太正十四年 皐月
その日、司令である米田は朝早くから大神と玄治を司令室に呼び出した。
「すまねぇな、こんな朝から」
「いえ」
「歓迎会用の料理の仕込みは終わったんでいいですよ」
二人の返事に米田は真剣な表情のまま、腕を組んだ。
「で、お前ら聞きてぇことがあるんじゃねぇか?」
「聞きたいことって・・・ 米田さんだってほとんど何もわかってないくせに」
「まっ、そうだけどな。
山崎のことだって俺達はほとんど情報を共有してるが、敵については何もわかってねぇ。あいつが何故生き返ったかすらわからねぇままだ」
玄治の言葉を米田は素直に認め、二人を見る。
「だが、わからねぇままじゃいけねぇ。
花組だってまだ揃ってねぇし、今日また元星組の隊員も編入してくる。司令である俺は勿論それぞれの隊の隊長であるお前達の力が必要だ。
やることはわかってるな?」
米田の言葉に、大神が大きく頷いた。
「自分は新隊員が入ってきてからも部隊をまとめます。
花組は任せてください」
大神に続くように、玄治も頷く。
「俺はいつも通り、機器の整備と魔術や呪術について調査をやりますよ」
「それでいい。二人とも、頼んだぞ」
「はい!」
「えぇ」
二人の心強い言葉に米田は満足げに頷くが、次の瞬間にいつもの支配人の顔に戻った。
「でだ、大神。
お前は楽屋で歓迎会の準備を手伝ってやってくれや」
「はい、さくらくんに聞いていたのでわかってます。
では、自分はこれで」
「おう、行ってこい。
玄治、おめえはもうちっと残れ。前回の戦いで話した新兵器の話がある」
「わかってますよ。
キネマトロンを使って赤チビと情報共有も済んでます、こっちがあいつの意見をまとめたメモです」
新兵器を開発した時の紅蘭とよく似た雰囲気と表情をした二人に、大神が顔をこわばらせながら退出していく。
「霊力に反応しちまう方式だといちいちビービー鳴るな・・・」
「えぇ、龍脈との兼ね合いもありますし、霊力と妖力に差なんてありません。
ただ防護壁とは別に不可視の霊力結界を張るのは悪くないかと」
「そうなると・・・ 学園から何人か連れてくるか?」
「学園から何人か採用するなら、もうこの際結界・守護を特化した部隊を作るべきでは?
結界なら俺も多少は教えることが出来ますし、隊長は追々決めるとして暫定的に俺でもかまいません」
「お前、仕事いくつ抱える気だよ・・・」
「それ、赤チビにあれだけの仕事振っておいて言います?」
光武等のメンテナンスに加え花やしき支部長、そして役者と隊員として活躍。玄治のおかげで多少は仕事を任せられるが、現状において花組で最も仕事を抱えているのは李紅蘭であったりする。
「けどなぁ・・・」
「適材適所、各々が出来ることを皆のためにやるのがここでしょ。
それに最悪風組から支援を貰うんで大丈夫ですよ」
「うーん・・・ 仕方ねぇか」
玄治がほぼ押し切り、米田は渋々と頷いた。
「それと別件ですが、風組の対人装備についてです」
「あー・・・ そうだな、かすみ達には何か必要だよな」
米田が頭を抱え、玄治が差し出したいくつかの資料に目を通していく。
「お前・・・ これ、本気か?」
「劇場を襲ってくる奴らに容赦なんていらないでしょう?」
資料に向けていた目を玄治に向けると、にこやか過ぎて作り物のような笑顔を返された。
「地下はいいなぁ~。空、見えないけど」
「机に乗るな」
ギターを弾いて指令室の机の上でポーズをとる男に、玄治は笑顔でそれを向けた。
「アウチッ!? 今のはなんだ、玄治?!」
「これか? これはゴム鉄砲と言ってな、素材次第では子どもでも作れるような玩具だ」
だが、玄治が手にしているのはどう見ても金属製。見た目はほぼ拳銃と変わらず、一瞬見ただけでは本物とすら見間違うだろう。
「いや、ゴム鉄砲の威力じゃなかったからな!?」
「お前に当てたのは間違いなく輪ゴムだから安心しろ。
