温室に入ると、夕陽がガラス越しに差し込み、植物たちが金色に染まっていた。
葉の一枚一枚が光を受けて輝き、まるで温室全体が静かに呼吸しているようだった。
湿った土の匂いと、夕暮れの柔らかな風が混ざり合い、胸の奥がじんわりと温かくなる。
ここは、私たちが何度も心を落ち着かせてきた場所。
でも今日は、いつもより少しだけ空気が重く感じられた。
ひよりはベンチに座り、深く息を吐いた。
その吐息は、胸の奥に溜め込んでいた不安を少しだけ外へ押し出すようだった。
ひよりの肩がわずかに震えているのが見えて、胸が締めつけられる。
「真白……私、どうしたらいいんだろう」
ひよりの声は弱く、今にも消えてしまいそうだった。
普段のひよりからは想像できないほど、頼りなくて、苦しそうで――
その姿が痛いほど胸に刺さる。
「ひよりがどうしたいか、教えて」
私はそっと隣に座り、ひよりの横顔を見つめた。
ひよりは膝の上で手を握りしめ、指先が白くなるほど力を入れていた。
「走りたい。でも、走れない。大会に出たい。でも、怪我が治らない。」
その声は震えていた。
ひよりの強さが崩れ、心の奥に隠していた弱さがこぼれ落ちていく。
ひよりがこんなふうに弱音を吐くのは、本当に限界が近い証拠だった。
「全部…怖い……」
「うん」
私はひよりの手をそっと包んだ。
ひよりの手は冷たくて、少し汗ばんでいて、震えていた。
その震えが、ひよりの不安をそのまま伝えてくる。
「ひよりが走れなくても、私はひよりのことが好きだよ」
その言葉を口にした瞬間、ひよりは目を見開いた。
驚きと戸惑いと、少しの安堵が混ざったような表情。
ひよりの瞳が揺れ、光を受けてきらりと輝いた。
「……真白」
名前を呼ぶ声が震えていて、胸がぎゅっとなる。
「ひよりが陸上をやめても、続けても、どんな選択をしても……私はひよりの隣にいるよ」
ひよりの瞳が大きく揺れ、涙がこぼれた。
その涙は、ひよりがずっと抱えてきた痛みと不安が溶け出したように見えた。
「真白……そんなこと言われたら…私…泣いちゃうよ……」
ひよりは震える声で言い、涙を拭おうとしたが、次々と溢れて止まらなかった。
「泣いていいよ。ひよりはずっと頑張ってきたんだから」
私がそう言うと、ひよりは堪えきれずに私の胸に顔を埋めた。
肩が震え、ひよりは声を殺して泣いた。
その涙の温度が、服越しにじんわりと伝わってくる。
夕陽が沈み、温室の中が静かに暗くなっていく。
植物たちの影が長く伸び、ガラス越しの光がゆっくりと消えていく。
その中で、ひよりの涙の温度だけが確かだった。
ひよりの震えも、涙も、呼吸も――全部が「助けて」と言っているようで、私はひよりを強く抱きしめた。
ひよりが泣き止むまで、私はずっとその背中を撫で続けた。
ひよりがどんな未来を選んでも、私はその隣にいる。
その決意が、静かに胸の奥で固まっていった。