サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

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俺の名は貴水(たかみ)玄治(げんじ)
かつての所属は対降魔部隊 今は帝国劇場の地下で花組のあらゆる装備を作っているだけの男
そう俺は ただそれだけの男なんだ
『サクラ大戦 貴水玄治物語』第一部
第一話 『地下にいる男』
太正桜に浪漫の嵐!
俺は・・・ このままでいいんだ



第一部
①地下にいる男


 ある歌劇場の地下の一室には机を隠すほどの資料の山と部屋の八割を埋めるのは鉄の塊や何かの作りかけ、壁すらもメモや設計図、機体と思しき写真で埋め尽くされていた。

 

「とりあえず、これでいいか」

 

 その机に向かっていた白衣の男は顔をあげ、首を回しながらもう一度資料に目を通していく。

 

「完成済み光武のことはもうあいつに任せていいとして、轟雷号と翔鯨丸の定期メンテ。それから今後増加予定の隊員用に光武作成および各員の特性を活かした機体調整の準備。あとの時間は先生が残した資料の解読と再現、だな」

 

 自分で言った内容をメモし、一息置こうとコーヒーを淹れるため立ち上がる。

 

玄治(げんじ)

 

「はいはい先生、わかってますよ」

 

 自分の名を呼ぶ声に返事をしながらカップを二つ取ろうとして、彼は我に返る。

 この部屋にカップは一つしかなく、自分の名を呼ぶ師はここにはいない。

 

「あぁ~・・・

 いるわけないっての・・・」

 

 ある筈もないカップを探し行き場をなくした手を額に当て、おもわず零れた溜息を再度吸い込む。

 コーヒーを淹れようとしていた行動は止まり、飲むという気力も失せる。疲れのみが残った体は、助けを求めるように視線をベッド近くに置かれた一枚の写真に向けた。

 カメラ近くでふざけた顔をする男とにこやかに笑う男、白髪の男と並ぶ優しい笑顔の女性。そして、その中央に無理やり立たされて戸惑うまだ幼さの残る少年時代の玄治。

 年齢に差はあれど並んだ少年以外の四名は皆軍服を纏い、それぞれ業物とみられる刀剣を腰に差していた。けれど、軍人にも、彼らの背負っていた任務とは不似合いなほど穏やかな雰囲気が写真からも見て取れ、玄治は懐かしむような思いと同時に湧き上がってきた感情に気づいて頭をかいた。

 

「疲れてんな・・・」

 

 『対降魔部隊』

 かつてこの帝都を、否、日本を守った極秘部隊。

 構成員はたった四名、米田一基、真宮寺一馬、山崎真之介、藤枝あやめ。

 魔物に対抗できる霊力を持ち、力ある霊刀と神器、能力に秀でた彼らだからこそ成し遂げられた偉業の片隅に彼 ―― 貴水(たかみ) 玄治(げんじ) ―― はいた。

 

「・・・はぁ」

 

 だが、偉業には代償が付き物だ。そして、その代償はけして小さなものではなかった。

 一人は死に、一人は行方をくらませ、生き残った二人は再び日本を守るために駆け回る。

 そして彼は行方知れずとなった師・山崎真之介が残したものを解析し、彼から譲り受けた知識を活用していくことが役目。否、山崎真之介の助手を務めていた彼にしか出来ぬ大業であった。

 

「シャワー浴びて寝るか・・・ いや、先に軽く飯か・・・?」

 

 体の主が疲れを自覚すると、圧し掛かるように眠気と倦怠感が訪れる。

 白衣を脱ぎ捨て、下に着ていた作業着姿となりながらも、眠気が彼をベッドの方へと導く。

(まぁ、少し仮眠した後でいいか・・・)

 写真脇に置かれた時計は正確に時を刻んでいるが、地上に出ず地下に籠り切りの彼にとって日付の感覚など既にない。

 一時間後にアラームが鳴るようにセットしつつ、彼は倒れるようにベッドへと飛び込んだ。

 

「先生も・・・ しっかり寝てくださいよ・・・

 じゃないとまた・・・ あやめさんに、怒られ・・・ る・・・」

 

 眠気と思いだされた記憶から無意識に呟かれた言葉を彼が止めることも、先ほどのように戸惑うこともなく、その呼吸は穏やかなものへと変わっていった。

 

 

 

 

 

「一馬さん・・・ 先生・・・」

 

 アラームが鳴る直前に眠りから浮上し、玄治は再び頭を抱えた。

 

「くそっ、なんなんだよ。今日は・・・」

 

