レーションとムム   作:ぱさぱさ蒟蒻

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16.終息・後

 歩きながら向かってくる異形は、久方ぶりの友人との再会に沸き上がった感情を全身で表現していた。異形──レーションはこのまま至近まで進むかと思えば、目測十メートルの地点でその足は止まる。おそらくこちらの常とは異なる空気を感じ取ったのだろう。

 

 スルシャーナは幼さすら垣間見えるその姿に驚愕していた。屈託のない笑顔を浮かべながらも、傾く日差しを背に受け影が差した表情はどこか不気味で、見覚えがあるのに得体のしれない存在を見ているかのようだった。

 十数年ぶりに出会ったレーションは記憶の中のレーションと噛み合っていなかったのだ。

 

 姿そのものはなに一つ変わっていない。

 格調高い金糸の刺繡と赤を基調とした東洋の伝統的な衣装を纏い、光沢のある黒髪を一つに束ね、健康的な肌の色を持つ妙齢の姿である上半身。服の裾から覗く血の乾いたような色合いの、吸盤が二列に並ぶ八本の触手の下半身。レーションという名を持つ、異形種のスキュラとしての姿だ。

 

 スルシャーナと出会った以前の彼女であれば、身体を縛り付け無理に抑えているようなぎこちなさが見えたはずだった。それが今では硬い印象だった触手も一本一本に意思が宿っているかのような滑らかな動きを見せている。

 特に印象的なのが、今魅せているように触手の一本を肘置きとして使い、体重を預けた雅な()()()を作る姿など想像もできなかったことだろう。

 種族本来の洗練された妖美さと彼女自身の性格が醸し出されていたと思わざるを得なかった。

 

 これら差異を一言で表現するならば、所作や仕草が自然体となっていたことに尽きるのだろう。異世界の理に迎合しまいと行動していた節のある彼女はもはやどこにもいない。目の前に居る彼女は異世界に根を下ろしたのだ。

 

 スルシャーナの精神的動揺を他所にムムはレーションに声をかけていた。

 

「レーション。お前はなぜここへ来た?」

 

 ムムはこの姿を知っている、もしくは慣れているようで気にした様子はない。

 レーションの「どうしたの?」という問いに答えるでもなく、ただ問いただすのみ。その声色には彼自身が抱いた印象を確かめるような響きがあった。

 

「……? どうして、そんなこと聞くの? ムムが居て、人間がいっぱいいるからだよ」

 

 レーションは水をかけられたように不満気な顔を作った。戸惑いと刺々しさが入り混じってはいるものの、レーションは素直に答え、やり取りが続いていく。

 

「人間と一緒に居たいか?」

「どうだろ……あいつら神ってすぐ呼んでくるから嫌い。でももっと我儘になって良かったのかな……どうして亜人や人間の町を避けてたんだろう? 今になって思えば私らしくないかもしれないなあ……」

 

 風の音だけが響く中、レーションはどこか遠くを見るような目で、所在なげに自分の指先をいじっている。

 

「……人間は美味だったか?」

 

 あまりに直球な言葉にスルシャーナはムムへ困惑と非難の視線を向けると同時に、レーションの動向に注意を払いつつ身構えた。

 だが、当のレーションは投げられた言葉を受け取り飲み込んで、うんうんと唸っていた。

 

「……死体は、意外と……いける。硬直したのより、匂いのあるほうが癖があって好き、かも? ……うーん。生きてるのと比較したいなあ……」

 

 頭を右へ左へとひねり、口元に手を当てつつ呟きながら、レーションは記憶を掘り起こしている。まるで昨日の外食はなにを食べたか思い返しているようだった。

 その様子を見ていたスルシャーナは、己の願望をくしゃりと丸め、出会った頃のレーションはもういないことに向き合った。同時にごく自然な姿で悩むレーションに対して嫌悪感が湧くことはなかった。肉食獣が草食獣を捕らえて食らうように、当たり前の景色がそこにはあったのだ。

 

 レーションはとても幸せなのだろう。

 枷がなくなり、自由な意思で行動できているようにスルシャーナの目には映った──。

 

「おいしいとは思ったけど、ムムと会って冷静に思い返してみると……元同類だからかな、あまり食べたくはないかも……風味も食感も良いんだけど、後味が悪いんだよね……でも……」