・・・霊力で作った弾丸とか面白いかもな」
くるくると指先で回してから胸元にしまい、再び物騒なことを言い放つ。
「霊力の実体化が厳しいから弾丸は無理だろ、作るとなるとやっぱり霊力と波長の合うシルスウス鋼か? マリアにでも試し打ちしてもらうといいかもしれねぇな。
ほれ、玄治。加山。じゃれてねーで話し合いするぞ」
「はっ」
米田に言われて指令室の椅子に加山が座り、米田は一つ溜息をついた。
「大神には言わなかったが、今回は新隊員以外にもう一人陸軍からの推薦で俺の秘書として『影山 サキ』が着任する」
「正気ですか、米田さん」
その言葉に玄治が米田を睨んだ。
「このタイミングで米田さんを敵視してきた陸軍からの推薦なんて、どう聞いても罠でしょう。
しかも秘書? 司令である米田さんの隣に何をしでかすかわからない者を置けと? 副司令の穴を埋めるとかなんとかいいながら、自分達の子飼いの者をここに置くのが目的に決まってる」
「だろうな・・・ でも、元帥からの指示だ。流石に断れねぇよ」
渋い顔の米田に、玄治も舌打ちする。
「俺の守りには月組もいる
けど、万が一のこともあるからな。念のために上着にゃいろいろ仕込むさ」
「司令のことは俺達が守る。
その辺りは任せてくれ、玄治」
「・・・わかった」
苦々しい顔のまま玄治は立ち上がり、行き場のない怒りを込めて握りしめた拳を一度机に叩きつける。
「玄治・・・」
「対人武器の開発を急ぎます。
かすみさんを通して持っている軍服の上着は俺に寄越してください」
怒りを一発で抑え込み、玄治は早々に指令室を去っていく。その姿に米田は溜息をついて、加山は珍しく真面目な表情のままだった。
「ったく、あいつの過保護にも困ったもんだよ」
「いえ、貴水博士の行動は間違ってません。
それに風組を通して返すことで通常のクリーニングと返す状況を同じにしてるんですから、念入りですね」
「そうだな・・・
さて、俺も上に向かわねーとさくら達に不審に思われちまうからな。加山、頼んだぜ」
「お任せを」
地上へと手伝いに戻った大神と違い、玄治はそのまま自室へと足を向けた。自室ではラチェットが持ち込んだ椅子で寛いでいたが、いつものことなので気にしない。
「話し合いは終わったのね、玄治」
「あぁ、地上は次の隊員の歓迎会の準備をするってよ。
あと陸軍からも秘書として人が派遣される」
「・・・軍による内部視察かしら?」
自分と同じ結論を出したラチェットに苦笑をし、溜息をついた。
「おそらくな。
これは俺の考えすぎなのかもしれないが・・・ 脇侍との戦いと陸軍からの人材派遣、そして花小路伯と
「・・・軍が敵に回っていると?」
「現状肯定する要因もないが、否定する要因もないだろ。
それに陸軍にとっては、俺も米田さんも昔から煙たい存在だからな」
『敵が何者かわかっていない』というのは、周りにいる全てを疑える状況でもある。
だが、その決定打がないのもまた事実なのである。
「だとしたら、相手にするのは厳しいわよ?」
「あぁ、だから魔術の調査も行いつつ、対人戦の準備を行う。
あらゆる可能性を考え、俺は備えるさ」
遠回しに花組のためなら軍だって敵に回すと言っているのだが、ラチェットはそんな玄治に苦笑する。
「出来ることは手伝うわ、資料を見せてもらえる?」
「・・・あぁ、悪いな。ラチェット」
「『悪い』なら、良いことを言ってちょうだい」
椅子から立ち上がって、座る玄治の背中から抱き着くラチェットに玄治も笑って肩に置かれた頭を撫でてやる。
「ありがとな」
「どういたしまして」
ラチェットは渡された対人用の武器の案に目を通しながら自分なりの考察と意見を書き加えつつ、蘇生術などの魔術の資料に目を通していた玄治が手を止めた。
「そういえば、今日来る元星組隊員って誰だ?」
「レニよ、レニ・ミルヒシュトラーセ。あなたがドイツで助けたあの子よ」
「助けたのはラチェットもだろ?
