百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
不機嫌な私と機嫌が良さそうなマーゴは、まず中庭に向かった。
「アリサちゃんは、中庭に居ることが多いみたいね。外の空気を吸うのが好きなんでしょう」
「さて、うまく出会えればいいが……私にとっては、あまり長居はしたくない場所だ」
私とマーゴが中庭に足を踏み入れて奥までアリサを捜索すると、壁際の木々の隙間からアリサが私たちを睨んでいるのが見えた。
「今日もご機嫌斜めのようね、アリサちゃん♡」
「なぜ嬉しそうなんだ……君は人の不幸を餌にする妖怪かなにかか?」
「あら、失礼しちゃうわね。私たちがカップルなら、これで破局してるわよ?」
「まだデートという設定は続いていたのか……あいにく、君とカップルになる予定はない……その調子を続けて、無意味にアリサを刺激することのないように」
「ごめんなさいね……ヒロちゃんの反応が面白いものだから♡」
私とマーゴは言葉の拳を互いにぶつけ合いながら、アリサの元に歩みを進めた。
「二階堂に、宝生か……おめえら、仲が悪かったんじゃねえのか?」
「そうだったのだけれど、ヒロちゃんがとても魅力的だったものだから仲良くなることにしたの」
「……マーゴに私が振り回されているだけだ。リーダーとしては恥ずかしい話だが」
少し毒気が抜かれて警戒心が下がっていた様子のアリサだったが、私のリーダーという立場を誇示するような言い回しが癪に障ったのか、過剰に反応して睨んできた。
「気に食わねえな……そのリーダーが、ウチにお説教でもしにきたのかよ」
「アリサと親睦を深めようと訪れただけだ。他意はない」
この言葉に嘘はない。私から避けるように動いているアリサの様子を知りたかったのは本音だった。
しかしアリサは、私を信じる気にはならないらしい。
「ふん、どうだかな……おめえらの発言は、どうも嘘くせえ……正直、ウチから見たらリーダーとしての胡散臭さだけなら、二階堂も蓮見も変わんねえよ」
「……君にとやかく言われる筋合いはないな。むしろ誰がリーダーなら、君は納得できるんだ?私からしてみれば、誰がリーダーであっても君は歩み寄る気がないように思える」
「……だからいつもおめえらに言ってんだろ、優等生って」
睨み合う私とアリサの間に険悪な空気が漂いだしたが、ここでマーゴが割って入った。
「威勢はいいようだけど……本当はアリサちゃんも、分かっているのではないかしら。
アリサちゃんのような人間ばかりなら、みんなが困る。社会に必要なのは、あなたよりヒロちゃんの方だって」
「宝生……喧嘩を売ってんのなら買ってやるよ」
良いのか悪いのか、アリサの怒りは私からマーゴに移ったようだった。
(余計に挑発してどうする……)
私は話し合いが終わることを恐れていたが、なぜかアリサの怒りは先ほどより少し収まったようだった。
その時だった。アリサは無言で自身の両手を、私やマーゴに見せるように差し出してきた。
私とマーゴは息をのんだ。
(アリサの爪の半分ほどが、黒くなってきている……!)
「……寝て起きて気分が少し良くなっても、これ以上は元に戻らねえ。魔女化ってのは、病気みてえに進行するみたいだな」
「……ある程度進めば、強い殺人衝動が起きる。早く手段を考えなくてはならない……!」
「自分で分かる……多分、遅らせるのが精一杯でどうにもならねえよ。この分じゃ、一番先に自然に魔女化するのは、ウチかもな」
自嘲するように呟くアリサに、私もマーゴも言葉が出なかった。
(精神が強いアリサなら平気だろうと楽観視していたが……甘かった。二度の懲罰房の拷問は、確実にアリサの心を蝕んでいた……!)
