(間に合わなかった・・・!
俺はまた失った・・・!!)
大神の銃によって死に、殺女へと変貌した彼女が叉丹と共に消え去る姿を玄治は力なく見送ることしか出来なかった。
「どうして、どうしてですか!
どうして、あやめさんまで・・・!!」
声の限り叫んでも、その問いに誰も答えてはくれない。
聞こえている花組ですら、かける言葉が見つからない。
「あなたの心は一体、どこにあるんですか・・・!
何を、したいんですか」
「貴水さん・・・」
申し訳なさそうに近づいた大神に玄治は視線を向け、その姿は玄治に何と言われるかを覚悟しているかのようだった。
「あやめさんを撃ったことについて、責める気はない。
あの人が望みそうなことだから・・・」
涙を流しながら、玄治はただそこに居た二人を見ているようだった。
「俺がするべきだったんだ、本当なら。
俺が・・・ あの人が降魔なんかになる前に、殺さなきゃいけなかったんだ」
だが、彼には出来ない。
出来ないことも自分自身でわかっている。
だから、大神を責めることなんて、玄治には出来なかった。
「貴水さん」
ゆらりと立ち上がる玄治は、未だに涙が零れる瞳のまま花組の面々を見つめた。
「こうなることを俺は、知っていた。だから、君達に戦ってほしくなかった。
降魔が目覚めてしまうことも、いつかあやめさんが降魔となってしまうことも、光武では敵わないことも・・・ そして、葵叉丹が山崎真之介であることも。
全部、全部知っていて、言わなかった」
力が抜けたように、全てが終わってしまったかのように、玄治はただ淡々とこれまで言わなかったことを彼女達に明かしていく。
「でも、それも全て無駄だった。
俺は何も守れなかった。
先生の栄光も、君達自身も、あやめさんも、一馬さんの死の原因さえ・・・」
項垂れる玄治を花組の面々は取り囲むようにして作戦室へと連れていき、玄治も抵抗することなく作戦室へと連行された。
明るい部屋の中では彼がどれだけ傷だらけでボロボロなのかがはっきりとわかり、マリアを筆頭にちょこまかと花組が動いていた。
「玄治、久しぶりだな」
「・・・えぇ、まぁ」
「オメー、この一か月ちょい、どこで何をしてやがった?」
「降魔の気配や出現したというのを聞いては斬り捨て、アジトと思われるようなところを虱潰しに捜索していました」
「諜報部だってわかんねーようなことをオメーは・・・」
有能過ぎる息子に困り果てながら、米田は深い溜息を零す。
「先生の残した資料から霊脈に関する場所や、黒之巣会に関わっていた天海僧正に関連する遺跡を巡りました。
ですが、どれもこれも使用の後はあっても、葵叉丹を見つけることは出来ませんでした」
淡々と告げられる一か月間の彼の行動に花組の面々も驚くが、誰も口を挟むことはない。
「なんとしてもあなた達に知られる前に片をつけようと思っていましたが、このざまです」
自嘲の笑みを浮かべて示すのは結果であり、自分自身。
傷だらけで何も守れず、得られなかった。
無様な自分自身を彼は嗤う。
「あやめくんが降魔になったつうのは、何か知ってんのか?」
「・・・半年前、葵叉丹との交戦時に『降魔の因子を人間に入れる実験』と口にしていました。そして、詳細なあやめさんの経過状況やそれに関連すると思われる過去の研究資料もいくつか発見しました。
おそらくは、その実験があやめさんに行われたものかと」
「おいおい・・・」
頭を抱える米田に対し、玄治はただ静かに答えるだけ。
事実を受け止めてなお、信じていないと態度で示しながら。
「隊長さんには辛い役目を押し付ける羽目になりました。
俺が何も出来なかったばかりに・・・ 結果的に俺は花組を守ると言いながら、全てを押し付けてしまった」
話に邪魔にならない範囲で治療を行う紅蘭と目が合った玄治はすぐさま逸らした。
「叱りてぇところだが、今はそんな暇もねぇ。
だが、これだけは言わせてもらうぜ」
米田は玄治の胸倉をつかみ、顔を引き寄せる。
「何が戦うなだ! 何が関係ねぇだ!!