・・・そうか、花組に来るのか」
数カ月前に出会った色の白い少女のことを思い出し、玄治は嬉しそうに笑った。
「花組はきっと、レニをたくさん幸せにしてくれるな」
玄治の発言にラチェットは一瞬驚くがふっと笑う。
(あの子はあなたに救われて充分幸福なのに、あなたって人はそれ以上に幸せになるように願うのね)
「あの子もきっと、玄治に会いたがるわ」
「じゃぁ、俺達も上に行ってレニを出迎えるか?」
「あら? 仕事の途中だったのにいいのかしら?」
そういってラチェットがからかえば、玄治は資料を置いてすぐに立ち上がる。
「簡易結界の方は夜にでも試作を始めるし、対人武器に関してはラチェットが全部目を通してからの方がいいだろ。魔術に関しては空いてる時間で調べていくから問題ない。
何より、花組優先だ」
「はいはい、わかったわ」
玄治と同じように資料を置いてから、ラチェットもまた出迎えのために玄関へと向かった。
玄治とラチェットが食堂を歩いていると、中央階段から手すりを使って滑り降りるという危険極まりないことをしているアイリスが二人の目に飛び込んできた。
「ばっ!」
状況を理解してすぐに玄治は走り出すが遠く、滑った先にいた人物がアイリスを無事に受け止め、二人はいくつかの言葉を交わして自己紹介を終えていた。
「あぁ、ちょうど来たみたいだ。
レニ、今来たのが・・・「イソーロー中のラチェットと世界でも有名なドットーレ・タカミでーす」
大神の紹介に織姫が割り込んで二人へと視線を向ければ、レニも自然とそちらを向く。
すると、レニの目が見開かれ、先ほどまで見せていた緊張したような硬さがほぐれていった。
「ハカセ・・・!」
駆け寄って玄治とぶつかる直前で止まったレニに、玄治も笑って見下ろした。
「よく来たな、レニ」
「うん、来たよ。ハカセ」
応えた少女の笑顔に旧知であるラチェットは微笑み、織姫は目を丸くする。
だが、それはレニの旧知だけでなく、出迎えた大神達も同様だった。
「玄治、レニと知り合いだったのか!?」
「あぁ、世界を回ってる時にちょっとな」
「チョット!? ちょっとであのレニにこんなにするなんて、あなた一体レニに何したんですか?」
「おじちゃんってば、意外と女たらしなの?」
「人聞きが悪すぎる・・・ 俺は普通に接しただけだからな?」
「貴水さんがこれだったら、大神さんが外国に行ったら・・・ ううん、大神さんが外国に行くとしてもそれはきっと海軍のお仕事だもの。大神さんはきっと大丈夫」
言いたい放題に言われている玄治の前に、ラチェットが割って入った。
「皆、言い過ぎよ。世界を見て回ってる間、玄治にもレニにもいろいろあったわ。
ねぇ、レニ?」
「・・・うん。ありがとう、ラチェット」
ラチェットの気遣いにレニが嬉しそうにはにかんで、玄治へと再び顔を合わせた。
「ハカセ、僕はここに戦いに来た。けど、今の僕はもうそれだけじゃない。
ハカセが話してくれた花組に会ってみたくて、また織姫にも会いたくて、日本の舞台にも立ってみたくて、自分でここに来ることを選んだ。
それに何より、ハカセにまた会いたかった」
一つずつ丁寧に、しっかりと確かめるように告げるレニに対して、玄治は嬉しそうに頷く。
「ハカセ、僕にまたいろいろなことを教えて」
「あぁ、勿論。
でも、俺よりも大神の方がいろいろなことを気づかせてくれるさ」
「ハカセより? それはない」
迷うことのない即答がいっそ清々しい。
「ないなんてことはないさ。
まっ、そのうちわかる。結論を急ぐことなんてないだろ」
「・・・うん、ハカセがそう言うのなら」
そう言って玄治が頭を撫でてやれば、レニはくすぐったそうに照れる。
「あらあら、仲良しで羨ましいわ。
私も入れてくださいな」
人の多さで埋もれていた中で新しく出来た来賓用玄関の方から現れたのは、黒髪と青い目が印象的な女性だった。
「あぁ、あんたが支配人の言ってた影山さんか」
「え? 玄治、俺はレニのことしか聞いてないぞ」
「支配人のうっかりでな、大神が出ていった後に思い出したんだよ。陸軍から派遣された秘書さんだとさ」
