レーションとムム   作:ぱさぱさ蒟蒻

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10.黄昏

 小高い丘の上から頭だけを出してムムと私は視線の先にある異物を見ていた。

 

「──神々が住む土地……なるほど、とても分かり易い」

 

 この世界は百年を超える旅を続けてもなお、新しい景色を見ることができる。しかし地域あるいは土地単位で見れば、私には同じ光景に見えてしまう場所が多々あった。道路や標識といった文明の利器はなく、意識して周囲の光景を記憶に刻まなければ同じ場所へ辿り着くことができない。それは私自身が真に自由な庭を歩いたことがないからだろうか。アーコロジーやユグドラシルという意図的に作られ閉じた箱庭しか知らないためか。

 

 環境や植生が同じなのだから当然だが、見識あるものが見れば──私であればレンジャーやドルイドの得意な土地として選んでいる山岳、特に火山地帯の様子なら明白な違いとして分かるのだろうか。山に足を踏み入れたことは少ないが、そのとき地形の詳細が手に取るように分かったり、植生の分布を把握したりと、特別な何かを感じ入ることはなかった。

 あるいは単に、オートマッピングで書き込まれる便利な世界地図に頼っていた弊害かもしれない。

 

 ともあれ南方で聞いた北方にある神の土地なんて曖昧な情報だけで、目的地へ辿り着けないことは自明であった。ゆえに道中で見かけた亜人たちに声をかけて聞いたのだ、「神の土地はどこか?」と。

 

(この地域の亜人種は苦労しているらしいね……逃げ出したくなるのも頷ける)

 

 南方での、上位者として半ば強制的に学ばされた振る舞いが自然と出てしまったのか。それともこの土地に居る神とやらに排斥されているのか、彼らの態度からは命を守るための行動を必死に抑えようとする葛藤が色濃く表れていた。そうした亜人たちを問い質し、目的地にたどり着くまでの道中楽しみながら、進行方向を変えることを何度か繰り返して、ようやく目的の場所を見つけたというわけだ。

 

 亜人たちが口々に「光と共に現れた異物」だと言っていた意味が分かった。眼下には朝日を反射して輝く巨大な壁があったのだ。この辺りに白い石などありはしないのに、城壁を想起するような堅固な白い壁ががらんとした草原に聳え立っていた。

 この世界をゲームボードと見立てて、()()()()()()()()ような不自然さ。見渡す限りの砂の海に、背の高い緑生い茂る林が現れたような強烈な違和感があった。

 

 当然私が知らないだけで、あの白い石を産出する採石場があるのかもしれない。

 素人目ではあるものの、周囲にあのような真っ白な石を産出しそうな山は見当たらない。遠方から輸送するにも中継地点となるような町も、この周辺地域では見かけたことがない。そもそも輸送路となりそうな道すらないために、外部と交流などしていないように見えた。

 

 なんにせよ、あのギルドはかつての私たちと同じ現象に見舞われたのだ。

 

「ギルド拠点そのものの転移……あったね」

「……あぁ」

「いつ頃から転移しているのか分からないけど、遠目で見る限り破損個所がないから、あの拠点を管理している奴は、周囲の強者と上手いこと折り合いをつけて動いているらしい」

 

 壁内の中心には神殿のような白い巨大建造物があった。

 あれが本拠点だろうか。それとも地下拠点の目くらましとして配置したのだろうか。ランクはどれほどだろうか。城以上ならばこれ以上近づくのはやめておいたほうがいい。この地域に来た時点で私たちの目的は達している。これは只の物見遊山。余計な危険を負う必要はないのだから。

 

 それから、白い壁を汚すようにして広がる人工物に目を向けた。

 壁の周りに縋りつくようにして集う、質素な木製小屋の数々。形もバラバラで統一感があるのは素材くらいだろうか。

 区画なども全く決められておらず、寄せ合い膨れ上がった有象無象の群れ。私にはアーコロジーに迎合しない、あるいは裏切ってもなお周囲にへばり付く()()()()()の住処のように見えていた。

 