自分で全部抱え込んで、死んで終わりなんてかっこつけてんじゃねぇ!!」
胸倉を離して、玄治の頭を痛いほど掴んで周囲を見せつける。
そこに居るのは当然、大神を始めとした花組の面々。
「オメーはもう一人じゃねぇ!
俺らに出会ったその日から、オメーは貴水玄治以外の何者でもねぇ!!
お前が嫌がったって、遠ざかったって、所属してねぇとかほざいたって、お前はお前だ!
帝国華撃団 後方支援部隊 鳥組隊長なんだよ!」
そこで一度言葉を止め、次は自分の方に玄治の顔を向けさせる。
「いいか、玄治。
かつてのお前なら、自分が傷ついたっていいから誰かを守ろうとなんざしねぇ。
お前が守ろうとしたのは、お前が
確かにお前に名を与えたのは山崎だった。
でもそれは、お前がこんなになってまで守ろうとしたもんはお前がお前自身で手に入れたもんだろうがよ」
「俺が俺だから得たもの・・・?」
そこでようやく玄治は自分で顔をあげる。
顔をあげた先にいるのはやはり大神を筆頭とした花組であり、隊員達はそれぞれの表情で玄治の視線を受け止めた。
「玄治」
「マリア・・・」
「おかえりなさい」
マリアのおもわぬ言葉に玄治は目を丸くし、すぐに返答することが出来なかった。
言っていいのか、わからなかった。
だが、米田が思い切り背を叩く。
「返事はどーした、玄治」
「・・・俺には」
言う資格なんてない、言っていい筈がない。
口を閉ざしたままの玄治を、マリアは不意に抱きしめた。
「あなたが生きて帰ってきてくれた・・・ 私とかすみには、それだけで十分過ぎるわ」
マリアの言葉はかすみの言葉。自分を案じ続けてくれた人の言葉。
「あぁ・・・ ごめん・・・」
玄治の目からも涙が溢れ、許しを請うようにマリアを抱きしめ返す。
「ただいま・・・ 待っていてくれて、ありがとう」
『おかえりなさい』
花組全員に一斉に返された玄治は、再び困ったような顔をした。
「不良息子が帰ってきたんだ、オメーらも一度休め休め」
米田の号令の元、それぞれが散っていくかのように見えたが、何故かそのまま玄治ごとサロンに集合させられた。
当然、玄治を取り囲むような形で。
「貴さん、いろいろ言いたいことはありますけど、今はあやめさんのことですわ」
「あっ、はい・・・」
「幸いなことに、あなたは人付き合いが欠片も出来ないくせに頭の出来はいいようですから?
資料があるなら、あやめさんを元に戻す方法ぐらい思いつきなさいな!」
「え、えー・・・」
すみれの無茶ぶりにただでさえ気まずいのに、出来なかったら殊更肩身狭くなりそうなことを要求される。
「そうだ! 玄さんなら出来る!!」
「玄兄に不可能はあらへん!
なーんせ、光武の欠点やら機能向上方法をウチに宿題として残してくんやからなぁ」
すみれの発言に乗っかったカンナと半分恨み言を混ぜた妹分の視線が痛い。
「どうにかなりませんか? 貴水さん」
「そーだよ、おじちゃん
今まで自由行動してたんでしょ?」
「えー・・・?」
同じように頼むような、出来ないと駄目ともいえるような発言に大神に助けを求めるが、大神も同じような目で玄治を見ていた。
「貴水さん、どうにかならないでしょうか?」
「・・・だからその俺はまだ資料を見つけて所持しているだけで、まだ軽く目を通しただけなんだって」
「はいはい、玄治だって怪我をしているし、皆だって疲れているでしょう?
