百八十度ノ魔女裁判   作:ミズハ

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安らぎと不穏

 私とシェリーは、医務室に向かっていた。

 

 「ぶー!せっかくあのバルーンと話せるチャンスでしたのに……しかも!絵を描いている途中でしたよ途中!」

 「……まだ言っているのか。……そもそも自由時間だ、私に拘束する権利はない。戻りたいのなら止めはしないよ」

 「いえ、このままヒロさんについていきますよ!面白い匂いがプンプンしているので!」

 「ならば、この話題をむしかえすのはやめておくことだ」

 「はーい」

 

 シェリーが不服そうに私に了承をするのと共に、医務室に到着する。部屋に入る直前、ミントのものだろうか、軽い清涼感のある匂いが鼻をついた。

 

 私とシェリーが中に入ると、そこにはベッドに寝ているアンアンと、アンアンを看病しているメルルがいた。どうやらメルルは、冷えた小さなタオルをアンアンの額にあてているようだ。

 

 (メルルが居る可能性が高く、また、ノアの話を聞いた結果、この部屋の状況を確かめたくて医務室に来たわけだが……アンアンは朝に食堂で食事をとった後、体調を崩したのか)

 

 メルルとアンアンが私たちに気付いて視線が合ったため、私はなるべく威圧感を消し、アンアンが負担に思うことがないように、少しだけ小声で話を始めた。

 

 「すまない、失礼するよ……少し君たちと話がしたくてね。アンアンの具合が酷いようなら、私たちは邪魔になるかもしれないし退出することも考えるが」

 「わ、私は大丈夫です……アンアンさんに負担がないのであれば、問題ないかと。

 ……大丈夫でしょうか。どうか気を使ったりはしないで下さいね、アンアンさん」

 

 アンアンは私とシェリーをしかめ面で軽く睨み、一度大きなため息をついた。

 ペンを服から取り出し、ベッドの横に吊るしておいた小さなホワイトボードを膝に引きずり上げて、意思を伝えるために文字を書き始める。

 

 【問題ない、早く要件を言え】

 

 「……そうだね、じゃあ早速本題に入らせてもらおうか。

ノアから聞いたよ。私が暴れた結果、きみの体調が悪化したと聞いた。

……すまなかった」

 

 

 私は静かに、ベッドに横たわるアンアンに頭を下げた。よくよく考えれば私が生み出したあの惨状の結果、トラウマになる者が出てもおかしくはなかった。私の視野が狭かったともいえる。

 

 アンアンはスケッチブックの文字を書いてはめくり、書いてはめくりペンをはしらせていく。

 

 【そもそもわがはいは、元々病弱だ】

 【食堂の時点で、わがはいはもうヒロを許している】

 【ハンナはいまだにヒロとシェリーを怖がっているようだが】

 【ノアが匂いのきつい絵を描いた時に、わがはいが部屋にいなかったのが幸運だった】

 

 「……おかげでノアと仲良くなれた」

 

 アンアンは、最後の感謝だけ声を出していた。彼女にとってはそれほど重要だったのだろう。

 

「……そう言って貰えたなら助かるよ。不幸中の幸いといったところかな」

 

 私とアンアンは見つめ合い、互いに頬が緩む。

 

 ……正直、ノアから状況を聞いた時点でアンアンから強く責められる覚悟はしていたので肩の荷が下りるのを感じていた。

 

 「ヒロさん!アンアンさん、全く気にしていなくてよかったですね!」

 【全く気にしていない訳ではないぞ】

 

 喜ぶシェリーと、そのシェリーに対して少し怒った様子のアンアン。

 穏やかな時間が流れたが、私にはまだアンアンに伝えなければならないことがあった。

 

 「ノアが、アンアンの部屋を独占して、絵を描いていることについてもいいかな。きみが許可を出したと聞いたんだが」

 

 シェリーと騒いでいたアンアンが、ピクリと私の言葉に反応し、途端にばつの悪そうな、後ろめたいことがあるような表情になる。

 

 【わがはいも悪いことをしているとは感じている】

 

【最初は嫌だったが、ノアが楽しそうに、スケッチブックに勝手に描いた絵を見せてくれて】

 【ノアに甘えてしまった。ノアを甘やかしてしまった】

 

 【他の連中も、迷惑に思っているだろうな】

 

 

 どうやら私が指摘するまでもなく、ノアが刺激臭のする絵を描き続け、アンアンが医務室を利用し続けているこの状況が健全ではないと、アンアン自身薄々思い続けていたらしい。

 

 ならばと私は責めることなく、穏やかに口を開いた。

 

 「どうするんだい、アンアン」

 

 アンアンは一旦ペンをベッドにおいて考え込んでいたが……。

 数十秒後、どこか観念したように、再び筆圧薄く書き始めた。

 

 【……少しだけ、時間をくれ】

 【どちらにせよメルルの見立てでは、わがはいの体調はしばらく安定しないようだ】

 

 「三日後に、レイアとノアと話しあう。そこでわがはいとヒロとノアとレイア。全員が納得できるまで議論だ」

「譲歩をし、落としどころを見つけるということだね。私も同席していいかな。私がまいた火種だ、無関係、無責任でいるつもりはない」

 

 【無論問題ない】

 「助かる。この取り決めは全員に伝達しておくことにするよ」

 

