レーションとムム   作:ぱさぱさ蒟蒻

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08.盲信

「ねぇ、ムム。あの集団って、この間の連中と同じ類だと思う?」

「我らを目視してから向かってくる状況と姿だけを見れば、おそらくそうだろうな」

「……最近、多くない? やっぱり変な噂でも広まってるんじゃないの?」

 

 直近では数週間前、最初は二十年ほど前。同じようなことがもう何度も起きている。

 共通しているのは、亜人種の集団で、敵意はなく、異様な雰囲気を纏っていることだろうか。

 

 ──深いため息が漏れる。本当に面倒で辟易していた。

 近頃はため息ばかり吐いているような気がする。

 

 初めの、言語を話せそうな知的生命体を見かけたときまでは、あまりの嬉しさに心が躍り運命の巡り会わせに感激すら覚えたと言っても過言ではなかった。そして彼らが自らこちらに近づいてきたとき、その気持ちを表現する語彙が私には無いほどに興奮したのだ。

 

 しかし、期待が大きすぎたのだろうか。彼らの口から吐き出された言葉を聞いてすぐに違和感を感じたのだ。そして数度のやり取りをもって、言葉は通じるが会話などできるはずもないと理解し、私は心底落胆した。

 

 それから度々、知的生命体を見かけるようになった。

 私の前に姿を現す種族は十三種類。亜人種という括りの中で独自の情報ネットワークが構築されているのだろうか。今までどこに隠れていたのだと思うほどに、遭遇率が高まった。

 ただ、その都度落胆し期待を裏切られ、遂にはこちらに向かってくる集団を見るだけで嫌気がさすようになってしまった。

 

 優しく追い払っても効果はなく、それどころか悪化している気さえする。周囲に振りまく<畏怖のオーラ>のレベルを上げてみたこともあったが、一時的には良くても、むしろ私の存在を証明する目印になってしまったようで、悪化を加速させただけだった。

 

 <畏怖のオーラ>は抵抗に失敗した場合は恐怖を与え、抵抗成功した場合はさらに魅了の付与を試みる二段階構成。レベルを上げると抵抗難易度の上昇とオーラの範囲を拡大する。だからレベルの低い彼らであれば、恐怖付与の抵抗に失敗して逃げ去ってくれるものだと考えていたのだが、そう簡単に事は運ばないらしい。

 追い払えないということは恐怖付与には抵抗したのだろうが、魅了状態かどうかは判別がついていなかった。支配であれば、様子が変わるので見分けは付きやすいのだが、魅了は「信頼できる相手だと認識させる」だけだ。元から何でも話そうと考えていたり、初めから信頼されている相手の場合、受け答えが変わらないため判別が困難だった。

 

 真逆に殺して追い払おうにも、脅威に対する対策が不十分な現状では藪蛇になることを懸念して断念した。それができれば良いストレス解消になるだろうことは明白で、しかし考えてもできないことが、余分なストレスとなって積み上がっただけだった。

 

 結局、取れる対策は<畏怖のオーラ>のパッシブを切って、気配を薄くして行動するしかない。

 精神的には窮屈でやめたいところだが、あの面倒なやり取りの数々を思えば、何とか我慢できる範囲だった。

 

「何とかしたいけど……位階魔法も超位魔法も使えないから、これ以上手の打ちようが……こんなのにアイテムを使うのは癪だし……あー誰か、五行相克か永劫の蛇の指輪(ウロボロス)、使ってくれないかなあ」

 

 度重なるストレスのせいか、独り言も増えた気がする。

 

「システム改変のワールドアイテムか。確かにそれなら覆すこともできるだろうな」

「そう。そうなんだよ。持ってれば絶対使うでしょ。魔法詠唱者が位階魔法を使えないなんて戦力の半減どころじゃないよ? 人間の魔法詠唱者なんて特にそう! ただの置物、役立たず、紙屑、肉壁すらできないゴミ!!」

「……ユグドラシルでも喚いてたことがあったが、恨みでもあるのか?」

「え、まぁ……それなりに。手数と対応力が鬱陶しくて……」

 

 ワールドアイテム、どこかに落ちてないだろうか。木の枝に引っかかっていた指輪を鑑定したらワールドアイテムだった──そんな噂も聞いたことがあった。

 この世界はユグドラシルの法則をある程度継承している。だから、あり得ない話ではないはずなのだ。

 

「石の裏に埋まってたり、何気ない茂みに隠れてたり、路肩の草陰に転がってたりとか、湖に沈んでたりとか。私たちのように落ちてきたりしてないのかなぁ」

 