「えぇ、これからよろしくお願いします」
玄治がざっと説明すれば大神を始めとし、さくらやアイリスが歓迎ムードへと変わっていく。
一通り挨拶もして、さぁ皆で楽屋へ向かおうというところで鳴り響く警報。
「ハカセ、アイゼンクライトは? 出動方法は? 状況は誰から?」
「全部地下だ。
出動方法は大神達についていけばいい、情報は地下に行けば司令がわかっている範囲で応えてくれる。後は指定場所まで風組が運んでくれる」
「ハカセとラチェットは?」
「俺とラチェットは戦場を見つつ、他の情報を集める。
戦闘の指揮は大神に一任されてるから、意見があるなら言えばいい」
「了解」
「レニ、行こっ!」
玄治の言葉が言い終わるや否やアイリスがレニの手を引っ張って走り出す。アイリスに続くように影山サキを含めた他の面々も駆け出していくのを見送り、玄治は小さく溜息をついた。
「それは何への溜息かしら?」
「いやまぁ・・・ いろいろだな」
そうして皆の出撃を援護するために二人もまた地下へと向かった。
花組の面々が出撃し鶯谷へと向かう中でレニから大神へと策の提案により、蒸気火箭・強い妖力を放つ人物の一人を背後からの奇襲を織姫とレニが、敵の注意を惹きつけるのを大神・さくら・アイリスが行うこととなった。
「私の時、わざわざ伝えてくれることなんてなかったのに・・・」
「伝えても伝えなくても、臨機応変に対応するだけの実力があるって信じてたってことだろ」
「ありがとう、玄治。
でも・・・ そうじゃないってことぐらい、わかってるわ」
「じゃぁ、反省ばっかりしてる暇ないだろ?」
「えぇ・・・ 変わってみせるわ、あなた達の元で」
レニの提案する姿をモニターで見ていたラチェットが落ち込み、その肩に優しく手を置いて慰めつつ玄治は現場の映像を注視していた。
「しかし、黒鬼会の一人を不意打ちとはいえ一撃か・・・
やるなぁ、レニ」
「玄治、褒めるより先に状況分析でしょう?
金剛と木喰と呼び合っていた二人と鬼の面の男が上位の存在であることは間違いないわ、山崎氏のことを考えれば彼らも相応の実力者が蘇生されたとも考えられるけど、日本の偉人に彼らと姿が合致する人物はいる?」
「知る限りではいない。だが、その説は捨てきれない。その線でも調べてみよう。
まだ二か所目だ、場所の繋がりも読めない。繰り返すのは帝都が呪われていることだけだしな」
「そうね・・・
ねぇ玄治、私が戦闘に出ることはやはり出来ないの?」
ラチェットの問いかけに対し、玄治は大袈裟に肩をすくめて手を振る。
「無理だな、お前はレニや織姫と違って正式に所属を移したわけじゃない。
それに見てわかる通り、米田さんは陸軍からよく思われていない。必要以上にここに力が集まることを上層部がよしとするわけがない。お前のアイゼンクライトまで日本に運んだとなれば、陸軍のみならずアメリカも騒がしくなるだろうしな」
「そう、よね」
苦々し気な表情で画面を見ればかつての戦友たちが乗るアイゼンクライトの活躍が映り、レニの真っ直ぐなランスの攻撃を織姫が援護するようにビームを飛ばしていく。二人が火箭を壊したところで大神ら三名が金剛へと突っ込んでいく。
そして無事勝利を飾った花組のカーテンコールにレニが戸惑い、そんなレニの変化に織姫が目を丸くする。当たり前だろう。かつて共に戦った時、レニは指示のまま動く機械と同じだった。レニがそのままであったならカーテンコールを行う花組に対して冷たい視線で『帰還する』と告げるだけであっただろう。けれど今、レニは自分の考えの元で他者と意見を交換し、当然のように感情を動かしている。
(私達にはなかったもの・・・ 互いを思い遣る余裕と広い視野、そして)
椅子に座ったままのラチェットの隣に並ぶ玄治を見上げれば、薄暗い部屋にも拘らず玄治の周りが淡く光って見えた気がした。
画面向こうで指揮をとっていた大神の強く輝く白き光りとは違う、どこか陰りすらある銀の光りに不意に目を細める。
(この光りかしらね?)