「アリサちゃん」
「……アリサ」
容態を目にしても名前を呼ぶことしかできなかった私とマーゴに何を思ったのか、アリサは私たちから背を向けた。
「気持ち悪いから、同情なんてすんな。ウチが魔女化したら、多分ウチが最初に殺すのは、蓮見だ……せいぜいおめえらは、その間に逃げてろ」
アリサは、振り返ることなく歩いて行く。
「……行きましょう、ヒロちゃん。私たちが今のアリサちゃんにできることは、もうあまりないのかもしれないわ」
マーゴが私にこの場を去るよう促してきたが、私は去っていくアリサの背中に声をかけた。
「君は私にとって問題児だが……私は、君の敵のつもりはないよ。裁判では助けられた」
「……うぜぇんだよ、優等生」
私は木陰の中に消えていくアリサの横顔に、少しだけ笑みが見えた気がした。
「……アリサちゃんが不良のように振る舞っているのって、誰かに注意されたいからなのかもしれないわね。全く合理的じゃないし、私には分からない世界だけど」
「……私も共感はできないが、そういう人種がいることは把握している……今回はマーゴの観察眼に助けられたようだ。アリサは普段は一人でいる方が気楽なようだし、この会話で魔女化の進行を少しでも抑えられたのならよしとしておこう」
「そうね。どう?私は頼りになるでしょう、ヒロちゃん♡」
「悔しいが認めよう。この調子で頼む」
私とマーゴはその場から去ろうとしたが……私はふと、中庭の地面にわずかな影を作っている要因になっている、二階のベランダのような出っ張った場所が気になった。そのベランダの下には、アリサが仕掛けた寝るためのハンモックの網がある。
「確かあのベランダがある場所の空間には、部屋はなかったはずだが……」
「魔女図鑑では、空白の場所ね。興味深いわ♡もしシェリーちゃんがいたら、壁を破壊して謎が解けたかもしれないけれど……」
「現状ではどうにもならないな」
私たちが諦めて中庭から出ようとすると、入り口のところで、中庭に入ってきたメルルとハンナに出くわした。メルルとハンナはハーブもしくは食用になる野草取りでもするつもりなのか、小さな籠を持っている。
「あ……ヒロさん!マーゴさんも……!」
メルルは私たちを発見して柔らかい笑顔を見せ、ハンナは瞳を輝かせている。
「メルルさん、実はこのお二人、デート中なんです。もしかして、わたくしたちお邪魔だったかしら……?」
「逢引きですか……?とっても素敵です!」
「違う!言いふらすのをやめろハンナ、メルルも古風な言い回しをするな……!」
ハンナがメルルに余計なことを吹き込むせいで、メルルの瞳までハンナのように輝きだしている。
皆年頃の少女だけあって、他人の恋愛事には興味津々なのだろう。
「マーゴ……君の口からはっきり否定してくれないか。これからもこの調子のようでは、他の者との会話に会話に支障が出る」
「分かったわ♡二人とも、デートというのは私の冗談よ。二人でみんなの様子を見て回ろうと思っていたの」
これ以上の悪ノリは流石に私に怒られると感じたのか、マーゴは正直に私たちの目的を二人に話した。
(最初からそうしてくれればいいものの……引き際の見極めだけはやたらとうまい)
私はマーゴのしたたかさに呆れながら、ハンナに問いかけた。
「……ココたちと別れたようだが、ミリアの様子は大丈夫かな」
「ええ。もうミリアさんはみんなから受け入れられているようですわ。今ならわたくしが近くに居なくても、みんなから怖がられない……ヒロさんのおかげですわね。わたくし、ヒロさんには感謝してますの。あ、ありがと……ですわ」
「どういたしまして」
頬を染めながら拙い言葉で感謝を送ってくるハンナに、私も自然と頬が緩む。
「……わたくし個人も、もっとヒロさんとお話したいと思っています。その……応接室でヒロさんとお話することは、できますの?」
無意識なのかもじもじとして髪をせわしなくいじりながら、ハンナが問いかけてくる。
(わざわざ、二人きりの場所で……?だが、悪い企てなら他に人がいるこの場面で話す理由は薄い。私に相談したいことがあるのかもしれないな……まあ、ハンナは純粋な人間だ。単に仲良くなりたいというだけで、私の杞憂の可能性も高い。問題ないだろう)
「……構わないよ。なんでも話すといい」
「ではいずれご連絡して、お邪魔させていただきますわ」
「ヒロさんがリーダーになってから、みなさんの結束が深まった気がします。
これもきっと、ヒロさんのおかげですね……!」
笑顔の私とご機嫌なハンナに、メルルもほんわかとしたようだった。
「メルルも、ココの配信活動に協力してくれてありがとう」
「い、いえ……!わ、私、お友達と配信なんてことをしたことがなくて……とても素敵な思い出になりました。ヒロさん、ハンナさん、ありがとうございます。この記憶は、私の大切な宝物です……!」
そこまでメルルに喜ばれると、私も悪い気はしない。
「メルルが喜んでくれたのなら、私も嬉しいよ。また配信に協力してくれると助かる」