「でも、なんだ?」

「……食べられたがってるやつなら、食べても後味悪くないんじゃないかなって……ムムは、どう思う?」

 

 子供が親に尋ねるように。

 レーションはムムに問いかける。

 

「そうだな、相手から望まれるのであればそうするのが自然だ……。最後に一つ」

「なに? ムムなら何でも聞いていいよ」

 

 身を乗り出すようにしてムムの問いを促していく。

 

「泣きたいか?」

 

 ムムの放った一言はレーションを劇的に変化させた。

 

「またムムは私の中を勝手に見て……本当に配慮ってのがないんだから……。でも、そうだね」

 

 レーションは口を尖らせ少し不機嫌となったが、すぐに鳴りを潜め、代わりに少し先の地面を見つめている。問いかけに応じる彼女の輪郭が、陽炎のように揺らいでいた。

 スルシャーナはそこに、暗い底へと辿り着いてしまった人の姿を幻視した。

 

「……ねぇムム、私はどうすればよかったのかな……」

 

 零れた言葉を掬うものはなく、地面に吸い込まれていった。

 その答えはスルシャーナも欲していた。「耐えてください」、そんな空虚で無責任な言葉ではなく、真に救うことのできる答えを。

 

「二本足で歩くものが片足を失ったとき、支えがなければどうして歩き続けることができるのだろうか」

 

 ムムも異世界に招かれたプレイヤーの在り方を示す絶対的な解を持っていなかったのだろう。

 その代わりにムムは奇妙な例えを答えとしたが、長年連れ添ったレーションにも難解であるらしく首を傾げていた。

 

「……ムムの例えってやっぱり分かんないな」

「……お前が答えを出すのが早すぎるだけだ」

 

 ムムの言葉にレーションは疲れたような笑みを浮かべて返し、脱力したかのようにだらんと両腕を垂らした。

 

 その場を支配していたのは、聴覚が痺れた錯覚を覚えるほどの濃密な沈黙だった。

 落ち行く日差しを背に受け立ち尽くすレーションの姿は、あまりに無防備で脆く見えてしまう。だがそうではない。沈黙の中にひりつく空気が生まれていることがその証拠であった。

 

 スルシャーナはムムの影に隠れるような位置へ移動し、大鎌というには不格好なカロンの導きを取り出し構え、レーションを見据える──その瞬間だった。

 

 地面がうねりを上げて鳴いた。

 大雨が染み込んだ土から、泥の刃が獣を捕らえる縄のように跳ね上がる。水沫の向こうで、レーションの左腕が逆袈裟に振り抜かれていた。遅れて認識できた泥の軌跡がムムの胴を斜めに撫で、続けざまに左から右へ横薙ぎの軌跡が描かれる。

 

 空気を裂く湿った二つの鈍い衝撃音が平原に響く。スルシャーナの前に立ち塞がった灰色の巨躯が二連撃を真っ向から足を沈めて耐えていた。爪先が泥を抉り、後退は数センチに留まる。

 

「やっぱ泥じゃダメか!」

 

 吐き捨てる声には、かつてのユグドラシル時代を彷彿とさせる軽薄さが混じっていた。

 レーションは前面の四本の触手をバネのようにたわませると、後方へ滑るようにしてバックステップを踏んでいく。飛距離を伸ばすためか、あるいは接近を容易にさせないためか、振りかぶったままの左腕を大きく逆方向へ流し三撃目の泥の刃を放った。

 

 しかしムムはレーションの動きを予測していたのだろう。

 守りに徹していたムムが、レーションの着地の瞬間を計って地面を蹴る。十メートルの距離などあの巨体であれば一息だ。大地の踏み爆ぜた音すら追いつかぬ速度で一直線に肉薄する。

 

 そしてレーションもムムの動きを予想していたのか、後退に使用していない触手を地面に滑らせながら振りぬき、石礫が複数同時に放たれた。拳大の石がムムへ向かって散弾のように広がる。

 ムムは急制動をかけて前進を止め、身を捻り回避しつつ残りは身体で弾く。だがこの静止を逃れた数個がムムの越えて、その先のスルシャーナへと飛んだ。

 

 スルシャーナはカロンの導きを無造作に振るい投擲を弾いた。金属質な乾いた音が響き、石は粉砕され弾け飛ぶ。衝撃が手に僅かながらも鈍い痛み引き起こした。

 魔法詠唱者であるスルシャーナにできることは限られていた。魔法が使えればこの状況など一変させられる。しかしこの世界の理は詠唱という行為を受け付けない。武器で弾くか、避けるか。あるいは手札を切るか。