見回りは隊長に任せて、もう休みましょう」
歯切れの悪い玄治にマリアが助け舟を出し、全員に休むように示す。
「そう、だな。
マリアの言う通り、皆今日は休もう」
こうしてわずかな希望を抱き、先ほどよりは明るい顔となって花組の面々は散っていった。
そうして玄治とマリアを残してサロンに人がいなくなったところで、マリアは玄治と同じテーブルに腰かけた。
「それで何が言えなかったの?」
「はぁ・・・ マリアにはバレるよな・・・」
「当然でしょう。
あなたはとても分かりやすいもの」
「ハハッ、そうでもない筈なんだけどな。まっ、いいか。
発見されたあやめさんの資料なんだが・・・ 米田さんにもさっき言った通り、見つかった資料は葵叉丹の時のものでなく、対降魔部隊の時のものだったんだ」
マリアの問いかけに玄治は素直に答えるが、やはり顔は険しく、口にすることを拒んでいた。
だが、ここまで口にした以上、マリアに黙っていることは不可能だった。
「米田さんには『降魔の因子を人間に入れる実験』と言ったし、それもけして間違いではない。事実、その研究も資料の中にはあった。けど、それ以外にも人の体で降魔の因子が耐えられるか、健康面に問題はないかどうかも調べられていた。
そして、それらの大本と思われる研究はあやめさんから降魔の因子を取り除こうとする研究だったんだ」
「!?
それは・・・」
「ただあまりにも時間が足りず、降魔戦争終結間近の日付だった」
「どういうことなの・・・?」
マリアの驚きはそのまま資料を発見した時の玄治と同じものだった。
否、玄治にすら今もわからない。
「この資料が正しければ、先生はあやめさんを救おうとしていた。
けど、葵叉丹はあやめさんを降魔にした。
どっちが本当なんだ? 先生は・・・ 彼は今、どっちなんだ?」
藤枝あやめは葵叉丹によって殺女に変貌したことにより性格を変え、その姿も変わった。
そこから考えるに、上級降魔と人間であった人格は別と考えるべきだろう。
だが、だとしたらこの資料に疑問が残る。
山崎の記憶にあった殺女を利用しているだけなのか、それとも葵叉丹は上級降魔でありながら山崎真之介なのか。
「それは・・・ 確かに言えないわね」
「あぁ、おそらく次が最後の戦いになる。そんな中でこんな事実を言えないんだ。
俺達が戦うのが本当に降魔なのか、それとも人なのかなんて迷っている暇はない」
腕を組み、花組を想う玄治はやはりマリアが好きになった彼だった。
「あなたはもう迷わないのね?
もし、彼が山崎真之介だったとしても、あなたは戦えるのね?」
「あぁ、もう迷わない。
彼が先生だったとしても、葵叉丹でも、戦うことでしか向き合えなくても、俺はあの人に聞かなきゃいけないんだ。
それにそれはマリアだって同じだろ?」
暗にあやめと戦えるのかと問いかける玄治に、マリアも真剣な目で返した。
「私はもうあやめから託されたわ。
だから、迷わない」
「託された? 何を?」
「女同士の秘密よ。
それにこの場で言うのは、あまりにもフェアじゃないもの」
唇に人差し指をあてて告げるマリアに玄治は不思議そうに首を傾げるが、まぁいいかと笑った。
花組が一休みしたのち、再び現れた殺女と黄昏の三騎士が一人 蝶。
