百八十度ノ魔女裁判 作:ミズハ
ある程度牢屋敷内の一通りの場所を巡り終わった私とシェリーは、休憩のために中庭の噴水の縁に2人並んで腰掛けていた。
中庭は四方を牢屋敷の壁に囲まれているが、天井は吹き抜けになっており、日光が差し込んでいることで、育った立木や雑草が生い茂っている。
(この牢屋敷では、ストレスの緩和の方法は必ず必要になる。森林浴で手軽に気分転換を行いたい場合には、この場所も候補かもしれないな。検討しておこう)
私が中庭の活用方法を考えている最中、シェリーは両腕を大きく天に伸ばしている。
「ふー!一通り、ヒロさんと牢屋敷を探索することができて楽しかったです!今日のことは、一生忘れない気がします!」
「シェリーはいつも大げさだな。だが……私も、楽しかった」
私はぽつりと口からこぼれた言葉に、またしても自分自身で少し驚く。
だが、流石に、もういい加減この感覚にも慣れてきてしまった。
私は自分の不思議な感覚を、受け入れることにした。
「きみと居ると飽きないな」
私のいつになく好意的な態度にシェリーが瞳を輝かせ、何かを言いかけ―――
(なんだ、この気配は……!?)
―――そんな穏やかな語らいを楽しんでいた私は、恨みがこもったような、ねばついた
おぞ気を感じて全身に鳥肌が立った。
私がおぞましい気配の正体であろう方角に振り向くと、そこには顔を青ざめた少女がいた。
瞳は大きく開き、両腕は震え、手には武器を握りしめている。
もちろん、私に向けられている武器……その銃口も、同じく震えていた。
メルルから忠告されていたその少女の名前を自然と、口から絞り出すように吐いていた。
「黒部ナノカ……!」
私に名前を呼ばれたナノカは、呼びかけにすら反応していない。
どこか虚ろな様子で、私に銃口を向けたままだった。
一方の私はナノカに銃口を向けられて動かなかったし、動けなかった。その理由は単純だ。
(今、下手にナノカを刺激してしまえば、その瞬間私の体に風穴があいてしまう……!)
頬を冷や汗が伝う。
私は今のナノカから、はっきりと私に向けた殺意を感じていた。
それは、エマや看守にむけて明確に殺人衝動を感じた、私だからこそ理解できる感覚であり、他の人間にはっきり言語化できるものではない。
ただ、理由の分からない殺意を感じるのみだった。
ナノカが、ぶるぶると震える唇から怒りを発する。
「二階堂ヒロ……あなたは桜羽エマに命を救われて、何も思わなかったの?
あまつさえ、命を犠牲にして、庇ってくれた幼馴染の悪口をどうして言えるのかしら……!」
ナノカは私に向かってよろけながら歩いてくるが、仕草すら亡者のようにふらついており、明らかに正気とは思えない。
エマに関しての問いすらも、どこか私に向けてのものではなく、ナノカ自身に問いかけているように感じられるものだった。
動けない私に対してナノカは銃を構えたまま、じわじわと接近してきている。
その震えが徐々に少なくなってきているのは理性を取り戻してきているのか、私を殺害する覚悟を決めるつもりなのか、それすら今の私には分からなかった。
ただ明確に一つだけ、はっきりしていることがある。
(この状況はまずい……!)
私が行動するよりも、やはり隣に居た少女の判断は早かった。
「ヒロさん、ちょっと失礼しますね!」
シェリーが私の肩甲骨と太ももの下に手を入れて、体をグッと引き寄せる。
怪力の魔法を持っているというのは嘘ではなかったのだろう、シェリーの細腕は筋肉量が少ないにもかかわらず力強い。
「……!?」
私の腹部とシェリーのお腹が密着し、恐怖ではなく羞恥心で声にならない悲鳴を上げた。
ナノカのほうを見ると、彼女も殺気がどこかに飛んで行ったのか、銃口を下して頬を僅かに赤らめていた。
「一度こういうこと、やってみたいと思ってたんですよ!やっぱり黒髪美人さんには合いますね~!ではでは、失礼しますね!ナノカさん、またお会いしましょう~!」
私の羞恥心も置き去りにするように、ドドドドッ!と猛ダッシュするシェリー。
その腕の中で、私は母の腕の中にいるかのように安心感に包まれていた。
……だが、それも数秒だった。私を抱きしめながら走るシェリーの腕力が、段々強くなってきている。……こらえきれそうにない。とうとう不満が口から漏れた。
「……痛い」
「ああっ!ごめんなさいヒロさん!力加減を間違えてしまって強く持ちすぎました!」
流石に母の腕の中と比較しては失礼なようだったので、私は先ほどの思考を自分自身で訂正するはめになった。
「助かったのだから、謝る必要はないよ。それにしても……」
私は抱えられながら、ナノカの仕草を思い出していた。自制心が機能していなかった、尋常ではない様相を。
「ナノカは大切な人が私に殺されたかのような、そんな感情をしていたな……私と彼女は間違いなく、初対面のはずなのだが」
これも私の感覚的なものでしかないのだが、ナノカの私への憎悪は私がエマに向けていたものに近いものを感じた。
(エマにナノカのような友人はいなかったはずだし、私も誰かを殺害した記憶がない。だとすると、私の思考パターンや信念、人生哲学そのものが気に食わないのかもしれない。原因を突き止めても私では改善できないことなのか……?)
少なくともエマの件に関しての考え方は、ナノカに賛同することはできない。
一旦、そこで思考を打ち切ることにした。
「メルルとシェリーの懸念通りになってしまったね。ナノカとは、接触を控えた方がいいのかもしれないな」
「そうですね!名探偵シェリーちゃんには全てお見通しなのでした~!……半分冗談だったんですけどね」
シェリーは中庭を抜けた後もしばらく走り、安全と思えるまで十分な距離を稼いだ。
腰をかがめて優しく腕をおろしたシェリーの腕から、静かに抜け出し一息つく。
「ヒロさん相手でも、食堂で遠くからナノカさんが発見した時には大丈夫なようでしたし……どうしてこうなってしまったのかが気になりますね、ワクワクします!探りをいれてみてもいいですか!私とは普通に話してくれますし、大丈夫かと!」
「……その様子では止めても無駄だろうな。……きみが代わりに撃たれては話にならない。十分に気を付けることだ」
「もちろんです!危なくなったら今回みたいに逃げますよ!」
大きくため息をつく。とても不安があったが、何だかんだうまく立ち回ることができるシェリーなら大丈夫かもしれない。
牢屋敷の探索を経て、その程度の信頼は彼女においても良いように思えてきた。
(単に情が沸いた可能性は、否定できないが……)
「その言葉を信じているよ。深追いはやめておけ」
「大丈夫ですよ、私は気遣いの子なので!」
「……発言が正しくない」
じゃれ合いながら、今後の予定を考える。
(最後に危ない思いはしたが……とりあえず、屋敷内の見回りと、全員の少女の様子を知ることができたか。一部険悪な関係になった者もいたが、収穫は多かった。レイアたちとの夕食のことを考えるか)
朝食が終わってからは探索重視だったため、昼食は正しいバランスで食べはしたが、量は必要最低限のものだった。夕食はしっかり食べる必要があるし、潔癖症の私には他にも優先事項がある。
「シェリー、私は放置されているはずの自室の掃除と欠けた分の日記を書くことにする。夕食はすぐだし、そこでまた合流しよう」
「はい!ヒロさん、今日一日ありがとうございました!」
私とシェリーは一旦離れ、夕食に備えることにした。