 投擲と泥の刃が断続的に飛び交う中、スルシャーナはカロンの導きに意識を集中させた。

 

「——スパルティアト召喚」

 

 武器から光が溢れ、五体の影が地面から滲み出るように形を成す。半身を覆う巨大な丸盾と無骨な短槍。古の重装歩兵を模したアンデッドたちがスルシャーナの前方に展開した。

 

 レーションの顔が歪んだ。

 泥の刃の軌道が変わる。なだらかな弧ではなく、鋭く屈折した軌跡が三体のスパルティアトを一息に薙いだ。水気を帯びた刃は丸盾ごと彼らを両断し、残骸が夕暮れ時の冷たい空気に霧散していく。

 

「補充」

 

 即座に追加の三体が泥の中から這い上がる。カロンの導きによって召喚できるのは同時に五体まで。残りのストックは二十二体。スルシャーナはスパルティアトへ指示を出した。

 

 スパルティアトたちが短槍を構え一斉に投擲する。槍が尽きれば彼らは重い丸盾を円盤のように投げつけ、それすら失えば残された肉体を弾丸として特攻していく。

 

 レーションは泥の刃を手綱のように操りながら、投じられるすべてに応じていく。余裕の滲んだ動きだった。突撃してくるスパルティアトは触手の一振りで砕き、丸盾は軌道を読んで躱し、短槍は泥の刃で叩き落とす。瞬く間にストックは減っていった。

 当然レーションにとって最大の障害であるムムへの警戒は一瞬たりとも外せていない。「こんなもの」では、ダメージどころか足止めにすらならないことはスルシャーナ自身も分かっていた。

 

 それでも彼女が忌々しげに顔を歪めているのは、これがほんの一瞬でも対処しなければならない強さを持った相手だからだろう。ただのスケルトンであれば、舗装された真新しい道を歩くがごとく一切を無視できた。だがスパルティアトは完全に無視できるほどの雑魚ではない。

 どちらも鎧袖一触の雑魚であることに変わりはないが明確な差があった。そしてその差が何を生むかもレーションは理解しているのだ。

 

 すべては、ムムへと注がれる攻撃の密度を、コンマ数秒分だけ削ぐための囮。

 レーションがスパルティアトの一掃に意識を割いた。その極小の隙。

 スパルティアトへの対応にレーションが向ける注意の密度がほんの僅かに変わる、ムムへの攻撃の手が薄まる、ほんの刹那。

 

 ムムにとってはそれで十分だった。

 地が再び爆ぜる。

 

「──っ!?」

 

 さらなる後退を試みたレーションだったが、ムムの初速が勝った。

 灰色の暴力が彼女の華奢な上半身へと跳びかかる。

 レーションは勢いを殺しきれぬまま倒れ、衝撃によって泥濘が飛び散った。二体は地面を滑り、やがてムムの巨大な前脚によって力任せに押さえつけられた。

 

 同じ色の黄金の瞳を持つ、レーションとムムの視線が交わった。

 

「ぁあー……やっぱり負けた」

 

 気の抜けた声だった。地面に押し倒されたまま、レーションは力なく笑った。

 

 

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 

 

 私は抜かるんだ土の上に押し倒され、ムムの膂力によって押さえつけられていた。

 これから抵抗しようと思えば可能だ。ムムは私の人の部分だけを抑え、異形の部分は自由な状態にあるのだから。

 

 しかしそれを成そうとは思わない。成す意味がないからだ。

 位階魔法を使わない争いにおいて私がムムに勝てる道筋はない。魔法の使えない魔法詠唱者を守るハンデがあった今回でさえ、勝てる自信はまったく湧いてこない。

 自らの耐久力を盾に正面から肉薄してくるタイプは、私の戦闘スタイルとはとことん相性が悪い。そういった相手に対する盾としてムムを運用してきたのだから、ユグドラシルのことを覚えているムムであればそうしないはずがなかった。

 

