雨の庭で、君を待つ   作:槙 秀人

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第6話:言えなかった本音

 ひよりが雨の中を駆けてきて、私の家の前に立っていたあの夜。

 その後、家に入ってタオルを渡し、ひよりが髪を拭いている間、私はずっと胸がざわついていた。

 

 ひよりの濡れた制服、震える肩、必死に笑おうとする表情

 そのどれもが胸に刺さって離れなかった。

 

 タオルで髪を押さえながら、ひよりは黙っていた。

 その沈黙は、普段の気まずさとは違う。

 言葉にできない想いが、部屋の空気を重くしているようだった。

 

「真白」

 ひよりが顔を上げた。

 濡れた瞳が、まっすぐに私を見つめている。

 その視線は逃げ場がなくて、でもどこか優しくて、胸がぎゅっと締めつけられた。

 

「どうして避けるの?」

 その問いは、ひよりらしくまっすぐで、嘘を許さない響きを持っていた。

 私は視線をそらし、指先をぎゅっと握りしめた。

 

「……噂が怖かったから」

「噂なんて、どうでもいいよ」

 ひよりは即答した。

 その強さに、胸が少しだけ痛む。

 

「よくないよ……! だって、私たち……」

 言葉が喉でつかえた。

 

 “私たち”がどういう関係なのか、はっきり言葉にするのが怖かった。

 

 ひよりは一歩近づき、私の手をそっと握った。

 

「真白、私のこと好きなんでしょ?」

 その問いは優しくて、でも逃げられないほど真剣だった。

 

「……うん」

 小さく頷くと、ひよりの表情が少しだけ緩んだ。

 

「私も好きだよ。何度でも言う。真白が不安なら、何度でも言うから」

 ひよりの声は震えていた。

 強い子なのに、今は泣きそうな顔をしている。

 その姿が、胸に刺さる。

 

「ひよりを失うのが怖かったの…。この気持ちを認めたら、もしダメになったとき、もう戻れない気がして……」

 ひよりは私の手をぎゅっと握りしめた。

 その力は強くて、でも優しくて、まるで「離さない」と言っているようだった。

 

「真白!私たち、そんなに弱くないよ」

 ひよりの声は静かで、でも芯があった。

 その言葉に、胸の奥の固い殻が少しずつ溶けていくのを感じた。

 

「……ひより」

「逃げないで。私からも、自分の気持ちからも」

 ひよりの瞳は真剣で、揺らぎがなかった。

 その瞳に映る自分の姿が、少しだけ強く見えた。

 私はひよりの手を握り返した。

 

「……逃げない。もう、逃げないよ」

 ひよりはほっと息をつき、微笑んだ。

 その笑顔は、雨の夜の中で灯る小さな光のようだった。

 

「よかった。ほんとに、よかった」

 その笑顔を見た瞬間、涙がこぼれた。

 ひよりは驚いたように目を見開き、それからそっと私を抱きしめた。

 

 ひよりの腕は温かくて、震えていて、必死だった。

 

 雨の音が遠くで響いている。

 その中で、ひよりの体温だけが確かだった。

 

 私はひよりの背中にそっと手を回し、目を閉じた。

 ひよりの鼓動が、胸の奥に静かに響いてくる。

 

 ――ああ、私はずっとこの温もりが欲しかったんだ。

 

 そのことに気づいた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 

 

 

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