レーションとムム   作:ぱさぱさ蒟蒻

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05.因果

 痛みに飲み込まれ支配されていた意識が、息を吹き返したかのように浮上していた。

 そして、電気ショックを浴びたかのように意思に関係なく身体が痙攣する。いや、違う。これは私ではなく地面が揺れたのかもしれない。

 一体、あれから何が起こったのか。四散し覚束なくなっていた間の記憶を、手繰り寄せるようにして思い浮かべる。

 

 事の始まりは、雷に打たれたような衝撃を感じてからだった。

 

 曇り空であったが日差しを遮るほどではなく、青空も見え隠れしていた穏やかな日だった。

 これといった目標も、あてもなく、今までの日常と変わりなく、ススキのような穂をもつ植物が一面に広がる平原を散策していた。「カメラがあれば写真を撮りたいね──持っているのか?──いや、ないよ。ゲームの機能が使えればよかったんだけど」なんて言いながら。

 

 だから突然の雷鳴には心底驚き、一拍おいて襲撃を受けたのだと理解した。

 

 だが、そこで私たちは過ちを犯した。

 雷鳴とともに衝撃を受けて、ダメージを負ったが皮膚が多少焦げる程度。一時間と経たず完治するような軽微なものだったために、襲撃を軽く見てしまったのだ。

 その軽微なダメージでさえ、自傷以外では有り得ないことを理解してたにもかかわらず。

 

 そして私たちは無防備なまま追撃を受ける。強烈な光に目が眩んで──この世界に来てから初めて感じた激痛に襲われた。

 その瞬間に直観したのだ。これはダメだと。前後不覚の中、できることは少なかった。だから私はムムの身体を覆い隠すようにして身体を広げ、ムムへのダメージを可能な限り引き受け、軽減しようとした。<高速治癒>と<再生>の両方を持つ私なら、そう簡単には死なないはずだからと。

 

 それから──それから、気が付いてみれば、何も感じなくなっていた。

 何も見えない。何も聞こえない。過ちを後悔する思考だけが残っていた。

 

 ムムは無事だろうか。守りきれただろうか。あの白い光は何だったのか。どうしてあんな油断をしてしまったのか。ぐるぐると同じ思考が廻り回っている。

 時間の感覚が曖昧になっていて、どれだけの時間が経過したのかすらわからない。

 

 ふと、血の味がすることに気が付いた。

 ようやく再生したのかと思いつつも、私自身の味覚にしてはぼやけすぎていて違和感があった。それからまた、別の味がした。これはもしかして、ムムの味覚が私に流れ込んできているのだろうか。

 

 そんなムムの感覚に集中していると、ムムが怒っていることに気が付いた。凄まじい怒りだった。こんなにも怒りの感情を露わにしたムムは初めて見る。見えないけれど、そう、はっきりと憤怒に染まる表情まで感じ取れたのだ。

 

 私の感覚器官はすべて死んでいるようだけれど、ムムとの間に確固たる繋がりを感じて、そこから感情が伝わっていた。以前にムムは、私の感情は手に取るようにわかると言っていた。これがそのことであれば、確かにその通りだと得心がいく。

 

 不意に過去の記憶が蘇る。同時にあの不安定な頃の私の感情が、裸同然で見られていたのだと理解してしまった。一度思い出せばムムの顔を直視できないほどの羞恥心でいっぱいになっていく。そして、今のこの気持ちもムムには伝わっているし、見えてしまっているのだろう。

 

(私のプライベートが……でもムムに隠すことなんてないし、何するかわからない私を見てくれてるなら、安心するから別に……どこ見られても恥ずかしくないし……いやいや……私よ、本当か?)

 

 とりあえず、この件は脇に置いておく。

 大事なこととして、ムムが無事なのはわかった。私としてはこれで十分だ。

 

 ムムの怒りもいつの間にか困惑六割、心配三割、憤怒一割といったところ。始めは心配が大半を占めていたが、私が阿呆なことを考えているから逆転してしまったのだ。

 なんにせよ、ここまで壊れたことはないけれど、私は大丈夫だとムムに伝わっているようで一安心である。

 

(ムムと話したいな……)

 

 ああ、位階魔法で意思疎通が容易にできるからと言って、スキルを採用しなかったのだが、ここにきて裏目に出てしまった。

 ムムと会話できればもどかしい気持ちも解消できたはずだ。今更後悔しても仕方ないことではあるものの、話したいときに話せないというのは思った以上に、辛いものがあった。

 

 そんな折、突如として視界に光が溢れた。感覚器官の再生が始まったのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。まるで監視カメラ越しに世界を見ているかのようで、距離感があり、自分の意思ではどうにもならない不自由さを覚えた。

 

(……なんだろう、これは……あ、ムムの足……ムムの視界が映っているの?)

