意識が静かに浮かび上がり、思考の網が構築され始めていくのを感じる。
ただし瞼は閉じたまま、すぐに起き上がるようなことはしない。何故なら起床後に微睡みに緩く浸るのが最近の習慣になっていたから。
きっかけは何だったか。『至高の味覚は健全な精神が宿る肉体にこそ生まれる』なんて、上司が言い始めてからだったか。
上司は人望も厚く、理想を体現する人物であり、もっと上で働かないのが不思議なほど優秀な人間だった。その言葉の真意を理解できずとも、必ず良い方向へ向かう道を指し示しているかのようなカリスマがあった。
だから突飛な内容であろうと、きっと本当なのだろうと思えたし、同時に課された『健全な精神を二ヶ月後までに宿すこと』という課題も、妥当な難易度なのだろうと信じることができた。
それから健全な精神とは何ぞやと考え続け──なんやかんやあって、結局のところ睡眠だろうという結論に落ち着いた。しかし、それだけだと味気ないと感じたため、二度寝も追加して、実践し──基準も良く分からないまま課題に合格した。
あれから何かが変わった自覚はない。私は目がぱっちりと覚めるタイプなので、世間で言うところの二度寝というより、ぼんやりと、ぬるま湯に浸るようにして思考に耽ることをそう呼んでいる。
そんな半覚醒状態を維持するためには早めに起きる必要があって、昼間に眠気に襲われやしないかと懸念もあった。実際には杞憂に終わり、いつもよりスッキリとした気分で目覚めも良く、思考の整理にも役立っている。
とはいえ、身体がぽかぽかとすれば思考よりも眠気が勝る。上下からやんわりと包み込むような温かさであればなおさらだった。
上のぽかぽかは健康に良いからと、家族の勧めで通い始めたサロンの疑似太陽光照射機の中にいるような気分だった。始めの内は照射機の光が熱いとすら感じたが、今では心地良さが勝り、良い気分転換になっていた。
一度睡魔に負けて変な日焼け後が付いたときは随分と恥ずかしい思いをしたのも、今となってはいい思い出だ。
下のぽかぽかはごわごわとしていて、頬を擦り付けるとそれが少しくすぐったいけれど、とても気持ちがいい。 そして何故だか触れているだけで安心する。それは匂いか感触によるものか、あるいは今のゆるゆるになった私の脳が生み出す幻か、それとも別の何か。
ああ、これが普段の寝具だったらどれほどの幸福を得られたのだろう。私の肌が求めていたのはこれだったのだ。柔らかな肌触りが悪いわけではない。私もそれで満足していたからだ。
ただ最近の寝具は柔らかさにスポットを当てていて、こんな肌触りのものは見たことがない。下層向けの安い製品の中に、こういったものはあったのだろうか。時折、掘り出し物目当てに見る程度で、しっかり見ていれば見つけられたのだろうか。
それにしても本当に気持ちがいい。このまま、上下からの抱きしめられるような温もりに身を任せれば、たちどころに思考は解れて睡魔に負けてしまう──なんてことにならないよう、今日の二度寝はここまでにしておこうと思う。
さて今日は、ユグドラシルで活動していたギルドの最期を共にしたメンバーと会う約束をしていた日。
そのメンバーは二年前に引退済みで、直接言葉を交わしたのは引退した日が最後だった。
思わず懐かしさが込み上げてくるが、会う場所はユグドラシルではない。少しだけ残念に思うものの、ユグドラシルは今年で十年目を迎えた。最新の技術を使った後進に押され、斜陽と言われて始めてから何年経ったか。
すべての娯楽を平等に楽しむことはできないし、人は娯楽に慣れてしまうものだ。ギルド<番の止まり木>のメンバーが未知で最新の魅力ある娯楽を楽しむため、引退していくのは当然のことだった。
そこに悪感情はない。私自身もそろそろ引退を考えていたから。
決断したのは、十年目という節目もあった。また、パートナーであるムムと私の装備更新の目標も、最適ではないものの納得いくレベルまでスムーズに進んでしまった。引退者の叩き売りのおかげもあるが、テイムしたNPC――つまり傭兵NPCを強化するというのは、このゲームでの主流側ではなく趣味側の強化でもあったからだ。後発のゲームではそうでもないらしいが、とにかくユグドラシルはAIの精度が悪く、プレイヤーを強化したほうがずっと強いのがその主な理由だった。
少しばかり話は逸れたが、要は目標を見失ってしまったのだ。過去に訪れたエリアを見て回ることもあったが、暇を持て余したPK目的のプレイヤーが鬱陶しく、早々にセーフティエリアに引きこもった。ログインは続けているものの、何をするでもなくお気に入りのエリアでムムと二人きり。ゲーム内時間で一日、現実時間で二時間弱を過ごすだけの日々だった。
今回の集まりも、私が引退した後のお誘いを兼ねているのだろう。
ゲームだから並行してできるじゃないか、という意見が最もな言い分であるのも確か。ただ、このギルドの参加資格を持つ人たちは皆、パートナーに対して大小あれど、重い感情を持っている。それを分かっているからこそ、安易に誘ったりはしない暗黙の了解ができていた。
『無くても良い。在れば嬉しい』を掲げたギルドの方針もあってか、入れ替わりが激しいギルドであったし、人数が少ない時はギルド存続にも苦慮するなんて何度もあった。それでもギルドは崩壊せず耐えていたが、やはり限界が来てギルドは消滅してしまった。それが三年前のこと。
ギルドの方針からすれば既定路線だったのだろう。名を "止まり木" としなかったら、何かが少しは変わっていたのだろうか。
