サクラ大戦 貴水玄治物語   作:無月

2 / 79
②花組隊長 大神一郎着任

太正十二年 卯月

 玄治はようやく終わった光武の隊長機の前で、仮眠をとっていた。

 

「玄治、部屋にいないと思ったらここに居たのね」

 

「んあ・・・ マリアか、おはよう?」

 

「えぇ、おはよう。

 あれほど仮眠はベッドで取るように言ったでしょう」

 

 常に時間の感覚のない玄治の挨拶は疑問形になるが、マリアは気にせず『今から説教をします』と言わんばかりに腕を組む。

 

「仮眠は取るつもりなくて、気が付いたら意識が落ちてた」

 

「だからそうなる前に・・・ はぁ、仕方のない人」

 

 まだややぼんやりとした玄治の顔の前にコーヒーが差し出され、それを口に含みながら出来たばかりの光武を撫でる。

 

「敵さんの襲撃が案外多くて、光武調整の時間が取れなくてなぁ・・・

 一馬さんの娘の着任も予想より早かったし、着任早々ぶった切ってくれた脇侍のおかげでやることもあった。ホント、隊員になる前からそんなことしてくれるなんて正義感の強さはきっと一馬さん譲りだな」

 

(いや、奥さん譲りも十分あり得るか。一馬さんを尻に敷いてたぐらいだし。

 あとで赤チビにデータ送ってやらないと・・・)

 懐かしさに笑みが零れつつ、頭では研究データや今後の解析について思考を巡らせる。

 

「本日、海軍少尉が着任するそうよ」

 

「あー・・・ 資料見る限り真面目でやる気満々の新米軍人って感じなんだが、米田さん遊ばないといいがね・・・」

 

「・・・それも含めて司令にはお考えがあるんでしょう」

 

「いや、からかうことに関しては深い考えなんてないだろ。あの人は」

 

 玄治は笑いながらコーヒーを飲み干し、床から立ち上がる。

 

「さーて、俺はその隊長さんがくるまで一眠りするかな」

 

「会うのね?

 さくらが来た時もそんなことは言わなかったのに」

 

 『意外だ』と言わんばかりのマリアの声に、玄治は伸びをしつつも頷く。

 

「花組の隊長だからなぁ。

 俺の可愛い妹分たちを任せることになるんだ、ちゃんと直接見て確認しておかないと・・・ って、いたぁ!? ちょっ、マリア? どうして殴るんだ?!」

 

「知りません」

 

 背後から自分よりもやや高い位置にある玄治の頭を叩いてからマリアは通り過ぎていき、玄治は叩かれた頭をかく。

 

「はぁ、年頃の娘はよくわからんよ」

 

 二十代にも関わらず、思春期の娘や妹を抱えるような発言を隊長光武だけが聞いていた。

 

 余談だが、玄治とマリアの歳の差はおそらく二つ。歳の差などあってないようなものである。

 

 

 

 

 

 マリアに言った通り一眠りし、ひと風呂浴びて新しい白衣と作業着を身に纏った玄治は地下から地上へと出てきていた。

 無精ひげを撫でながら髭を剃ることを忘れたことに気づくが、地上と言っても外出するわけではないからよしとし、伸びっぱなしだった髪をかき上げる。

(太陽が眩しい)

 数年ぶりに見た陽光に目を細め、中庭に置かれたベンチに気づいて腰かける。

 春真っ盛りの季節らしい青々とした緑の香りを風が運び、日差しの温もりを感じる。

 

「温かい、な・・・」

 

 中庭から見える楽屋や食堂、遠くに聞こえる人の声。

 

「こんな日は一馬さんに稽古つけてもらったり、先生と試作品動かしたりしたっけ・・・」

 

 中庭の開けた場所に、過去の幻影が見えたような気がした。

 

「ははっ」

 

 日差しに包まれた玄治は穏やかに笑って、目を閉じていく。

(あったかいなぁ・・・ 気持ちいい)

 

 

 

 

「あれ? さくら。

 中庭に男の人がいるよ?」

 

「え?」

 

 大神と別れた二人は中庭に人影を見つけ、疑問符を浮かべる。

 まだ開場の前の劇場に人が入る可能性は低く、この劇場で男性と言えば支配人である米田しか覚えがなかった。

 まして、ベンチで無防備に眠る男の外見は作業着に白衣、髪も髭も伸び放題。閉じた目元には分厚い隈に、異様なほどに白い肌。おまけに足元は裸足に草履などというおかしな恰好をしていた。

 

「まさか、不審者・・・?!」

 

 ここが普通の劇場で二人がただの役者であったなら、不審者に警戒するようなことも、緊張が生じることもなかっただろう。だが、ここは普通の劇場ではなく、二人もまたただの役者などではない。

『帝国華撃団 降魔迎撃部隊 花組』

 それこそが彼女達であり、帝国歌劇団がもつもう一つの顔である。

 

「アイリス、マリア呼んでくる!」

 

 アイリスが駆け出すのと同時にさくらは窓から中庭へと出て、腰に差していた霊剣荒鷹を抜刀する。

 

「・・・ん?」

 

 さくらが距離を詰める中で不審者は目を覚ますが、もはや遅い。

 容赦も、ためらいもなく振るわれた刀は不審者を両断する はずだった。

 

「あぁ・・・ ほいっと」

 

「え・・・?」

 

 白衣の男はあっさりとさくらの振るった霊剣荒鷹の一刀をよけ、意味ありげに目を細めていた。

 

「・・・あぁ、一馬さんによく似てる」

 

 在りし日に一馬が玄治に見せた写真の少女が成長した姿で彼と同じ刀を振るって、帝都を守るためにここにいる。

 髪の色も、刀の振るい方もよく似ている。きっと笑顔も、熱き思いも似てるだろう。

(感慨深い、な・・・)

 

「どうして、父のことを・・・?

