太正十四年 弥生
玄治は久方ぶりに日本へと降り立ち、大きく深呼吸した。
「はぁ、やっぱり日本はいいな」
「フフッ、やっぱりあなたでも故郷に戻ると表情が少し違うのね。玄治」
当然、その隣には半年もの間旅路を共にしたラチェットが並び、玄治もまた笑って見せる。
「まぁな、それに・・・ 久しぶりに皆と会えるからな」
「何人かとは入れ違いになるんでしょう?」
「あぁ、桐島カンナは修行で沖縄へ、神崎すみれは実家に帰省。李紅蘭は花やしき支部からまだ離れられないし、マリアは花小路伯の護衛で紐育。
でも、お前の見たがってた大神はもうじき帝劇に戻ってくる。存分にあいつを見定められるぞ」
「もう玄治・・・ そう言わないで頂戴。
この半年であなたの可愛い花組を試す気がなくなっているってわかっているでしょう」
わざと意地悪い物言いをする玄治にラチェットは少々拗ねるように言うが、玄治はまた笑う。
「ハハッ、悪い悪い。
でも、ラチェット以外にも元星組が入隊するんだ。大なり小なり荒れるだろ」
「もう玄治・・・」
ラチェットが溜息をつきながらも否定しないあたり、玄治の予想は間違っていない。
欧州星組は良くも悪くもエリート集団、能力と効率が重視された者達が協力と努力で支え合う帝都花組とそりが合うとは思えない。
「あぁ、それと入れ違いになるだろうからって一度港で会っておこうって言った奴がいて・・・」
「玄治!」
玄治の発言のタイミングでこちらへと一度大きく手を振るスーツ姿の美女、マリア・橘が近づいてきた。
「マリア!」
玄治も左手を挙げてそれに応え、再会の喜びを隠さない。
「久しぶりだな、元気そうでよかった」
「えぇ、あなたも。
それでそちらの方が・・・」
「あぁ。元欧州星組隊長、ラチェット・アルタイル。
ラチェット、こちらが帝都花組副隊長のマリア・橘だ」
「えぇ、どうぞよろしく。マリアさん」
ラチェットの言葉の後に何故かマリアの目が光り、その目は玄治と共に当然のように腕を組むラチェットで止まる。
「えぇ、よろしく。ラチェットさん。
ところで玄治、女性といつまでも腕を組んでるものじゃないわよ」
「え? あぁ、すまん。
紐育だとこれが普通だと言われてな」
「ここは日本よ、玄治。
恋仲でもない異性と腕を組んでいたら、勘違いされてしまうわ」
「それもそうだな。
じゃぁ、そっちの荷物を貸してくれ。ラチェット。俺が持つ」
マリアの言葉に従って腕を離し、有無も聞かぬ間にラチェットの右手にあった荷物を取る。
「あらあら」
ラチェットは特に何も言わずにマリアに意味深な視線を向け、マリアもまたそれを黙って受け止める。
そのただならぬ雰囲気を玄治も察し、息をのんだ。
「あー・・・ マリア? 花小路伯との合流までどれくらいあるんだ?」
「正午までは平気よ。
それまではあなた達と居られるわ」
「そうか。
じゃぁ、そこらの喫茶店にでも入って休憩しつつ、話でもするか」
「名案だわ。私も花組についていろいろ聞きたいことがあるし、副隊長であるマリアさんともお話をしてみたいもの」
玄治の提案に二人が反対しなかったことに胸を撫で下ろし、船着場からそう離れていない喫茶店を指さした。
「あそこに入っててもらえるか?
