ひよりが雨の中を駆けてきて、私の家の前に立っていたあの夜。
その後、家に入ってタオルを渡し、ひよりが髪を拭いている間、私はずっと胸がざわついていた。
ひよりの濡れた制服、震える肩、必死に笑おうとする表情
そのどれもが胸に刺さって離れなかった。
タオルで髪を押さえながら、ひよりは黙っていた。
その沈黙は、普段の気まずさとは違う。
言葉にできない想いが、部屋の空気を重くしているようだった。
「真白」
ひよりが顔を上げた。
濡れた瞳が、まっすぐに私を見つめている。
その視線は逃げ場がなくて、でもどこか優しくて、胸がぎゅっと締めつけられた。
「どうして避けるの?」
その問いは、ひよりらしくまっすぐで、嘘を許さない響きを持っていた。
私は視線をそらし、指先をぎゅっと握りしめた。
「……噂が怖かったから」
「噂なんて、どうでもいいよ」
ひよりは即答した。
その強さに、胸が少しだけ痛む。
「よくないよ……! だって、私たち……」
言葉が喉でつかえた。
“私たち”がどういう関係なのか、はっきり言葉にするのが怖かった。
ひよりは一歩近づき、私の手をそっと握った。
「真白、私のこと好きなんでしょ?」
その問いは優しくて、でも逃げられないほど真剣だった。
「……うん」
小さく頷くと、ひよりの表情が少しだけ緩んだ。
「私も好きだよ。何度でも言う。真白が不安なら、何度でも言うから」
ひよりの声は震えていた。
強い子なのに、今は泣きそうな顔をしている。
その姿が、胸に刺さる。
「ひよりを失うのが怖かったの…。この気持ちを認めたら、もしダメになったとき、もう戻れない気がして……」
ひよりは私の手をぎゅっと握りしめた。
その力は強くて、でも優しくて、まるで「離さない」と言っているようだった。
「真白!私たち、そんなに弱くないよ」
ひよりの声は静かで、でも芯があった。
その言葉に、胸の奥の固い殻が少しずつ溶けていくのを感じた。
「……ひより」
「逃げないで。私からも、自分の気持ちからも」
ひよりの瞳は真剣で、揺らぎがなかった。
その瞳に映る自分の姿が、少しだけ強く見えた。
私はひよりの手を握り返した。
「……逃げない。もう、逃げないよ」
ひよりはほっと息をつき、微笑んだ。
その笑顔は、雨の夜の中で灯る小さな光のようだった。
「よかった。ほんとに、よかった」
その笑顔を見た瞬間、涙がこぼれた。
ひよりは驚いたように目を見開き、それからそっと私を抱きしめた。
ひよりの腕は温かくて、震えていて、必死だった。
雨の音が遠くで響いている。
その中で、ひよりの体温だけが確かだった。
私はひよりの背中にそっと手を回し、目を閉じた。
ひよりの鼓動が、胸の奥に静かに響いてくる。
――ああ、私はずっとこの温もりが欲しかったんだ。
そのことに気づいた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。