 あなたは一体、何者ですか!」

 

「ん? あー、そりゃ会ったこともなくて、こんな格好してればそうなるか?」

 

 玄治からしてみればいつもより綺麗な普段の恰好だが、傍から見ればおかしな恰好。しかも不意打ちにも等しい状況下で軽々と一刀をよけ、意味ありげな視線を向けてくる。挙句、発言の一部に自分を知っているかのような言葉を仄めかしたのだ。

 疑われても仕方なく、不審者ここに極まれり。

 

「俺は・・・」

 

(そういえば俺の立場って、どうなってるんだ?)

 玄治は名乗ろうとしたが、自分の立場がどうなってるかを知らないことに気づいて言葉が止まる。

 

「玄治!」

 

 支配人室側から聞こえた大声に玄治が振り返れば、さくらは好機とばかりに彼の捕縛へと移る。が

 

「さくらもよしなさい!

 彼は確かに怪しいけれど、ここに居ておかしい人間ではないわ!」

 

「マリア? それ、かばってるようでかばってないんだが?」

 

 マリアの言葉によって止まり、不審者と思われる人物(玄治)もまた捕縛されぬようにと距離を置く。

 

「マリアさん、この人は一体・・・」

 

「マリアー、この不審者のおじちゃんと知り合い?」

 

「アイリス、人のことを指ささないの。二人にはあとで説明するわ。先に行ってて頂戴。

 玄治は・・・ どこへ行こうとしているのかしら?」

 

 口々に疑問を投げかけてくる二人にマリアは一言告げ、そそくさと逃げようとする玄治を鋭く呼び止める。

 

「いやぁ、ほら? 久しぶりだから劇場散策したり、米田さんに挨拶したりとか。そういえばいろいろすることあるよな~と思いまして・・・」

 

「支配人は今、少尉とお話の最中よ。

 だからあなたは、私にじっくりお説教を受ける時間があるわ」

 

 笑顔で詰め寄るマリアにじりじりと後退る玄治。

 刀の一撃を避けることは出来ても、流石にこれを回避することは不可能だろう。

 

「マリアだって稽古があるだろ。俺の説教なんかに時間をかける暇なんて・・・」

 

「すぐ終わらせるから、問題ないわ。

 さぁ、行きましょうか」

 

「はい・・・」

 

 中庭で説教する気はないらしく、マリアは玄治の手を引いて歩き出す。

(手、案外小さいな・・・)

 本来説教されるために連行されている現状は良いものではないが、玄治は現実逃避とばかりに繋がれた手に意識が向いた。

 だからこそ、玄治は気づかない。

 わずかに赤くなったマリアの耳や頬も、自分が抱いた感想に似て非なるものを彼女が抱いていたことも。

 

「で、どこでお説教されるんだ。俺は」

 

「二人がいる楽屋で説教してもいいけど、初対面の二人に情けない姿は見られたくないでしょう?

 衣装部屋に行くわ」

 

「はい・・・」

 

 百九十にも届く日本人らしからぬ体を小さくしながら支配人室を階段側に進み、右に曲がってすぐの部屋へと入る。

 そこで玄治は言われるまでもなく床に正座し、頭を下げる。

 

「・・・どうしてその姿勢に?」

 

「・・・さぁ、なんででしょう?」

 

 流れるようなその動作に疑問を呈すが、玄治は目を逸らしてすっとぼける。マリアもため息はつくが、深くは追求しなかった。

 

「いろいろ言いたいことはあるけど、まず地上に上がるのなら誰かに一声かけなさい」

 

「えっ、言っただろ? 隊長さんは直接見に行くって」

 

「確かに見るとは言ったけど、あなたはいつ地上に上がることも言っていなかったし、支配人かかすみぐらいにはひと声かけると思うでしょう?

 あなたしかわからないことが多いとはいえ、それほどあそこには重要な物があるんだから」

 

 玄治の不思議そうな顔と言葉にマリアは溜息を零し、右手を額に当てる。

 

「大体、どうしていつもの恰好で髭も髪も整えずにあがってくるの?

 話も聞かずに刀を抜いたさくらの対応はやりすぎだけど、突然中庭にそんな格好の人物が現れれば誰だって不審に思うわよ」

 

「あー・・・ それはすまん。

 服に関しては外に出なさ過ぎて私服がなかったのと、あってもサイズが小さすぎて着れなくなってた。

 髭と髪は帝劇内ぐらいならこれでもいいかと思ってついそのままに・・・」

 

「・・・今度、私とかすみで数着見繕っておくわ。

 今後は地上に出てくる機会も増えるでしょうし、身だしなみに気を使うようになさい」

 

「そう、だな・・・ 脇侍とか出てきたし、俺の分野でわからないことも解決していきたいしな」

 

「玄治・・・?」

 

 玄治の言葉におかしい所など何もない筈なのに、マリアは何故か彼の言葉に違和感を覚える。

 

「玄治、今のはどういう・・・」

 

「よぉ、玄治。

 この引き籠り坊主がようやく出てきやがったか」

 

 マリアが問いかけるよりも早く衣装部屋の扉が開き、支配人であり司令である米田がずんずん玄治へと近づいていく。

 

「お久しぶりです、米田さん」

 

「まったくだ、こうやって面あわせて会話すんのが四年ぶりとか洒落んなんねーぞ」

 

「いやぁ、同じ敷地内にはいたっていうのに不思議ですね。

 でも言葉のやり取りはちゃーんとしてたじゃないですか」

 

「書面上でな。しかもお前、報告書に必要なこと以外全く書かねーじゃねぇか。

ったく、あやめくんがマリアとかすみに頼んでなかったらどうなってたか、気が気じゃねーっての」

 

「痛いっすよ、米田さん。

 その辺りはちゃんと感謝してますって。どうすれば恩返しすればいいかわからないぐらいに」

 

「バーカ。恩返しなんて言葉はな、普段の生活キチッと送ってから言いやがれ」

 

「へーい」

 

 悪びれもしない玄治に米田は軽く拳を落とし、それに大袈裟に反応してじゃれ合う玄治。

(気のせい、かしら?)