 実際、直観が囁く石や岩をひっくり返したり、何となく気になった樹をゆすってみたり。湖があれば潜って底を漁って探してはいるが、当然ながら成果はない。

 百数十年程度の時間であっさり見つかるようなものではないのは、もちろん承知していた。

 

「レーション。以前も言ったが、夢を見すぎではないか?」

「ムムは分かってないなー。私も同じ言葉を返すけど、夢を見れるからワールドアイテムなんだよ?」

 

 無駄だと分かっていても、所在不明の野良ワールドアイテムを探してしまうのは、ユグドラシルのプレイヤーなら誰しも経験していることだろう。成果を期待するのは間違っているが、その行為がなければ、ワールドアイテムを所持する可能性は永遠にゼロのままなのだから。

 そしてゼロに等しい巡り会わせでワールドアイテムを手に入れることができれば、世界一つ分の力をものにできるのだ。

 

「……まあね。現実的じゃないのは私だって分かってるよ。だから、持ってるギルドか個人が使ってくれないかなって思うわけで……アインズ・ウール・ゴウンとか、持ってそうじゃない? 確か保有数トップとか言われてたよね」

「かつての上位ギルドか。可能性としては悪くないが……そもそも我々以外にプレイヤーの痕跡が見つからない以上、ユグドラシルからの来訪者には期待しないほうがいいのではないか?」

 

 ムムの指摘にも一理ある。あのドラゴンの襲撃以降、私たちはプレイヤーの痕跡を真剣に探すようになった。ドラゴンと同等かそれ以上に敵対的なプレイヤーは危険だからだ。しかし、ワールドアイテムの探索と同様、成果は得られていないのが実情だった。

 

「それは……望み薄なのは、そうだけど……百年以上世界を廻って、痕跡ゼロだから……でもさ、あのドラゴンみたいな敵性存在に、プレイヤーやその痕跡が消されてたりするんじゃないかな」

「ふむ……そういった場合がないとは言い切れないな」

「でしょ? ……あ、追いつかれたか」

 

 そんな会話をしているうちに、背後から近づく気配を感じた。

 

(ああ、本当に面倒くさい)

 

 苛立ちに任せてぞんざいに扱ったこともあるが、相手が勘違いして余計にややこしくなったこともあった。だから最近はもう、事務的に、話がすぐ終わるように対処していた。

 

 私たちは立ち止まり、亜人種の集団に向き直る。

 彼らは、人間ほどの大きさで毛深い猿のような姿をしていた。毛の色は異なるものの、以前にも見たことがある種で、確かエンコウと名乗っていたはずだ。

 集団を構成する数は二十ほど。薄汚れた襤褸と体毛に覆われて分かりにくいが、体は瘦せ気味の者がほとんどで、骨が浮いているように見える。最近見た中でも特に状態が悪いようだ。

 そして皆、一様に縋るような目つきをしていた。

 

 リーダーと思われる、多少体つきの良いエンコウが集団の一歩前に出て、片腕を上げて口上を述べる。不思議なもので、この口上もまた、種族が異なろうと似たようなことを言ってくるのだ。

 疑い過ぎは良くないが、裏で操っている何者かがいるように思えてきてしまう。

 

「神よ。我らは神に捧ぐ」

「はい。それで?」

「供物を受け取っていただきたく」

 

 片手で持ち上げていた、血と垢に塗れた人間の子供を地面に横たわらせた。肩口が見える程度の長さの髪は千切られたように乱雑だった。十分な栄養が取れているようには決して見えない体付きで、臓物の重さに腹が負けていた。

 自重で頭部がごろりとこちらに傾く。子供は恐怖することすら忘れているのか、酷く淀んだ眼をしている。目は見えているはずだが、私のことも、もちろんエンコウのことも認識しているようには見えない。精神的に盲いた状態なのか、視覚が機能していないのだろう。

 

 死にかけの質の悪い人間の子供だ。これでは価値がだいぶ落ちているはずだ。

 甘く見積もっても大人の男くらいだろうか。死肉を好む種族であれば価値はむしろ上がるのだろうか。

 

(……まさか、死肉を好むとでも思われた?)

