百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
行動パターンが明確ではないナノカの居場所を掴むことは難しいので、私とマーゴは医務室を出てすぐに、人がよく集まる場所である近くのラウンジに向かった。
ラウンジではまだココとミリアが配信の練習をしていたので私は声をかけようとしたが、流石にこのまま話しかけた場合に、また余計な一手間が増えることを学んだのか、マーゴが先に動いてくれた。
「ただいまココちゃん、ミリアちゃん♡少しヒロちゃんたちをからかってしまったけれど、牢屋敷のみんなの見回りは残り僅かになったわ♡」
「デ、デートじゃなかったんだ……!まあ、おじさんは二人に限ってそんなことはないと信じてたんだけどね……!うんうん!」
「いやいや!さっきはおっさんが一番はしゃいでたし一番キモかったじゃん。つかデートって嘘なんかよー。せっかく次の配信のネタになると思ったのに」
慌てて焦りながらわざとらし気に視線を私たちから逸らすミリアと、ゴシップを期待していた不満が表情に出ているココを相手に、私は思わず額を押さえた。
「私は最初から否定していたのだが……まあいい。誤解が解けたのならなによりだ」
(ミリアとココ……この二人とは最近共に過ごしているが、特にメンタルが不安定になっているようには見えない。ミリアも皆に受け入れられつつある……。相談の連絡先は送っているから、もし二人が悩みを抱えていたとしてもそこに送ってくるだろう。つまり精神状態の確認という観点では、二人と特に話すことがないな。もうこの場を後にしてもいいが……)
私はココに探るような視線を向けた。
「なになに、どしたんヒロっち?」
ココが機敏に反応して怪訝な反応を見せる。一瞬盗み見ただけなのに、素早く反応されたことに私は内心少し驚いていた。とはいえ配信者として、他者の視線には敏感なのかもしれないとすぐに推測することはできた。
(しいて言うのなら、先ほど手掛かりのようなものをこぼしたココの魔法が気になるぐらいか。だがこの場に居るのは私とマーゴにミリア……全員、魔法の詳細を伏せている人間だ。この場で魔法について聞き出すのは得策ではない……また別の機会にでも探りを入れてみよう)
私は今後の行動について計画を立てながら、ココに適当な返事を返した。
「いや……ココのデリカシーのなさに呆れていただけだ」
苦言を呈した私に、ココが苦々しい表情をする。
「いっとくけど、ヒロっちもかなり毒舌だかんな?」
「心外だな。私は正しい行いのために、問題児を矯正しているだけだ」
「うげー。あてぃしは聞き飽きたから、もうそれパスで」
「嫌そうな顔をせずとも、もう君に注意をするつもりはない。ここ数日、配信活動を見てきてある程度ココの振る舞いは、配信業に必要になるメンタルだと君から教われた。どんなことであれ、先達には従い敬意を払うのが正しい私の在り方だ」
(この絶望的な状況で、ある程度配信が皆の心の支えとなれているのなら、猶更だろう)
私が理解を示すと、ココは途端に機嫌良さげににんまりと笑った。
「だいぶヒロっちも配信の良さが分かるようになってきたみたいだし、もっとあてぃしを褒め称えて宣伝しろよ?」
「そうだな、次にゲストとして出演する時に改めて配信のメリットを視聴者に伝えておく……過剰に褒め称えはしないが」
「おじさんもしっかり宣伝するよー!」
ココやミリアは次回の配信に向けて張り切っているようだが、マーゴは薄い笑みを浮かべたまま会話に入ってこない。先ほどの中庭での、皆の配信に参加するというやり取りは、マーゴにとっては乗り気ではなく社交辞令に過ぎないのだろう。
マーゴの性格上、積極的にこのようなものに参加しないことには違和感がない。
ミリアが少し躊躇いながらも口を開く。
「えっとその……ヒロちゃんとココちゃんのおかげでさ、みんなおじさんのこと、あんまり怖がらなくなったから……二人ともありがとうね」
「まあそらそうっしょ。おっさん、黒幕どころかどう見ても虫も殺せなさそうだし」
「ハンナからも、君のことで礼を言われたよ……節度を守れば、誰も君に文句は言わない。これからも他者への距離感にだけは注意するように」
「は、はい……!」
ミリアはなぜか敬礼して、体を震わせていて挙動不審だ。
(なぜそこで緊張するんだ……今後が少し不安だが、まあいい)
私は他に、二人から聞いておくべきことを思い出した。
「最近孤立し気味なアンアンについて、君たちは何か知っていないか?些細なことでもいい」
(私との確執を抜きにしたとしても……アリサやナノカは自分から一人になることを選んでいるがアンアンは望んでそうなっていない。孤独に耐えられるようにも思えない。不満を抱えているかもしれない。やはり、この現状は気にかかる)
「あー、ヒッキーについてね……」
私の真剣な表情を見て、渋るようにココが口を開く。そのココの仕草には彼女らしい快活さがなく、どこか私にアンアンの情報を伝えることを躊躇っているように思えた。
「どうやらメルちゃんから聞いた話だと、こっそり懲罰房のレイアに毎日会ってるらしいんだけど。あてぃしには、正直あいつがなにを考えてるのかわかんないわ」
(なんだと……!)
