レーションとムム   作:ぱさぱさ蒟蒻

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12.誤解

 門の闇を抜けた先は、外の状況と比べて真逆の印象を私に与えていた。

 

 測ったように等間隔で整然と並ぶ白い建物と、手入れのされていない庭先。門から神殿と思われる建築物までを結ぶ、一直線に延びた丁寧に舗装された幅の広い石畳。道を覆うようにして伸び伸びと成長している街路樹。

 あれほど濃い匂いを漂わせていた人間の気配はうっすらと感じ取れる程度だ。忘れられた聖域のような静謐さが漂う空間が目の前に広がっていた。

 

 そんな中をスルシャーナは一人、奥に見える建築物を目指して歩いている。

 私たちが追いつき、双方無言のまましばらく歩いていると、何かを思い出したかのようにスルシャーナが声を上げた。

 

「……そういえば、レーションさんは何故、人化をしないんだい? 確かスキュラは半人半魔の異形種だろう? 元人間としても、人の姿のほうが何かと過ごしやすいと思うんだけど」

 

 言われてみれば、確かに何故しなかったのだろうか。

 転移したての頃は異形の姿に違和感を覚えていたはず。水面に映るこの姿が当たり前と思えるようになったのは一体いつからか。改めてスルシャーナに問われるまで、そのことに疑問すら抱いていなかったことに私は衝撃を受けていた。

 

 異形種の人化はパラメータに強い制限がかかるため、脅威に対応できなくなると考え、無意識に正当化していたのか──いや、脅威をはっきりと認識したのはドラゴンに襲撃されてからだ。それ以前は脅威なんて考えてすらいなかった。

 自問自答を重ねれば重ねるほど、人化を行うタイミングなどいくらでもあったという事実と、人化しない理由を見出せない現状を直視せざるを得ない。スルシャーナと出会い、その答えを得ることに希望すら感じていたはずが、実際には砂上の楼閣に過ぎないのかもしれない。その可能性を想像するだけで、胸の内に暗い影が差していくのを感じていた。

 

「まーこの町は僕みたいなアンデッドがいるから平気だと思うけどね。もし他の人間種の町に行くならそうしたほうが良いんじゃないかな」

「……他にもあるんですか? 人間の町が」

「見たことはないんだけどね。人間種が主体となって暮らすところは案外多いようだよ?」

「この姿となってからは南方で多くを過ごしましたが、そんなものは見たこともありませんでした」

「南方……亜人種が幅を利かせているところだね。それなら仕方ないかな。南方の亜人種はこのあたりの亜人種よりもずっと強いらしいから」

 

 スルシャーナの言葉はムムとの旅を思い起こさせた。亜人種との記憶は良いものではないが、こうして記憶が蘇り客観的な視点で見れば、彼らは組織立って動いているようにも思えた。もしかするとあの土地の周辺には亜人種の国家があったのかもしれない。

 

「人間は家畜か通貨扱いでしたが、それゆえに価値があるものとしてそれなりの待遇で扱われ過ごしている人間も多く見てきました」

「……なるほど、どこも変わらないね」

 

 スルシャーナは立ち止まり、ため息とともに言葉を零した。

 

「そういった扱われ方をする人がどう思っているかは別問題ではあるけれど、力を持たない種族にとって、それは処世術の一つかもしれない……実際、僕たちがここに転移したときの人間の扱いもレーションさんが見てきたものと似たようなものだったからね。あー……どうだろう、むしろレーションさんの見た状況より酷かったかもしれない。ここの亜人ってほんと気性が荒いからなあ……」

「……それで、壁の外側のような町を?」

 

 スルシャーナはこちらに振り返り、纏う雰囲気に寂しさのようなものを滲ませた。

 

「うん……そうかもしれない。いや、どうなのかな……本当のところはもう分からないんだ。成り行きでこの町をここまで広げたけれど……僕が本当にしたいことって、何なんだろうね」

 

 独り言のように語ったスルシャーナはがらんとした通りをまた歩き始めた。

 

 これまでのスルシャーナの話し方と雰囲気から察するに、かつては一人か数人か、彼と共に歩んだプレイヤーが居たのだろう。だが現時点では彼しか残っていない。なぜそうなったのか私が今持つ情報では知る由もない。その情報はおそらく神殿の中で、スルシャーナ自身の口から語られるはずで、彼が人間たちに聞かせたくない理由にもなっているのだろう。

 

 それから新たな会話が生まれることなく、私たちは神殿への道のりを進み続けた。

 

 

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 

 

「ようこそ、わが家へ!」

 

 神殿の入り口前で、まるで道化のように大袈裟な身振りとおどけた口調でスルシャーナは言い放った。

 その唐突さに私がどう反応してよいのか迷っていると、照れたようにスルシャーナは言葉を続ける。

 

「いやぁ……思えばこうして、自拠点に友人を招くなんて初めてのことだなあと、感慨深くなってしまってね。テンションがおかしくなってしまったようだ。この身体になってからどうも精神の揺らぎが少ないのだけど、このアンデッド特有ともいえる特性も、新たな友人を持つという状況下においては鳴りを潜めてしまうみたいだねえ……」

