百八十度ノ魔女裁判   作:ミズハ

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火花

 「ナノカさんが襲ってきたら、私に任せて下さいね!」

 「……待て。なぜナノカが私を敵視している前提なんだ?」

 「そ、れ、は!バトル展開も、ミステリーのお約束なので!」

 「……なら、そのお約束が起こらないことを祈っておくとしよう」

 

 アリサやナノカの行動パターンは、予測が立てづらく、いつ遭遇するのか分からない。

 あまり先入観を持って警戒をしていても、気力を消耗するだけだろう。

 

 気持ちを切り替えた私とシェリーは、次の目的地である図書室に向かっていた。

 

 少女たちの中での、私の立ち位置はおおよそ把握できた。

 ならば次は、この牢屋敷という場所そのものへの知見を広げる必要がある。

 そもそも私は、この牢屋敷がどの国にあるのかも知らないのだから。

 

 シェリーとメルルの話によれば、図書室ではマーゴが読書をしている時間が多いらしい。遭遇する可能性は高かった。

 

 (読書に集中しているようなら、声をかけるかどうかは考える必要があるかもしれないな)

 

 懸念点を頭の中に叩き込み、私とシェリーは図書室の中に入った。

 

 図書室には、整理整頓された大量の本が蔵書されている。

 中央にはなぜか、目を引くように大きな桜の木が植わっていた。

 

 (日光が射すことのないこの場所で、桜がこれほど大きく育つとは思えない。普通の現象ではないようだ……誰かの魔法か?……今考えるべきことではないか)

 

 考え込む私を横目に、シェリーは巨大な桜を目の前にしてぴょんぴょんと跳ね、喜んでいる。

 

 「うーむ……いつ見ても奇妙です!ヒロさーん!私はこの桜の木を観察してますね!」

 「ああ、かまわないよ。好きにするといい」

 「はい!」

 

 シェリーは放っておいていいだろう。私が欲しいのは牢屋敷の情報だ。

 仮に大した情報が得られなかったとしても、本の山は、先人たちの知識の山でもある。

 書物のジャンルが偏っているようなら、そこからこの牢屋敷を管理している存在の、思惑も探れる可能性があった。

 

 試しに近くの本棚から本を手に取り、パラパラとめくってみる。

 

 (この言語は……私が知る言語体系の中に当てはまっていないようだ。ある程度外国語は読めるが、解読する必要があるな……もし時間が無限にあるのなら、挑戦していたのだが)

 

(私には、他にやるべきことが多すぎる。ここは私よりも、この図書室に詳しい人物に聞いて習うこととしよう)

 

 私は本を元の場所に戻し、その詳しい人物に接近することにする。

 

 マーゴは椅子に座り本を読んでいたが、私の接近に気付き顔を上げた。

 

 「あら、かわいい子が迷いこんだようね♡」

 「……迷いこんだ訳ではないさ」

 「自分の容姿が優れていることは、否定しないのかしら」

 「事実だからね」

 「その自信満々な笑顔、素敵ね♡食べてあげたくなっちゃいそう♡」

 「官能小説の読みすぎではないのかな」

 

 うてば響くようなやり取りは、少し心地よい。

 マーゴが本気で私の身体を狙っていないことは、彼女の態度から察せられた。

 これは獣の威嚇行動のようなものだ。

 

 「……私のことよりも、この牢屋敷の手がかりを探してここにきた。きみは何かをつかめたのかな」

 

 私の質問に対してもマーゴは余裕の表情を崩さず、妖艶に微笑んでみせる。

 

 「……そうね。ヒロちゃんが私の質問に答えてくれれば、私もあなたの問いに答えてあげるわ」

 「なるほど……いいだろう。ただし、きみには先に私の質問に答えてもらう。それが取引を飲む条件だ」

 

 マーゴの目が、スッと細くなる。

 

 「……ヒロちゃんは、私のことが信用できないのかしら?」

 「ああ、信用できない。きみも私のことを信用していないだろう?取引を持ち掛けたのはきみだ。順番を決める権利は譲ってもらおうか」

 

 「……」

 「……」

 

 しばしの間、獣と獣が縄張り争いをするかのように私とマーゴは睨み合っていた。

 そのまま時間は過ぎ―――

 

―――マーゴが観念したように、両手を上げる。

 

「あら、怖い♡いいわ。あなたとの取引を飲みましょう……とはいっても、ヒロちゃんの疑問の大部分は、私もまだ分かっていないのだけれど。世界の主要語族は20ほどあるけれど、この牢屋敷の、重要な秘密に迫る可能性のある独自の言語はどの語族にも当てはまらないみたいね」

 