 結論が出て会話に一区切りがついたところで、私は先ほどの会話の中で気になった点を指摘する。

 

 「それにしても……アンアン、きみは普通に話すことはできるんだな」

 【わがはいの魔法は軽度の洗脳だ】

 

「……洗脳、だと?穏やかではないな」

 

 【勝手に発動してしまうことがあり、言葉を話すことは控えている】

 【先ほどの約束を口に出したのは、自己暗示のようなものだ】

 

 アンアンは躊躇うことはなく、あっさりと私に魔法を打ち明けた。

 

 (少しは、信用されていると思っていいのかな)

 

 「なるほど……納得ができたよ。皆のことを考えて口を開いていないのならば、そのままでいいだろう。……勿論喜ばしいことではないが、その配慮は正しい。素晴らしいことだ」

 

 「……!」

 

 アンアンは少しだけ頬を赤らめ、呆けた様子を見せる。

 そして汗をかきながらいそいそと、焦った様子でペンをはしらせた。

 

 【ヒロは少しだけレイアに似ている所があるな】

 「……そうかな?そうであるといいのだが」

 

 アンアンの指摘は、内心私も感じていたことであった。

 こちらもアンアンのように、少しだけ平常心を乱される。

 

 【わがはいはここで寝ていて、暇なことが多い】

 【気が向いた時にでもまた遊びに来い】

 

 「ああ。そうさせてもらうよ」

 「私もまた遊びにきますねアンアンさん!寂しがらなくてもいいですよ!」

 【お前は騒がしい、貧血がひどくなる、来るな】

 「え~!酷いです~!騒音そのものみたいな扱いされてません?」

 

 

 

 

 

 「ヒロさんとアンアンさん、お話が無事まとまって良かったですね」

 「ああ、なんとかなったよ。メルル…質問してもいいかな」

 

 シェリーとアンアンが言い争いを始めた傍らで、私はメルルに話しかけていた。

 そもそも医務室に来た理由は、メルルと話をするためだった。

 その、当初の目的を果たす必要がある。

 

 

 メルルは首をかしげる。

 

 

 「ど、どうしました?」

 「私が懲罰房に入ってから、曖昧で構わない……なにか大きな出来事があったりしたのなら、流れを私に教えてくれないかな」

 

 

 ノアの件で、見えない地雷に自ら踏み込む愚かさを悟った。

 他の少女の情報収集を一番に考えていれば、防げるミスだったはずだ。

 同じ過ちを繰り返す前に、医務室に長い間居て、全員と接触する機会がある程度あった、メルルの意見は聞いておきたかった。

 

 「それに……エマが死亡した件で私に不信感や恐怖、恨みを持っている少女もいるかもしれないからね」

 

 私が頼むと、メルルは勇ましく両こぶしを胸の前で握ってみせる。

 ……発言の前に自らの闘志を高めようとしているのだろうか。

 

 「わ……わかりました、と言っても、それほど話すことはありません」

 

「ヒロさんが懲罰房に向かう途中でアンアンさんがショックで倒れて……ノアさんが、血を蝶の絵にする魔法をかけました。ノアさんが言うには、この効果はずっと残るみたいです。倒れたアンアンさんが医務室にいる間に、ノアさんが絵を描き始めた話はさっきしましたね」

 

 (血が蝶になる魔法は、永続的なものなのか……もいかすると、ノアの魔法は他の少女より強力なのか?)

 

 多少の補足があったがここまでは聞いた話通りだ。軽く頷いて続きを待つ。

 

 「ヒロさんはもちろんですが、あの場でずっと笑顔だったシェリーさんのことを不気味がっていた少女たちは多かったように思えます」

 

「ハンナさんはレイアさんのことも、シェリーさんのことも怖がっていたようで、今はミリアさんと一緒にいることが多いみたいです。ミリアさん、最初はレイアさんと一緒にいることが多かったみたいなんですけど……こんなところですかね?」

 

あまり成果はなかったものの、メルルの説明は要点を抑えており、私からしても分かりやすいものだった。

 

 

「なるほど、助かったよメルル。ありがとう」

「い、いえ……私なんて、これぐらいの役にしか立てませんし。少しでもヒロさんの助けになればいいかなと思いまして……!」

 

 

 私とメルルは話を終えようとしたが、メルルは話を終える前に、少し焦った表情をした。

 

 私はその仕草が、妙に気になった。

 

 

(なんだ……?)

 

「なにか不安が残った出来事でもあったのかな。小さな違和感でも教えてもらえれば助かる……不安の種は、事前に知っておきたいからね」

 

「わ、分かりました!これは私の思い過ごしかもしれませんけど……」

 

メルルは大きく息を吸った後、不安気に私を見つめてくる。

 

 

 「ナノカさん、エマさんがヒロさんを庇って死んでしまった時、凄く動揺していたんです。周りの少女たちが心配するほどでした……自然な反応ですし、あの時は出会ったばっかりだったので、そういうものなのかとは考えましたが」

 

「……!」

 

私の頬を伝ったのは、おそらく汗だったのだろう。

 

 

「……ナノカさんはいつも達観していて、冷静な振る舞いをしている方なので少し……違和感があったので。一応、お伝えしておきますね」

 

「……そうか、感謝する」

 

「き、気を付けて下さいね……!」

 

私とシェリーは医務室を後にした。

メルルの、耳に残る不穏な忠告を心の内に入れながら。

 

 

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