私はココの暴露に目を見開くと同時に、冷たい汗が頬を流れていった。アンアンとレイアが人目を避けるように密会をしているのだとしたら、二人が何を企んでいるのか分かったものではない。
(懲罰房で毎日拷問されているレイアが私たちを恨んでいるとしたら……最悪、レイアが間接的に、また新たな殺人事件の火種となるかもしれない……!)
私と同じ考えに至ったのだろう、ここでマーゴがおもむろに口を開いた。
「ヒロちゃん……レイアちゃんに会っておく必要ができたんじゃないかしら?」
「……そうだな。この後に向かうとしよう」
(メルルが中庭でこのことを私に伝えなかった理由は少し気にかかったが、この話を聞いてしまえば、アンアンとまともに話ができなかった可能性も高いか……配慮は正解だっただろう)
私は覚悟を決めた。
「ココ、ミリア……私とマーゴは、レイアがアンアンに何を吹き込んだのか確認するために、懲罰房のレイアに会いに行くことにする」
私が二人に告げるとミリアは少し慌てて、ココは深く息を吐いて私を睨んできた。
「え……!?」
「まあ、しゃーないか。でもレイアに絆されたりすんなよ?あいつは殺人鬼なんだからさ!」
吐き捨てるように語尾を荒げながら念を押してくるココに、私はレイアへの殺意を返した。
「私がレイアに絆されるなどありえないから、安心していい……むしろ、私が皆の中でレイアの死を一番願っている自信すらある。……叶うことならば、この手で命を奪いたくなる程に」
「ヒッ……!」
ミリアの喉から、か細い悲鳴が飛び出す。きっと今の私は、恐ろしい般若のお面のような顔をしていたのだろう。
「……ヒロちゃん、ミリアちゃんが怖がっているわ」
マーゴが私の昂ぶりを諌めるかのように肩をトントンと軽く叩いてくれて、私は我に返る。殺意が霧散し正気に戻った。
「……これで私のレイアへの殺意は理解できただろう。君たちに告げた理由は、むしろ安心してもらうためだ。アンアンの件がなかったとしても、レイアが懲罰房から解放されるまで拷問を耐え抜くかどうかは、いずれ自分の目で確認しておかねばならなかったからね」
「……まあ、勝手にすればいいんじゃねーの?」
「……おじさんからは何も言えないけど、どうしておじさんたちにこの話をしたかは分かったよ……もちろんおじさんはヒロちゃんがレイアちゃんと会ってもヒロちゃんとマーゴちゃんを疑ったりなんか、絶対しないけどね」
(賛同はしてくれないが、行動を止められることもなくなったようだ。ある程度の理解が二人から得られたのだろう。あえて宣言しておくことによって、互いに安心感が生まれる)
「それでは失礼する。会話の内容次第では、レイアとの話の内容を皆に伝えるかもしれないから覚悟しておくように」
「だから何目線なん……って、そういえばヒロっちもうリーダーだったんか……しかも最後はあてぃし推薦だった……めんど……」
「……おじさんたちはしばらくラウンジに居るから、何か起こったらいつでも来ていいからね」
「分かったわ♡二人とも、頼りにさせてもらうわね♡」
頭を抱えているココと不安気なミリアをラウンジに置いて、私とマーゴはレイアが拷問されている懲罰房に向かうことにした。