 そこに先ほどマリアが感じた違和感はなく、いつもの玄治がいた。

 

「それで米田さん、隊長さんはどうでしたか?」

 

「まっ、最初の印象は良くも悪くも馬鹿正直で堅物の軍人だな」

 

 米田はそう言って笑いながら、玄治の横に座る。

 

「まっ、今日明日は様子見だろ。

 任された仕事一つ出来ねぇで、その内容にケチつけるような奴は能力がどうだろうと隊長なんざ務まらねー。華撃団も、歌劇団も、どっちも花組の本当の姿なんだからな。

 それにあいつが駄目だったらまだ候補者はいる。玄治、オメーもその一人だってこと忘れんなよ?」

 

 笑いながらも目だけは本気で米田が言えば、玄治は肩をすくめた。

 

「じゃ、あの隊長さんには頑張ってもらいたいもんですね。

 なんせあいつが隊長にならなかったら調整した光武が無駄になりますし、隊長業なんて俺に務まりっこないですから」

 

「あなたの場合、やる気がないだけでしょう・・・」

 

「それもある」

 

「少しは答えるのを躊躇いなさい!」

 

 玄治は真面目な顔で頷き、そんな玄治をマリアが叩く。

 

「ははっ、マリアとはうまくいってるみてぇだな。お前」

 

「はい、不真面目な俺をマリアが説教してくれたり、かすみさんが笑顔でゴリ押ししてきますよ?」

 

「げ・ん・じ?」

 

「二人にはいつもありがたく、お世話を焼いていただいてもらっています。

 感謝感激雨あられ、俺がいるのは地下だから天気なんてわからんけども」

 

 棒読みの言葉をマリアが睨むが、玄治は不真面目に言葉を続けると再び彼の頭に平手が落ちる。

 

「はっはっは! まっ、元気そうならいいんだ。

 あいつ見るために表出てきたっつうなら、これを機にお前の両方の立場をしっかりさせとくか」

 

「あぁ、それも聞こうと思ったんですよね。

 俺の今の立場って、どうなってるんです?」

 

「神崎重工の莫大な利益に貢献する謎の発明家にして、あの天才・山崎真之介の助手であり後継者。

 光武及び帝国華撃団装備一式の最重要機密保持者且つ帝国華撃団 後方支援部隊 (とり)組隊長。

 そして、帝国歌劇団の厨房を取り仕切るコック長ってとこだな」

 

「前半三つがくっそ重たいけど、まぁ事実だからしゃーないっすね。

 けど、後半二つは初耳ですね。オイコラ、くそ爺」

 

「そりゃ初めて伝えたからな。

 厨房設備はあとでかすみくんが案内してくれっから、頑張れや」

 

 言いたいことは全部言ったとばかりに去っていく米田に、玄治は深々と溜息を零しなが

らも笑う。

 

「はぁ・・・ あの人らしい・・・」

 

 昔からそうだった。

 頭がいいのに道化みたいにおちゃらけて、行動は突飛なように見えて深い意味がある。

 笑ってるのに目は本気、ふざけているのにそれは信念に基づく行動。そういう人だった。

 

「玄治、二つ質問があるのだけど」

 

「どーぞ」

 

 お互い壁に背中を預けたり、足を崩したりと楽な姿勢を取りながら、適度な距離感を保

つ。

 

「コック長を任されると聞いた時から不安だったのだけど、料理は出来るの?」

 

「俺より先に知ってたのか・・・ 料理なんて本を読めば出来るし、問題ないだろ。

 不安だったらコック長として就任する前に、いつものお礼もかねてマリアとかすみさんに振る舞うよ」

 

 玄治は料理が出来ない人間からも、プロからも怒りを買いかねないことをさらりと言ってのける。

 

「それならどうして、自分でちゃんと作って食べなかったのかしらね?」

 

 『返答次第では怒る』という笑顔を張り付け、マリアは玄治を威圧する。

 

「忙しかったからつい、な」

 

 適当に誤魔化しながら、玄治自身こんな嘘がマリアに通じないとわかっていた。

 けれどマリアは溜息をつくのみで、それ以上追求してくることはなかった。

 

「それと、司令の前では随分口調が違うのね」

 

「あー・・・ 無意識なんだけど、やっぱそう聞こえるよなぁ」

 

 玄治は立ち上がり、近くにある衣装になんとなく手を伸ばす。

 

「俺が八年前に降魔に両親殺されて、花組の前身部隊で米田さん達が所属してた対降魔部隊に拾われたのは知ってるよな?」

 

「えぇ・・・」

 

 なんてことのないように話す玄治とは裏腹に、マリアの声はどこか重い。

 

「降魔戦争が終結するまでの三年間、親のいなくなった俺に米田さん達がよくしてくれてさ。

 だからだろうな、たくさんのものを貰いすぎて溜口では話すことが出来ないのに、気を許すような変な言葉遣いになっちまうんだよ」

 

 玄治は笑いながら言うがマリアが笑ってくれず、室内には重たい空気が流れる。

 そこで玄治はふと、目についた衣装をマリアにあてた。

 

「ほらっ、マリアに似合いそうな衣装があったぞ」

 

「えっ、これって・・・」

 

 シンプルな白いワンピースのような衣装はマリアの金髪にも碧眼にもよく映えて、その似合いっぷりに玄治は笑う。

 

「真っ白なマリアの肌によく似合ってる。

 名前の通り、まさに聖母様だな」

 

「私には・・・ とても似合わないわ」

 

「そうか?