 じっと見つめていると、その間を蟻のように小さな存在が忙しなく動いているのが目に留まった。

 

 単眼鏡を取り出し眺め見てみれば、見たこともないほどの数の人間たちがそこで蠢いている。

 物々交換をしている大人や狭い通りを駆け回る子供、井戸のようなものを取り囲み話し合う者たち。大きな石の周りに集まって大人や子供たちが笑い合う姿も見えた。その活気は遠くからでも伝わってくるほどの強いエネルギーの波として感じさせた。

 

 それは私たちがこの世界で初めて見る、希望を持った姿の生気に満ち溢れた人間たちだった。

 あれをアーコロジーの最下層とも揶揄される()()()()()と呼ぶのは少しだけ、失礼な考えだったかもしれない。あのように澄んだ顔をしている人間はおそらく最下層には居ないだろう。勿論、最近あの場所へ辿り着いたのか、疲労と不安に塗れた影の濃い顔付きの人間もいれば、()()()()()に相応しそうな顔付きの人間もいるのだが、割合は非常に少ないと見える。

 

「それにしても、まあ……よくもあれほどの人間を集めたものだよ」

 

 飽きれとも賞賛とも取れる言葉が漏れ出てしまうのも仕方のないこと。

 そんな人間の営みを眺めていると、ムムが感嘆の声を上げた。

 

「驚いたな……生者は死者に対して生理的な嫌悪を抱くと聞くが、それを克服させているのか」

 

 ムムが視線を向ける方向に単眼鏡を持っていくと、スケルトンが手にした木材を人間たちが受け取っている光景が目に入った。

 そこは様々な資材や食料が置かれた集積場のようで、人間とアンデット──ほとんどがスケルトン──が混ざり合いながら共に活動していた。アンデットを嫌悪しているような雰囲気はなく、配給を手助けまでしている人間たちもいる。

 おそらく脆弱な人間に代わってアンデットが外へ出向いて資材や食料を確保し、集積場に集める役目を負っているのだろう。

 

「あのアンデットは使役されているのかな」

「それしかあるまい」

「だよね……あっ、デスナイトまでいるじゃん……子供に乗られて遊具になってるけど、人間ってあれを怖いと思わないんだ。というか臭くないのかなアンデットって」

 

 資材はまだしも、あれだけの人間がいて食料は足りるのだろうか。そう思ってさらに周りに目を向けて観察していると、草原の中に緑の濃淡が異なる区画をいくつも発見した。

 あれ全てが農地だとすればとても広いものになるのではないだろうか。人間一人を養うに必要な面積など知る由もないが、ひもじさを感じない程度の収穫量が見込めそうに思えた。休むことなく働くアンデットが管理しているのであればなおさらか。

 

「地上の楽園でも作るつもりなのかね……」

「どうだろうな……楽園と呼ぶならば、種族に分け隔てなく囲ったほうがそれらしいな」

 

 あらゆる種族の共存、それは夢物語というべきか。生者と死者という真逆の存在が共存していることから想像するに、あの集落であればその道が決して不可能とは言い切れない。

 ただあれは、使役されたアンデットであり、感情なんてものは存在しない。ああも慣れてしまえば機械と変わらないのかもしれない。そういう見方で考えればあれは共存などではなく、システム化された機械を扱う人間のコロニーだろう。

 

「……それなら、人間の生存圏を作ろうとしてるとか?」

「ふむ。しかし人間は脆弱だ。それが変わらない限り、いずれは周囲に蔓延る脅威に対応できずに元の生活に戻るだけだ」

「その弱い部分を神がアンデットを使役して支えているんでしょ?」

 

 あの集落に近づくにつれて、亜人たちの姿は極端に減っていた。

 おそらく土地を中心に数十キロ近い範囲がアンデットの使役可能エリアなのだろう。広大な範囲だが、亜人が入り込まぬような警戒網の構築やそれを成す多数のアンデットたちをどのように制御しているのだろうか。

 