 ムムの澄んだ黄金の瞳が私のことを見つめている。瞳の中に映る私は泥に汚れお疲れのご様子だった。

 ああ、やはり綺麗な色をしている。ムムと同じ色にしたくてアバターを弄ったことで、ギルド<番の止まり木>のメンバーにはしばらく揶揄われた記憶が蘇る。

 ただ悪い気分にはならなかったし、お互い様だったのだ。形は違えど皆、自身のパートナーに対して似たようなことをやっているのだから。私なんてまだまだ可愛いものだ。

 

 腹と肩回りに感じるムムの重みが心地良い。そう思えば、私がムムに寄りかかることはしたもののムムが私の上に乗ることはされたことがなかった。定期的にのしかかってもらえば良かったなと少し後悔した。

 

 そんな益体もないことを考えていると、ムムに言っておかねばならないことがあったと思い出す。

 

「そうだ、私が死んだらどうなるか分からないから、ムムには私の切り札であるアイテムを進呈しよう。残り一回だけど好きに使っていいよ」

 

 私の切り札は超位魔法<星に願いを>が使用できる流れ星の指輪である。そのフレーバーは「どのような願いでさえ、星に願うことは自由である」といった内容の何とも扱いづらい代物だ。

 アイテムが譲渡された瞬間、ムムの体毛が波立つように逆立った。

 

「これはッ! 何故、使わなかった!! これを使えば、今までの、このような事には!!」

 

 普段のムムとはかけ離れた感情に任せた言葉の発露だった。

 初めて見たかもしれない珍しいムムの姿に思わず頬が緩んだ。

 

「だって一回しかないし……ムムも言ってたじゃん。フレーバーがどう解釈されているか不明なんだよ? ユグドラシルにないことをするんだ。博打は打ちたくないね」

 

「願いは常に聞き遂げられる」とか、「必ず叶うだろう」とかそういった内容であれば躊躇はしなかった。だが曖昧すぎて文字通りの切り札となるこれを使う気にはならなかったのだ。

 ユグドラシルでは明らかに無理筋な、例えば「無敵にしてほしい」とか、そういった願いはそれに近い形で聞き遂げられると聞いたことがある。おそらく「無敵になれるが時間制限付き」とかそういった類の内容のはずだ。悪魔的な捻くれた叶い方はしないだけマシと思うかはその人次第だろう。

 

「それは……いや、そういった意味ではない!」

「いやいや、言葉通りの意味だよ」

「レーション。笑い事じゃないだろう! なぜもっと、真剣に考えなかったのだ」

 

 なおも食い下がるムムに対して私は疑問符を浮かべていた。気持ちは分からないでもないが、ムムは頭が良いのだから考えれば分かることだろう。

 

「だからさー。考え抜いたところで使えないって言ってるの」

「時間はいくらでもあったのだ、単体で使えないと思うならば、使えるようになるまで他の要素で補い続ければいいではないか」

「それでも無理って言ってるんだよ……なんでムムって変なところで意固地になるの?」

「やってすらいないではないか、考えただけ、お前はいつもそうだ」

「……私、考えたけど? そのうえで無理って結論を出したんだけど? 私の自主性を重んじるとか言っときながら、どうしてこういう時ばっかり口出ししてくるの?」

「お前が誤った道を進んでいるからだ──」

「──なら、ムムが──」

 

 口論というにはあまりにお粗末な言葉の投げ合いが熱を持ってきたところで、この場にはスルシャーナという第三者がいることを思い出し、羞恥心を覚えた。

 気まずさを感じながらスルシャーナの居るほうへ視線を向けるが、肉が僅か張りにこびり付く頭骨から今の感情を推し量ることはできなかった。

 

「はあ……それで、私をどう殺すの?」

 

 私は気を取り直して、これからの本題を口にする。

 

「ムムじゃ私を殺しきれないでしょ。私を食べれば殺せるだろうけど、その前に完全異形形態の条件に引っかかるよ? そうしたら私は自我が消えて暴走して、色々なものを広範囲まき散らすように設定にしてるから、この世界じゃたぶん私を止められないし、人間も亜人種も住めない環境になるけど良いの?」

 

 語った内容は事実だ。ムムは私を殺せる。ただし狂乱のバッドステータスが付く完全異形化──PK(プレイヤーキラー)に対しての最後の悪あがきが発動する条件をムムでは確実に満たしてしまう。

 

