雨の庭で、君を待つ   作:槙 秀人

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第12話:陸上部の決断

 翌週、陸上部の顧問から呼び出され、ひよりは部室で長い話し合いをしていた。

 私は廊下で待っていたが、扉の向こうから聞こえる声は険しい。

 

 部室の前の廊下は夕方の光が差し込み、静かで、ひよりの声だけが遠くに聞こえるような気がした。

 時間がゆっくりと伸びていくようで、胸の奥がざわざわと落ち着かない。

 

「綾瀬、今のままじゃ大会は厳しいぞ」

「……わかってます」

「怪我を隠して走るのは危険だ。無理をするな」

 

 怪我――?

 

 胸がざわつく。

 

 ひよりが怪我をしているなんて、一度も聞いていなかった。

 最近、ひよりの笑顔の奥に影が差していた理由が、少しだけ見えた気がした。

 扉の向こうで、ひよりの声が小さく震えているように聞こえた。

 

 顧問の先生のため息も混じり、空気が重く沈んでいるのが伝わってくる。

 私は落ち着かなくて、廊下を何度も行ったり来たりした。

 窓の外では部活帰りの生徒たちが笑い合っているのに、この場所だけ時間が止まっているようだった。

 

 ひよりは強い。

 でも、強い人ほど無理をしてしまう。

 そのことを私は誰よりも知っている。

 

 やがて扉が開き、ひよりが出てきた。

 笑おうとしているけれど、目が赤い。

 泣いたのか、泣きそうになったのか――どちらにしても、胸が痛んだ。

 

「ひより、怪我って……」

 声が震えてしまう。

 ひよりは一瞬だけ目をそらし、すぐに笑顔を作った。

 

「大したことないよ。ちょっと足をひねっただけ」

 その言い方は軽いけれど、ひよりの声はどこか弱々しかった。

 

「でも、顧問の先生……」

「真白には関係ないよ」

 その言葉は、思った以上に冷たかった。

 胸に刺さるような痛みが走る。

 

 ひよりがこんなふうに突き放すなんて、ほとんどなかった。

 ひよりはすぐに「あ、ごめん」と付け加えたが、胸に刺さった痛みは消えなかった。

 

 ひよりの声は震えていて、無理に笑っているのがわかった。

 

「ひより……私、心配で……」

 言葉を絞り出すと、ひよりは少しだけ目を伏せた。

 

「わかってる。でも、これは私の問題だから」

 ひよりは私の頭を軽く撫で、無理に笑った。

 その手つきは優しいのに、どこか遠く感じた。

 

「真白は真白のことをしてて。私は大丈夫だから」

 その笑顔が、逆に不安を煽った。

 

 ひよりは大丈夫じゃない。

 そう思った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

 

 ひよりの背中が遠ざかっていく。

 その姿を見つめながら、私はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 伸ばしたいのに伸ばせない手が、宙に取り残される。

 

 ――ひより、どうして一人で抱え込むの?

 

 問いは胸の奥に沈んだまま、言葉にならなかった。

 

 

 

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