俺は日本に帰還したことを神崎重工と劇場に連絡してくる」
「えぇ」
「わかったわ、玄治」
二人にすることに一抹の不安はあるが、所属する隊は違っても隊長と副隊長を務めた者同士だ。突然口論になって、必殺技を打つようなことはしないだろう。
(これがさくらやすみれなら絶対二人っきりにはさせないけどな)
なるべく急いで戻るべく、玄治は電話のある場所へと駆け足で向かうことにした。
一度玄治と別れ、二人きりとなったマリアとラチェットは友好的な笑顔で喫茶店へと向かった。
「改めて初めまして、マリア・橘さん。
玄治の左手の薬指に二重のリングをつけたのはあなたかしら?」
「えぇこちらこそ初めまして、ラチェット・アルタイルさん。
玄治と腕を組みながら来るなんて、この半年間玄治とどう過ごしたのかとても気になるわね」
鋭いナイフと静かなる銃口を向け合うように二人は視線をぶつけ、顔には笑顔を張り付けている。
『フッ・・・』
だが、その笑顔はすぐに崩れ、互いに穏やかな笑みを向ける。
「なんて冗談よ、マリアさん。
あなたともう一人・・・ 風組のかすみさんについて、玄治はとてもよく話してくれたわ。帝都で特に自分を支えてくれた大切な人だってね」
「マリアでかまわないわ、私も手紙であなたのことはよく聞いてるもの。
この半年の間、自分以外の視点がいてくれたこと、欧州について知識がまだ浅い自分をよく助けてくれたとね」
「それなら私もラチェットでいいわ、五年以上も彼を支えてくれたあなた達ほどではないわ」
「えぇ、当然ね。
半年と五年じゃ、差は大きすぎるもの。それに玄治も随分軟化しているから」
勝ち誇ったように告げるマリアにラチェットは青筋を立て、口元はなんとか苦笑いに抑える。
「けれど、恋人ではないのね」
「隊長じゃあるまいし、私達は恋になんてうつつを抜かせないわ」
「隊長さんを使った素晴らしい建前ね、帝都を・・・ いえ、世界を救った噂の隊長さんに会えるのが別の意味で楽しみになってきたわ。
けれど彼に関しては・・・ 半年間ずっと一緒にいた私でも彼が鈍い人だということはよくわかるわ」
わずかな火花を散らしあいながら、電話を終えて喫茶店へと玄治が飲み物を注文してから二人を探すように視線を彷徨わせている姿に、マリアはわずかに笑う。
そう、ラチェットの言う通り玄治は鈍い。
自分自身に向けられる好意や気遣い、優しさに対して、鈍すぎる。
「・・・ねぇ、ラチェット。
恋をしたいだけなら玄治はやめておいた方がいいわ」
「あら、何故?」
その鈍さはおそらく、かつての二度の喪失がそうさせた心を守るための防衛本能。
故に玄治には遠回しの言葉も、好意から生まれた行動を恋や愛に結び付けることは難しい。
「玄治に恋はわからないもの」
玄治の姿を見ながら、共に優し気な目をする女性二人は恋する乙女そのもの。
だが、マリアは玄治と恋をしたいわけではない。
あんな鈍感な相手に、じゃれ合うような可愛らしい恋を行うことなど出来はしない。
「なら、あなた達は玄治をどうしたいのかしら?」
だから、ラチェットは問う。
玄治から聞く限り、常に傍にあり、支えようとし、誰よりも彼を想っているだろう二人の女性の言葉をラチェットは知りたかった。
「私とかすみは・・・ 玄治を支えたいのよ」
恋などという刹那的な想いではなく、可能な限り傍にありたいという願い。
恋を通り越した、生涯を共にしたいという想いだった。
「そうしないと、彼はすぐ無茶をするから」
悩みを一人で抱えては限度を超えた無茶をして、かつての戦いにおいて生身で戦場に躍り出ては傷を負い、身勝手にも一人飛び出していった玄治。
自身も、仲間も、帝都も、全てを守る大神とは違い、守るためならば自らの命を投げ出すことを厭わない玄治は危ういのだ。
『世界屈指の技術者』だと誰が称えても、『山崎真之介の唯一の直弟子』という自負があっても玄治は否定し、『俺なんて
「・・・なんとなく、わかるわ。その気持ち」
その言葉にマリアは何かを察し、ラチェットへと目だけを向ける。
「それでどんな無茶をしたのかしら?」
「ドイツにあった某機関・・・ 元星組メンバーの一人がそこの出身だったの。
終戦後、その機関は解体。既に凍結して関わった者は散り散りに逃げていった。
その残党が秘密裏に動きだしたという情報を得て、潜伏場所を特定後に殲滅。研究資料と思われるものをすべて抹消したわ」
一歩間違えなくとも国に喧嘩を売るような行為だが、ドイツは既にそれらの研究機関を廃棄。公には存在しなくなっていることをいいことに加え、賢人機関から任務という後押しを得て、玄治はラチェットと共に片を付けたのだ。
「玄治・・・」
「策なしで突っ込むということはしない。共に作戦に参加する者の命も優先する。
けれど、彼の策の中で自分という存在は余りにも扱いが軽いのね」
玄治が近寄ったのを見て、ラチェットはそれ以上言葉を続けず、玄治へと軽く手を振った。
「はぁ・・・ 不安だわ」
「そりゃ大神が久々に帰還するから不安なのはわかるが、花小路伯の護衛も大事だぞ。マリア」
「そうじゃないわよ・・・ 玄治、あなたって人は」
