翌日、ひよりは学校に来なかった。
朝、教室に入った瞬間、ひよりの席が空いているのを見て胸がざわついた。
いつもなら『おはよう』と笑って手を振ってくれるはずのひよりがいない。
ただそれだけで、教室の空気がどこか冷たく感じられた。
授業中も、休み時間も、ひよりのことばかり考えていた。
黒板の文字は頭に入らず、先生の声も遠くに聞こえる。
ノートを開いても、ペンを持つ手が落ち着かない。
ひよりの笑顔、昨日の曇った表情、震える声――全部が頭の中でぐるぐると回っていた。
――ひより、大丈夫かな。
昼休み、陸上部の人に聞いてみても『今日は休みとしか聞いてない』と言われてしまった。
誰も詳しいことを知らない事が、余計に不安を煽る。
ひよりが学校を休むなんて、ほとんどなかったから。
放課後、私はひよりの家へ向かった。
夏の風が吹いているのに、胸の奥は冷たいままだった。
ひよりの家の前に立つと、心臓がどくどくと早く脈打つ。
インターホンを押すと、ひよりのお母さんが出てきた。
「あら、真白ちゃん。ひよりなら部屋にいるわよ」
その言葉に少しだけ安心しつつ、許可をもらい、階段を上がる。
ひよりの部屋の前で深呼吸し、震える指でノックした。
「ひより、真白だよ。入ってもいい?」
返事はなかった。
でも、ドアは少しだけ開いていた。
まるで『入ってきて』と言われているようで、そっと扉を押した。
部屋に入ると、ひよりはベッドに座り、膝を抱えていた。
カーテンは閉められ、薄暗い部屋の中でひよりの姿だけがぼんやりと浮かび上がる。
目は赤く腫れていて、泣いた跡がはっきり残っていた。
「ひより……」
声をかけると、ひよりは顔を上げ、無理に笑った。
その笑顔は痛々しくて、胸が締めつけられる。
「真白……来てくれたんだ」
「来るよ。心配で……」
ひよりは唇を噛み、視線を落とした。
肩が小さく震えている。
「……走れないかもしれない」
「え……?」
思わず声が漏れた。
ひよりは膝を抱えたまま、震える声で続けた。
「怪我、思ったより悪くて……大会、出られないかもしれないって……」
その声は、今にも消えてしまいそうだった。
ひよりの強さが崩れていくのがわかった。
「私、ずっと陸上やってきたのに……全部、終わっちゃうかもしれない……」
ひよりの涙が頬を伝い、ぽたりと落ちた。
その涙の重さが、私の胸にも落ちてくる。
私は駆け寄り、ひよりを抱きしめた。
ひよりの体は小さく震えていて、抱きしめた腕の中で壊れてしまいそうだった。
「ひより……一人で抱え込まないでよ……」
ひよりは私の胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。
その泣き声は、胸の奥を締めつけるほど弱々しくて、苦しかった。
「真白……怖いよ……」
「大丈夫。ひよりは一人じゃないよ」
私はひよりの背中を優しく撫でた。
ひよりの涙が私の服に染みていく。
でも、その温度がひよりの痛みを伝えてくれるようで、離したくなかった。
その夜、ひよりは泣き疲れて眠るまで、ずっと私の手を握っていた。
その手は弱々しくて、でも必死に私を求めていて――
私はその手を、決して離さないと心に誓った。