「どうした、ラチェット」
「いいえ、なんでもないわ」
『貴水さん、ラチェットさん、大神さん達からこの後サロンで歓迎会のやり直しをするとのことですが・・・』
椿から伝えられた内容にラチェットが玄治に視線で問うが、玄治は無理無理と言わんばかりに首を振る。
華である隊員達が戦場で任務が終われば体を労れるが、後方支援が主たる風組と鳥組は戦闘前・戦闘中は勿論、戦闘後にも仕事がある。
「まだ戦場の解析が終わってないため、鳥組は不参加を表明するって言っておいてくれ」
『あ、やっぱりそうですよね。
ラチェットさんはどうしますか?』
「私も・・・」
「ラチェットは参加しておけよ。
レニの歓迎会でもあるんだ、一人でも知り合いは多い方が心強いだろ」
「けど、あなたに分析を一人で任せるなんて申し訳ないわ」
「お前の意見も欲しいからわかりやすくまとめておく。
光武の整備の時間も迫ってるから、根を詰めるようなこともしない」
すぐに断ろうとするラチェットに玄治が割り込んで参加を進め、断ろうとしても断らせまいと言葉をつなげていく。
「はぁ・・・ わかったわよ。
椿、私は参加するわ」
『アハハ、わかりました。伝えておきますね』
玄治達のやり取りをそのまま聞いていた椿は笑って了承を伝え、玄治はすぐにラチェットを送り出す。
(火箭の一部は風組によって回収済み、そのまま轟雷号で花やしきに送ってもらって赤チビに任せるとして・・・)
「歴史の偉人、か・・・ いっそ滅んだ名家・陰陽師とかから調べるか。反魂の術のこともそこから何か出てくるだろ。
次の休みは学園で講師をやって・・・ 隊員だけじゃなく技師を増やしていくことも始めるか、技師は霊力必須じゃないから人員を見つけるのは多少楽の筈だ。巴里からも光武Fの件も来てるし、赤チビには今晩連絡必須だな」
あれやこれやと書き込みが終われば、戦闘時に姿を現した幹部二人の特徴を覚えて古めかしい書物を捲っていく。
(戦闘面に現状問題はない、幹部二人と遠距離からの攻撃も対処で出来てる。だが、それでもやはり人手不足は否めない)
留守にしている四名の顔が浮かび、首を振って考えを散らす。
あの四人がいれば戦闘がもっと楽に終わっていたことは、指揮をとっている大神が一番感じていることだろう。マリアと紅蘭による遠距離支援がいれば火箭はもっと迅速に片が付き、すみれの距離の長い薙刀による援護は火箭を避けつつ脇侍を減らし、近接戦闘を得意とするカンナがいれば前衛の層は厚くなる。
(考えても仕方ない、か・・・)
思考に沈みかけたことを自覚し、気分転換を兼ねて光武・アイゼンクライトの整備へと向かえば、そこには既にレニがアイゼンクライトの整備を行っていた。
「レニ、歓迎会はどうした?」
「織姫がアイリスに突っかかって、霊力の暴走を起こして解散した」
「突っかかった? 何があった?」
織姫は確かに人を見下すような発言が多いが、わざわざ自分から突っかかりに行くようなタイプではない。それこそ毛嫌いしている日本の男以外は、彼女なりに普通に接することが出来ている筈だ。
「両親のことを話すアイリスに織姫が突っかかった」
「・・・そういうことか」
端的に告げるレニに玄治は全てを理解した。
日本では知られていないだけで、欧州の貴族達の間ではソレッタ家のことは有名である。日本のしがない絵描きとソレッタの一人娘の恋物語とその結末は『ソレッタ』という名門であるがゆえに表立って騒がれることはなかったが、恋物語の末に生まれた織姫が一切の被害を受けなかった筈もない。