作戦室にて米田は玄治とそれを眺め、ふと疑問に思って首を傾げた。
「ん? 今こいつ三騎士の最後の一人とか言ってなかったか?」
「そうですね」
「猪と蝶しか見てねー気がするんだが、オメェなんか知らねーか?」
「いや、米田さん。俺、なんでもわかるわけじゃないっすよ。
鹿とかいうのなら、アジト襲撃の際襲ってきたんで倒しましたけど」
「知ってんじゃねーかよ!」
作戦指令室で二人が暢気なやり取りをしていることも知らずに、花組の面々は殺女と対峙していた。
「あやめさん!」
「藤枝あやめは死んだわ。
あなたの銃によってね」
殺女の足元に神武の銃撃がかすめ、殺女もその攻撃をしたマリアへと視線を向けた。
「あなたはマリア、だったかしら?」
「私はあなたを捕まえるわ。
そして必ず、戻してみせる」
「あら、怖いわね。
でも残念ながら、今日は私の番ではないのよ」
そう言ってその場から掻き消えた殺女の代わりに自己主張をしたのは、顔を白塗りにした小柄な降魔だった。
「私を無視するんじゃないわよ!」
躍り出てきた黄昏の三騎士 蝶と花組の戦いが始まった。
無事、蝶との戦いに勝ったが、勝ったと同時に地響きと共に帝都を覆うほどの何かが東京湾に現れた。
「聖魔城まで、か・・・」
「俯くんじゃねぇ、玄治。
魔神器が奪われた以上、こうなることはわかってたんだ」
現実を受け止めるように東京湾に現れた聖魔城をじっと見る米田に倣って、玄治も聖魔城を見る。
「翔鯨丸の火力じゃ聖魔城突破は厳しい・・・
米田さん、ミカサを出しましょう」
「オメーはホント、頭が回りやがる。
わかってるよ、それを見越して風組が今ここにいねーんだからな」
玄治の打診に米田は笑って、いつもならそこに居る彼女達を示す。
そう、彼女らがここ最近いなかったのはミカサの操縦方法を学ぶためだったのだ。
「まさか、あやめさんはここまで見越して・・・」
「あぁ。
本当に優秀過ぎるよ、俺の娘や息子共はな」
米田は少し笑ってから、表情を真剣なものへと切り替えて玄治を見た。
「で、玄治。オメーはどうすんだ?
お前専用の神武なんざねぇ。かといって、聖魔城に出向くのに生身ってわけにはいかねーだろ」
「行けますよ」
なんてことのないように答える玄治に、米田が驚く。
「おまっ! 傷だってまだ治ってもねーのに、生身で聖魔城に突っ込む気か!?」
「えぇ」
「えぇ じゃねーよ!」
反対だと態度で示す米田に、玄治はどうしたものかと頭を掻く。
「機体は間に合いません。かといって、神武は相乗り出来ません。
なら、いつも通り出撃するしかないでしょう」
飄々とした態度の玄治は、腰に差した刀を叩く。
「それに、俺にはこれがありますから」
「そいつは・・・ でもなぁ」
「先生との件は、自分で決着をつけたいんです。
米田さんが許してくれなくても、俺は勝手に飛び出しますよ」
「はぁ・・・ 俺のガキどもはこんな奴ばっかだな・・・」
溜息をついて、もう諦めたとばかりに手をプラプラと振った米田に玄治は勝ち誇った笑みを向けた。
「行ってこい。
ついでに、俺の代わりに聖魔城侵入のこともあいつらに話してきてくれ。俺はミカサの方に行く」
「了解」
蝶との戦いから帰還した花組を作戦室で出迎えた玄治に、皆が目を疑った。
「貴水さん、それ・・・」
「似合うだろ?
