百八十度ノ魔女裁判   作:ミズハ

32 / 35
第二章
新たな一歩


 目をあける。

 

 少しだけ背伸びをすると、ベッドから立ち上がり、地面に降り、軽く体操をする。

 腕や足を軽く動かし、自らに定めている体を温めるための、ストレッチのルーティンをこなす。

 世界に間違いがあってはならない。私にとっては、『正しさ』は何よりも重要であった。

 正しい生活を送ることができれば、正しい将来が待っていると私は常日頃から思っており、そう信じ続けてもいた。

 

 それなのに。

 

 周囲を何度見渡した所で、私が居るのは罪人を収容するための監獄だった。

 

 一晩経っても、心の痛みは完全に消えることはない。

 どこからともなく誰のものなのか分からない、少女が泣く音と、その少女を部屋で慰める声が聞こえてくる。

 

 時間がきて、ロックが解除される。私は小さく溜息をついて、部屋の外に歩みを進めた。

 

 私の指示で、レイアを除く全員が朝食を無理やり胃に流し込み、その後でラウンジに集まっていた。

 

 「みんな……昨日の今日であるというのに、話し合いに集まってくれて感謝する」

 

 私はまず、全員の顔を見渡して労いの言葉をかけた。

 

 (これは嘘偽りのない本音だ……私は、全員集まってくれるとすら想定していなかった)

 

 全員意気消沈としており、普段強気なアリサやココですらいつもより元気がない様子に見えた。

 

 (ほぼ二つの陣営に分かれての殺し合いになったと言っていい裁判に加えて……処刑がトドメだった。パソコンという外部との繋がりを持てる希望は私たちの目の前で打ち砕かれ、脱獄が成功した所で、その先にも未来はない……外の世界に大切な者がいる人間なら、なおさらダメージが大きいだろう)

 

 シェリーとノアというムードメーカーになり得る存在が一気に消えたことも、場に活力がない要因だった。

 

 (皆が気力を取り戻す方法を考えておくか……だがその前に、すべきことがある。私たちが現在踏んでいる、足元の足場の安全性の確認が最優先だ……優先順位を間違えてはいけない)

 

 私は場に響き渡る大声を出した。

 

 「ミリアとナノカの双方から、昨日のナノカの告発の件について事情聴取を行いたい……まずはミリアの言い分からだ」

 

 私はミリアの前に歩み寄った。ミリアの体は小刻みに震え、緊張し続けているようだった。ハンナが再びミリアを守るために私の前に立ち塞がろうとしてきたが、目線を合わせて目配せし、軽く頭を下げる。私はハンナに、事を荒立てるつもりはないと仕草で伝えた。

 

 「うう……おじさんのこと、詳しく話さなきゃだめかな……?」

 「……詳しくというほどでもない。私の質問に首を縦か横に振るだけでもよしとする」

 「えー、ヒロっち甘くない?どう見てもそいつ、後ろ暗いこと満々って顔してんじゃん」

 

 ココが頬を膨らませて不満を口にするが、私にはミリアを厳しく問い詰めるつもりはなかった。

 

 (ミリアには、私が懲罰房から出た際に庇ってもらった恩があった。それにハンナとミリアは、二人とも一番にシェリーの死を深く悲しんでくれた……こんな状況だ。私にも、情ぐらいはある)

 

 「改めて問おう。ミリア……君は、この牢屋敷の黒幕なのかな」

 「おじさんは、黒幕なんて知らない……!なんのことかも分からないよ!!」

 

 ミリアは手と首を激しく横に振って否定した。

 

 「……分かった。その件については、もう君に聞かないことにする」

 「二階堂ヒロ、明らかに怪しい人物に対して甘すぎるのではないかしら?」

 

 ナノカがミリアを睨みながら不満を口にしてくるが、私には考えがあった。

 

 「ナノカの魔法によれば、黒幕はゴクチョーや看守に指示を出している存在……しかし正体は分からない。その認識で間違いはないな」

 「ええ。だからこそ私は、中身が成人男性の佐伯ミリアが怪しいと思っている」

 「……恐らく、今まで収容してきた少女の数である囚人番号が三桁であることを踏まえると、性別や外見年齢をある程度自由に操作できる可能性がある魔法を保有している、ミリアは怪しい存在ではある。しかし明確な証拠があるわけではない……。ナノカと私がミリアに気を配ることで、とりあえずの手打ちとできないか?」

 

 (ナノカは、あまり周囲の人物の静止に耳を傾ける人間とは思えない。反発されるかもしれないが……)

 

 私はナノカの拒否を危惧していたが、ナノカからは意外な返事が返ってきた。

 

 「分かったわ。裁判の時にあった、謎の城ケ崎ノアの自白の件も気になる所だし……私が想定していないことが起きている可能性はあるもの。ただ……佐伯ミリアが怪しい素振りを見せれば、容赦はしないけれど」

 「そうか。これ以上ことを荒立てたくはなかったから助かるよ」

 

 私は頷きながら、内心で納得していた。

 

 (なるほど……マーゴの魔法がナノカの警戒心を高めていた……ならばナノカの視点で、黒幕が二名以上居る可能性や、黒幕の協力者がいると考えている可能性も想定できる……他の少女の動きも観察しているのか。そう考えれば、先日私へ情報を落とすことを提案したのも頷ける。お陰で手荒な事態にならなかった。マーゴには悪いが、これを利用させてもらおう)

 