それに対してアイリスは確かに隔離こそされたが、それはアイリス自身の心や立場を守るためでもあった。現に家族仲は良好で機会を作ってはわざわざ日本まで足を運び、けして安くはない国際郵便で定期的にやり取りをしているのがその証拠だろう。
「レニはどう思った?」
アイゼンクライトの整備をするレニの隣に並び、整備の補助をしていく。
「アイリスの霊力は凄く強くて不安定。まるで星組だった時の僕らみたいだ」
「お前達に比べたら、アイリスはまだまだ子どもだけどな。
霊力も前に比べれば制御出来てる方さ」
「ううんハカセ、それは違うよ。
僕ら星組は、皆ただの子どものままだった。今もまだ成長途中の子どもだけど」
レニの言葉を聞きながら、レニの手に次の道具を乗せてやる。
「僕に家族はよくわからないけど・・・ アイリスが家族を好きっていうことも、織姫がおもわずアイリスに突っかかってしまうほど家族に対して何か思っていることも、なんだか少し羨ましいんだ」
「そうか・・・ その気持ちは少しわかるな」
両親との記憶を喪失してしまった玄治ともはや覚えていないレニ、どちらにとっても親という存在は未知で、知識やうっすらと記憶に残る影しか二人にはわからなかった。
「ハカセも? ハカセは・・・ そっか、記憶が・・・」
「そんな顔するなって。
その代わり俺には父親もどきが三人に母さ・・・いや姉か?が一人、弟が一人と妹がいっぱいいるからいいんだよ」
「・・・大家族だね、ハカセは」
「何言ってんだ、レニ。
お前も勝手に俺の家族の一人に入れてるんだが?」
「僕が、ハカセの家族・・・?」
「嫌か?」
互いに手を止めることのなかった二人の視線が混ざり、玄治は穏やかに笑っているのに対しレニは目を丸くしてひどく驚き、胸の辺りに手を当てて玄治と自分の胸を交互に見やった。
「ううん、嫌な筈ない。
なんか・・・ 不思議なんだ、心臓の辺りが今、すごく温かくて忙しない」
「ハハッ、そうか。
そこまで喜んでくれるなら、俺も嬉しい」
互いにそれ以上話さず、しかし穏やかな空気のままアイゼンクライトの整備の音だけが格納庫に響いていた。
「レニ、こんなところに・・・ 玄治もいたのか」
静寂を破った訪問者たる大神は、慌てた様子で格納庫を見渡していく。
「むしろお前が地下に来る方が珍しいだろ、大神。
で、どうした?」
「二人とも、アイリスは見てないか?」
「見てない」
「俺も見てないな。
アイリスは滅多に地下に来ないから、隠れるなら別のところじゃないか?」
「そうか、そうだよな・・・
ありがとう、他を探してみるよ」
「おう、行け行け」
慌ただしい大神を笑顔で見送りつつレニに視線を送れば、レニは不思議そうに首を傾げた。
「ハカセは隊長に何を期待してるの?」
「『期待』じゃなくて、『信頼』してるんだよ」
「信頼・・・ 僕も出来るかな?」
「何言ってんだ、もう出来てるだろ。
お前はもう俺を信頼して整備の補助を任せてくれたし、俺やかえでさんが信じる花組を信じて日本まで来てくれただろ」
手袋を剥いで頭を掻き撫でてやれば、照れくさそうに少しだけ口角をあげて笑うレニに満足して玄治も笑った。
「さて、俺は自室のシャワー浴びて部屋に戻るから、レニもほどほどに上に戻れよ?」
「了解、ハカセ」
レニと別れて油に汚れたまま自室へ飛び込み、そのままシャワー室で汚れを落として出てきたところで、部屋の中央には何故か我が物顔で玄治の椅子に座ってギターを鳴らす白スーツの男が笑顔で出迎えた。
「地下はいいなぁ。ここ、暗すぎだけど」
「そうだな、お前の白スーツがよく目立つから狙いをつけやすい」
