大神達が乗った翔鯨丸は風組と米田が操縦するミカサに援護され、無事聖魔城へと侵入することに成功した。
出撃前に以前と変わらず刀一本のみで出撃する玄治について一悶着起こったりもしたがなんとか出撃し、ミカサに切り開かれた門に群がる降魔を倒して中へ入ろうとしていた。
だが、全てがそううまく行く筈がなかった。
葵叉丹によって蘇った黄昏の三騎士が行く手を阻み、カンナ、すみれ、紅蘭、そしてアイリスと次々と仲間を失っていった。
残されたのは大神、さくら、玄治、マリアの四名。
だが、誰も振り返りはしなかった。
最後の扉のその先にいるであろう二人と向き合うために、足を止めることはけしてない。
「待っていたわよ、大神くん」
「来たな」
大神と玄治がそうであったように、彼らはそこで待ち構えていた。
「大神、そっちは任せた」
「あぁ、玄治も気をつけろよ」
短く告げて、玄治はまっすぐに葵叉丹へと向かって行く。
「さくら、隊長のことは頼むわよ」
「はい! マリアさんも貴水さんもご武運を!」
互いに互いを思いやりながら、大神はさくらと共に殺女と向き合い、玄治はマリアと共に葵叉丹へと向かい合う。
「フッ、また来たのか。失敗作」
「あぁ、先生にどうしても聞かなきゃいけないことが出来たんだ」
失敗作と嗤われても、玄治はただまっすぐに叉丹をみる。
そして、そんな玄治に手を出すこともなく、マリアは後方から静かに見守っていた。
「また問答か。
だが、私が前と同じように親切に答えるとでも思っているのか?」
「いいや、今回は何も一方的に聞こうなんて思ってない」
そう言いながら玄治は名もなき黒刀を抜き放ち、叉丹へと向けた。
「俺は自分の出した答えを、あなたに伝えると決めて来たんだ」
「ほう・・・?」
叉丹は目を細め、自らの腰に差した刀を抜き放つ。
「ならば、聞かせてもらおうか。
気まぐれから生まれたお前が、後生大事に持っているそんな鈍ら刀を手に何を語るか」
言葉と同時に刀と刀がぶつかり合い、火花が生まれる。
白刃と黒刃が幾度もぶつかり合いながら、時に格闘技を交えて戦い合う。
「先生、俺はあなたと別れてからずっとあなたの影を追い続けていた。
あなたの弟子である俺のままでいたくて、ずっとあなたの残した物をなぞっていた」
ぽつりぽつりと語られ始めた玄治の声は、大きなものではない。
「貰ったものを抱えて、あの日々が戻ってくることを願って、変化を恐れ続けていた。
でも、それは間違っていた。
変化は、俺が思っていたような恐ろしいだけのものなんかじゃなかった」
少しずつ前を向くように、玄治は語っていく。
「今の帝都が嫌いだったのも、復興する帝都を見たくなかったのも、思い出の日々がなくなるようで、新しい時代に過去が消されてしまうようで嫌だった。
でも、そうじゃない。
あの日々は消えてなんかいない、誰もが忘れるために新しきを築いていくんじゃない」
刀と刀がぶつかり合い、幾度も方向が変わる中で同じように戦う大神達が遠くに見える。
「忘れるわけでも、消えるわけでもなく、過去の上に今が重ねられてくのだと。
未来を築くのは過去を隠したいからじゃない、過去があったから今があるんだと教えられた」
花組の誰しもが過去に向き合って、躓いてもまた立ち上がって共に並んだ。
迷い、苦しみ、辛い過去を否定するのではなく、受け入れることで歩み出した。
それはきっと未来から送られた過去の賛辞であり、過去から託された未来への願いだった。
「あなたに向き合うことも、あなたと戦うということも、かつての日々を否定することなんかじゃない」
帝劇を飛び出した日、玄治は己の全てを否定し、刺し違えてでも山崎を殺すつもりだった。
山崎が死んだら、戦いも、幸福だった過去も、『貴水玄治』という己自身すらも終わると思っていた。
だが、それはただ考えることを放棄して自暴自棄になっていただけだった。
「あなたに変わった俺を・・・ 成長した今の俺を見せ、これまでのあなたを知りたい。
言葉でそれが叶わぬなら、戦ってでもあなたの真意を俺は知ってみせる!」