 荘厳な舞台、感動的な演出の中で息の合った皆に囲まれたマリアが清らかに演技をしたら・・・ とんでもなく綺麗で最高の劇になると思うけどな」

 

「もう、玄治!」

 

 顔を真っ赤にして怒りだしそうになるマリアに、玄治は衣装を押し付けてさっと扉へと逃げる。

 

「ははっ、これ以上怒られる前に退散退散っと。

 でも、常々思ってたがマリアが男役ばっかりなんてもったいないよな」

 

「そんなこといって、私がこんな衣装を着て主演になったらあなたはどうしてくれるのかしら?」

 

「そうだな、そしたら・・・」

 

 少し考えるようにしてから玄治はニヤリと笑って、言い放つ。

 

「一番前の席のど真ん中で見て、花束でも投げてやるよ」

 今度こそ玄治は衣装室から飛び出していった。

 

 あとに残されたのは衣装を持たされたマリア一人で、まだ真っ赤な顔に手を当てていた。

 玄治が重たい空気から逃れるために話したことはわかっていたし、彼の発言に深い意味などない。

 

「はぁ・・・」

 

 彼に ――― 少なくとも現状では ――― 自分やかすみに対しての恋愛感情などない。そんなことは、既に四年になる付き合いの中でわかっている。

 マリア自身もまた彼への想いを真正面から恋と称することが出来るほど、過去は過去と割り切れてなどいなかった。

 

「あなたって人は、どうしてそう・・・」

 

 彼も割り切れてなどいない、そんなことはわかっている。

 けれど、彼は師が残した研究を引き継ぎ、帝国華撃団発足や光武完成などの明確な成果を出した。 ――― たとえそれが、引き籠るための名目だったとしても。

 その在り方は、ただ逃げ続けたマリアには真似出来ないことだった。

 

「玄治・・・」

 

 言葉にならぬ想いも、変えられぬ過去もどうすればいいかわからないまま、マリアは意味もなく彼の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 大神がもぎりをしたり、ブロマイドを買ったり、さくらに恋人の有無を聞いたり、ジャンポールの名前を当てたり、すみれに手紙を渡したり、絶望したりしている間に玄治は一度地下に戻っていた。

 自分の手持ちでサイズの合う服を探す途中、コック服を届けてくれたかすみに髪を束ねてもらい、自分で整えた身なりを確認してもらった後、再び地上に戻ると外はすっかり暗くなっていた。

 

「さて、かすみさん情報だとマリアは書庫か」

 

 階段下から上にいるだろうマリアのことを思いつつ、足早に厨房へと向かう。

 何をするためか? と問われれば簡単だ。

 昼間の言葉通り、マリアに料理が出来ることを示すために夜食を作るのだ。

 

「米と味噌、豆腐ぐらいはあるだろ」

 

 他に材料があればおにぎりの具を豪華にするぐらいは許されるだろうし、誰かに見つかっても紺色のシャツと白の前掛け、白のズボンをはき、肩や胸には帝劇のマークである臙脂に白抜きの巴紋と鷹にも烏にも見える黒い鳥が今まさに飛びかかろうとする形の紋。深夜とはいえ帝劇の紋が入ったコックコートを着た彼を、不審者と思う者はいないだろう。

 厨房についた玄治は軽く物の所在を確認し、冷蔵庫の中身も確認する。鮭や卵もあるにはあるが、朝食用の可能性があるため手を出すことをやめ、量のある鰹節と梅干を皿にのせておく。

 

「さーて、まずは米を研いでっと」

 

 手際よく調理を進め、米が炊き終わるまでの間に豆腐とわかめの味噌汁を作っていく。

 

「ん? 誰かいるんですか?」

 

 食堂側からかけられた声に玄治が顔を出せば、そこにいたのは真面目そうな青年。

 

「あぁ、あんたが支配人の言っていたもぎりさんか」

 

「いえ、自分は海軍の・・・ いや、そうですね。先日入ったばかりのもぎりの大神です」

 

 咄嗟に敬礼をしようとした大神は途中でそれをやめ、どこかがっかりしたように玄治には見えた。

 

「支配人から軍人さんが来ることは聞いてたから、気にしなくていいさ。

 俺はここのコック長を任されることになった貴水だ。呼び方は貴水でも、コックでもなんでもいいぞ」

 

「コックさんでしたか。

 こんなに夜更けにどうかしたんですか?」

 

「なに、今日ここに来たばかりだから厨房の確認と軽い夜食をと思ってな。

 もぎりさんも食べるかい? まだ米が炊けてないから味噌汁しかないが」

 

「いただきます」

 

 玄治はお椀に味噌汁をよそって、箸と共に大神に出してやる。

 

「貴水さんはその・・・ 軍の方なんですか?」

 

「いや、俺はただの雇われさ」

 

 華撃団の名を出さずに探るように言葉を選ぶ慎重さをかいつつ、玄治は目を細める。

 

「なぁ、もぎりさん。今の仕事に納得いかねぇか?」

 

 味噌汁をすすった大神の行動は止まるところを見るに、図星なのだろう。

 大神側から見れば当然の反応なため、玄治はその反応を見守る。

 軍学校を首席で卒業し、秘密部隊の隊長に就任されるという話で待ち合わせの場所にいけばいたのは女性。案内されるがままにたどり着けばそこにあったのは劇場で、己がする仕事はもぎり。挙句、米田は華撃団の存在を隠し、歌劇団だと明言した。

 絶望しても、やけになっても、もぎりなんて仕事を放り出しても別におかしくはない。

 

「・・・はい」

 

 熟考の末に素直に頷く大神に、玄治は少し笑顔がこぼれた。

 

(素直な奴だ)

「自分は帝都を守るために、ここに来ました。

 それなのに俺は、俺がすることはもぎりで・・・」

 

「なぁ、軍人さん。ここの劇は見たか?