(……やめだやめ)
過去に縋って何になるというのか。過去を憂うくらいならそこから学び、現在と未来に活かしたほうが建設的なのは言うまでもない。
気持ちを切り替えようと瞼を開けて──視覚からの情報が脳に届いた瞬間、私の心臓はしばらく止まったように錯覚した。
寝室の見慣れた白いトラバーチン柄の天井は、先の見通せないほど青い空へと姿を変えていた。椅子の背もたれで傷付いた壁紙も、威圧感すらあった備え付けの鈍色の本棚も、納まっていたお気に入りの蔵書も、ことごとく消え去っていた。
代わりに映るのは、地平線まで続く低草木地帯にアクセントとして添えられたような高木。淡い色合いの景色も相まって、その輪郭が曖昧に感じられ、現実味を帯びていないように思える。
一縷の望みをかけて振り返れば、掘り出し物の古風なデザインの目覚まし時計の姿はなく、低草木地帯が当たり前のように視界を占める。視線を少し逸らした先には山々が連なり、いくつかの峰は白く染まり、遠くからでもその輪郭がはっきりと見て取れた。歴史の文献で見たサバンナという景色に近いように思えた。
「なに……これ……」
唖然とする以外に一体何ができたのだろうか。第三者視点で眺める私が「脳が理解を拒むって、こういうことなんだ」と呟く声が聞こえたが、果たして幻聴だろうか。
──実際のところ、違和感そのものは目覚めた時からあった。嗅ぎ慣れた自室の匂いや空調を始めとした生活音、体感温度、寝具の感触、そういった一切が感じ取れない。視覚を除いた五感から感じる、それらすべてが非常事態だと主張していることに、始めから気が付いていた。
そうであるにもかかわらず、私は現実逃避気味にそれらを意識的に無視していた。これは幸せな夢の続き。人工物のすべてが排された開けた空間で、パートナーと寄り添いながらお昼寝をする幸せな夢だと思い込もうとしていた。
生物における視覚情報は外界の分析と認識において、上位にある感覚情報である。とりわけ人間はその情報を確かな指標としている。
だから私はあえて視ないようにしていた。視てしまえば、認識済みの感覚情報との相乗効果で夢ではないと理解せざるを得ないからだ。
ゆえに、目の前に広がる景色の香りをのせた風が不意に通り抜け、改めて嗅覚がその複雑な匂いを捉えた瞬間、現実逃避が許されないことを悟ってしまった。
乾いた空気、瑞々しくはなくとも地面に根付く力強い草木。それらから微かに混じる、生物の気配を帯びた匂い。動揺して踏み込んだ脚からは、硬く粉っぽいのに受け入れるように沈み込む土の包容さ。
この光景は紛れもなく本物なのだと本能が告げていた。
しかし、未だに私の脳は現実を拒み、うまく処理できずにいる。処理できないというよりも、どう受け止めていいか判断が付かなかったと言うべきか。
それは異形の身体となった──自らの下半身が八本の触腕に変じた現実。
実際に視線を落として確認するまでもない。腰から先にある触腕の一本一本が特別な意識をせずとも自在に動き、 精密に制御できると解ってしまう。この世に生を受けてから今日まで、片時も離れず過ごしてきた私の身体の一部であると認識している。これは理屈では決して説明できない感覚かもしれない。
「なんで……」
私は人間として生を受け、人間として育ったはずなのに、人間はどのように足を動かしているのかと疑問に思いながら記憶を漁っている。それは人間の生態図鑑の内容を思い出しているような感覚だった。
心底不気味で泣き出したくなるような恐ろしい事態にもかかわらず、身体の変化を抵抗なく自然に受け入れてしまっている。
(気持ち悪い……私は人間だと思うことが)
異形の肉体と精神に、人間の記憶が外部ストレージとして接続されているような不和を感じる。本来であれば異形の記憶があるはずの領域に人間の記憶──つまり私の記憶で上書きしたような感じだろうか。
主体は異形側にあるようだ。ゆえに人間の記憶からすれば異常でも、異形の精神からすれば異常ではないのだろう。これを否定することは、自身の存在そのものを否定する行為に等しいのだから。
(……気持ち悪い。私は人間だと……思えないことが)
元々あったはずの人間の心はどこに行ったのか。消えてしまったわけではないだろう。異形の在り様を否定したい感情があるのだから。だとすれば私が思う以上に深刻で、現実はより残酷なのだろう。心は今にも壊れてしまいそうなのに、冷静な目でこの状況を俯瞰する私がいる。どこか楽観視する私を認識できることが、何よりの証拠だった。
私の中にある、人間の心が悲鳴を上げているのが手に取るように分かった。
「ねぇ……ムム、ここは……何なの?」
だから一番身近で信頼できるパートナーへ声をかけてしまった。
パートナーはユグドラシルで私がテイムし "ムム" と名付けた、ただの電子データ。そう理解している一方で、信頼できるからと、まるで生きているかのように不安な気持ちを解消してほしいと期待している。電子データに信頼ってなんだろうか。ユグドラシルというゲームが終われば、消えてなくなるだけのデータなのに。なんで何十年も連れ添い暮らしてきたかのような気持ちが湧いてくるのだろう。
もう、訳が分からない。思考がぐちゃぐちゃだ。心は泣きたいと思うのに身体がそれを許してくれない。私が私でなくなってしまった。
乾いていた土に大水が流れ込んで、深部まで浸透して水底の泥になってしまったかのようだった。さらに水流の勢いで撹拌されてしまって、元の私が何者だったのか、まったく分からなくなっていた。