驚く花組を代表して声をかけた大神に、玄治は着ている物を見せつけるように胸を張る。
玄治が着ているのは花組と同じ燕尾服。
その色は銀にも見える灰色、肩などのワンポイントは陸軍と同じ濃い緑。そして、胸元には獲物へと襲い掛かろうとする鷹の紋。
「あぁ、よく似合ってます。貴水さん」
「おいおい、大神。
同じ隊長だろ? 名前で呼んでくれよ」
「・・・! あぁ、玄治!!」
玄治の突然のことに花組の面々は固まっているが、マリアは嬉しそうに微笑んだ。
「玄治」
「ん? マリア」
「よく似合ってるわ、本当に」
「あぁ、ありがとう」
マリアの称賛を受け止めて、玄治は全員を見る。
「司令は既に別件で動き出してる。
俺はその代理として聖魔城攻略の作戦を皆に伝えるように頼まれた」
玄治の言葉を聞きながら皆が席へと座り、玄治は画面に聖魔城を映した。
「この聖魔城は頑丈で、翔鯨丸の砲では破壊することも出来ない。
だが、それを打破する方法がある」
花組の面々に不安な表情が浮かぶ前に、玄治はすぐに告げる。
「葵叉丹はこの聖魔城から霊子砲を撃ち、帝都を、ひいては世界を破壊しようとしている。
俺達は聖魔城の内部に侵入し、霊子砲を破壊する。
だが、それには命の危険が伴う」
そう言って玄治は全員を見た。
だが、その瞬間に高らかな笑い声が響いた。
「オーホッホッホッホ、貴さんはおかしなことを言いますのね?
私達の戦いに命の危険が伴わないことなんてありましたかしら?」
「そうだぜ? 玄さん。
あたいらはいつだって、そうやって戦ってきたじゃねぇか」
「玄兄も、米田はんもウチらを甘く見過ぎや。
ウチらは確かに役者やけど、それと同じくらい戦士なんやで?」
「そーだよー!
アイリス達って、とーっても強いんだよー」
「私達は必ずあやめさんを、帝都の平和を取り戻して見せます!」
「私達は皆、同じ方向を向いてる。
だから玄治・・・ いいえ、貴水隊長」
「帝国華撃団全員で、この帝都に未来を創ろう!」
頼もしすぎる花組に玄治は笑う。
自分にはない華やかさ、凛と立つ強さ。
本当にただ眩しくて、そんな彼らに玄治はあの日のように救われていた。
「勿論。
だって俺は、帝国華撃団 後方支援部隊 鳥組隊長 貴水玄治だからな」
会議が終わって、出撃の時間まで解散となった翔鯨丸の廊下で玄治はぼーっと空を見ていた。
「空が青いなぁ・・・」
去年の今頃まで彼は地下から出ることはなく、ましてや翔鯨丸からの景色など見ることもなかった。
花組も、華撃団も仲間が増え、いろいろなことがあった。
そうして最後となるだろう戦いが今、目の前まで迫っている。
「あ、たか・・・ 玄治か」
「よっ、大神」
廊下に出てきた大神に玄治は軽く腕をあげて応え、変わらず空を眺める。
頭の片隅で、そういえば同世代の同性で呼び捨てにするのは彼が初めてだと思いながら。
「どうした? こんなとこで」
「玄治こそ、こんなところに立ったまま何をしてるんだ?」
「俺は空を見てたんだよ」
大神に視線を向けることなく、玄治は降魔によって地上が破壊されているとは思えぬほど美しく晴れ渡った空を見ていた。
「・・・なぁ、玄治。
玄治はあやめさんのことをどう思ってた?」
「唐突だな。
けど、そういうのは人に聞くよりも先に自分がどう思っているかを言うのが先じゃないか?」
互いの目は空へと向けられ、視線から答えは見つからない。
「俺は・・・ あやめさんが好きだった。
尊敬できる上司としても、女性としても、俺は彼女に惹かれてたんだ。
でもあやめさんは帝劇を去って、俺達と戦って、次の戦いでも彼女と戦わなきゃならない。
俺にはそれが苦しくて、恐くて、辛いんだ」
心境の全ては声となり、素直な感情が吐露される。
玄治もそんな大神の言葉を、ただ静かに受け止めていた。
