太正十四年 卯月
大神の帰還に朝から騒ぐさくらとアイリスを横目で見ながら、玄治は料理の準備を進めていく。ついでとばかりに新隊員が住む部屋の掃除を頼まれ、前もって運び込まれた家具の数々を二階へと移動するなどの雑用も任されていた。
挙句、歓迎会を兼ねた大神の帰還祝いの準備をしていたさくらが迎えに行った米田についていくということが知らぬ間に発生しており、玄治は盛大に溜息をついた。
「気持ちはわかるがな・・・ 人手少ない中でそりゃねーだろ、さくら」
食堂で共に一息ついていたラチェットは玄治の呟きに苦笑をもって答えるが、結局何も言わずにコーヒーを口に運んだ。
溜息をつく玄治自身がわざわざマリアが出発する日に帰国を合わせたことを知っているラチェットとしては、まさに『お前が言うな』案件である。
「玄治も一年ぶりの再会なんでしょう?」
「まぁ、そうだな。
お互い日本にいなかったし、修行みたいなものだったから会うのが少し楽しみだ」
ニヤリと笑って見せれば、玄関の方が何やら人の話す声が聞こえてくる。
「噂をすれば、ね」
「よし、大神と二人っきりになりたいからって勝手に迎えに行ったさくらに説教しに行くか」
「駄目よ、玄治。
好きな人に一番に会いたい・少しでも二人きりになりたいなんて、女の子らしい可愛い我儘じゃない。見逃してあげて」
「・・・ったく、今回はラチェットに免じて許してやるか」
(マリアが『帝劇内の風紀を乱すな』って言ってたし、大神が手を出さなくてもさくらとすみれはなぁ・・・)
二人分のカップを流しに置きながら、溜息をつく。
「あぁ、玄治。やっぱりここにいたのか」
「よっ、大神。一年ぶりだな。
つーか、軍服姿初めてだな・・・」
陸軍の緑とは違う海軍の真っ白な軍服を見つつ、玄治は少しだけ嫌そうに眉をしかめた。
「さっさとモギリ服になれ。
お前にも、ここにも
「玄治、久しぶりに会った友人にそれはないでしょう?」
座っていたラチェットから注意が飛び、玄治は頭を掻く。
「あー・・・ すまん。
まぁとにかく着任届出しに行ってこい、ラチェットのことは米田さんから聞いてるんだろ?」
「あぁ。初めまして、ラチェットさん。
海軍少尉・・・ いや、ここではただのモギリの大神一郎です」
「初めまして、大神少尉。
私はラチェット・アルタイル、玄治からいろいろと聞いているわ。あなたに会える日を楽しみにしてたの」
真面目な大神の挨拶に、ラチェットも笑顔で応える。互いに軽く握手を交わして、大神が去っていくのを見送った。
「さて、俺達は歓迎会の呼び出しが来るまで中庭にでもいるか。
どうせあいつのことだ、この後は着替えたり、劇場を見て回ったりとするだろうしな」
「あら、歓迎会の準備はいいの?」
「俺達はもうやるべきことはやっただろ。
力仕事はほとんどしたんだし、あとのことはさくらとか任せても平気だ」
「あらあら・・・ 今、休憩してたのに」
ラチェットの呆れと笑みの混じった声を背に聞きつつ、大きなあくびを一つする。
「こんな良い天気だ、昼寝しないなんてもったいない」
「フフッ、そうね。あなたとののんびりとした時間は好きよ」
そっと腕に手を絡ませて頬を染めるラチェットに、玄治は連れ出すように手を引いた。
「前は効率がどうだとか言ってて余裕のないお嬢様だったからな、ラチェットは」
「玄治! もう!」
「ハッハッハ」
そうしてじゃれ合いながら、歓迎会の時間までを共に過ごす二人を帝都の空だけが知っていた。
「貴水さん、ラチェットさん、歓迎会が始まりますよ」
「ん・・・ あぁ、今行く。
ラチェット、行くぞ」
「起きなかったのは玄治よ?」
「そりゃ悪かった」
半分寝ぼけつつも身なりを整えれば、中庭から楽屋側から廊下を速足で去っていく紅いドレスを纏った女性と大神の姿が見えた。
「ん? 大神?」
「え?」
「その前にいたのは織姫ね」
どう見てもただ事ではない状況に、ラチェットと玄治が視線を合わせて走り出す。
幸いないことに位置的にも階段に辿り着くのはこちらの方が早い。あちらが全速力で廊下を走らない限りは廊下に辿り着くのは玄治達の方が速いだろう。
階段前で道を塞ぐように立った二人に織姫が目を丸くし、追ってきた大神をひどく驚いた顔をする。
「パーティの途中で退席なんて・・・ マナーがなってないんじゃないかしら? 織姫」
「ラチェット!? あなたがどうしてここにいるんでーす!?」
「私は・・・ そうね、見聞を広めに来たの。
この帝都花組に多くを学びに、ね」
「はぁ? こーんな辺鄙な日本の劇場で、世界レベルの私達が何を学ぶって言うんですかー?
