学校に行くと、噂はまだ完全には消えていなかった。
廊下を歩けば、誰かの視線がふとこちらに向く。
教室に入れば、数人が小声で話しているのが耳に入る。
そのたびに胸がざわつき、心臓が落ち着かなくなる。
けれど、ひよりは堂々と私の隣を歩いた。
周囲の視線なんて気にしていないように、背筋を伸ばし、いつも通りの笑顔で。
「気にしないでいいよ。私が真白の隣にいたいだけだから」
その言葉は、ひよりらしくて、まっすぐで、強かった。
ひよりの声が私の胸にすっと染み込んでいく。
その瞬間、私の心が強くなる。
ひよりが隣にいてくれるだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。
少し前まであんなに怯えていたのに、今は不思議と前を向ける気がした。
放課後、私たちは久しぶりに温室へ向かった。
校庭の隅にある古い温室は、夕方の光を受けてガラスが淡く輝いていた。
近づくにつれて、懐かしい匂いが風に乗って漂ってくる。
扉を開けると、湿った土と緑の匂いが迎えてくれる。
温室の中は外より少し暖かく、植物たちが静かに息づいている気配がした。
葉に残った水滴が光を反射し、きらきらと揺れている。
その光景を見ただけで、胸の奥がじんわりとほどけていく。
「やっぱり、ここ落ち着くね」
ひよりがベンチに座り、ぽんぽんと隣を叩いて私を招いた。
その仕草が自然で、優しくて、胸がまた温かくなる。
今度は、私は迷わずその隣に座る。
距離を空ける必要なんて、もうなかった。
ひよりの体温がすぐ隣にあることが、むしろ心地よかった。
「真白」
ひよりが私の手をそっと握る。
その手は温かくて、柔らかくて、触れた瞬間に胸がきゅっとなる。
ひよりの指先が少し震えているのが伝わってきて、ひよりも緊張しているのだとわかった。
「これからも、ずっと一緒にいたい」
その言葉は、ひよりの心の奥からまっすぐに届いた。
ひよりの瞳は真剣で、揺らぎがなくて、私の胸の奥を優しく掴んでくる。
「……うん。私も」
言葉にした瞬間、ひよりの表情がぱっと明るくなった。
その笑顔は、雨上がりの空に差し込む光のように眩しくて、温かかった。
ひよりの手を握り返しながら、私はもう逃げないと静かに思った。
ひよりは嬉しそうに笑い、私の肩に頭を預けた。
その重みが心地よくて、私はそっとひよりの手を握り返した。
静かな温室に、二人の呼吸だけが穏やかに溶けていく。
温室のガラス越しに差し込む光が、二人を包む。
夕陽の柔らかな光が植物の葉に反射し、温室全体が淡い金色に染まっていく。
その光は、雨上がりの空のように優しくて、あたたかかった。
まるで、世界がそっと祝福してくれているようだった。