 狂乱は理性を失う代わりに肉体的なリミッターが外れる。

 ステータスで勝るムムの有利が消えるのだ。それは戦闘の長期化を意味していた。

 百レベル相手でも多少の嫌がらせ程度にはなるフィールドデバフをばらまきつつ暴れることは、この世界にとっては不幸となるだろう。ムムもそれが分かっているからこそ、私を押さえつけるだけで今は積極的に殺そうとしてこないのだ。

 

「そこは僕が居るから問題ないよ」

「……スルシャーナさんが?」

「ええ。その通り……。僕ならあなたを確実に殺せる」

「……即死は無効化してるし、装備を外すつもりはないよ? 自殺するつもりはないからね」

 

 私は生きることを諦めたわけではない。ただ生きることに以前よりも熱意を持てなくなってしまっただけだ。食に対する意欲はあるし、お腹も空いているが、私の行動を止めようとした彼らに抵抗するほど気力があるわけではなかった。

 抵抗したところで彼らは先の戦闘と同じことをするだけだ。彼らのリソースが足らず、私を抑えきれず町への到達を許してしまうかもしれないが、負けるという終着点は変わらない。ゆえにこそ負けた私に対する裁定を大人しく待っていた。

 

 スルシャーナは私の言わんとすることを察したのか定かではないが、アイテムボックスに持っていた歪な鎌をしまい込み何かを探している。しばらくして、罅のような装飾の両手持ちの太い棍棒を取り出した。

 決意を秘めた声色が私の耳に届いた。

 

「レーションさん……あなたに思うところがないわけではない、けれどこんな結末で申し訳なく思う」

「プレイヤー同士が殺し合うのは当たり前でしょ? 気にする必要なんてないよ。それに私があなたを巻き込んでしまったのだから、謝るのは私のほうだよ」

「……それでもだ。でもありがとう」

 

 沈みかけの太陽の色に染まった骸骨は頬を染めているように見えた。

 

「これは第九位階魔法<真なる死>の効果を持つデータクリスタルを使った試作品だ」

「第九位階魔法……使用するデータ量が多くて、結局低位の魔法でないと実用的にならないんだよね」

「そうだね。だからこれは試作品なんだ。素材集めにはは苦労したが、本当にこれしかいいところがない」

「どんな機能を持たせたかったの?」

 

 私の返答から思わず会話が弾み、試作品の作成秘話まで聞くことができた。

 どうやら<真なる死>と<真なる蘇生>両方を付与したものを目標としているらしいが、膨大なデータ量が必要となるため、素材自体も入手が絶望的とのことだ。試作品でさえ上位素材が多く使われており、時間と金がかかっているらしい。

 ちなみに私との戦闘で使ったのはカロンの導きという名前で、試作品はカロンの過ちという名前が付いているようだ。なお作成費もカロンの導きのほうが安くて多機能で使いやすいとのこと。

 

「それにしても<真なる死>か……まさかこの世界で使われるなんて思わなかったな」

「この位階魔法であれば、あなたの眠りは誰にも邪魔できない。安心して眠ってほしい」

「……ありがとう」

 

 そうして佇まいを正したスルシャーナは「それでは……」と呟きスキルを発動させた。

 

「<The goal of all life is death>」

 

 ──スルシャーナの背後に黄金に輝く時計が現れた。

 夕闇に差し掛かった平原で、光を背負った骸骨は酷く目立っており不気味さと神秘的な情景が同居していた。その姿を見て私は、これから死ぬことができると直感できた。

 

 私の額にスルシャーナがそっと試作品を当てる。

 私は瞼を閉じて沙汰を待った。

 

「──<真なる死>発動」

 

 錆び付いた体をほぐすように時計の針が音を立ててゆっくりと進み始めた。

 

 即死に対する抵抗判定がなかった。

 おそらくあのスキルは抵抗を無視できるのだろう。聞いたことのないスキルだ。

 私の身体は死を受け入れたのだろうが、未だに死は訪れない。

 いつ、死が訪れるのだろうか。

 時計だから二十四秒か十二秒後かもしれない。

 

 時間の進みが遅く感じる。

 

 余った時間を使ってムムに一言謝ろうと口を開きかけたが、すぐに思い直して噤んだ。

 謝ってしまえば独りになるムムの決意を穢してしまうかもしれないからだ。

 ムムは覚悟してこの場に居るのだから、私が後悔を遺しているように思われる言動は止めるべきだ。

 

 けれど、ああ──。

 ──それでもムムの声を──。

 

 

 

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