それともラチェットは、しばらく会わないうちにジョークを口走るようになったんですか?」
「あらあら、随分な物言いね。
相変わらずのようで安心するけれど、成長のなさに少し呆れもするわね」
「フンッ! ラチェットも相変わらずのようで安心しました。
でももう隊長でもなんでもありませーん。私は私の好きにしまーす。そこを退いてください!」
「前から好き勝手していたと思うけれど・・・ ここを退くのはお断りね」
昇り階段前で仁王立ちになるラチェットを織姫は睨み、降り階段で壁に足をかける玄治も同様に睨み付けた。
「・・・その男、知ってまーす。
ドットーレ・タカミ、日本の技術を世界に認めさせた人でしょ?」
「赤い貴族の令嬢から名前を覚えていただけて光栄。
神崎重工所属の日本の技術者、貴水玄治だ。昼間はこの劇場でコックをやってる」
「フーン。
私、日本の軟弱で、卑怯で、こ狡いオトコ嫌いでーす。そこに一切の例外もありませーん」
追いついてきた大神を振り返って指差し、織姫は叫ぶ。
「私、仲間になったつもりはありませーん。日本の梅雨みたいなベトベトした人間関係も、そういうのホントうざいでーす。
ラチェット! あなたもそうです!!
昔のあなたならこんなことしなかったのに、どうせその男に騙されたんでしょ!」
「なっ!? 彼への侮辱を撤回しなさい! 織姫!」
玄治への侮辱にラチェットも激昂するが、当の玄治は『おー・・・』と暢気に受け止めていた。というか、今にも笑い出しそうだ。
「フンッ! そうやってムキになるところが、私の言うことが正しい証拠でーす!!」
「織姫! 待ちなさい!!」
「織姫くん!!」
ラチェットの隙間をぬって二階へと昇っていく織姫を追いかける大神。同じようにラチェットも追おうとするが、その肩を玄治が掴んだ。
「玄治! 止めないで頂戴!
