)
幸いにも、時間はいくらでもあった。レイアはひたすら永遠に、この牢屋敷の黒幕という難題について頭を回し、考え続けていた。
「おかしいですね……?こんな人間、初めて見ました」
拷問を受け続けながらも、レイアの爪は微塵も硬くならなかった。
時折レイアの様子を見に来るゴクチョーにとってすら、想定外のようで首を傾げていた。
今のレイアには、明確な目標があった。ファンの少女が居た。未だに自分を見て嫉妬してくる少女が居た。尊敬している新たなリーダーの少女は、これからも罪を犯した己を軽蔑し続けてくれる。
ならばきっと、七日間の拷問すらも生き延びるのだろう。
だって彼女は、蓮見レイアなのだから。
一方そのころ……誰も知らない所で、闇の中ではその黒幕が密談を始めていた。
「ふう……まったく、見てて焦りましたよ。ヒロさんが自分だけ助かることだけ考えていたら、メルル様、最初に処刑されてたんじゃないですか……?」
「う、うう……正直、その通りだったと思います。ヒロさんと仲良くしていてよかったです……嫌われないためにあんまり他人を疑う姿を見せるべきじゃないのに、処刑されそうになったせいで、裁判で私が目立ちすぎちゃいました。まさか、最初の事件から共犯だなんて……!」
「最初の事件の共犯、ほぼ警戒されなさそうですし、人数で票を集めやすい分、合理的ではあるんですよね……しかし、ヒロさんの方もそれを見抜くとは。どうやら今回集めた子、けっこう優秀な子たちが揃ってるみたいですねえ」
「はい。ヒロさんとはこれからも親しい関係でいたいですね。こんなことがもうないように気をつけなきゃ……」
「……メルル様、あんな目に合った上に、牢屋敷に黒幕が居るという話も出てきているのに、なんだかご機嫌なようですが……?もしかして、機嫌が良い理由は、その話の原因にもなったあの少女のことですか?」
「ええ……黒部ナノカさんについて、です。魔法の制約については詳細が不明ですが……ナノカさんの魔法が『真実を知る魔法』なら、大魔女様がどこの誰かが分かるかもしれません。それが分からなくても、大魔女様がいつ現れるのか分かる可能性もあります!……実際に黒幕はいますし、隠していた銃も見つけだしたので、ナノカさんの魔法の信憑性と正確性はかなり高いと思うんです!」
「そうですね。メルル様、どうしますか?ナノカさんについては、不明なことも多いですが……」
「……少しだけ、動きましょう」
「こんなに早くからとは珍しいですね。メルル様にリスクがありますが……」
「構いません。ナノカさんには、それだけの価値がありますから。では……今私が決めた手筈通りにお願いします」
「……やれやれ……また残業ですか。勘弁して下さいよ」
魔女の邪悪な企ては加速していく。少女たち全員を巻き込みながら。
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