 いや、劇じゃなくてもいい、稽古風景でも、それこそあんたがやったもぎりの仕事でもいい」

 

 大神の言葉を遮り、玄治は中庭から劇場の方を見た。

 

「えっ、はい。稽古風景は少し・・・」

 

「もぎりの仕事はどうだった? お客はどんな顔をしてた?」

 

 初めての仕事で余裕がなかったのか、大神は答えられず、玄治は言葉を続けた。

 

「開場前から行列出来て、ブロマイドだって新しいものがあればすぐに売れる。グッズだって多いし、ファンレターだってくる。

 それぐらいここの劇は人気があるし、帝都の中でも有名だ」

 

 玄治自身、劇を直接見たことなどない。だが、記録映像として紅蘭と共に作った保存媒体で何度か見たことはある。

 役者はまだまだ少ないが少ないからこそ工夫し、一人何役も掛け持ちしながらも行われた最初の舞台も、ようやく役者の数が揃ってきた今の『椿の夕』まで。

 役者の心得などなかった最初の舞台は演じた古参メンバーは目を覆うだろうが、それからたった四年で今の帝劇の人気を作り上げた。

 それは軍人からしてみれば『馬鹿馬鹿しい』の一言だろうが、同じ芸の道に生きる者達ならばどれほどの躍進で、快挙なのかわかる筈だ。

 

「役者も、お客も、皆いい顔してるんだ」

 

 実際に見てもいない玄治が、それを語るのは滑稽だとわかっている。

 だが、それでも直接見ていない彼すら思うのだ。

 この劇場は、皆の劇は、素晴らしいと。

 

「いろいろあった米田さんが長い戦いの末に生み出したこの劇場は、軍人からしてみれば確かに馬鹿げてるのかもな」

 

 あの独断ともいえる戦争の終わりからこんなものを作ったのだ、米田の立場は陸軍内部で悪くなる一方だろう。

 それでも米田は意志を曲げなかった。

 支配人としても、司令としても、軍からここを守り続けている。

 

「なぁ、軍人さん。剣を取ることだけが守る手段なのか?

 こうやって人々の笑顔を作ることは、くだらないことか?」

 

『帝都の平和を守る』

 それは言葉にするだけなら簡単だ。

 その裏にどれほどの犠牲が居ようと、何が起こりかけていたとしても未遂であったなら存在しなかったことで、『救われた』という事実だけを人は語るだろう。

 だが、それでは駄目だった。剣だけでは、守るだけでは守り切れなかった。

(この帝劇はきっと・・・ 米田さんとあやめさんがあの日と違う結果を出すための希望なんだ)

 かけがえのない人の死と大切な人の喪失。

 二度と同じことを繰り返さぬために、二人が築いた次への希望。

 

「それは・・・」

 

 言い淀む大神はどこまでも素直で真面目な好青年。

 彼への第一印象はけして悪いものではなく、いろいろ戸惑うことの多かった初日だったにもかかわらず、当たり散らすこともない。及第点と言えるだろう。

 

「初対面で説教みたいなことになっちまって悪かったな、もぎりさん」

 

 玄治はそう言いながら立ち上がって、通り過ぎざまに大神の肩を叩きながら炊き上がったご飯の方へと向かう。

 

「貴水さん」

 

「んー?」

 

 呼ばれて厨房の方から視線は向けるが、ご飯が温かいうちにおにぎりを握っていく。

 

「俺、頑張ってみます。

 お話、ありがとうございました」

 

 その言葉に玄治は一瞬目を丸くするが、すぐに肩をすくめた。

 

「まっ、ほどほどにな」

 

 

 

 

 あっためなおした味噌汁を魔法瓶に詰め、いくつかのおにぎりを竹皮に包み、玄治は自室か書庫にいるだろうマリアの元へと向かう。

 駄目元で階段からほど近い書庫へと向かえば、マリアはそこで本を読んでいた。

 

「マリア」

 

「玄治? 珍しいわね、あなたが二階まであがってくるなんて。

 それにその服、コックコート?」

 

「そっ。米田さんが準備してくれてたみたいで、かすみさんがもってきてくれたんだ」

 

 引き籠っていた玄治のサイズをどうやって知ったかは疑問だが、サイズがあっていたため玄治から言うことは何もない。

 

「で、厨房を確認するついでに夜食作ったんだ。

 食べてみてくれないか、マリア」

 

 そう言いながらマリアの返事も待たずに魔法瓶から味噌汁を注ぎ、おにぎりを机の上に出し、自分はマリアと向かい合うように椅子に座った。

 

「いただくわ、具は何かしら?」

 

「味噌汁は見ての通り、わかめと豆腐。おにぎりはおかかと梅干」

 

 マリアもそんな玄治に呆れるような表情を向けはするが何も言わず、静かに手を合わせた。

 

「さっき、隊長さんに会ってきたぞ」

 

「そう」

 

「ははっ、その感じだとマリアは隊長さんを認めてないのか。

 まっ、たった一日だしな。無理もないか」

 

「まだ隊長候補よ、隊長ではないわ」

 

 自分と話す時とはあからさまに態度が違うマリアに、玄治は少し驚いていた。

 

「他に候補がいる中でここまで来たんだ、あいつで決まりだろ」

 

「玄治、正直に言うわ」

 

 マリアは真剣な目で玄治を見据え、告げる。

 

「私はあなたが隊長になるべきだと思ってる」

 

「おいおい、冗談だろ・・・」

 

 勘弁してくれと言わんばかりに手を額にあてる玄治に対し、マリアの表情は変わらない。それが嘘偽りなき本心だと語っていた。

 

「俺に隊長なんて向いてない」

 

「私があなたをサポートするわ」

 

 曖昧な言葉で返せば、支えると言い。

 

「俺の霊力は、隊長に向いてない」

 

「光武を作り上げたあなたなら、そんなことは障害にもならないでしょう?」

 

