百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
執筆のモチベ上がりました、気持ちのプレゼントとお祝いとしてどうしても今日投稿したかったです。
私とマーゴは、レイアが捕らえられている懲罰房の前へとやってきていた。
幸いにも看守は不在のようだ。常に拷問を行っているという訳でもないらしい。
(……レイアの拷問にかかりきりなら、牢屋敷の清掃や見回りもできないはず。しかし今の所、問題は起きていないようだ。魔女ということを抜きにしても、看守は謎が多い存在だ……いや、今はいいか)
私は看守の未知数な普段の生態について考えるのをやめ、人の頭のみ入る鉄格子の窓から十字架に磔にされてぐったりとしているレイアを覗き込み、睨みつけた。
レイアも私とマーゴに気付き、ニヒルな笑みを見せる。
「やあ。喜ばしいお客様が来たようだね。マーゴくん……そしてヒロくん。わざわざ敗北者の顔でも見に来たのかな?」
私には、自分の殺意を押し殺せている自信が全くなかった。それ程までにドス黒い泥のようなものが、私の心に堆積していっている。
その一方で、顔の皮膚は拷問の影響によるものか所々剥がされ、生々しい傷跡がくっきりと残っているというのにも関わらず、レイアの美貌は恐ろしいことにどこか増しているようにすら思えた。
(魔性……か。この色気で惑わせ、数多の少女を踏み台にしてきたのだろう)
私の殺意は膨れ上がり続けていたが、破裂する前にかろうじて止まった。
隣にはマーゴが居る。
「生憎、私は今の君と違ってやることが山ほどある。私情を生活に挟む暇などない」
「つれないね……私にとっては初めての体験の連続で、息が詰まりそうだというのに」
「そのまま詰まってもらえると、私としては今後の労力が減るのだが?」
私のストレートな罵倒にもレイアは堪えていないようで、薄い笑みを崩さなかった。
「……ヒロくんには本当に、驚いているんだよ。私がここまで打ちのめされることなど、生涯ないと思っていたからね。私は今まで、人生を賭けた大きな勝負で負けたことはなかったから。どんな挑戦にも最後は成功し、逆に私への挑戦者は跳ねのけてきた」
「……おかしなことではないだろう。私の生き様も、そうだったというだけのことだ。ならば敗者は、勝ち続けている者の中からも出る。だが……芸能界の瑣事と人殺しを一緒にするな……!」
どれだけ唇を噛み怒気をレイアにぶつけても、暖簾に腕押しだ。
むしろレイアは、どこか喜んでいるように見える。
「やはりヒロくんと私は似た境遇だったのか……嬉しいね。しかし激情を露わにするなんて……私を前にキミは自身の感情を自制できないと分かっていただろうし、自ら出向いてきておいて理不尽じゃないかな?用件をさっさと言ってくれないかい?」
マーゴが口を開く。私が問いただした場合よりも、聞き出せる可能性が高いと判断したのだろう。
「私たちは孤立気味のアンアンちゃんが、よくここにレイアちゃんを見に来ているという情報を得たから、あなたに探りを入れにきたの♡」
「……もうすぐ死ぬ君が、アンアンによからぬことを吹き込んでいないかと心配するのはおかしなことではあるまい」
私達の詰問を受けたレイアは、なんと朗らかに笑ってみせた。
「なんだ、そんなことだったのか!」
手が拘束されていなければ、腹を抱えて笑っているかもしれないとすら思える様子だ。
私にはレイアの、先ほどからの得体の知れない余裕の様子が、かえって不気味に見えた。
「私だって、アンアンくんが毎日ここに来ていて困っている所だったんだよ。私は、むしろキミたちと同じく、私から遠ざけたほうが彼女のためになると思っていたからね。……アンアンくんには、罪はないのだから」
(……自らが起こした行動とそれによる今の立場について、最低限の自覚はあるのか)
「ヒロくんのことだから、もう私に代わってリーダーとして皆に認められているんじゃないかな。ヒロくんが新たなリーダーなら、私は安心だ。アンアンくんも懐柔したいのならば、やってみるといい」
「……君に言われるまでもない。何を企んでいる?」
(やはり……こいつは危険だ)
拷問を受けて、おそらく食事もまともに摂れない極限状態でありながらも、レイアは冷静に、鉄格子の奥からギラついた眼光で私を見透かしているようだった。
私は動揺を悟られないようにしながらも僅かながら、身震いを抑えることができなかった。
( まるで……今のレイアは猛禽類。それも頂点。鷲のようだ)
「ヒロくんにとっては残念だけれど、私はこの拷問で死ぬ気はないんだ。今の私には、やらなければならないこと……確固たる目標があるからね」
「……その言い草では、私達にその覚悟の中身を話すつもりはないようだな」
「ご明察……とにかく、アンアンくんと私の会話の内容は心配しなくてもいい。他愛のない話ばかりだ。きっと彼女は今、寂しいのだろうね」
「私にも、今のレイアちゃんの目的をお話するつもりはないのかしら?」
「……意味がないね。キミに私の目的を話すということは、ヒロくんにも目的を話すということだろう?私は数日で死ぬ可能性が高い。交渉は、互いの信用が最低限保障されていないと成り立たないんじゃないかな」
「そうね、間違っていないわ♡」
「……これ以上、君を問い詰めても無駄なようだな」
マーゴは少し喜んでいるようだったが、私は小さく舌打ちした。
(……レイアは全く信用できないが、アンアンがこれからもレイアに会うことを止めるのは、現状では困難なのは変わりない……か。どうしたものか……それにしても……主目的ではなかったが、今のレイアの状態を確認できたのは収穫だった。半ばとも言えるこの時間でこんな精神状態を保てているのなら、開放されるまで持つ可能性が高い)
私は挨拶すらせずに、レイアから背を向けた。マーゴも黙って私についてくる。
遠ざかる私たちの背中に、レイアは歌うように呼び掛けてくる。
「どうかヒロくん……キミはそのままでいて、決して私を許さないで欲しい」
「言われるまでもないよ。無事に懲罰房から戻れると思えないことだ。君が解放された所で、居場所はどこにもない」
(そうだ……人の壊れ方も……壊し方も、私は知ってしまっている……エマが今の私を見たら、なんて言ってくるだろうか)
一瞬頭に浮かんだ幼馴染の顔を頭の中から消して、私はマーゴを連れて懲罰房から立ち去った。
(さて……後牢屋敷の少女の中で遭遇していないのは、ナノカだけか。行動の予測ができないが……どうしたものか)
ぷつり。と。
私の試案は唐突に途切れる。
「ねえヒロちゃん、少しいいかしら?怪しまれるかもしれないと分かってはいるのだけれど……」
「ヒロちゃんにどうしても、聞いておきたいことがあるの♡二人きりで密談ができるような所を知っているのなら、場所を移せないかしら?ヒロちゃんが思いつかないのなら、私が場所のアイデアを出してもいいけれど♡」
目を見開いた。少しだけ、膝が曲がる。マーゴが何を考えているのか、今の私には見当がつかなかった。