 

 自らの言葉に共感するようにしきりに頷いている。

 

「……友人」

「ああ。あまり気にしないでいいよ。僕は友人判定の閾値が低いだけさ……閾値が低いと言ってもね、相手の表情や態度、見せてくれた行動。そういった僕の中にある、この人なら友人として接してもいいなって基準をあなたたちは満たしたんだ。もちろんレーションさんやムムさんが僕のことを友人だと思ってくれるなら非常に喜ばしいけれどね。まあなんだ、フレンド申請を突然投げつけられたような、そんな感じだと思ってもらえればいいよ」

 

 友人という関係におけるスルシャーナの持論に、私は少しばかり考え込む。ただ私の反応を待たずにスルシャーナは唸るようにして考え込みつつ、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していた。そこにあるはずのものが無くなってしまったような仕草だ。

 

「僕が来れば騒がしいくらいに駆け寄ってくるんだけど……今日は外回りの日じゃないし……」

「誰か他にもプレイヤーが?」

「ん? いやプレイヤーじゃなくて傭兵NPCだよ。やっぱり手が足りなくてさ、六人居るんだ」

「そうですか……」

「うん。すごくよく働いてくれるし、町の安定化とかだいぶ助けてもらっていてね、あなたにも紹介しようかなと思ったんだけど……どうやら今は居ないみたいだ。一人は確実にいるはずだけど、あいつは拠点に所属していない外部の人を嫌ってるからなぁ」

 

 傭兵NPCにも性格があるのだろうか。ムムが居たことで傭兵NPCは大まかにしか把握しておらず、不確かな部分が多い。呼び出せる最大レベルがおぼろげに、確か八十レベル辺りだったはずだ。そこまでの脅威はないとはいえ、嫌いだと分かっている相手に近づく必要はないだろう。

 

「今すぐに紹介してもらえなくとも私は構いませんよ」

「そう? なら、お言葉に甘えてしまおうかな。また機会を見つけて紹介するからその時を楽しみに……と、本来の目的を忘れちゃダメだった。僕たちが話し合いに良く使っていた一室があるんだ。そこまで案内するよ」

 

 スルシャーナは再び私たちに背を向け、神殿の中へと入っていく。

 

 神殿の内部は静かでひんやりとした空気に満ちていた。スルシャーナが言っていた白の都──おそらく壁の内側のことだろう──に遠慮したかのようなグレー調のシンプルな装飾で統一され、神殿という場所の厳かさを強調しているように感じる。

 神殿に入ってすぐ、入り口からの日差しがかろうじて届く程度に進んだ先にはエントランスに当たるだろう広間があった。広間の中央奥には金装飾の大扉、左右両脇には直線の階段があり、下から見上げてもいくつかの扉と奥へと続く通路が見える。

 

 私の様子に気が付いたスルシャーナ曰く、目的の部屋は一階にあり、上階は資料室やアイテム製造機などが置かれているらしい。中央扉の奥は最も広い大広間があるようだが、部屋内を鑑賞した程度で何かに使ったことはなく、そろそろ掃除しなくちゃなとボヤいていた。

 目的の場所は左手の階段裏にある通路の先。右手の通路にも部屋があり、傭兵NPCに宛がっているがあまり使ってくれないのだそうで、仕事熱心すぎるところが玉に瑕だと嘆いていた。ちなみにスルシャーナたちプレイヤーの居室は大広間の裏側を走る通路上に並んでいるようだ。

 

「さて、着いたよ。僕たちは()()()なんて呼んでいたかな」

 

 部屋と通路を隔てる扉の取っ手にスルシャーナは手を掛け、軋みを上げる扉と共に部屋の中へ進んでいく。

 

 部屋の内部は<永続光>で適度な明るさが保たれていた。部屋の中央には六角形の黒檀のような艶やかな質感の机と、辺ごとに一つずつ、決して華美ではないが机に見合った椅子が並んでいる。それ以外の装飾は花台に据えられた、花の生けられていない花瓶が一つのみ。のっぺりとした壁は、辿ってきた通路の、神殿の厳かさを崩さない程度に装飾があった壁と比べてしまうとあまりに味気なかった。

 しかしそれが、私の感覚からしても会議室と呼ぶことになんの違和感もないほど整った空間となっていたのだ。

 

「机も椅子も、人間種向けに誂えられてるから、僕たちの中にも使えない人がいたんだ……だから、これは置いてあるだけのただの装飾……荷物置きくらいにしか使ってなかった。好きな場所を陣取っていいよ。僕たちしかいないからね」

 

 私たちは通路側の壁近くに身を置いた。スルシャーナへと視線を向けると、彼は何か思うところがあるのか、机に視線を向け、骸の手で表面を擦っている。

 

 静寂がしばらく続き、スルシャーナはその長い沈黙の末にその帳を破った。

 

「ああ……どこから話そうかな」

 

 視線は机に向けたまま、零れ出るように言葉が紡がれる。

 

