警報によって織姫は一瞬戸惑うが、花組全員がその場を駆け出していくのを玄治は見送った。
「玄治、あなたはいいの?」
「俺はあいつらと違って、あちこちに行き来できる場所を作れるからな」
そういって舞台床を触れば、舞台装置である仕掛けを動かして床が開いていく。
「俺はここから先回りだ」
そう言いながらラチェットも手招きし、玄治は自分の部屋へと直結する滑り台を下っていく。
上着を脱ぎ捨て隊服を羽織ってからモニターをつけ、整備を終えている光武たちがいつでも出動できるようにあちこちを起動させていく。
「妖力反応は帝劇前、か」
気づけなかったことに舌打ちをするが、そんなことはかまっていられない。
(突然現れたのか?
・・・いや、霊力と妖力はほとんど何も変わらない以上、敵対者が人間ならこの出現の仕方もあり得る。それに始めから帝劇に来るのはどうしてだ?)
脳裏にいくつかの疑問が浮かぶが、追いついてきたラチェットも神妙な顔でモニターを見つめていた。
「玄治、モニターに人影が映ったわよ」
「なっ、先生!?」
ラチェットの言葉に画面を見た玄治の表情が凍り付き、同時に画面に米田が割って入る。
「米田さん、あれは・・・!」
画面の先にいたのは、確かにあの日、サタンと共に消えた玄治の師・山崎真之介だった。
『どういうことかはわからねぇ・・・
けど、俺にも山崎にしか見えねぇよ』
玄治のみならず米田からの確認が取れた以上、あれは確実に山崎なのだろう。
だが、光武での戦いが始まっている以上下手に手を出すことも出来ない。否、ここにいるのが玄治一人であったなら構わず走り出していただろうが、対人戦ならばともかく対脇侍においてラチェットが生身で戦場に出るにはあまりにも危険すぎる。
玄治もこの半年でラチェットのことをよく知っているし、自身が出動するとなれば玄治の意志も聞かずについてくるだろう。
「・・・戦いが終わるまで、現状把握に努めます。
帝劇における防衛も今後の課題ですね」
『だな・・・
常にオメェに結界を張ってろなんて言えねぇしな』
「ハハッ、そんな便利な道具みたいな・・・ 作ってみますか」
『完成したら、戦いが変わるな』
両名共に技術者としての顔になり、ニヤリと笑う。
「玄治、ミスター米田、そちらの検討は後にして頂戴。
何か私にできることはある?」
「俺が先生の霊力等を調べてる間、画面を見ていてくれ。
何か異変があったらすぐに報告を」
玄治は山崎が乗る闇神威に標準を絞って解析しつつ、専門外である魔術についての文献の中で近しいものがないか、あるいはそれ以外の偽装なども視野に入れていく。
(偽装・・・ いや、その可能性は低いな。
聞こえている限りの会話でも、あれは確かに俺達と対峙した先生であることは間違いない。なら考えられるのは蘇った? 誰によって? 何が目的で?)