そこで玄治は黒刀を一閃し、叉丹との間に距離が空く。
「・・・ふっ、ならば来い。
私と刃を交えることでお前が答えを得るというのなら、この私を超えてみせろ!」
玄治と叉丹は同時に刀を一閃し、これまでで一際激しい音と衝撃が場を揺らし、互いに通り過ぎていく。
膝をついたのは、玄治であった。
「玄治!」
マリアの悲鳴とともに玄治に駆け寄り、エンフィールドを抜きながら葵叉丹を警戒する。だが、葵叉丹はその場で振り返り、今まで見たこともないような穏やかな顔をしていた。
「玄治」
玄治の名を呼ぶ声は優しく、彼はゆっくりと語りだす。
「その刀の銘は『
二剣二刀をも超えるべく生み出した私の最高傑作だ」
「せん、せい・・・?」
その言葉と同時に玄治の黒刀に罅が入る。
「黒き刀身は仮初のもの。所有者の迷いや憂いが刀身に現れ、本来の力を発揮しない。
だが、迷いと憂いが晴れた時、黒き刀身は剥がれ落ち、真の姿を現す」
向けられた笑みは語られている内容は刀のことだというのに、彼自身の憂いが晴れていくようだった。
「霊力は人の力、己の心を如実に表す心の波動に近い。
お前の
苦難に塗れ、一度は全てを失ってなお眩しく輝くお前の
罅割れた刀から黒だけが落ちていき、白銀の刀身を露わにしていく。
「あぁ・・・ 乗り越えたんだな、玄治」
そうしてどこか満足げに葵叉丹は崩れ落ちた。
「先生!!」
立ち上がって駆け寄ろうとする玄治ごと、光が周囲に満ちていった。
「この光は何・・・?! 玄治!」
「はーはっはっは! ついに出来たぞ! 玄治!!
全自動湯沸かし器だ! このスイッチを押すだけで勝手にお湯を沸かしてくれるのだ!」
「流石です! 先生!
ストーブの上に薬缶置くのと何が違うか、全くわかりません!」
難しい機械の多く置かれた部屋で、若かりし頃の山崎と幼い玄治が大声で言い合うように笑い合っていた。
「ふっ、それが凡人の限界というもの。
これはコンセントにさえ差し込めば場所を取らんし、火も起こらん! つまり! 火事を起こさんのだ!」
「先生! 電源もコンセントもまだ一般家庭にまともに普及しておりません! ランプが一般的です!
もっというなら、放出されている熱エネルギーを使うと同時に加湿も行える薬缶の方が便利だと思います!」
「馬鹿な!? 時代が俺についてこないというのか!
くっ! こうなれば室内の空気を清浄化しつつ加湿も可能な道具を作るしか・・・!」
「それで? その研究費用はどこから出たのかしら?」
いつの間にか現れたあやめが冷たい声と視線で山崎を見つめて問いかければ、山崎は悪びれることもなく胸を張る。
「知れたこと、予算とは使うためにあるのだ! あやめ!」
「それは対降魔用装備の予算でしょう!」
「ま、まぁまぁあやめくんもそんなに怒らないで・・・
そんな顔をするとうちの妻みたいで・・・ うっ、思い出すと胃が・・・」
「一馬さん、どんだけ奥さん恐いんですか!?」
あやめに叱られる山崎と同じく入ってきた一馬が痛む胃をさすりながら苦笑いする。
「気、強そうだもんな。
あと山崎、玄治、それの費用はお前らの給料から引いとくからな」
「あなたは鬼か!? 米田さん!!」
「さりげなく自分もですか!?」
そして、無情なる米田の宣告が告げられた。
光の中に映るそれらは過去の映像。
戦いだらけだった対降魔部隊にあった、笑顔零れる日常の一コマ。
「あぁ、そうだ。こんな日もあった」
今でこそ普及し、日常的に使われているが、あの時は実用性に欠けた高級なだけの道具だった。
そして、場面は切り替わる。
「突入作戦ですって!? そんなの無茶です!」
「だから、神器を使うんだ。
最深部において二剣二刀の儀を行い、万が一儀式が失敗した場合、一馬が破邪の血を増幅させ降魔達を封印する」
米田の言葉を山崎がテーブルを叩いて抗議し、さらに告げられた言葉に固く拳を握った。
「それでは一馬さんの身が・・・!」
「覚悟の上だよ、山崎くん」
「待ってください!
