季節はゆっくりと移り変わり、梅雨が明けた。
しとしとと降り続いていた雨は姿を消し、代わりに夏の風が校庭を吹き抜けていく。
湿った空気の中にも、どこか乾いた夏の匂いが混ざり始めていた。
温室の植物たちも、雨の恵みをたっぷり吸い込んだのか、生き生きと葉を広げている。
光を受けて輝くその葉は、まるで新しい季節の訪れを喜んでいるようだった。
私は温室の前で、ひよりを待っていた。
胸の奥が少しだけ高鳴っている。
この場所でひよりを待つのは、何度目だろう。
でも今日は、特別な意味を持っていた。
――あの日と同じように。
雨の夜、ひよりが私の家まで走ってきてくれたあの日。
あのとき交わした言葉や、ひよりの震える声、温かい手の感触が、今でも胸の奥に残っている。
あの日から、私たちの関係は確かに変わった。
でも、変わったのは悪い意味ではなく、むしろ前よりずっと強く、深くなった。
やがて、遠くから足音が聞こえてくる。
振り向くと、ひよりが走ってくる姿が見えた。
夏の光を受けて髪が揺れ、額にはうっすら汗がにじんでいる。
息を弾ませながらも、ひよりは笑顔で手を振った。
「真白、お待たせ!」
「ううん。今来たところ」
本当は少し前から待っていたけれど、そんなことは言わない。
ひよりは嬉しそうに笑い、私の手を取ると、そのまま温室の中へと引っ張った。
温室の扉を開けると、湿った土と緑の匂いがふわりと広がる。
ガラス越しの光が植物の葉に反射し、温室全体が柔らかな光に包まれていた。
ここは、私たちが何度も心を落ち着けてきた場所。
泣いた日も、笑った日も、迷った日も、全部この温室が見守ってくれていた。
「ねえ、真白」
ひよりが立ち止まり、私の方を向く。
その表情は真剣で、でもどこか優しくて、胸が少しだけざわつく。
「これからもさ、いろんなことあると思うけど……それでも、私は真白の隣にいたい」
ひよりの声は静かで、でも揺らぎがなかった。
その言葉は、まっすぐに胸の奥へ届く。
ひよりがどれだけ私のことを大切に思ってくれているのか、痛いほど伝わってきた。
「……私も。ひよりの隣がいい」
言葉にした瞬間、ひよりの顔がぱっと明るくなった。
その笑顔は、夏の光よりも眩しくて、胸が温かくなる。
ひよりは嬉しそうに笑い、私の手をぎゅっと握った。
その手の温もりが、未来への不安をそっと溶かしていく。
雨の日も、晴れの日も。
不安な日も、笑える日も。
――きっと、二人なら乗り越えていける。
温室の中で、ひよりがそっと囁く。
「真白、好きだよ」
その声は優しくて、甘くて、胸の奥に静かに染み込んでいく。
「……私も、ひよりが好き」
その言葉は、雨上がりの光のように静かに、確かに胸に落ちた。
ひよりの瞳が嬉しそうに揺れ、私の手をさらに強く握る。
そして私たちは、手をつないだまま、未来へと歩き出した。
温室の扉を開けると、夏の風がふわりと吹き抜ける。
その風は、まるで「大丈夫だよ」と背中を押してくれているようだった。
これから先、どんな季節が来ても、どんな雨が降っても――
私はひよりと一緒に歩いていく。