 ()()と呼ばれるくらいなのだから、複数人で分担しているのだろうか。

 一人ならその情報量でパンクしそうなものだが、換気扇の羽根のように旋回させる単純な行動なら問題ないのかもしれない。疲れ知らずのアンデットたちを回し続け、数が減ったら都度補充する。それなら数が少なくてもカバー可能なようにも思える。もしそうなら穴は意外と多いはずだ。

 

「ああその通りだ、レーション。神と呼ばれるものがいなければ、数年と経たずにあの人間の住処は消え去るほかない……あの周辺を除けば、ここも南と変わらないくらいには亜人種が多いからな」

「技術力がなければ人間なんてただの餌だしねぇ……にしても、不思議だよ。あんなにたくさん人間を集めるくらい人間大好きなのに、脅威を遠ざけるだけなんてさ。一体何考えてるんだろうね」

「………」

 

 只の独り言で別にムムの返しの言葉を期待していたわけではない。しかし照明が前触れなく落ちたかのような、ムムの不自然な反応が気になり、単眼鏡での観察を取りやめてムムに視線を向ける。

 

「……ムム?」

 

 もう一度声をかけてみるものの、生返事が返るばかりでムムの眉間の皴は取れず沈黙を保ったままだ。私は思ったことをそのまま言っただけで、その言葉自体に意味があるわけではないのだが、何か気になることでもあったのだろうか。

 

 なかなか元に戻らないじれったさに暇を持て余した私は、丘を駆ける風の声に耳を傾けながらムムの背中の毛で手遊びを始めた。しばらくして、地蔵のように固まっていたムムがいつの間にか柔らかさを取り戻していた。

 

「あぁ……すまない。あれは……いや、ただの憶測に過ぎないか。ゆえにお前が気にする必要はない」

「その言い方だと気になるんだけど?」

 

 自身の考えを言い淀むこれまた珍しい姿をムムは見せていた。

 ただ、それは今の私の心情からすれば悪手。気にするな、そう言われて気にならず忘れることができるのは、元からそれが興味の対象ではないときだけだ。珍しいムムの反応を二回も見せたその考えがどのようなものか、気にするなというほうが無理というもの。

 それでも頑なに拒むこともままある。だが今回はそうではなかったようで、こちらをじっと見つめていたムムの口がゆっくりと開いた。

 

「……惨いことをするものだと思ってな……脅威を排除しないのは、砂漠のオアシスを作るため……私たちと同じように藪蛇を嫌っているのかとも考えたが、この土地に対する数多くの亜人たちの印象を思うにそれはない。そうして出来上がったこの空白地帯──亜人種の脅威が存在しない唯一の土地。まるで水を求めるように、周辺の怯え隠れ住む、未だ自由な人間はここに自然と集まってくるだろう」

 

 ムムの語りを聞いて、私は得心した。この土地を管理する神は知ってか知らずか、将来の亜人種の餌場を作っているのだと、そうムムは言いたいのだ。

 神にそんなつもりはないのかもしれない。しかし少ない労力で人を集めるという一点を見ればこの方法が最善なのだろう。身近な危険を排除した上で、周囲遠方の危険を残したままのほうが都合が良いのだ。

 

 言い淀んだのは私に配慮したためだろうか。元人間である私にここが餌場であると明示するのを憚ったか──いや、それは違うはずだ。

 かつての私は人間に戻れるなら戻りたいと考えていた。しかし戻れないのであれば、この姿のままでもいいと思うようになった。人間に執着があるわけではない。()を見失わなければそれで良い。私の心がこのスキュラという種族そのものに、本能に飲み込まれることを恐れているだけだと気が付いたのだ。

 ムムに表立って話したことはないが、それを以前から察しているはずなのだ。

 

 ムムが躊躇したのは私に配慮したのは確かだろう。では何があって、ムムは迷いを覚えたのか。考えても考えても、私には分からなかった。

 

「惨い……かな? 捕食者と被捕食者の関係からして、間に絶対的な存在が割って入らなければ、手を取り合うことなんてできないと思うし当たり前のことじゃない」

「広大な範囲を使役したアンデットで管理可能とする能力を持ち、さらに生者の生活の輪に死者を溶け込ませることができる手腕を持つ者が、何故その対策を立てないのか? ……ゆえに、惨いと言ったのだ」