 それはそれとして、全員の不満が高まる要因となっている他の問題は解決していない。私は更にミリアを問い詰めることにした。

 

 「では……もう一つ。ミリアの中身が成人男性である方については、どうなのかな?」

 「う……おじさんは……佐伯……ミリアだよ……?」

 

 しかしミリアは曖昧な返事をしてくるだけで、首を縦にも横にも振ることがない。

 

 「キモー!」

 「ッ……!こんなおっさんと一緒に居られるかよ!」

 

 ミリアの仕草におじさん臭さを感じたのか、ココが露骨に鼻をつまんでミリアから離れ、アリサは足音を荒げてラウンジから去ってしまった。

 

 「……ごめんね。みんな、気持ち悪いよね……」

 

 自分を中心とした混沌とした状況に、ミリアはうなだれてしまった。

 そんなミリアの隣に、ハンナは彼女を守るように立ち続けていた。

 

 「わたくしは、もうミリアさんを信じると決めました。ひとりぼっちのわたくしが見ていられなくて、ミリアさんはレイアさんたちから離れてわたくしの傍に居てくれたんです。ここでわたくしがミリアさんを見捨てたら、それこそ不義理というものですわ」

 

 ハンナの頼もしい宣言に、ミリアの瞳に再び涙が溜まる。

 

 「ハンナちゃん……!ありがとう……!」

 「でも、これからは近距離のコミュニケーションを控え目にいたしましょう……淑女として、節度を持ったお付き合いをお願いしたいですわ」

 「……え!?」

 

 ミリアが涙目でハンナに接近したものの、ハンナは顔を引きつらせている。

 なにやらショックを受けた様子のミリアだったが、こればかりは仕方がないと私も思った。

 

 少しだけ、場に穏やかなムードが戻り始めた頃合いを見計らって、マーゴが話しかけてくる。

 

 「それで……レイアちゃんに任せることができなくなった以上、新しいリーダーはヒロちゃんってことで問題ないかしら。こういうことは、この場でしっかり決めておいた方がいいと思うの」

 

 もちろん私には、立候補しないという選択肢はない。

 

 「ああ。新たに皆に行動方針を示す立場に、私を立たせて貰いたい」

 「そのコトなんだけどさー。あてぃし、まだヒロっちをリーダーにすんの、納得してないんだけど……そりゃ、レイアをリーダーにすんのは論外だけどさ……」

 「不満があるのなら、君もリーダーに立候補するか?私も誰かと高め合うのはやぶさかではない」

 

 ココが露骨に眉をひそめる。

 

 「……そこで譲るとかじゃなく、競い合うってあたりがヒロっち、マジヒロっちって感じだわー。あてぃしはそういうの向いてないから、パスで―」

 

 ココが嫌そうに手を振って追い払う仕草をしてくるも、私の表情は真剣だった。

 

 「……そうだろうか?私は配信者のココには、リーダーとしての素質自体はないわけではないと思っているんだけどね。それに、私は実は、ココには謝ろうと思っていた」

 「え、どしたんヒロっち。キッショ」

 

 私は真顔になったココのストレートな暴言に一瞬頬をヒクつかせたものの、無視して言葉を続けた。

 

 「レイアも、ノアも……正しくない手段を使って有名になった人間だった。

となるとすると、純粋にイカサマなしでの正しい手段を使ってインフルエンサーをしていた人間は、ココだけになる。それなのに私は、偽物にのみ気を取られてココの配信をまともに見ようとすらしなかった……深く反省しているよ。私を、許してくれないだろうか?」

 

 「え?え……?」

 

 目を白黒させながら私の謝罪を黙って聞いていたココは、我に返ったようで呟いた。

 

 「うん。それはいいけど……。これ……もしかして、あてぃしの時代きちゃった?」

 

 (こいつ……調子に乗り始めたな……まあいい。都合がいいから、今は目をつぶろう)

 

 私はココに呆れながら、提案をし始めた。

 

 「元々、伝達事項を伝えることもできる配信活動には興味を持っていた。娯楽が少ない環境でもある……新たなリーダーの私に、配信者の先達として色々とご教授頂けないだろうか?」

 

 「り、リーダーのヒロっちが、あてぃしを頼る……!」

 

 下を向いてブツブツと考え込んだココが、カッと私を見て、大きく自身の胸を拳で叩いた。

 

 「うむっ!新リーダーよ!超有名人気配信者のあてぃしに任せてくれっ!」

 「ああ、これからよろしく頼む」

 

 (こいつ、分かりやすいな……)

 

 「ヒロさん、えげつねーですわ……」

 

 私の人身掌握の手法を見て、後ろからハンナが引いたように呟いた声が聞こえた。

 

 しかし場の空気は、私たちがラウンジに来た時のどんよりとしたものから、少し白けたような、穏やかなものへと変化していた。

 

 「と、とにかくみなさんが、落ち着いたみたいでよかったです……!」

 

 ずっと心配そうな様子で私たちを見守っていたメルルも安心したようで、ようやく笑顔がこぼれたようだった。

 

 (まずは一歩……。今の私たちは、希望を失っている状態……空元気であっても、まずは笑うことが大切だ。その上では、ココの配信という手段は悪くない。具体的に私たち全員がこれからどうするかの方針を私が指示するのは、その後だ)

 

 私の決意と、ココの明るい笑い声と共に。

 新たな牢屋敷の日々が、スタートする。




閑話は後のお話なので、無言のアンアンはこっそりヒロに殺意の眼差しを向けています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。