 

 知るつもりはなかったが、過去のややこしい一幕で、人間が通貨となっていることが判明している。この周辺を活動域とする亜人種の間では、死にやすく手に入りにくい赤子の価値が最も高く、次いで子供、女性、男性と続いていき、さらに年齢も加味するらしい。

 

 まともと言ってよいか分からないが、価値を高めるために綺麗に整えておく集団は少なくない。そういう集団は貧相な姿ではなく、肉付きも良く体格も良い。成功した裕福な者たちなのだろう。

 この亜人種の集団も、かつて私の前に現れた集団と同じ価値観を持っているようだ。()()の手入れまではできていないようだが。

 

(人間は劣等種族ってことだね。職業レベルがなければ弱い身体しか持たないから当たり前だけど)

 

 多少会話ができそうな亜人種の集団に「何故人間なのか」と聞いてみたことがある。

 その亜人種によれば肉体的には脆弱だが、様々な毒に対する抵抗力だけはあり、雑食でほどんど何でも食べる人間は、通貨としても家畜としても都合が良いそうだ。

 

 そんな生活をしているのであれば、奴隷系クラスを取得しているのは間違いないだろう。

 おそらく初めからそんな抵抗力があるわけではないはずだ。もし抵抗力が始めから備わっているなら「赤子は死にやすい」なんて思われていないだろう。ある程度の年数を重ねて、生き残るために経験を積んで取得するようになったのだろうか。

 

 ユグドラシルにおいて、奴隷系クラスはスキルを一切取得しないが、代わりにそこそこのHPと全般的な耐性を少しばかり獲得できるクラスだ。

 本気で最強を目指すならば、ある程度は摘まんでおくべきクラスだと聞いたことがある。

 

(まあ、それでも取得している奴なんて、ほとんど見たことないけど。そういうロールプレイをするならともかく、自分のクラス表に載せておきたいものではないよねぇ……現実でも奴隷で、ゲームの中でも奴隷? 忌避感のほうが勝るでしょ、普通はさ)

「供物を受け取っていただきたく……」

 

 少しばかり長く考えすぎたようで、リーダー格だけでなく、後ろのエンコウたちまで膝をついて拝み始めていた。

 

「ああ、分かった。受け取ろう……それで、何を望む?」

「我ら一族に、手を出さないことを望む」

 

 今回は大変良いパターンだった。溜まる一方だったストレスポイントが少し減った気がする。

 

 悪いパターンだと「我らに恵みを」とか言い出してくる。抽象的過ぎて、どうしたら良いかさっぱり分からない。だから以前『お前と、次にお前が目にしたメス一匹以外を殺せば、生活は楽になるだろうか』と皮肉たっぷりに言ってみたら、供物が二つ増えて、慌てて逃げていった。

 まったく、変な解釈をされたくないのなら、具体的に言えと思う。

 

 それに比べて今回のような「干渉しないでほしい」というのは、実に分かりやすく素晴らしい。

 元より、面倒ごとが増えるだけで、彼らと関わるつもりもないのだ。「分かったよ」と答えるだけで済むので、こちらとしても簡潔に事が終わって気持ちよくバイバイできる。

 

「分かった。お前たちに手を出すことはしない」

「……お言葉、ありがたき……」

 

 ちなみに、先走って「干渉するつもりはないよ」と答えるのはNGだ。別のことを願わねばならないと理解されて、ややこしくなる。

 

 上位者としての振る舞いを強制的に学ばされているような気分だと、最近は思い始めていた。その口調がムムとの普段の会話にもでてしまい、恥ずかしい思いをすることもある。

 こんな状況、今回限りで終わってほしいものだが、力を持つ者にとって、こういった面倒事は常なのだろうか。むしろ力を持ちながら百年以上、このような事態にならなかったことのほうが奇跡なのかもしれない。

 

(いつまでこんなことしないといけないのかなぁ……嫌だなあ。うーん、仕事と思えば、なんとか……?)

 

 嫌な相手、苦手な相手と交渉しなくてはならないことなど、生きていればままある。この世界に来てからは今回が初めての経験となるが、僅かに残る人間だった頃の記憶やユグドラシルにいた時代の記憶には、確かにそんな体験が残っていた。

 

(まー面倒になったら、私は怒ってますよーって威圧すれば大体何とかなるし、しばらく我慢すれば、そのうち落ち着くでしょ)

 

 似たような出来事が何度も起こり、失敗はありつつも、それら対処にも慣れて事務的に対応できるまでになった。仕事と思うのはいい線いってるかもしれない。

 

 そうして、受け流していればそのうち終わるだろうと、楽観視していた私は、この時点ではまだ何も気付いていなかった。冷や水を浴びせる事件はすぐそこまで迫っていて、いつの間にか対処できない問題へと膨れ上がっていたことに──。

 

 

 

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