 

 記憶を掘り返して、やっと分かった。これは<視覚同調>だ。代替手段が私のクラス構成では存在しないからと、取得しておいたスキルの一つ。スキルを発動させたつもりはないが、私の心に呼応して勝手に発動したのだろうか。

 そしてムムは黒い石のような地面に文字を書いていた。爪先を使いガリガリと削って、何かを伝えようとしている。

 

(なるほどね。一方通行だけど、ムムが読み取れる私の感情の精度は高いようだから、これで意思疎通はできそうだ)

 

 しかし、ムムはいつの間にこんな小技を身につけたのだろうか。こんなスキルは聞いたことがないから、暇を持て余したムムが密かに練習していたのだろう。

 

 文字と感情を交わしながらやり取りを続けるうちに、襲撃の首謀者はあの首のないドラゴンだったと分かった。もともと首のないドラゴンではなく、ムムが首を噛み千切り、頭もそのまま潰したらしい。

 

 大きさからしてエンシェント級以上だろう。年を重ねたドラゴンは非常にしぶといため、多少惜しくはあるものの、余計な被害を出さないために速やかに頭を潰した判断は正しかったと思えた。

 

(血が勿体ないから断面は焼いて止血してほしいけど、伝わるかな……ぉお、伝わった!)

 

 そして、ムムの足元に転がる、黒い塊から骨のような白いものが突き出た物体はどうやら私らしい。端的に言って酷い姿で、神器級の胴防具も含めて壊れ切っていた。

 

 あれほどの激痛を思えば不思議ではないのだが、それを前にして抱いた感想がこの程度しかないことに、言いようのない寂しさを覚えた。

 人間なら死んで当たり前の状態なのに、私は今の状態を素直に受け入れていた。そればかりか、この炭になった私を見ていて、考えるべき疑問が一気に増えたことに重きを置いていたのだから。

 

 芯まで完全に炭化しても<再生>のスキルは効力を発揮するのか、あの光は炎に対する完全耐性を有する肉体をどう突破したのか。

 そもそも属性という概念すらなく、この世界特有のスキル、あるいは魔法によるものなのか。ダメージだけで私をここまで壊すのだ、威力だけ見れば超位魔法クラス数発分に匹敵しているだろうか。

 ふと思えば、スキルだけは機能しているこの世界で、扱いとしてはスキルに近い超位魔法は使えるのか、試したことがなかった。

 

 というより、見たところ脳も消失しているのに、なぜ思考が続いているのか。異形種は人間とは異なる思考機構を持つのだろうか。それにこれほど肉体が損壊していれば、死亡判定になってもおかしくない。それでもなお生きている理由が分からなかった。

 

 アンデットのような精神体でもないはずで、百レベルに到達しているので新たなクラスを取得したとも思えない。まさか百を超えてレベルが上がったわけでもあるまい。

 

 ──考えることしかできないからか、思考の渦に飲まれて何もできなくなりそうだった。とにかく今、最優先すべきことはこの場の離脱だろう。

 

(ムムに運んでもらって、どこかゆっくりできる場所で考えれば良い……ん、ムム? あー……)

 

 地面に書かれた「ドラゴン」の文字をムムは指差している。

 ムムの指摘は尤もだと、ドラゴンの死骸をどうするか思案し始めた。

 

 ドラゴンは非常に有用な素材である。捨てるところなど一つもない。それはユグドラシルに似た世界でも変わらないはずだ。

 この世界で初めて見たドラゴンと思えば、捨て置くのは余りに勿体ない。

 血液や骨、皮などは加工が必要になるが、臓腑や肉はそのまま食べても筋力や自然回復力の向上などの食事効果を持つ。私は生産職に手を付けていないため加工はできないが、この身体が治った暁には摘まんで食べてみたいところだ。

 