 懐かしさから聞こえる空耳も、夢に彼らが出ることも、過去に囚われている自覚がある彼にとってそう珍しいことではない。

 今は亡き大切な人達、ずっと居たかった輪、あんな状況においてすら穏やかだった時間を失った日から、玄治は何も変わらない。

 否、その傷は一度ふさがりかけたが故に尚更深く刻まれた。

 だが、こうも頻発することが稀であるのもまた事実だった。

 

「はぁー・・・ 風呂に入って、軽く食事にするか・・・」

 

 地下に備え付けられた彼専用に等しい厨房へと向かおうと思い扉に近づけば、彼が出るよりも先にノックが響いた。

 

「貴水さん、入りますよ」

 

 扉の外から聞こえた声に玄治は驚かせてはいけないと思い扉から離れてから、返事を返した。

 

「どうぞ、かすみさん」

 

「失礼します・・・ また、そのままお休みになられたんですか?」

 

 表の通常業務を行っている和服姿の彼女に窘められるように問われれば、玄治は無駄な抵抗はすまいと素直に頷いた。

 

「・・・どうかなさったんですか?

 ここ数週間、顔色もよくないですよ」

 

「いや大丈夫、少しばかり夢見が悪いだけだから」

 

 玄治はなんてことのないように笑って見せるが、かすみの顔から心配そうな表情が消えることはない。

 

「それで用事は?」

 

 気づかぬふりをして玄治が話を逸らせばかすみは頷き、右手に持っていた資料を玄治へと手渡した。

 

「これは?」

 

「米田司令からの連絡です。

 華撃団に新規入隊する隊員と、隊長が着任なさるとのことで」

 

「へー・・・」

 

 資料をめくれば、そこには『真宮寺』の名。

(一馬さんの娘、か・・・)

 様々な思いを込めて目が細まり、次の資料にも目を通す。

 

「紐育、神戸、沖縄と来て、次は海軍、か。

 本当にいろいろなところから探し当ててくるな、あやめさんは」

 

 称賛と呆れが入り混じりながら笑みがこぼれ、その笑顔にかすみがどんな表情をしているかも知らずに玄治は資料をめくる。

(主武器はどちらも刀、塗装の方も動けるな・・・ 細かい調整は当人がいた方がやりやすいんだが、ここにある情報からなるべくすぐに使えるように調整しといた方がいい。

 米田さんはいつも突然だしな、最初から実戦に放り込むとかやりかねない)

 いくつかのことを資料に直接メモしながら、ペンを顎に当てる。

(あとは霊力の質と量、特性か・・・

 ん、触媒? あぁ・・・ なるほどな)

 隊長となる人物の資料に注視すれば、彼が隊長を任されることになった理由の一端を理解する。

 

「就任時期はいつの予定なんだ?」

 

「真宮寺さんは一週間以内、隊長さんは四月ごろになるとのことです」

 

「隊長着任に間に合わせるか・・・

 光武の素体は出来てるから二人分くらいなら俺でなんとかなるし、赤チビにはデータを送ってやれば大丈夫だろ」

 

「・・・隊服も隊長着任に間に合わせるそうですが、貴水さんお一人で大丈夫ですか?

 もしよろしければ、司令に紅蘭さんの着任を急いでもらうようにお願いしますが」

 

 再び心配そうな視線を向けてくるかすみに玄治は少し笑って、資料を整えた。

 

「いや大丈夫、素体は出来てるし幸いどっちも得物は刀剣。

 そんな難しい作業じゃないから」

 

「それならいいですが・・・ 本当に無理はなさらないでくださいね?」

 

「心配性だなぁ、かすみさんは」

 

 引きさがりこそするがかすみの表情から心配は消えず、玄治はまた話を逸らすことにした。

 

「それでそっちの手に持ってるのは?」

 

「そうでした。ご迷惑かとも思ったんですが、マリアさんと私でサンドイッチを作ったんです。

 それと・・・ すみれさんから快眠を促すお茶をいただいたのでそちらもご一緒に」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 風呂敷で包まれたサンドイッチをとりあえずベッドの上に置けば、かすみは水筒も差し出してくる。

 

「魔法瓶か。

 無事実用化されたみたいでよかった」

 

「えぇ、凄い人気ですよ。

 『温かいままお茶を持ち歩けるなんて』って」

 

 解析や光武の開発の傍らで生み出した作品に玄治は思わず嬉しそうに笑い、そんな玄治の子どもみたいな表情にかすみも笑う。

 湯気の立つお茶を彼の愛用するカップに注ぎ入れ差し出せば、立ち上る香りと温もりに目を細める。

 