 「……まだ私たちが来てから日が浅い。その程度だろうとは思っていた」

 「後は、ハンナちゃんがこの牢屋敷は、孤島の上にあると教えてくれたわ。これは私の手柄ではないけれどね♡」

 「……なるほど。彼女には怖がられているようだから、手間が省けたよ」

 

 僅かではあるが、有益な情報を得ることができた。おそらくここからの脱出は困難だろう。

 

 「……じゃあ、次はヒロちゃんが私の質問に答える番ね♡」

 

 獲物を狙う爬虫類を思わせるマーゴの眼差しを、ひるむことなく受け入れる。

 

 「ヒロちゃんは、この島で殺人事件が起こると思っているのかしら?」

 

 マーゴは私の一挙手一投足も見逃すまいと注目している。洞察力に優れたマーゴのことだ。おそらく嘘をついても見破られるだろう。

 とはいえ嘘をつくつもりはない私は、肩をすくめた。

 

 「現状のままでは、起こる可能性のほうが高いと思っている。それは認めるとも」

 

 (そして、その責任は私に降りかかる。最初に少女たちの間に亀裂を生んだ、私に。

おそらくマーゴは、それを分かっていて私を煽るつもりだ)

 

 「だが、それは現状のままでは、の話だ。私が皆のストレスをコントロールし、正しい方向に導けば、殺人は起こらない」

 

 私の決意表明を聞き、マーゴは嘲りの表情と共に鼻で笑いとばした。

 

 「傲慢ね。ヒロちゃんのことを、高く見積もりすぎていたかしら♡リーダーの座をレイアちゃんに奪われ、皆から不審がられているあなたに何ができるというの?」

 

 「……確かに、私が現在多くの負債を抱えているのは事実だ。だが私は、挽回を諦めるつもりはない。私は悲観主義者ではないのでね。最初から諦めてしまうのは、人生においては敗者の行動だ」

 

 私とマーゴの口論は、次第に熱を帯びたものになっていく。

 

 「そう……残念ね。私の占いの結果によれば、もうすぐだれか死ぬそうよ♡」

 「きみの中ではそうなんだろう……だが、マーゴに忠告しておこう」

 「……なにかしら?」

 「マーゴは、もうすぐ人が死ぬと言ったな……もしその占いの通りになった場合、きみはどうする?」

 「……殺人事件が起こったのなら、規則通り解決すればいいだけのことでしょう?」

 

 (やはり、気づいていないのか)

 

 

 私は、マーゴの理論の中での、致命的とも言える重大な見落としに気付いていた。

 

 「ゴクチョーによると、ストレスによる殺人衝動はあくまで魔女になる前段階でしかない。ストレスが急速に肥大化して、少女の誰かが完全に魔女化をしてしまったら、看守と同じ脅威を持った怪物が、首輪もなく解き放たれることとなる」

 

 「……!」

 

 マーゴは初めて、目を大きく見開いた。直前まで絶望を煽っていた顔が、私には滑稽なものに思えた。

 

 「私は武道の心得があるし、シェリーも戦うすべがある。ゴクチョーが対応してくれるまで、持ちこたえられるかもしれないな」

 

 「……だが、きみはどうだい?マーゴ。あいにく、私はきみの魔法は知らないけれどね。私から言わせてもらうとすると、きみのその、少女たちの不安を煽る行動は正しくない。筋が通っているとは思えないな」

 

 マーゴはその瞬間。確かに表情を歪ませた。

 

 「前言撤回するわ、ヒロちゃん……私のあなたへの評価の見積もりは正しかったみたい。ヒロちゃんの理論、本当に素敵ね♡」

 

 「……!」

 

 マーゴは私を睨み続けている。

 そのマーゴの複雑な表情の瞳の中に見えたのは、私への怒りだろうか、憎しみだろうか。

 

私は、次の口論のためにそのように自分の心中に問いかけ―――

 

 「あれー、マーゴさんとヒロさん、にらめっこですか~?私も混ぜて下さい!」

 

――唐突に、のんきなシェリーの声にブチ壊された。

 

 「……はぁ」

 

 弛緩した空気が漂い、マーゴがため息をついてシェリーと向き直る。

 

 「そうね……にらめっこは終わったわ、シェリーちゃん♡……私は読書を続けるわね」

 「そうなんですかー?分かりました!行きましょうヒロさん!」

 「……失礼するよ、マーゴ」

 

 私はマーゴに別れを告げ、マーゴは本に目線を落としたまま、軽く手を振った。

 

 (少し熱くなってしまった。シェリーには助けられたな)

 

 とはいえ、発言自体にそれほど後悔があるわけでもない。

 私は気持ちを切り替えながら、図書室を後にした。

 

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