天海僧正の封印を今、解析しています!! 時間さえあれば新たな結界を築くことも可能です!」
「その時間がねぇんだよ・・・
上は帝都を放棄することを決めやがった」
「なんだと!?」
信じられない事実に山崎は行き場の想いをテーブルにぶつけ、米田を見る。
「実行される前に俺達の手でこの乱を終わらせなきゃいけねぇ。
たとえそれが命懸けでも、俺達がやらなきゃ多くの人々が死ぬんだ」
「だからといって・・・!」
「いいんだよ、山崎くん。その研究は次の世代に生かしてあげてくれ。
それが君の役目であるように、今ここで帝都を守ることが僕の役目なんだ」
「そうだとしても・・・!」
それが最善だとわかっていても、山崎は納得することなど出来なかった。
これはあの日だ。
降魔戦争が終わる直前、先生の研究が、仲間が死なぬように全力を尽くして作り上げていた霊子甲冑の実用化が間に合わずに無にならざる得なかった日。
全てを叶えていた先生が、無力感に押しつぶされそうな顔をしていたんだ。
そして、俺とあやめさんもそんな先生に何も声を掛けられなかった。
「あやめに・・・ 降魔の因子が? まさか、上級降魔討伐の際に・・・!?
治療するのにも時間が足りない、資料である降魔自体がもう手に入らない。
どうすればいい? どうすればあやめを・・・!」
机の上に診断書を並べて、頭を抱えて取り乱す山崎。
ふと、山崎は何かの本を見て、足を止めた。
「抑え込まなければあやめは降魔に呑まれる。遅れさせることさえできれば、治療は出来る。時間が足りない・・・!
くそっ! 何故もっと早く気付かなかった!!
封印が成される前ならば、まだ手を打てたのに!
一馬さんに続いて、私からあやめまで奪うのか!」
彼から大切なものを奪うのは降魔なのか、それとも神という存在が決めた彼の運命そのものなのか、誰にもわからない。
俺の知らない先生がいた。
取り乱し、嘆き、追い詰められ、どうすればいいかもわからないでいる先生だった。
そして、その思いは次第に周囲へと憎悪へと変じていく。
「何故だ! 何故、戦う!? 何故、その力を振るう!
降魔と戦うための力を、どうして人間同士に向け合う!?」
見慣れぬ丘の上で慟哭する山崎。
その眼前に広がる光景は資料として残っている欧州大戦の一幕。
人がスターによって人を殺し、土地を奪い合った大戦の跡地。
皮肉にも降魔戦争によって磨かれた光武の技術は、欧州大戦にも活用されていた。
山崎真之介の技術は人を守ることではなく、人を殺すことに使われてしまった。
「何故だ!? 私はそんなことのために生み出したわけではない!
皆が死なぬように、人々が笑って暮らせるように!
玄治のような子が、一馬さんのような犠牲が、あやめのような症例が出ぬように・・・ 私は、私達は! 人々の幸せを願って戦っていたんだ!!
それなのに! それなのに貴様らは! 下らん陣取り合戦如きにその力を使ったのか!? 多くを犠牲にしたのか!?」
行方不明になった先生が見た景色は、あまりにも辛く悲しいものだった。
守るために戦った、守りたいがために作った。けれど間に合わなかった技術が使われた先は、あまりにも非道な戦争。
その事実は犠牲を受け入れて耐えた彼の心を打ち砕くには、十分すぎた。
「都市がある限り悪意はたまり、降魔は生まれる。人の営みこそが降魔を生み出す。
だが、生み出された降魔が何もその都市の人間を襲う必要はない」
冷たい狂気をはらんだ目だった。
祭壇の前にて語りだす、その姿はまるで教祖だった。
「ならば餌をくれてやろう、降魔共。
何も人間は日本でなくてもいいのだろう?