「良い匂いだ」

 

 ハーブティーで喉を潤してからサンドイッチにも手を伸ばせば、ジューシーな鶏肉と野菜が口の中を幸せにしていく。夢中になって次を手に取れば甘いイチゴジャムとバター、ハムとチーズのホットサンド、マヨネーズと混ぜられたタマゴサンドなど、いろいろな味が玄治を魅了した。

 次々と食していく姿をかすみは幸せそうに見つめ、その視線に気づいた玄治は何か言わなければと思い、食べるのを止める。

 

「うまいよ」

 

「言わなくてもその様子を見ればわかりますから、平気ですよ。

 食事中、会話をなさるのが苦手なのは私もマリアさんもわかってますから」

 

「悪い」

 

 普段、資料と向き合って一人で食事をしているためか、はたまた休息の時は休息にのみ集中するような生活を送っていたからか、食事中の彼の口数は異様に少ない。

 だが、ここを訪れる頻度の高い者はそのことをよく知っていた。

 

「魔法瓶とお皿は明日取りに来るのでそのままでいいですよ。

 貴水さんはサンドイッチを食べ終わったら、ちゃんとシャワーを浴びて着替えてからお休みになってください」

 

「いや、けど・・・」

 

「あぁ、そうでした。マリアさんから伝言です。

『疲れてから一時間だけ眠って休んだなんて、休んだうちに入りませんからね。玄治』だそうですよ」

 

 実にわざとらしく大きな声で伝言を口にするかすみは悪戯っぽく笑っていて、言葉を割りいれようとした玄治の口は閉じるしかない。

「これからもっと忙しくなりますから、今日は体を休めて、夢も見ないで寝てください」

 

 優しいながらも有無を言わせぬ笑顔に、玄治は肩をすくめた。

 

「はぁ・・・ 本当に、まったくさ。

 俺が敵わないのはあやめさんと二人ぐらいだよ」

 

 当然その言葉には『今、すぐ傍にいる者』という括りが入るが、そんな言葉を玄治が言葉に入れることはなく、かすみもまた彼の言葉から生まれた心のさざ波を伝えるようなことはない。

 

「おやすみなさい、貴水さん」

 

「あぁ、おやすみ。

『サンドイッチ、ありがとう』ってマリアにも伝えておいてくれるか? どれもとっても美味しかったし、お茶も嬉しかった。

 かすみさんも、ありがとな」

 

 悪夢の後に訪れた穏やかな時間と美味しい食事はわずかながら、しかし確実に玄治を癒していた。

 

「どういたしまして。

 それでは失礼します」

 

 照れることもなく伝えられる真っ直ぐな言葉はとても心地よいもので、扉一枚を挟んだところでかすみは熱くなった頬に両手を当てる。

 

「本当にもう、鈍い方」

 

 ここに所属する者の中で彼の部屋に訪れる者はけして多くはない。否、現在は実質かすみとマリアのみがこの部屋を訪れると言っても過言ではないだろう。

 それはこの部屋が地下二階という奥まった場所にあること、彼の任務が極秘であることも大きな割合を占めるがそうではない。かといって、彼の人となりに問題があるかと言えばそれもなく、奇人や変人の類ではないことは先ほどの会話から明白だ。

 風組をまとめるかすみと同様に花組をまとめるマリアが選ばれたのは当然と言えば当然で、最初はただの偶然でもあった。

 マリアもかすみも玄治に対して恋情に近いものを抱いている自覚はあるが、それを恋と呼ぶにはまだ遠い。

(けれど、玄治さん)

 普段は呼ばない彼の名を心の中で呼びながら、子どものような笑顔や夢中になって食事をする彼の姿。自分に向ける穏やかな笑顔や些細な気遣いが暖かな気持ちを抱かせているのは ――― そして、彼が副司令の名を呼ぶときに見せる表情にちくりと痛むこの心も、偽りなき事実。

(どうか、ご無理はなさらないでくださいね)

 抱く気持ちを恋と称することは出来ずとも、彼へと抱く感情が好意であることは変わらない。

 今はまだ同僚として、一人の友人として、彼の健康を想うのみだった。

 




新隊員と新隊長の着任 か  花組も随分人が増えていくな
いいえ 彼はまだ候補止まりだわ あなたと同じね
おいおい マリア 俺に隊長なんて向いてないって言ってるだろ・・・
次回 『花組隊長 大神一郎着任』
太正桜に浪漫の嵐!
は? 俺がコック? 聞いてないぞ!?
玄治 それでもあなたは・・・ 隊長よ
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