私は元隊長としてあの子を注意しないと・・・」
「やめとけやめとけ、もうあいつは星組じゃなく花組の一員だ。あとは大神に任せときゃいいさ」
「でも、あなたへの侮辱も・・・ あなたに謝らせないと」
「そんなもん、気にすんなって。
初対面じゃ、さくらやアイリスにだって不審者扱いされたんだ。大したこっちゃねーよ」
そういって笑いながら、『さっ、片づけの手伝いでもしに行こうぜ』という彼にラチェットは渋々と従った。
当然玄治は歓迎会に遅れたことをさくらやアイリスに咎められ、織姫が飛び出していったことも今聞いたばかりという顔を平気でして、大神が戻ってくるまでに片づけの大半を無事に終わらせた。
「あぁそうそう、大神」
「ん?」
「お前の部屋に赤チビが作った新しい発明品置いてあるから、鳴り出したら開いてくれ」
「え!? それってどういう・・・」
「突然爆発したりはしねーから、安心しとけ。
俺と赤チビの共同開発品で、まだ軍にも普及させてない代物だからな」
大神が心配しているのはそこだが、そこではない。
技術者がいるなら、詳しい説明をしつつ手渡しでもいいだろう。というか、安全性のことを考えるならそうしろ。
「あとは赤チビの指示の元、使い方覚えろ」
「玄治に教わることは出来ないのか?」
「あれは使いながら覚えた方が早い」
いうことだけを言って大神から離れ、夕飯はもう歓迎会の残りでどうにかすることとして玄治は自分の住処へと戻っていった。
翌朝、玄治はいつも通り朝の食事の準備を終え、それぞれが仕事に散っていくのを見守る。
ここ数日ほど朝食後も玄治と共に食堂に残っていたラチェットも隊長である大神の仕事ぶりを見るとのことで、共に事務局に向かった。
「久しぶりに一人だな」
ここ半年はほとんどラチェットと行動を共にしていたため、一人っきりということがなかった。劇場内にいる限りは静かということはないだろうが、玄治は鼻歌でも歌いだしそうな様子で地下へと戻ろうとする。
が、舞台から聞こえてきた口論の声に足を止める。同時に何かに感づいた大神が舞台へと走っていく姿を見送り、ラチェットが玄治を見つけて溜息をついた。
「・・・花組の隊長は何でも屋なの?」
ラチェットの素直な感想に玄治は思わず吹き出し、大きく笑った。
「まぁ、間違ってないな。
劇場じゃあいつと俺が一番の下っ端だし、特に大神は隊員の和を保つことが一番の仕事だ。何でも屋と言えば何でも屋だな。
それにラチェットは劇場でどんな喧嘩が起きてるか、想像ついてるんじゃないか?」
喉を鳴らすように笑い続ける玄治にラチェットは頭痛を堪えるように額に手を当て、深い溜息を零す。
「・・・私達は良くも悪くもエリート集団だった。一国じゃなく、欧州という大陸を相手に踊り、演じて歩いた天才よ」
それは星組の自負であり、誇り。
だが同時に、天才しかいなかった星組は誰もが自己完結しすぎていた。
「だから慣れていないのよ、人と人が当たり前に互いを思い遣るこの距離感に。
互いに補って支え合い、作り上げるということに」
玄治の隣に並んで舞台の方向を見るラチェットは玄治の肩に体を預け、腕を絡ませる。
「私も半年かかったわ。
あの子は・・・ いえ、織姫とこれから赴任するレニもどうかしらね?」
「大神だからな、きっとすぐさ」
「あら、信頼してるのね」
「あいつは天性の人たらしさ」
ラチェットと玄治はそうしてゆっくりと舞台に向かうと、ちょうど顔に水を掛けられた大神と鉢合わせした。
「なっ!? 織姫!
あなた、何をしたかわかっているの!?」
「ハッハッハ! こりゃ凄いな」
咎めるラチェットに笑う玄治、当然笑った玄治に対してさくらとアイリスの視線が突き刺さる。
「フンッ! お節介で小心者、あげく覗きをするような日本の男にはこれぐらいがちょうどいいでーす!!
なんなら? 野次馬しに来たあなたにもおかわりをあげましょーかー?」
「おーおー、怖い怖い」
玄治は大神にハンカチを投げ渡しつつ、大袈裟に肩をすくめる。
その時、劇場に警報が響き渡った。
皆、急な戦闘だが行くぞ!
はいっ! 大神さん!
ハイハイ、少尉さんのお手並み拝見ですね
織姫! あなた、いい加減にしなさい!
次回 『戦闘 まさかの再会』
太正桜に浪漫の嵐!
そんな、先生? どうして?
玄治、お前にはこんな姿を見られたくなかった