私がお前達を狩場へと連れて行ってやる。海をまたぎ、大陸を超え、血を求める人間の元へお前達を送ってやろう」
腕を広げ、山崎は告げる。
「そうすれば、破邪の血統の者は死ななくていい。
新たな犠牲が生まれることもなく、次代に禍根を残さずに済む。
戦を求める馬鹿共をあの世に送ってやろう」
天海僧正が封じた悪魔王 サタン。
それを先生は力を得るために取り込み、降魔を支配する力を得たのだ。
「先生・・・ あなたは・・・」
光の中から現れた玄治は、一心不乱に倒れた葵叉丹の元へ駆け寄った。
「先生、あなたはそうしてまで失いたくなかった・・・
そこまであなたは・・・ 俺達を想ってくれていた」
狂気に堕ちるほどに友を、師を、恋人を、弟子を。
そして、彼らに続く仲間達を想い、彼らの未来を願った。
「それは違うな、私はただ耐えられなくなったのだ・・・
また間に合わないことが起こった時、一馬さんのようにお前が、あやめが死ぬのが嫌だった。ただ、それだけなんだ」
力なく倒れたままの山崎は、己よりも大きくなった弟子を見る。
「己の命を懸けて戦うことなど怖くなかったというのに、仲間を一人失っただけで私は耐えられなかった。
天才と持て囃され己の才に驕っていた私は所詮、一人の仲間すら救えない凡人だったんだ。
だから、逃げ出して、諦めたのだ。
正義を貫き、人々を守るということをやめ、道をたがえた。
それが散ってゆく友から託された想いではないことを理解しながら・・・ それでも正義にはもう、戻れなかった」
己の手を見て握り、また開きながら山崎は苦しそうに息を吐く。
「たとえ闇に堕ちようとも、何を犠牲にしようと、誰に恨まれようとも、日本以外の民が苦しもうともかまわない。間違っていることなんてわかっている。
何がどうなっても君達が生きて、この帝都で・・・ 私達が過ごしたあの日々が続いてゆくのなら、それでよかったんだ」
「あなたの願いは・・・ 俺の願いでした。
でも今の俺には、あなたの行動が正しいとは思えない」
強く師の手を取りながら、涙ながらに玄治は告げた。
「それでいい。
ここに至るまで止まることの出来なかった愚かな師をよく止めてくれた、玄治」
「先生・・・」
「私はお前が弟子であることを誇りに思う。
あやめとお前に出会えたことが、私の生涯の宝だ」
「俺だって、二人から貰った全てが宝です」
互いにこれが最後の時間だと感じていた。だから、涙を見せずにただ笑う。
在りし日、そうであったように。
そこにあやめを倒した大神と華撃団の面々が現れた。
「帝国華撃団花組、弟子を救ってくれたこと、本当に感謝する」
「そんな救ったなんて、俺達だっていつも玄治に助けられてきました。
それにあなただって・・・ やり方は間違っていたも、その思いは俺達と同じだった。共に歩めたはずだったのに」
「・・・あの時、君がいたらそんな未来もあったかもな」
すると山崎は、最後の力を振り絞り立ち上がる。
「よく聞け、華撃団。
私が死ねば、私の中にいる悪魔王 サタンが蘇る。だが、君達ならばきっと打ち倒すことが出来るだろう。
そして玄治、受け取れ。これがお前の機体 神威改だ」
その言葉と同時に現れるのは、葵叉丹が初めて上野に現れた時に乗っていた紺碧の神威だった。
「お前達が生み出した神武にだって劣らないぞ?
なぁ、玄治の妹弟子よ」
「な!? なんちゅう負けず嫌いなお人や!!
間違いなく玄兄のお師匠はんや!」
「フフッ、君にも教鞭をとってみたかった・・・ 玄治、下の弟子はお前に任せるぞ!」
「はっ?!」
「はいっ!」
遠回しに紅蘭も己の直弟子と認める発言に紅蘭は戸惑い、紅蘭を託された
「後は頼んだぞ! 華撃団よ!」
多くを華撃団に託し、山崎はその身を投げ出していく。
「玄治が鳥、か・・・ 米田にしてはセンスがいい・・・
お前の翼は風を受け、花に支えられながら、彼らを守る翼となる。
大きく羽ばたけ、銀の翼をもつ黒き鷹。
私と一馬さんの弟子であり、私とあやめの・・・ 最愛の息子よ」
山崎の姿は掻き消え、悪魔王 サタンが現れた。
戦いが無事に終わり、玄治は静かに大神とミカエルであるあやめの姿を遠くから見ていた。
だが、大神へと向けられていたあやめの視線が玄治に向けられた。
「玄治くん」
「あやめさん・・・」
あやめの視線は様々なことが起きる前と同じように優しく、玄治の頭を優しく撫でていった。
「あなたはもう大丈夫。
こんなに大きくなったんだもの」
「・・・っ!」
自分を救ってくれた人がまた一人、自分から去っていく。再び、目の前から消えていく。