「しかも、先生をこんな使い捨ての先兵扱い・・・?」
「玄治、戦闘がもうすぐ終わるようよ」
玄治の怒りが滲み出た声にラチェットが一瞬、表情を凍り付かせる。
「玄治、その顔で花組の皆に会うつもり?」
「あぁ、すまん。
米田さん、俺は今から地上に向かい、先生に会ってきます」
『本当なら俺も行きてぇところだが・・・ まっ、よろしく言っといてくれや』
「話が通じるようなら、そのまま連行してきますよ。
ラチェット、お前は・・・」
「勿論ついていくわよ」
愛用のナイフを構えながら、当然とばかりにいうラチェットに玄治が拒むことはなかった。
(また敵わない相手が一人増えたみたいだな)
苦笑まじりに愛刀を手にして駆け出せば、背後に感じる彼女の足音に玄治は不思議な安心感を抱いていた。
花組のカーテンコールに対し仏頂面且つ『馬鹿なこと』と言っている織姫の横を通り過ぎながら、玄治はラチェットと共に山崎の元へ向かう。
「玄治、か・・・
こんな姿、お前には見られたくなかった」
「先生!」
体を引きずる山崎を支えようとするが、ラチェットが玄治を手で制する。
「彼女の判断は正しい。世界屈指の技術者が、あまり軽々しく敵対していた者に近づくな。
あぁ、君は星組の・・・ そうか、玄治と出会ったか」
穏やかな表情で笑い、二人を見る山崎の表情はすぐに自嘲するような表情へと変わった。
「山崎として死に、叉丹としても死んだ私が再び生を受けてお前達と敵対することになるとはな。
人が人である限り欲は尽きず、人の営みの中から闇が生まれ、恨みもまた生まれていく。本当にあぁ・・・ 終わりのない繰り言だな」
「確かにそうかもしれない。
でも先生、俺は闇の中で抗う光だったあなた達に救われたんだ」
かつて山崎達が歩んだ道は、確かに誰もが救われるような終わりではなかったかもしれない。
それでも、確かに灯された希望の光が花組へと繋がったのだ。
「あぁ・・・ そうだな。本当にそうだ。
力だけでは駄目だった、守りきれなかった過去を米田が、あやめが、そしてお前が繋いで、その成果を花組が示してくれた。これ以上に誇らしく、嬉しいことはない。
お前達ならばこの帝都の嘆きを、古より蓄積されし怨念すらもいずれは浄化させることが出来てしまうのかもしれないな」
「山崎少佐、それは一体どういうことですか?」
会話を聞いていた大神が割って入ると、山崎は真剣な表情をして言葉を紡ぐ。
「帝都は・・・ いや、歴史を紡ぐ大地は皆、呪われていくものだ。
かつてならば守り人がいた。だがその血筋も時の流れと騒乱の中に薄れ、姿を消した」
山崎の視線がさくらと玄治に向けられたが、静かに首を振った。
「残ったのは堅実に血を重ね、語り継ぎ、力を残して国に忠義を尽くした一族と、伝承によって残された強大な力を持つ宝具だけだ。
玄治、これを・・・」
そして、自らがもつ刀を鞘ごと腰から抜こうとしたその瞬間
「ぐはっ・・・」
「先生!!」 「山崎少佐!!」
背後から突然現れた鬼の面の男が、山崎の心臓を深く突き刺していた。
「お前は喋り過ぎた、山崎」
「ぐっ・・・」
男の殺気と霊力とも妖力ともとれる力を目の当たりにして、誰もが黙ってみていることしか出来なかった ――― その場にいたある二人を除いて。
「ぬっ!」
鬼の面の男が突如飛来したナイフを山崎から引き抜いた刀で払う。
「チッ! 玄治!」
ラチェットの呼びかけに玄治が男へと銀閃を放った。だが、男は玄治の一閃を飛んで回避してしまう。当然玄治もラチェットも次の攻撃へと転じようとするが、男は現れた時同様に闇の中へと消えていく。
「っ!」
「玄治、深追いするな! それよりも少佐を!」
「先生・・・!」
すぐさま追おうとする玄治だが大神の制止によって止まり、その体はすぐに血だまりへと倒れた山崎の元へ向かった。
「嘘っ・・・ どうしてアイリスの力が効かないの?」
「私はあの日、確かに死んだのだ。死者の傷が今を生きる者の力で癒える道理などない、気にするな」
今にも泣きだしそうなアイリスに山崎は頭を撫で、その視線を玄治と大神に向けた。
「大神一郎、玄治、奴らには気をつけろ。
奴らは・・・ いや、私を蘇らせた男はおそらくこの機を待っていた」