「わたくしも出演しますわよ。ココさんとの修行の成果を見せてやりますわ」
「あら、私は蚊帳の外かしら?お仲間に入れてちょうだい♡」
「……君は配信に興味がなかっただろうに。止めはしないから、ココに話を通すこと。いいな?」
「こ、ココさんなら……マーゴさんも、受け入れてくれると思います!」
「それじゃあ、考えておくわね♡」
それから少しの間私たちは四人で楽しく雑談をしていたが、自由時間には限りがあるのでそろそろ私は切り上げることにした。
「久々に楽しい時間だったよ。野草取りの邪魔をしてしまったようだから、私とマーゴはこれにて失礼する」
「メルルちゃん、ハンナちゃん、またお話しましょう♡」
私たちは中庭から去ろうとしたが、メルルが何かを思い出したようにあっ、と呟いた。
私は少し、そのメルルの仕草が気にかかった。
「どうかしたのか?遠慮なく言ってくれていい」
「ヒロさんとマーゴさんは、これから全員にお会いするんですよね……?それなら、最近のアンアンさんのことをお伝えした方がいいと思いまして」
「……そうだな。アンアンについては正直、私もどう接していいものか困っている。僅かな情報でもあれば助かるのだが」
私は瞬時に気持ちを切り替えて、真剣な顔に戻った。メルルも私と似た表情をしている。
「そ、その……アンアンさんなんですが……少し前まで体調を崩し気味だったんですが、最近は容態が落ち着いてきました。でも……具合が悪い時に、私からの看護を拒否するようになってしまったんです。何度か医務室から、追い出されちゃいました」
「理由は……おおよそ推測できるな」
「はい……きっと今は裁判で争った私や、ヒロさんのことを強く恨んでいると思うんです。なので今のアンアンさんと接触するなら、ヒロさんも気を付けたほうがいいと思います」
「一度心を許した分、仲違いをした際の反動は大きい……私も、覚えがある」
(私のこれまでの人生にとっては覚えしかない、と言った方がいいか……)
一瞬だけよぎった後ろ向きな思考に私は蓋をして、アンアンのことを考える。
「もうアンアンは、私とスケッチブックですら会話をしてくれない。私から声をかけても顔を背けられている始末だ」
「……どうやら、私が間に入るしかないようね」
「とても楽観的には考えられないな……今のアンアンにとっては、マーゴも敵に見えているかもしれない」
「……アンアンさんを放っておく、という選択肢をとるつもりはありませんの?」
黙ってやりとりを聞いていたハンナも不安になってきたのか、会話に混ざってきた。
今からアンアンに会いに行く私とマーゴのことが、心配になってきたらしい。
「心配は嬉しいが……これは、リーダーとしての今の私が向き合わなければならない問題だろう。アンアンの魔法の特性上、私に本気で殺意を抱いた場合に他の少女への二次被害が起こる恐れもある」
「う……それは、あまり想像をしたくありませんわね」
アンアンに洗脳される想像をしてしまったのか、ハンナの顔色が青くなった。
「それにもう私は、後悔を残さない選択を選びたい……リーダーは、下の者から恨まれることも仕事ではある。嫌われても、先に立って歩き皆に道を示す役割……それが、長というものだ」
「ヒロさん……」
私の壮絶な覚悟に、メルルが息を飲む。ハンナも私のどこか弱気な珍しい心中の吐露に、驚いているようだった。
「ヒロさん……初めて牢屋敷でお会いした時から、だいぶ変わりましたのね」
「……人前でする話ではなかったな。私は、ハンナの目から見てそれほど弱くなってしまっただろうか」
「少なくとも、最初の尖り切ったヒロさんが素直にわたくしたちの前で弱みを見せることは、想像ができませんでしたわね……少し前までのヒロさんなら、何が何でもアンアンさんを正そうとしたように思えます。でも、わたくしにはあなたが強引に仕切っていたころよりも……今のヒロさんのネガティブさと頼りなさが、なんだか少し心地よいですわ」
私はハンナの私への意外な評価に、少し驚き思わず苦笑してしまった。
「リーダーとしてはどちらも好ましくないことだ。褒められている気がしないな……」
「ヒロちゃんも、ヒロちゃんから微妙な評価を貰った私の気持ちが分かったようね♡」
「意地悪だな君は……それでは、今度こそ失礼するよ」
「は、はい!良い報告を待っています!」
「……アンアンさんとの和解、うまくいくといいですわね」
控え目に手を振ってくるメルルとハンナと別れて、私とマーゴは医務室に向かうことにした。
(アンアン……私は君と、どう向き合えばいいのだろうか)
約束を破ってしまった、裁判では敵として追い詰められた少女への気持ちに、私は思いを巡らせる。
「……もしアンアンちゃんがヒロちゃんに危害を加えるようなら、私はヒロちゃんの側に付くわ。二人で協力しましょう。安心して、ヒロちゃん」
隣で歩くいつになく真剣な表情のマーゴが、少しだけ私にとっては頼もしかった。