 本質的な力が向いていないと告げれば、玄治の力を見越して不可能はないと告げ。

 

「俺は候補の一人でしかないだろ・・・」

 

「それは彼も同じね」

 

 事実を告げれば、大神もまた同じだと返してくる。

 

「・・・そんなに新米軍人には背中を預けられないか?」

 

「えぇ」

 

 素直に頷くマリアにうなだれるしかなく、溜息だけが零れていった。

 

「俺だって戦いの経験なんてほぼないし、隊長さんは軍学校首席なんだからその辺り問題ないだろ」

 

「『ない』ということになってるだけでしょう、軍人ではないあなたが関わっていたことを公表するにはあまりにも外聞が悪いもの。

 それにあなたは、降魔戦争を見た人間だわ」

 

「この戦いで降魔が来るとは限らない以上、それは何のあてにもならない。

 向こうの目的だって俺達の予想だけで話が進んで、何もわかってないのが実情だ」

 

「玄治・・・!」

 

 まだ言葉を続けようとした瞬間、階段側の壁から足音に気づいて会話が止まる。

 足音は一度近づいたが遠ざかり、扉の開く音と会話の声。そして、扉の開閉の音。

 

「見回りも終わり、か・・・」

 

「えぇ、そのようね。

 私ももう休むことにするわ」

 

 これ以上は言い争いになるだけと見越したらしくマリアは扉へと向かい、ふと思い出したように玄治へと振り返って告げた。

 

「夜食、美味しかったわ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 玄治はすぐさま切り替えて笑顔を向ければ、マリアも少しだけ笑ってくれる。

 

「それじゃ、おやすみ。玄治」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 マリアを見送った後、玄治は書庫の天井を見上げた。

 

「気負いすぎなんだよ、マリアは。

 ついでにいうなら、俺のことを買い被りすぎだ・・・」

 

 本人にはけして言えぬ言葉を、玄治は伝えるあてもなくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 翌日、帝劇内に響く警告音とあちこちの機器が動く音に、地下格納庫にて光武の調整を行っていた玄治も顔をあげた。

 

「来たな。

 さっ、お前のデビュー戦だ。隊長機」

 

 白い光武の肩を叩き、共に並ぶ他の光武達にも視線を向ける。

 

「しっかり役目を果たしてこい、壊れたらいくらでも直してやる」

 

 霊子甲冑 光武。

 アメリカで生まれ、欧州で大戦に使われ、神崎重工創始者の手で日本に運ばれた技術が幾度の失敗を経た後、山崎真之介によって実用化の目処が立ち、ようやく形を成した存在。

(今度は間に合ってよかった)

 隊長機を撫でながら、まだ色がついていない光武の素体へと視線を向ける。

(早くアイリス機(あっち)も仕上げないとな)

 腕ほどもあるスパナを肩におき、アイリス機の調整をどうするかをメモしていく。

(そもそも他の面子と違ってサイズも違うからなぁ・・・ 赤チビの光武が比較的近いけど、方向性は真逆だし。つーか霊力の量がちげーし、攻撃方法が特殊すぎんだよな・・・)

 他のメンバーはあくまで自分の戦闘技術の補助に霊力を使っているのに対し、アイリスは純粋な霊力のみでの攻撃が主になる。特殊な攻撃方法、純粋な霊力のみの戦闘方法の再現の困難さがアイリスの光武の調整が遅れた一因でもあった。

 戦闘技術も持たず、霊力の少ない紅蘭もまた光武調整のうえで玄治と紅蘭の間でさんざん議論が行われ、行き着いた先が彼らの技術と浪漫の結晶体である。

 

「貴水さん、司令が作戦室でお呼びです」

 

「あぁ、俺も花組にお披露目すんのか」

 

「あー! 貴水さん、鳥組の隊服着てない!」

 

 風組の隊服を着た三人娘が揃い、由里が貴水を指さして非難する。

 

「うるせーのが来た・・・」

 

「あはは、貴水さんお久しぶりです」

 

「よっ、椿」

 

 由里を見てあからさまにげんなりする貴水に椿が笑い、軽く腕をあげて応えてやる。

 

「聞こえてますからね。

 ふん、そういうこと言うと皆に貴水さんのあることないこと吹き込んじゃうんだから」

 

「もう既に不審者扱いされたから、そんな気遣いいらね」

 

「「えっ?」」

 

 玄治の言葉に椿と由里が耳を疑うが、かすみがそこで手を叩いた。

 

「ほら二人とも、世間話はあとにしましょう。

 貴水さん、また後で」

 

「あぁ」

 

 深い緑の作業着のまま、玄治が指令室へと向かえばそこには花組が揃い、真新しい隊服に身を包んだ大神が立っていた。

 

「おー玄治、来たな」

 

「えっ、貴水さん・・・?」

 

 大神から戸惑いの声が上がるが玄治は気にせず、米田の隣へと立つ。

 どうやら髭と髪を整えているからか、アイリスもさくらも不思議そうな顔をするだけであの時の不審者と同一人物だということには気づいていないようだ。

 

「何だ、玄治。大神に会ったのか?」

 

「厨房の配置確認に行ったら見回り中の彼に会いまして」

 

「そうか」

 

 米田とのやり取りに大神を筆頭に数名が驚愕の目を向けてくるが、玄治は当然気にしない。というか、不審者扱いをされたことを考えれば今更である。

 

「あら、逸見さん。お久しぶりですわね。

 いつ穴倉から出ていらしたのかしら?」

 

「名前覚えらんないのもわかってっから、(タカ)でいいっつったろ。すみれ」

 

「あら、そうでしたわね。

 では貴さん、改めてよろしくお願いしますわ」

 

「すみれ、個人的な話はあとにしなさい。

 玄治、あなたもよ。自己紹介なさい」

 

「わかってるよ、マリア」

 