「山崎少佐、奴らとは一体?」
「すまないな、そこまではわからない。
だが鬼の面の男は、私の見立てが間違っていなければ・・・」
そこで山崎は激しく咳き込み、荒かった呼吸は急速に静かになっていく。今にも止まりそうな呼吸に玄治は師の二度目の終わりを悟って、いつものようにへらっと笑って見せた。
「先生、もう休んでください」
「玄治・・・?」
玄治から出ると思っていなかった言葉に大神が驚くが、それはさくらとアイリスも同様だった。
「俺達はもうあなたに託された。考えるのも、守るのも、もう俺達に任せて、向こうでゆっくり羽を伸ばしてればいいんです。
また勝手なことをして一人で苦しんでたりしたら、あっちで待ってるあやめさんに説教されますよ?」
「フッ、そうだな。
また急に消えてしまったから、な・・・ きっととても怒ってるだろう」
一度死に別れた師弟は穏やかに笑い合い、互いに共有した優しき過去を思い出す。
「なぁ玄治、次は何を作ろうか」
最早力の残っていない筈の右手を前へと伸ばして、軍属の整備士にふさわしい胼胝のある指先は何かを描こうと動き出す。
「ふっ、次の発明もきっと・・・ あやめは驚くに違いない。
そうしたらまたあやめのあの笑顔が見れる、な」
そうして過去の思い出に浸るように瞳を閉じた師はそのまま心臓の鼓動を止め、息を引き取った。
「えぇ。きっと怒りながらも、いつものように笑って先生を待ってますよ」
二度目の別れはあっさりと、しかし確かな痛みを伴って弟子は師を見送った。
戦いが終わり、勝った時は大いに喜ぶ。
歓迎会のやり直しを兼ねた花見の中で、玄治は二年前と同じように花組からやや離れた場所で酒を傾けていた。玄治の隣に座ろうとしたラチェットは早々に由里に捕まり、何やら話をしているようだ。
「貴水さん、お隣よろしいですか?」
「あぁ、勿論」
かつてと同じように隣に並ぶかすみと共に食事をしつつ、桜を仰ぐ。
「なんか毎年、花見の時はかすみさんが隣にいるな」
その言葉に拒否の雰囲気はなく、むしろ申し訳なさそうに玄治は笑う。
「でもごめんな、今日は去年みたいに笑えそうにないんだ」
師の前で口にした言葉に嘘はなくとも、それは精一杯の強がりであったこともまた事実だった。
「いいんですよ、貴水さん」
だが、かすみは全てを許すように優しく微笑む。
「無理して笑って、一人で抱えてどこかに行かれるよりも・・・ ずっといいです」
「うっ! もうあんなことはしない・・・ 出来るだけ」
(『絶対』とは言わないのが、玄治さんらしいところですよね・・・
まぁ、だからこそマリアさんが傍にいてくださって、ラチェットさんのことも許したんでしょうけど)
内心の苦笑は言葉に出さず、二年前のことをきっちり反省してる姿に笑みがこぼれた。
「えぇ、そうしてください。
勿論私もマリアさんも同じ轍を踏むつもりはありませんから、そうなる前に貴水さんを捕まえて、無理やり聞き出しちゃうかもしれませんけど」
「・・・敵わないなぁ、本当に」
苦笑まじりの玄治の口元に以前と同じように卵焼きを運べば、文句も言わずに咀嚼していく。
「美味しいですか? 卵焼き」
「あぁ・・・ 美味いな」
今はそう、それでいい。
「由里、お願いだから離して頂戴」
「駄目です! 花見だけはかすみが貴水さんを独り占めする権利があるんですから、たとえマリアさんが居たって死守して見せるって決めてるんです!」
ラチェットを必死になって止める由里が木の陰に居たり。
「はぁ? ラチェットも本当に変わりましたねー。
あーんな日本の男のどこがいいんだか・・・」
それを見て呆れ果てた顔をした織姫がいたり。
「貴水さんって意外とおもてになりますよね」
「おじちゃんってば浮気だー」
さくらとアイリスに微妙な顔で睨まれていたりしたが、玄治には聞こえなかった。
歓迎会♪ 歓迎会♪ お兄ちゃん、また新しい子が来るんだよね!
あぁ、また星組からくるんだよ
お呼びじゃない陸軍からの刺客も来やがるがな
ん? 玄治 何か言ったかい?
いやなんでもない 気にするな
次回 『レニ 影山サキ着任』
太正桜に浪漫の嵐!
ハカセ 会いたかった