本当は行かないでほしい。傍にいてほしい。生きていてほしい。
けれど、それは叶わない。
わかっている。わかっているから、玄治は今できる精一杯の笑顔をあやめへと向けた。
「あやめさん、先生とお幸せに」
いつか言いたかった言葉を紡げば、あやめは驚いたような顔をしてから微笑んだ。
「ありがとう、玄治くん。
・・・あなたに会えてよかった」
「それは・・・ 俺の台詞ですよ」
互いに笑い合って別れる二度目はやっぱり悲しくて、けれどどこか誇らしく、穏やかだった。
そして、ミカエルは大神や花組の面々にも別れを告げながら、山崎が待っているだろう空へと高く昇っていった。
「さよなら、あやめさん」
「さよならじゃないわよ、玄治」
「そうですよ、貴水さん」
米田と大神、マリアを除いた面々がじゃれ合う中で玄治がぽつりと呟いた言葉を二人が否定する。
「あやめも、山崎さんも、ずっと見てるわ。
いつも、ずっと、これからも」
「遠く離れていたこれまでだって、そうだったでしょう?」
「・・・ハハッ、二人には敵わないな」
傍にいないだけ、もう二度と・・・ 自分がそこに逝くまで会えなくなるだけ。
それはとても寂しくて、悲しくて、辛くて、時に痛みすら伴う。
けれど、全てが消えたわけじゃない。
「マリア、かすみさん」
思い出も、形見も、残してくれた多くのものも、ここにある。
「帰ろう」
仲間も、大切なものも、帰る場所もある。
「はい、貴水さん。
帰ったら祝勝会ですね」
「ふふっ、いいわね。
三人で腕を揮うとしましょうか」
「じゃ、まずは買い出しだな」
そう言って三人で共に歩きだしながら、玄治は久しぶりに皆に振る舞うメニューを考え始めていた。
戦いが終われば、人々は再び賑わいを取り戻していく。
そうして帝都は復興し、無事いつもの日常へと帰っていった。
華撃団は開店休業、歌劇団は満員御礼。
米田支配人は支配人室で飲んだくれ、花組隊員たちは役者業に精を出し、風組面々は事務仕事に追われる。隊長である大神一郎もまたもぎりとして忙しい毎日を送り、時折何かを思い出すように空を見上げていた。
玄治は玄治で日々コックとして腕を振るいながら、技術者としても日々様々なものの開発に勤しむという手探りの自分らしい毎日を過ごし始めていた。
「走り出したか」
さくらの手紙を受け取った大神は読むや否や蒸気バイクで走りだし、彼女が乗っているだろう電車へと向かって行った。
「あれ、爆発したりしねーだろうな?」
カンナが心配げに言う中で、紅蘭は頭を掻く。
「多分、大丈夫やろ。
玄兄が確認しとってくれたし」
「だったら、神崎重工で取り扱ってもいいかもしれませんわね」
「どー言う意味や? すみれはん」
三人のじゃれ合いを見つつ、玄治は頭をかいて大神の走っていった道を見た。
「青春ってやつかね」
すっかり復興した帝都の街、取り戻した日常。かつてはこの光景が嫌いだった。
過去を、悲劇を忘れたように感じて。
でも今は、その光景が誇らしく、喜ばしい。
「さーて、いいのかねー? 大神。
この後、海軍の研修だろうに」
『は?』
「しばらく、もぎりもいなくなるなー。
支配人にでもやらせるか、どーせ飲んだっくれてるし」
「どっちにしろ、次の劇が決まるまでしばらくは私達も休業よ。玄治」
「そっか。
じゃっ、俺は世界でも見て回るか」
かつて、己の師がそうしたように。彼とは違う答えを出すために。
「ちょっと待ちなさい、玄治。
初耳なのだけど?」
「そりゃ、初めて言ったからな。
あっ・・・ その前にかすみさんと花見行かねーと」
「・・・いつの間にそんな約束をしたのかしら?」
「去年の花見の時に、な。
まっ約束だし、二人っきりか?」
「ちょっと失礼するわね」
この数分後、事務局に現れたマリアの問いかけにかすみの勝ち誇った笑顔で答えているところが目撃されたという。
「自分かて青春しとるやないかい!」
「ムリムリ、玄さんにそんなつもりはねーよ」
「ホント、お子様ですわねぇ」
「おじちゃんなのに、おこちゃまー」
流石仲間、言いたい放題である。
こうしてここに、黒之巣会から始まった一連の事件は幕を閉じた。
積み重ねてきた想いと仲間と共に、これからも彼は歩いていく。
四部作『サクラ大戦 貴水玄治物語』の始まりを飾るは、一人の少年が全てを失い、導かれ、迷い、足を止め、そして再び歩みだすまでの物語。
後の世に『首都守りし者』と称えられる大神一郎と『帝都の黒き鷹』と呼ばれる貴水玄治の初めての戦いである。