翌週、陸上部の顧問から呼び出され、ひよりは部室で長い話し合いをしていた。
私は廊下で待っていたが、扉の向こうから聞こえる声は険しい。
部室の前の廊下は夕方の光が差し込み、静かで、ひよりの声だけが遠くに聞こえるような気がした。
時間がゆっくりと伸びていくようで、胸の奥がざわざわと落ち着かない。
「綾瀬、今のままじゃ大会は厳しいぞ」
「……わかってます」
「怪我を隠して走るのは危険だ。無理をするな」
怪我――?
胸がざわつく。
ひよりが怪我をしているなんて、一度も聞いていなかった。
最近、ひよりの笑顔の奥に影が差していた理由が、少しだけ見えた気がした。
扉の向こうで、ひよりの声が小さく震えているように聞こえた。
顧問の先生のため息も混じり、空気が重く沈んでいるのが伝わってくる。
私は落ち着かなくて、廊下を何度も行ったり来たりした。
窓の外では部活帰りの生徒たちが笑い合っているのに、この場所だけ時間が止まっているようだった。
ひよりは強い。
でも、強い人ほど無理をしてしまう。
そのことを私は誰よりも知っている。
やがて扉が開き、ひよりが出てきた。
笑おうとしているけれど、目が赤い。
泣いたのか、泣きそうになったのか――どちらにしても、胸が痛んだ。
「ひより、怪我って……」
声が震えてしまう。
ひよりは一瞬だけ目をそらし、すぐに笑顔を作った。
「大したことないよ。ちょっと足をひねっただけ」
その言い方は軽いけれど、ひよりの声はどこか弱々しかった。
「でも、顧問の先生……」
「真白には関係ないよ」
その言葉は、思った以上に冷たかった。
胸に刺さるような痛みが走る。
ひよりがこんなふうに突き放すなんて、ほとんどなかった。
ひよりはすぐに「あ、ごめん」と付け加えたが、胸に刺さった痛みは消えなかった。
ひよりの声は震えていて、無理に笑っているのがわかった。
「ひより……私、心配で……」
言葉を絞り出すと、ひよりは少しだけ目を伏せた。
「わかってる。でも、これは私の問題だから」
ひよりは私の頭を軽く撫で、無理に笑った。
その手つきは優しいのに、どこか遠く感じた。
「真白は真白のことをしてて。私は大丈夫だから」
その笑顔が、逆に不安を煽った。
ひよりは大丈夫じゃない。
そう思った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
ひよりの背中が遠ざかっていく。
その姿を見つめながら、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。
伸ばしたいのに伸ばせない手が、宙に取り残される。
――ひより、どうして一人で抱え込むの?
問いは胸の奥に沈んだまま、言葉にならなかった。