 

 確かにムムの言うことは尤もだ。しかし私は、あの土地を管理する者はそこまでの志を抱いていないのだろうと考えていた。自身の手の届く範囲、そこだけを守れれば良いと、そう考えているのではないだろうか。

 

「でもさ、神が私と同じ、ユグドラシルのプレイヤーだとすればだよ? 単純に面倒になっちゃっただけじゃないかなって思うんだよね。亜人種ってたくさんいるし、殺しても殺しても湧いて出てきそうじゃない?」

 

 そう。もし神がプレイヤーならば、私と同じ突然強大な力を与えられた、ただの小市民なのだ。アーコロジーを発展させるため、将来他のアーコロジーを相手取る必要のある人物。そういった教育を受けた一部の僅かな層であれば志も高いだろうが、それはまず在り得ないだろう。

 

「神があの場所に居続けるだけで、亜人種は人間に手を出せない。だから遠ざけるだけで十分だと考えたんだよ。きっとね」

「……そういうものか?」

「そういうものだよ」

 

 居座り続けるつもりがあるなら、神は私と同じ寿命のない異形種の可能性が高いだろう。

 アンデットを使役しているから、シナジーの強いアンデット系列だろうか。生者を憎むアンデットになってしまったのに、人間をあれだけ手の届く範囲に集めて、どうやってその本能を抑え続けているのだろうか。是非ともその方法を聞いてみたいところだ。しかしながら、安易にあの拠点へ歩を進めるわけにはいかない理由があった。

 

「……ムム」

「なんだ?」

「どうすればいいかな……」

「行きたいなら行けばいいだろう。私はお前のすべてを肯定するのだから」

「………」

「……会ってみたいのだろう? あの拠点の管理者に。ならば迷うことなどあるのか?」

「ムムを、危険に晒すかもしれない……」

 

 ユグドラシルにおいて、誰かが占拠したギルド拠点へ不意に訪問するのは勇気──蛮勇と呼ぶべき行為だ。何故ならそれは、敵情視察に他ならず敵対行為に該当するからだ。無人の拠点に攻め入ることはシステムによって保護・遮断されていた──攻めの時間が決められている──ものの、外壁の破壊や周囲での転移陣の構築などは許されていたし、それが当たり前だった。

 問答無用で敵対行為と見做される可能性が高い以上、軽率な行動はできなかった。逃走への比重を置いた準備は十分にしているが、万が一を思えばあの拠点への歩みは止めざるを終えない。

 

「十分な準備はできているだろう? 何のための準備なのか分からないではないか」

「その準備がもし、足りなかったら? あそこでムムも私も死んじゃうかもしれないんだよ?」

「準備に必ずなどないのだレーション。位階魔法が使えないのはあちらも同じ可能性が非常に高いと結論が出たではないか。そして魂の連環を結ぶ我らに素の力で及ぶ者は多くない現状、有利なのはこちらのほうだ」

 

 それを理解した上で、危険に自ら飛び込む必要はないと考えているのだ。私はムムの安全が何よりも大事で、ムムが死ぬことなんて考えられないのだから。

 

「……異形の本能を抑制する術を知りたいのだろう。それは何を差し置いても重要ではないのか? 私のことなら気にするな、お前が死ぬまで死ぬつもりはないと約束したのを忘れたか?」

「………私は──」

 

 言葉が喉の奥で詰まったように口に出すことができなかった。私は私自身のことを正確に測れているのか一瞬疑問に覚えてしまったからだ。本当に守りたいのはムムなのか、それとも失っていく私を直視したくないだけなのか。その区別がつかなかった。

 

「──まだ平気だとでもいうつもりか? ならば葛藤などせず、速やかに離れていたはずだろう?」

 

 私はただ、ムムの言葉に背中を押してもらいたいだけなのかもしれない。

 

「……分かった。行くよ……」

 

 

 

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