 アイテムボックスに空きはあっただろうか。小さくするにしても、解体スキルのないムムでは価値が大きく下がってしまうだろうから、できることなら取りたくない手段だった。私が動ければ、プレイヤーの標準スキルで、小さく解体するくらいはできただろうに。

 

 どうにかそのまま持ち運べたりしないだろうか、そう悩んでいると手品のようにドラゴンの死骸が消え去った。唖然としていると、どうやらムムのアイテムボックスに入ったようだと文字で伝えてくれた。

 

(ムムのアイテムボックスってこんなに拡張してたっけ……? えっ、してた? そう……)

 

 これは、時間をかけて整理したほうがよさそうだ。思っている以上に忘れていること、試していないことが多い。

 

 そして、これを機に観光気分を払拭するべきだろう。

 平和ボケが過ぎたのだ。私たちに脅威なんてない、その思い込みが今回の事態を招いた。

 

 この程度の被害で済んだのは幸運としか言いようがない。もしあのドラゴンと同格の存在が同時に複数現れていたら、最悪の結果になっていたのは容易に想像できる。

 そう考えれば、あのドラゴンには感謝すべきなのかもしれない。少々強火ではあったが、その痛みをもって、私たちの目を覚まさせる切っ掛けを与えてくれたのだから。

 

 

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 

 

「世界を引き裂く音がしたから、もしやと思って来てみれば……随分と酷い有様じゃないか……」

 

 上空でホバリングしながら、日の光に照らされて白く輝くドラゴンが傷跡が残る大地を見て呟いた。

 

「彼は一体、何と戦ったんだろうね……始原の魔法を使ったようだけど。遂にそこまでしなければならない悪が見つかったということかな」

 

 空から見た大地は、肉ごと皮膚を抉り取り、焼き鏝で焼いて止血したかのような痛々しい有様だった。そんな傷跡が残る大地へと降り立ち、何か残されていないかと、ドラゴンは辺りを見渡し歩き回る。

 

 彼曰く、()は死ぬとこの世界の異物となるアイテムを落としていくことがあるそうだ。彼はそういったものを集めて、ある程度まとまった数になり次第、破壊しているらしい。

 

 悪が持つ情報を知って理解するためにも、破壊するのは止めたほうがいいのではと提案したことも何度かあった。しかしその都度、「異物が残れば更なる()が引き寄せられる」と言って、聞き入れられることはなかった。

 

(まあ、アレを使ったのであれば、何も残ってはいないだろうね……まったく、彼は頑固過ぎるきらいがあったし、周りが彼の気質をより強固にしたのだろうけど……情報がなければ対策も何もなく、不意を打たれることだってあるだろうに)

 

 そうして注意深く探索していると、見覚えのある煌めきが一瞬目に入った。周りへの警戒も忘れて煌めきのあった場所を注視し、その意味を理解した彼は息をのんだ。

 

「……これは、まさか……彼ほどの存在が…………周りよりわずかに煤けた色、表面も少しだけざらつきが減っていて滑らか……痕跡を消そうとしたのかな。彼が排除しようとした悪はまだ生きている、と考えたほうが良さそうだ……しかし手傷を負っているのか、急いでいるのか、痕跡の消し方が雑だね……いや、そう見せかけているという線も考えるべきかな」

 

 改めてドラゴンは視線を黒く硬い地面に走らせて、彼の遺体の周囲を隈なく確認していく。少し離れたところに奇妙な傷跡が残っていた。風に運ばれた堆積物に息を吹きかけて払い観察を始める。

 

「……んんー? なんだろうね、これは。何かが引っかかって削れたにしては、規則性があるけど、何か意味があるのか……あぁ、文字……だろうか。仮に文字なら何のために? 仲間とのやり取り? 伝言の類だろうか?」

 

 首をかしげたり、刻まれた跡の周囲をぐるぐると回りながら視点を変えて見たものの、おそらく文字だろうということしか分からなかった。

 

「うーん。これだけでは何も分からないな……やはり、私が持つ情報は余りに乏し過ぎるね。それに彼ほどの力を持った竜王が斃されるということは、もはや単純な力押しだけでは対処が難しいと考えるべきだ……ならば、アプローチを変えるべきなのだろうね」

 

 そして、文字と見られる跡をもう一度観察してから、彼はその場を後にした。

 

 

 

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