「まずは、そうだな……悪い奴は僕の目が届く範囲にはいない。レーションさんの質問……これから答えようか。僕がこの世界に転移してきてから、悪い奴は度々生まれてしまったけど、その都度僕が殺してきたんだ……いや、そうとも言えることをしてきたんだ。つまり、正確には、僕の仲間たちから()()乞われて──乞われて……最終的に僕の判断で()()してあげた」

「………」

「後悔があるかは分からない……たぶん、ないと思う。変わることを恐れた彼らがそれを望んでいて、変わらない僕がその役目を負った。ただそれだけ、そういうことなんだろう……変わってしまう彼らから激しい誹りは何度も受けたけど、それは正当な主張であったし、それがあったからと言って彼らのことが嫌いになんてならなかった……それに変わっていく彼らを見て、僕はそれが仕方のないことで、変わりきった彼らであっても別に良いと思ってた。心無い言葉はそれが見透かされたようにも思えて、自業自得だなって思ってしまったんだ」

 

 それからスルシャーナは自嘲するように「理解できても共感できなかったんだ」と言い捨てた。

 彼と仲間の間に何かがあったことは想定していたが、これは未来の私の姿を暗示しているのではないだろうか。

 

「でもね、こう思うこともあるんだ……ああ、なんて勝手な奴らなんだってさ。最初の奴は人の匂いに惹かれて思わず口にしてしまった、だから僕に必死に助けてくれと乞うてくるんだ。変わらないのはお前だけだから、だから助けてくれってね……僕にだって、そんなこと分かるはずないじゃないか。僕は神様でも何でもないんだ。僕は正直に言ったよ、言ってしまった、耐えるしかないって……こうして思い返せば、あれは余りに無神経だったかもしれないね」

「……その人は何年目で、変わってしまったんですか?」

「大体十年と少し経った頃かな……酷い扱いを受けてる壁の外の人を保護しようって話になって、今のような町の走り出しができてから、数年くらい。そのときはまだアンデッドを活用しようなんて思いつきもしなかったから、僕たちも保護した人たちと混ざって家っぽいのを作ってたんだ。人の保護が軌道に乗り始めて、たぶん気が緩んだんじゃないかな。実際はどうだったんだろうね。そのときの現場を僕は見てないから」

「私は……きっとそのプレイヤーと同じ状態にあります……」

 

 スルシャーナはそれですべてを悟ったように、眼窩の青白い光を細くし、言葉を選ぶようにして私に問いかけた。

 

「……それは、大変申し訳ない。そうすると、あなたは……本能を抑える術を知りに来たのだろうか」

「はい……ですが──」

「ええ、先ほど話した通り、僕には耐えろとしか言えない。彼らが──かつての仲間の変わっていく様子を間近で見続けたけれど、結局表面的な目に見える部分でしか理解できなかった……それがどういう感覚なのかすら分からなかった」

「言葉では表現の難しい感覚です。人間性の喪失と表現できなくはないんですが……霧に包まれた林檎のような、いいえ、暗闇に包まれた林檎でしょうか……とにかく何かに侵食され続け失っていくような、そんな感覚な気がします」

「……そうだね、彼らもあなたと似たようなことを言っていた……しかし、レーションさんは彼らと比べて随分と落ち着いているように見える。転移は最近なんだろうか?」

「百年以上は経っているはずです。正確なところは分かりませんが……」

 

 青白い光が瞬き揺らいだ。

 

「何と言ったらいいのだろう……百年、か……あなたはとても強い人だ。ムムさんのおかげでもあるのかな」

「ええ、それはあると思います。ムムが居なければ私はきっとここまでこれなかった」

「……ムムさんのようにずっと寄り添ってくれる人がいたからこそ、レーションさんは自分を見失わずに済んだんだね……確かに僕は、彼らのことを理解しようとはしたけれど、寄り添うことはしていなかったかもしれないな……」

 

 ムムが居てくれたからこそ、私がここまでこれたのは確かだろう。早ければ十年で異形の本能に突き動かされてしまうのだから。スルシャーナは強いと言ってくれたが、そんなことは決してない。

 

 長い時を生きた唯一のプレイヤーから得られた答えは「耐えること」。しかし、その理由には納得する他なかった。プレイヤーは神様ではない、ならば必ずしも望む答えを授けてくれるはずもないのだ。

 私の希望はどうやら亜人種が口々に話していた「神」という言葉の自己認識に引っ張り上げられていただけだった。神と呼ばれる者なら救済してくれるかもしれないという一方的な願いを抱いていたのだ。

 

 ならば、私は一体──。

 

「レーションさん……好きなだけここに滞在してもらって構わないよ。それに少し、顔色が悪いようだから落ち着ける場所を提供しよう」

 

 私は一体いつまで、ただただ耐え続ければいいのだろうか。

 

 これまでと同じようにムムが傍に居れば、耐えていけることは私たちの旅が証明してくれている。そしてムムは私に寄り添うと言ってくれたことがある。スルシャーナが言った耐えるための準備は整っているはずだ。ゆえにこれまで通り変わらず私はムムと一緒に旅を続ければいい。

 

 そう素直に思えなくなってしまった不安の源泉は一体何なのだろうか。

 

 

 

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