 マリアに促されて、玄治はその場にいる全員を軽く見る。

 玄治としては風組を除いてもあと三人足りていない状況だが、今はそれを気にせずに姿勢を正した。

 

「光武及び帝国華撃団装備一式の最重要機密保持者・・・ 簡単に言うなら、機械の整備係の貴水玄治だ。

 光武のこと、他の機器のこと、壊れたり不便なことがあったら気軽に言ってくれ」

 

 そこで言葉を止め、アイリスとさくらを見てニヤリと笑った。

 

「ちなみに、髭も剃らずに髪もぼさぼさの状態の俺に会っても不審者扱いはしないでくれると嬉しい」

 

「え・・・ まさか、あなたあの時の!」

 

「マリアに連れてかれた不審なおじちゃんなの?!」

 

「せーかーい。

 まっ、今後は表の仕事にも出るからあんな状態はないように心がけるけどな」

 

 謝罪が欲しいわけではないので、玄治はすぐに花組から背を向ける。

 

「おい、玄治」

 

「俺の仕事は出撃時にもあるんで、今はこれで。

 んじゃ、また後で」

 

 

 

 

 マリアが大神に教示している最中、玄治は自室にてモニターを見つめていた。

 光武の動きに不備がないか、煙幕の発生に異常はないか、通信機器は正常か。確認箇所をあげればキリがないが、玄治の視線はあちこちへと飛び回る。

 

「魔操機兵 脇侍か・・・」

 

 光武とは似ても似つかぬ形相且つ無人で動く機兵。

(向こうに相応の技術者がいること。加えて、これらを量産するだけの何かがあるのは確かだ・・・)

 脇侍の解体・解析はまだ許可が下りず、行われていないのが現状だ。

 だが、上野という人が集まる場所が二度襲撃された以上、軍部も何もしないという選択が取れなくなるだろう。

(だが・・・ 降魔に比べれば弱いな)

 降魔に比べて弱い脇侍を光武が倒せるということは、今のままでは光武が降魔には敵わないということ。

 万が一にでも降魔が出て来た時、あの日の悲劇が繰り返されるということ。

 

「楽観視は出来ない、な。

 それにあの機体も気になる」

 

 鳥居奥にいる大きな機体は花組を待ち構えるように座していた。

 これまで一度も見たこともない、脇侍以外の機体。

 

「相手も花組を危険視しだしたのか?

 だとしたら、今後の戦いは厳しくなる一方。あの隊長さんの指示が帝都の未来を決めることになる、か」

 

 言い過ぎかと一瞬迷うが、その迷いはすぐに消す。

 現実はいつも突然で非情であることは、玄治は身に染みている。

 中心に立っているのが誰かなどわからず、結局は己の選択と行動だけが未来へと繋がっているのだ。

 たとえその行動の末に何を失っても、生きている以上は嫌でも未来があり、非情な選択すらもいつかは過去となる。

 

「正解も、不正解も、誰にもわからないけどな・・・」

 

 自嘲気味に笑って、玄治は戦いを終えて花組流のカーテンコールが行われるのを見守っていた。

 

『玄治。この後、夜から花見行くから弁当作れや』

 

「別にいーですけど、私信に華撃団の通信機器使わないでくださいよ」

 

 米田からの突然の通信は、完全に私信だった。

 本来緊急に使う設備をなんだと思ってるんだと言いたいが、玄治の説教など右から左に聞き流すだろう。

 

『細けぇことは気にすんな。

 花組と風組、俺らの分だ。やれるか?』

 

「拒否権あります? それ」

 

『あるわけねーだろ』

 

 打てば返すような拒否権無し宣言。

 わかっていても玄治は聞かずにはいられなかった。

 

「ですよねー、風組の三人・・・ いや、かすみさんと椿貸してください

 流石にあと数時間で一人で十人分とか、無理っすから」

 

『オメー、本当に由里が苦手だなぁ。まっ、二人が来たら自動的についてくると思うがな』

 

「料理出来そうに見えないんで抜いただけっすよ」

 

『んじゃ、期待してっからな』

 

 そこで通信は途切れ、玄治は一つ溜息を零してから膝を叩いて立ち上がる。

 

「さて、やるか!

 作業服から着替えて、まずは米研ぎだな」

 

 メニューを考えつつ、玄治は急いで着替えて階段を駆け上っていった。

 

 

 

 

 

 十人分の行楽弁当との戦いを終え、今いる帝劇の全員が上野の桜の下に揃う。

 玄治はその輪からやや外れた場所で酒を傾け、ぼんやりと桜を眺めていた。

 

「懐かしい、か・・・」

 

(なんて綺麗な感情じゃ、ないよな・・・)

 自分の抱いた感情を迷った末に『懐かしい』と口にしつつ、内心で自嘲する。

 『郷愁』なんていい想いではなく、彼の抱いた気持ちをあえて言葉にするなら『混沌』がふさわしいだろう。

 かつて両親と見た桜の思い出は色褪せないまま美しかった。

 それがどこだったかはもう思い出せないが、あの頃帝都中がそうだった。

 いつ来るかもわからない降魔に怯え、日々どこかで誰かが大切な人を失っていた。

(そんな日々は一度終わったのに、な)

 その日々を終わり、今の帝都は生まれ、人々の賑わいは戻った。

 それは素晴らしいことであり、誇らしいことで、彼の恩人の一人が命を投げ出してでも成し遂げたかったことだった。

(俺はきっと・・・ 見たくなかったんだ)

 だが、帝都が復興し、発展し、賑わいを見せていく中で、玄治は地下へと潜っていった。

(傷跡が癒え、変わりゆく帝都。

 その中に全てが飲み込まれて、失ったことすらなかったことにされそうで)