「玄治はどうなんだ?」
「俺か・・・
俺もあやめさんのことが好きだったよ」
大神とは違った穏やかな笑みを含んだ言葉に、大神は思わず玄治を見る。
声のまま、玄治は穏やかな顔で空を見ていて、そこには嘘偽りなどなかった。
「でも、俺が好きだったあやめさんは先生と並んでるあやめさんだったんだ」
穏やかな顔の玄治の目はもう空ではなく、過去の在りし日を見ていた。
「俺は二人に名付けられて、対降魔部隊っていう一つの家族に包まれて育った。
だから俺にとって、あやめさんは母親みたいなもんだったんだと思う」
「母親、か」
「あぁ」
繰り返す大神に頷いて、玄治は伸びをする。
「俺はさ、お前達花組に会って、米田さんに叱られて・・・ ようやく二人を失ったあの日から踏み出せた気がするんだ。
だから、恋愛なんてまだまだわからんし、お前達に向けてる感情だって家族の情に近いものだってことしかわからない」
「家族、か・・・」
「あぁ、家族だな」
大神の苦笑にも気づかずに、玄治は誇らしげに胸を張っている。
(マリアとかすみさんは大変だな・・・)
「あやめさんと戦うことは、どう思ってるんだ?」
「俺だって恐いさ」
「意外だな。
生身のまま一人で降魔とだって戦う玄治には、恐いものなんてないのかと思ってた」
「馬鹿言うな、自分の命しかかかってなかった戦いを恐いなんて思うわけないだろ。
むしろ、俺の方が意外だった」
「え? 何がだ?」
玄治は笑って、大神をちらりと見る。その瞬間、廊下の向こうに見慣れた黒髪を見ないフリをして、大神について考える。
自分には出来ないことを簡単にやってのけ、当たり前のように帝都の全てを守り、正義を貫こうとする花組隊長 それが貴水玄治の思う大神一郎だ。
「お前がこんな弱音を俺に吐くこと、だな。
天海僧正の戦いの時だってお前は弱音を吐くことなんてなくて、帝都の全てを愛して、正義を貫こうとするお前がだ」
「俺は・・・ そんな立派な人間じゃ」
「いや、お前はそれが出来たから花組の隊長に選ばれたんだ。
一年前の俺には帝都を愛することも、正義を貫くことなんて出来やしなかった」
玄治は自分が隊長候補止まりであった理由をよく理解していたし、前隊長であるマリアの推薦があっても玄治が隊長になれなかったのはそこに尽きる。
玄治は帝都を愛せなかった、そこに生きる人々の幸せを願えなかった。何があろうとも正義を貫くという意志を持てなかった。
「皆の命がかかってる、帝都の未来がかかってる。そこにはあやめさんの命だって乗ってる。
けど、それを背負ってるのはお前だけじゃないぞ。大神」
「玄治・・・」
「俺はお前達に救われた。
いつだってマリアやかすみさんに支えられて、米田さんとあやめさんに守られてきた。
光武じゃ赤チビにだって助けられてきたし、カンナの明るさにも救われて、すみれの努力にゃいつも驚かされる。
アイリスと一馬さんの娘にはちゃんと向き合ってこなかったけど・・・ そんな俺にだってお前達と一緒になって俺を助けてくれた。
一方的に与えられるだけだと思ってた関係を、お前達が違うって教えてくれた。
一人じゃないと、示してくれたんだ」
大神の肩を叩いて、玄治は通り過ぎていく。
「ほれ、さくら。
行ってこい」
壁の陰に隠れていたさくらの肩を叩いて、その背を押していくことも忘れない。
「え? 貴水さん、今・・・」
名前を呼ばれたことに驚いたさくらが何か言おうとしたが、玄治は腕をあげるだけで何も言わずに通り過ぎていった。
なぁ 皆 見ていてくれ 俺が出した答えを
『サクラ大戦 貴水玄治物語』第一部 最終話『決戦! 山崎の真意』
太正桜に浪漫の嵐!
帝国華撃団がいる限り 悪の栄えることはなし
乾坤一擲 力の限り 豪華絢爛 花吹雪
たとえ命が尽きるとも 世界の明日は我らが守る
帝国華撃団 参上!!