戻って早々ずれたことを言う玄治にあふれる溜息を止めることが出来ず、マリアは完全に呆れ顔である。
「ラチェット、まさかお前・・・ マリアにあの件話したのか?」
「えぇ、たった今話したところよ。
一緒に策を立てておきながらあなたはほぼ単独で飛び込んで、私が寝ている間に全てを終わらせようとしていたことをね」
「玄治・・・?」
また一人で飛び出したのかとマリアが玄治を睨み付け、飛び出していった本人は冷や汗が止まらない。
「一人で終わらせられるなら、それに越したことはないだろ。
俺だったらまだ消息不明の何者かで済むが、ラチェットはそうじゃないんだ」
「世界屈指の技術者が何を言っているのかしら?」
(あなたがそうだから私は出来るだけあなたの傍にいたいのよ、玄治)
叫びたい思いを声に出すようなへまはせず、マリアは深く溜息を零すにとどめる。
どれほどの言葉を費やしても、玄治は花組のために命を投げうつことをやめない。
そんな玄治だからこそ、誰かが傍で止めなくてはならない。
命を投げだす彼を止めることが出来ないのならせめて、共に戦い、支える誰かが必要なのだ。
「それでマリア、皆の様子はどうだ?」
「皆は相変わらず元気よ。
カンナはもう沖縄に向かったし、すみれとも途中までは一緒に来たわ。紅蘭も花やしき支部でしっかりやってくれているし、さくらとアイリスは隊長と新隊員を待ちわびてる。
ただ人手が足りなくなってしまっているから、かすみ達が厨房やモギリ、事務局で忙しなくしてるわね」
「そうか。じゃぁ、俺達が帰れば少しはかすみさん達も楽できるな。
ラチェットは舞台に立つにせよ、裏方に回るにせよ、家事以外は何でも出来るし」
「玄治、それは気軽に言いふらさない約束でしょう」
頬を赤く染めて玄治を注意するラチェットに、玄治は不思議そうに首を傾げてラチェットの頭を撫でる。
「出来ないことは助け合えばいいだけだろ。花組じゃそれが当たり前だし、俺だってラチェットにいろいろ助けられたしな。
それにマリアは口が堅い、誰彼かまわず言いふらしたりなんかしないさ」
「どのみちあなたが帝劇に戻るなら、厨房はあなたの城でしょう?
食事については心配してないわ」
「それもそうだな」
そのまましばらく三人で談笑した後、マリアが港へ行くというので玄治達も共に席を立った。
だが、マリアは喫茶店からしばらく離れたあたりで立ち止まり、二人へと振り返った。
「ここでいいわ。二人にまた船着場まで行ってもらうのは悪いもの」
「そんなこと気にすんなよ」
「右に同じ、ね」
同じ言葉を返してくれる二人に穏やかな視線を向けて、隊長である大神以外にも花組を任せられる者が二人も増えたことを心強く思う。
(それに・・・ 玄治のこともね)
軽く話した程度でもラチェットが玄治のことを憎からずと思っていることは間違いない。劇場にはかすみもいるが、前線には立たないかすみにはやはり限界がある。
「いえ、いいわ。
あまり一緒に居ると離れがたくなってしまうから」
「夏には帰ってくるんだ、すぐだよ」
そういってマリアの手に触れる玄治の左手にはかつて互いに交換し合った指輪が光り、マリアの首元にもまたかつてロケットがぶら下がっていた場所に指輪がある。そして、着物で見えないかすみの首元にも光っている。
「そうね・・・ ねぇ、玄治。耳を貸してもらってもいいかしら?」
「ん? なんだ・・・」
耳、いや体ごとマリアの方へと近づけた玄治の方を掴み、マリアは玄治の頬へと口づけた。
流れるようにラチェットへとしてやったりと笑みを向けるマリアだが、当のラチェットは何故か明後日の方向へと視線を向けていた。
「・・・驚かないのね、玄治」
「あぁ、ラチェットがよくしてきたんだよ。
欧州の挨拶だよな?」
「・・・へぇ?
ねぇ、ラチェット。帝国劇場にいる間は、くれぐれも風紀を乱さないようにね」
「えぇ、善処するわ」
「えぇ、しっかり『善処』して頂戴」
未だマリアへと視線を向けようとしないラチェットにしっかりと釘を刺しつつ、マリアの目は玄治にも向けられる。
「玄治、ラチェットは慣れない日本で大変だと思うけれど、日本のマナーについてさくらからしっかり教わるように言っておいて頂戴。そうでないと大変なことになるから」
出していないにもかかわらずエンフィールドを向けているような空気が漂うが、玄治は欠片も気づかない。
「あー、そうだな・・・
多国籍の劇場だけど、基本は日本の常識で出来てるしな。その辺りは大事だ」
「えぇ。それじゃぁまた、劇場で会いましょう」
「あぁ。行ってこい、マリア」
「・・・! 行ってくるわ、玄治」
マリアの厳しかった表情が瞬時にやわらぎ、こちらを気遣って姿を隠していた花小路伯と合流して紐育へと旅立っていった。
よく帰ったな、玄治。ったく見分披露目に行ったってのに、女連れて帰ってくるたぁな
まぁ、明日には大神も帰ってくるからのんびりしてる暇はねぇけどな
あぁ・・・ それから玄治、お前にだけ明かすぜ
次回 『帝劇到着 加山参上』
太正桜に浪漫の嵐!
初めまして、貴水博士。好きな女性のタイプは?
隠密行動部隊 月組!? こんな軽い男に隊長とか、米田さん正気ですか!?