 両親の死、一馬の死、山崎の失踪。

 降魔戦争で、彼は大切な者を失いすぎた。

 失った現実をどうすればいいかわからずに立ち止まった彼にとって、彼ら無しで移り変わる帝都の景色は残酷でしかなかった。

 移り変わりゆく景色を作っているのが他ならぬ彼自身でありながら、彼は帝都を直視できずに四年もの間を地下で過ごしたのだ。

(あぁ・・・ 嫌だな)

 大神の初陣と魔操機兵撃退の祝いの席は楽しく、喜ばしい筈なのに、過去を引きずって素直に喜べず、笑えない自分自身が一番嫌だった。

 

「貴水さん」

 

 声のかけられた方へと視線を向ければ、そこには二人分の食事が乗った皿を持ったかすみがいた。

 

「何か、思い出されていたんですか?」

 

 当然のように隣へ座り、皿の一つを玄治へと手渡した。

 

「・・・昔、両親と歩いた桜並木を思い出してたんだ」

 

 軽く頭を下げつつ答えても、玄治はいつものようにうまく笑顔を作れなかった。

 今の玄治であったなら、まだ付き合いの浅い大神すら彼の異常に気付けただろう。

 

「いつだったのかも、どこだったのかも思い出せないのに、綺麗だったことだけ覚えてる。

 父さんが俺を肩車して、そんな俺達を見て母さんは穏やかに笑って・・・」

 

 楽しかった記憶を語っている筈なのに、玄治の顔は言葉が進むにつれて悲しみを帯びる。

 まるで迷子の子どものように今にも泣き出してしまいそうな顔で、誤魔化すように作った笑顔が殊更に寂しそうで。

(先生や一馬さん達とも来たっけな・・・)

 あの日も米田が突然言い出して、出不精な山崎をあやめが説得。一馬が場所取りに先行し、玄治が弁当を作った。

 面子が面子故に馬鹿騒ぎこそなかったが笑いは絶えず、桜と料理を囲んだ時間はとても穏やかで、家族のような温もりに溢れていた。

 

「・・・貴水さんが桜を見ていろいろなことを思い出すのは、その思い出がとても大切だったからですよ」

 

 かすみの言葉は突然で、自分の方を向いた玄治に卵焼きを一つ箸でつまんで差し出してくる。

 いわゆる『あーん』なのだが、玄治がそんなことを気にするわけもなく、遠慮なく口を持って行き一口で食べてしまう。

 

「美味しいですか? 卵焼き」

 

 咀嚼しながら素直に頷く玄治にかすみは微笑み、空になっていた玄治の杯に酒を注ぐ。

 

「今はそれでいいんじゃないですか?」

 

 かすみの言葉は傍から聞いていれば意味の分からない言葉に聞こえるだろうが、玄治は少しだけ驚いてからまた笑う。

(敵わない、なぁ)

 

「そう、だな・・・」

 

 それは苦笑程度にしか笑いにならなかったが、それでも確かにちゃんと笑えていた。

 

「来年もまた、一緒に来ましょうね」

 

「ん・・・」

 

 玄治が注がれた酒を飲みつつ曖昧に頷けば、かすみは変わらず優しく微笑むだけ。

 

「玄治、楽しんでるかぁ!」

 

 そして再び嵐のように、顔を赤くした米田が玄治へと視線を向けてくる。

 

「ん、まぁ・・・ 味付け通りですね」

 

「ちげーよ、料理と酒じゃなくて今がだ!」

 

 真剣な顔をしながら大声でいうものだから、大神を含めた花組全員から視線が集まり、玄治はニヤリと笑った。

 

「まぁ、隊長さんが初陣後に告白されまくってるのを見るのは面白いですね」

 

「ちょっ、貴水さん!?」

 

 焦る大神と告白したに等しい三人は顔を赤く染め、マリアは冷めた目で大神を見つめる。由里はいいネタを仕入れたと笑って、椿は顔を赤くし、かすみは『あらあら』と玄治の隣で楽しげに笑う。

 爆弾を放り投げた当の本人はその状況を見ながら、先ほどの変わらないぼんやりとした目でそれを見ていた。

(楽しいんだよな・・・ 多分)

 今を全否定したいわけでもなく、帝都を壊したいわけではない。

 否定したいのなら、壊してしまいたいのなら、彼はここに居なかった筈だから。

(俺は・・・ この花組を、一馬さんが命懸けで守ったこの帝都を失いたくないから、出てきたんだろうな)

 自分の想いにすら自信はなく、確信はない。

 好きか嫌いか、愛しているかいないかは、まだわからない。

(でも、もう失いたくないってことはわかる)

 そんな玄治の表情を隣に並んだかすみだけが気づき、彼の大きな手へとそっと自分の手を重ねた。

 

「かすみさん? 寒かったか?」

 

 ぬくもりを求めて手を重ねたと思った玄治は迷いもなく上着を脱ぎ、当然のようにかすみの肩へと羽織らせる。

 

「これで寒かったら、魔法瓶に味噌汁あるから飲んでくれ」

 

 彼は辛い過去を背負いながら、優しさや周囲への気遣いを失わない。

 それは自分を守るための壁であると同時に、自分を隔離するための結界となっていることを玄治は気づいていない。

 帝劇内においてもそれを知るのは本当にわずかで、そのわずかな者達ですら知っているがゆえに彼へと踏み込むことが出来ないでいる。

(玄治さん)

 彼のためだけにかすみは願う。

(来年のこの日、彼が辛い過去ではなく、楽しかった今日を思い出して笑ってくれますように)

 




玄兄(げんにい) 今 帰ったでー!
おう 久しぶりだな 赤チビ
なんや玄兄が地上に出てるなんてレアやし ウチもお祝い代わりに派手に登場するわ
お前 着任早々何する気だ!?
次回 『李 紅蘭 着任』
太正桜に浪漫の嵐!
まっ こっちに来るのがウチだけとは限らんけどな
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。