幸いラチェットが来ている場合に備えて上着を羽織っていたが、そうでなければもっとラフな格好なままシャワー室から出てくるつもりだった玄治からすれば友人と称したくない同僚には見せたくない格好を見せる羽目になるところだった。
「ちょっ、やめっ・・・ 装填速すぎだろ、そのゴム鉄砲!!」
「俺が速い? お前が遅いんだよ、白スーツの侵入者」
「謝る! 謝るから俺の用件を聞いてくれ!!」
「はぁ・・・ お前の任務柄普通に入ってくるのは無理だと理解してるが、もう少し考えろ」
「わかった。今度はシャワー室に侵入するとしよう」
大真面目にふざける加山に対して、玄治はニッコリと笑って再びゴム鉄砲を構えてやる。
「じょ、冗談だ。だからそれを下げてくれ。
オホンッ! それでだな、さっき上で大神にも会ってきた」
「ほぅ」
「早速大神に色仕掛けをしようとして、隊員との関係を悪化させようと動いている。
着任早々大変真面目で素晴らしいなぁ」
「そうだな、着任早々他部隊の隊長に女の好みを聞いてくるお前並みに仕事が出来るな」
「うっ!」
玄治の返答にデッドボールをくらったように痛がり、言った当人は顎で話の先を示す。
「それでだ、この後司令は影山サキと共に陸軍省へ向かうことになってる」
「・・・動く可能性が高いな、米田さんはなんと?」
「襲撃を何度もされるのは面倒だ、一発喰らって病院入ってくるそうだ」
玄治は確かに加山から告げられた言葉であったにもかかわらず、暢気に笑って告げる米田の声が聞こえた気がした。
「馬鹿言うな! あの仕掛けは頭を狙われていたら助からないんだぞ!?
大体、陸軍省の付近で撃たれたら軍直下の病院に連れていかれるのは必須だろ!! 総司令である米田さんをそんな危険にさらせるか!」
「もっともだな。だが、こっちが警戒をしていると知ったら、陸軍からは今以上にどんな手段を講じてくるかわからない。
それに司令とて、陸軍に味方が零ってわけじゃない」
苛立ちを露にする玄治に対し、加山は冷静。そして、加山の言い分の正しさも玄治は重々理解している。
心底苦々しげな表情で多くを飲み込み、深い溜息をつく。
「米田さんが倒れたら、しばらく帝劇は混乱状態だ。
それを何も知らないふりして、かえでさん着任まで俺に司令代行をしろってか?」
「そういうことだな。
隊員の不調は大神が何とかするだろうが、司令がやってた仕事をかえでさんに繋げられるのは現状玄治しかいない。それに司令が倒れたとなれば、陸軍は貴族側にも何らかの行動を起こす。それまでの財布としての活躍も期待してるとのことだ」
「ふざけんなよ・・・ あのクソ爺。
俺にいろいろ丸投げじゃねーか」
玄治の悪態を加山は笑って聞き流し、仕掛けのある壁に触れてどこかへ消えようとする。
「司令が死ぬような事態は俺が意地でも防いでみせる。
そっちは頼むぜ、鳥組隊長」
「そっちもしっかりやれよ、月組隊長。
・・・今回の一件が終わったら、お前の鳩尾に一発叩き込んでやるから覚悟して置け」
「りょ、了解した。
けど、万事解決したら勘弁してくれよ?」
「失敗したら鳩尾で済ますわけねぇだろ」
恐ろしい脅しから逃げるように加山は任務へと駆けだし、脅した当人も何事もなかったかのように仕事へと戻っていった。
翌日、花組は出動により木喰に勝利するも司令たる米田一基が撃たれたとの一報を受けることとなる。
玄治、司令が凶弾で倒れたって無事なのか!?
騒ぐな、大神 騒いだってどうにもならない
おうおうおう 久しぶりに帰ってきたっていうのに騒がしいねぇ
大神さん 玄治さん 大変です! すみれさんが!
次回『カンナ帰還 すみれがお見合い!?』
太正桜に浪漫の嵐!
少尉・・・ さようなら